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執行





十月も後半に差しかかり、時の流れを早く感じる頃、俺は家でゴロゴロと本を読みながらふと疑問を感じた。


 学校の恒例行事といえば、体育祭に文化祭。そして文化祭といえば十月だ。なのに終わろうとしている。これは大きな問題だ。青春を謳歌したい俺にとって、一大行事が無いとは許せない。





 早速、受話器を取って電話を掛けた。


 数秒待つと、もしもしという声が返ってくる。

「俺だ」


 そう言うと、「なんで電話」ともっともな意見が返って来た。


 なぜならかけた相手は朝陽だからだ。同じ寮に住み、しかも一つ下の部屋。会いに行けば済む話だし、いつもそんな感じだ。


 だが今回は――。「面倒だった」


「あーそっか。んでどうした」

 対する朝陽も少し怠そうな声だ。まあ、昨日はハードな実践授業で辛かったから仕方ない。


「文化祭について聞きたくて。もう十月だし」

「あー、うちは十一月にやるんだよ。なんか知らないけどズラしてるんだと」

 おお、ある事はあるのか。


 んで。「なんでずらすんだ」

 唸るような声が受話器の向こうから聞こえて来たが、結局、返って来たの分からないという回答だった。


 まあ期待はしてなかった。






 それから雑談を数分した後に、電話を切った。また脱力して、床に寝っ転がる。


 まだ昼だ。文化祭があると聞いてやる気はでたが、気力が無い。明日出るように、今日はゴロゴロしてよう。休息も大事だ。


 気が付くと、まだ日が明るかった。午後なのかと安堵していて、時計を見ると七時で長針が止まっていた。そこで朝になったのだとやっと気づいた。



 慌てて布団から飛び出し、着替えをした。朝食も弁当も作っている時間が無いので、仕方なくコンビニで買う事にした。


 薫子も先に行ってしまっているらしく、俺は遅刻ギリギリをさ迷いながら、なんとか教室に付いた。





 朝陽の隣に座り、適当な会話を交わす。すると直ぐに仁先生が入って来た。ここまでの時間の短さに、俺は今日、遅れて来たのだと実感する。


 そして仁先生は疲労が溜まっている俺達よりも、更にダルそうに入ってくる。髪だってぼさぼさだ。俺も直してなかったから、今日は寝癖がやばいかもしれない。


 出席が取り終わった後に、仁先生はこんな事を言った。

「実は文化祭の件なんだけど……」



 文化祭――。ついにそのワードを聞けた。積極的ではないが、それなりに協力する。それが俺のスタイル。


「文化祭委員の二人が、学校に来れてなくてね。だから代理を頼めないかと思っているんだけど……どうかな?」


 その提案に、誰もがシーンとしている。ただでさえハードな授業に委員会も全員が入っているわけでもない現状で、進んでやるやつがいるとも思えなかった。前にやってた二人も、これに合わせて休んだのかもしれない。なぜなら、いつも来ていたからだ。


 結論、それほど面倒な委員という事だ。つまりはやらない。それがベストな選択。








 なのに一人だけ、手を挙げているやつがいた。


「あの――わたし、やります」

「有難う、天津さん」



 優しいやつだとは思っていたが、こんなことまでするとは。正直、関心する。


「それともう一人は……」

 周りを見渡す仁先生。


 俺は目を合わせないようにしているのに、なぜだかずっと俺の前で仁先生の視線が止まっている気がする。


 脅しかこれは。でなければ圧力だ。





 仁先生の方を見ると、にっこりと笑っている。


 仕方なく、渋々、手を挙げた。


 最後に、明日から委員会の仕事があるから。と付け加えて、ホームルームは終わった。

 やる気はでないが、真面目な天津がいればなんとなるだろう。


 その後に、天津に頑張ろうと言われたので、少しだけ、ほんの少しだけ頑張ろうと思った。
















 放課後はいつも通りに仁先生のいる職員室へと向かった。また面談室へと移動するか、武道場にでも行くのかと思ったが、今日はここで良いと言われた。もしかしたら、変な噂をされているのを気にしているのかもしれない。


 仁先生は考える素振りを見せてから言った。

「今日からは、修行は止めよう」


「え……」

 俺は一早く強くならねばいけないのに。


 理由を問いただすと、仁先生は落ち着いて答えた。

「基礎的な部分は終わってるからね。ここからはやり方を変えないといけない。それに、文化祭の仕事もあるだろ」



 忘れていた。俺は文化祭実行委員になったのだ。いや、ならされたのだ。


「なんで俺なんですか」

「特に意味はないけど。君になら文句を言われないと思ってね」


 いつもの不敵な笑みを浮かべている。

 この人に捉えどころがないのは仕方ない事だが、上手くやり込められたみたいなのは少し腹が立つ。けど、目くじらをたててもどうにもならない相手なので、グッと抑えた。





「だったら、ちゃんと修行の方は考えて下さいよ」

 恥ずかしい話だが、仁先生以外に頼れる人もいない。


「そのつもりだけど、コントロールも術式も苦手となると、どうもね……」

 据わった目で見られている。



 確かにその通りだが、改めて言葉にされると刺さるものがある。




 そこで仁先生が例え話をしてくれた。

「四術士には、みんな抜きんでて凄いものがあるんだよ。千夜君なら、術式を組むのに長けている。大我君は持ち前の運動能力で、最恐の武闘派呪術士と言われる程に……。誠司君は知っての通り、十戒を会得した。百瀬の四術士は召を得意としている。――そんな感じでね」



 なるほど。確かに、一人ひとり持っているものが違う。俺にはこの呪力量がそれになりえるという事だろうか……。そんな単純な話にも聞こえないが、今はそう納得しよう。





 ところで一つ、気になった事がある。

「百瀬の四術士って誰なんですか?」


 前に朝陽も知らないと言っていたが、仁先生なら知っているだろう。なんせ百瀬の人間だからな。


「……それには答えられないんだ。便宜上は四術士って事になってるけど、色々と問題があってね」


 つまりは大人の事情というやつか。


 マントラ家系には色々あるようだし、あまり首を突っ込むのは止めよう。


 適当なところで話を切り上げ、今日は大人しく帰る事にした。













 それから一日はあまりに早く経ち、次の放課後に移り変わった。今は天津と一緒に廊下を歩いている。勿論、文化祭実行委員の仕事へ向かうためだ。




「やっぱり、緊張するね。……生徒会室って」

 文化祭なのになんで生徒会室なのかと疑問を思うかもしれないが、それには理由がある。


 文化祭を取り仕切るのは生徒会執行部で、そこへ協力する立場なのが俺達なのだ。ようは手足となって働く、雑用係というわけだ。

 

 意地悪じゃない人達でない事を希むばかりである。




「まあ、なんとかなるだろ。生徒会の人だって人間だ」

「うん、そういう事じゃないんだけど……」


 戸惑った笑いを天津に向けられた。


 そこで生徒会室の扉の前について閉まったので、やむなく話は打ち切られる。


 一度、呼吸を整えてから扉を開ける。すると中には、大きめのテーブルの周りに、十人程の生徒がいた。


 何分、こういう状況は初めてなもので戸惑ってしまう。こちらが発言をする前に、中央の席にいる女の人が訊いてきた。


「君達は?」

 天津はなぜかいつも以上に緊張をした様子なので、俺が答える事にした。


「文化祭実行委員の仕事で来ました」

「なら座って」

 と空いてる二つの席に促され、腰をかけた。








 三つ編みで鋭い目をしていたので、警戒していたが意外と交友的な人かもしれない。


 それにしたって――天津の緊張ぶりはなんだろう。こういう仕事もいつもならそつなくこなしているのに。


 俺達で全員が集まったらしく、順番に自己紹介して行く事になった。先ずは三つ編みの人だ。


 席を立ってから一度、咳ばらいをした。

「三年B組、柿崎穂希≪かきざきほまれ≫。生徒会執行部です。今年度の文化祭は去年以上により良いものにしようと思っています。宜しくお願いします」

 席に座ると、次は隣の人が立った。


 驚く事にショートの髪の色は、赤と紫のツートンカラーになっている。女子高生とは派手なものだ。

「左に同じくで、僕は霧島夢だよ。宜しくね。んー、意気込みとかはないけど、まあ頑張ろう」


 男のような喋り方をしているが、まぎれもない女だ。




 そして順番が迫ってきて、天津が終わったところで、俺の番となった。

「二年D組、水無良太郎です。初めてなので迷惑をかけないように頑張りたいです」

 そつなく自己紹介を終えたのだが、やはり周りの目は痛い。D組というせいだろう。







 ひとしきり終えたところで、早速、本題へと移り変わった。


「先ずは文化祭の校舎装飾の割り当てだけど……」

 柿崎さんが淡々と仕切りだしたが、まさか校舎装飾をこの人数でやるつもりだろうか? 文化祭は十一月の中頃だ。教室はそのクラスの生徒がやると聞いてはいたのだが、その他は分からない。


 思わず、質問する。

「あの、装飾の人数ってこれだけですか?」


 柿崎さんは大きなため息をつく。そして代わりに、霧島さんが答えた。

「僕達はあくまで担当を決めて指示を出す立場なんだよ。更に下請けがいるって事さ」


 俺にも分かりやすく、霧島さんは答えてくれたのだが、柿崎さんは呆れた顔をしている。

「これだからD組は。ちゃんと資料にも目を通してもらえるかしら?」


「はい、すいません」

 と謝ってはみたが、その資料を渡されたのも放課後なんだが。仁先生が担任なのが悪い。きっとそうだ。







 改めて資料を見ると、校舎装飾の場所や担当する委員会などの名が記されていて、学校全体での大規模な企画だと改めて知る。とはいっても普通の学校よりも人数が少ないのだが。


そして装飾のテーマが『和』。とあやふやに書かれている。日本の学校のテーマが和とはなんだか面白い。


 柿崎さんがペンを持ち、霧島さんはホワイトボードを出した。


「A組は三階、C組は二階、B組は一階。第二校舎は生徒会が担当するわ」

 段取り良く進めているのは大変いい。だが俺達、D組の名前が無いではないか。


「あの、D組だけ担当が無いんですけど」

 指摘すると、柿崎さんは小馬鹿にした笑いを浮かべる。周りもクスクスと笑っているし、やはりD組への対応は悪いらしい。


 忘れてた、とわざとらしく言って、四階をD組とされた。



 のはいいのだが、四階は殆ど使われない教室ばかりで見られる機会も少ないだろう。これもD組だからゆえの仕打ちか。







「次は、生徒会企画についてだけど」


 生徒会企画……。


 資料に目を通すと、それについても記されていた。

 毎年行われている恒例企画で、生徒会が発案したものを文化祭のフィナーレとするようだ。


 次に喋り出したのは霧島さんだ。

「これについては、既に動き出していてね。男女ペアで出された指令をクリアしながら、ゴールを目指すというものだよ」 


 二人三脚の男女バージョン的なやつか。

 学校側からカップル成立を一役買うなんて、随分、気前がいい。




 それについてのざっとした説明を聞かされ、場は解散の流れとなった時だ……。生徒会室の扉はいきおいよく開いた。

「あー! 姫様役決まったー?」


 現れたのは、茶髪の髪の毛をあそばせている、チャラいというよりはノリの良い男子だ。

 

 姫様役というのは、生徒会企画の宣伝を当日に行う為に、舞台に出て紹介する人の事だ。彦役と姫様に分かれているのだが、それは男女ペアである事からであろう。




「久我。生徒会室に乗り込んでくるとか、なによ」 

 柿崎さんが睨むと、久我と名乗った男は意に介さず笑っている。


「相変わらず、きっびしーなぁ」


 久我といえば、資料に彦役と書いてあった気がする。という事は、態々、姫役が誰か拝みに来たって事だ。ご苦労である。


「みんな戸惑ってるじゃないか」

 霧島さんが言うと、久我さんはその場で一回転した。


「俺はA組の貴公子、久我正宗だ! よろしく頼む」

 いや、自己紹介をしろという事ではないと思うぞ。


 と思ったのだが、なぜか周りからは拍手が起きた。A組のネームバリューがなせる業か。またはこの人が本当に貴公子なのかもしれない。







 そこで久我さんは、生徒会室に集まっているメンバーをひとしきり見回した。そしてその視線はなぜか、天津の前で止まった。更になぜか、距離まで詰めて来る。


 天津は明らかに困った表情をしている。


 黙ってもいられず、止めに入った。

「ちょっと、うちのクラスメイトをいじめないで下さい」


「これは失敬。でも、彼女――。姫役にピッタリだと思って」

 なにかと思えば公然ナンパか。


 真っすぐに見られて、天津はどうしていいか分からないといった表情だ。


「む、無理ですよ。わたしなんかじゃ……」

「名前は?」

「天津明で――じゃなくて、姫役なんて無理です」

「ふむ、明ちゃんか。良い名前だね」

 そんな調子で、ペースは完全に久我さんのものになった。


 それを無理やり止めたのは柿崎さんだ。

「ここは遊ぶ場所じゃないの。用事がないなら出て行きなさい!」


 久我さんは口笛を吹いてから、天津と距離を取る。

 とはいえ、怒られても反省はしていないようで、まだへらへらとしている。


「柿崎さんに免じて帰るけど、俺は明ちゃんを推薦するからね。彦の意見を尊重してくれると嬉しいな」

 そのまま扉を開けて、久我さんは退室した。いっきに生徒会室に静けさが漂った。これが普通なのだ

が。



 そんな中、柿崎さんが呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

「誰がD組なんかを……」










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