球技
そしてあっという間に時間は過ぎ、明日の登校日となった。
前までは一緒に登校もしなかったが、十文字千夜の事件以降は、なるべく一緒に行くようになった。帰りだけはいつも通りだが。
二人で寮を出ると、珍しく薫子が緊張した様子だった。
話していても心ここにあらずといった感じで、なんだかこっちまで不安になってくる。
そうこうしているうちに、学校についてしまった。
クラスメイトに適当に挨拶を交わし、席に着く。数分して、仁先生がやってきた。
小枝子さんの観覧の許可は先生にもらっておいた。四之宮と名前をだせばちょろいものである。親という立場なら、出さずとも許可を貰えたかもしれないが。まあ確実性は増した。
「今日は予定通り、球技大会だ。種目は予め伝えておいたけど、バスケ。呪術の使用は基本的に禁止。まあ、ばれない程度なら大丈夫だから」
なんともふわふわしたルールだろう。ようは発で相手に直接攻撃。とかは駄目。的な意味なのだろう。そう解釈した。
チームは通常のルール通り五人。別に遊びでやるので、仲の良いもの通しで組む形になった。俺のチームは薫子、朝陽、天津、大枝。
大枝というのは、クラスメイトで運動神経の良い男子だ。俺と朝陽とはそれなりに仲も良い。
「やるのは午後からだから、午前はいつも通りに呪術の勉強をしよう」
周りから、えーという声が漏れる。
これでこそ学生だ。
昼休みになると、俺と朝陽は一緒に弁当を食べる事にした。いつもの木陰のテーブルでだ。因みに、今日もちゃんと作って来た。
朝陽が卵焼きを箸でつまむ。
「へー、お母さんが見に来るんだ」
とあまり興味もなさそうだ。
「ああ。こっちは大変だよ。この前も変なこと言うし」
「あー悪かった、悪かった」
言葉とは裏腹に悪びれた様子も無い。まあ事情もろくに説明できていないこちらも悪いのだが。
「まあ、勝てばいいんだろ。ようするに」
俺は途方に暮れた……。
「そう簡単ならいいけどな」
昼飯を食べ終えたという事は、午後の授業が始まるという事だ。緊張の瞬間が、間近まで迫っているのだ――。
午後になると、それぞれ体操着に着替えてから体育館に向かった。勿論、基本的に体育の無い烏枢沙摩高校では、体操着などはない。みな、中学生の時の物や、普段着などを体操着にしている。
俺は中学の時の黒いジャージを着て来た。冷え込んでいるし、寒い。
朝陽は半袖と短パンで元気そうに動いている。天津に関してはジャージを忘れたらしく、中学の時の体操着で震えていた。眼鏡に体操着は似合うので、これもまたよしだ。
薫子は下を短パンで、上だけジャージというスタイルだ。動きやすさを考慮しているのかもしれない。中学の時はあのスタイルが流行った。
見た感じ、小枝子さんはまだいないので俺は薫子に近付く。
「調子はどうだ?」
「見ないようにすれば、なんとかなると思うわ」
なんとも捻りの無い作戦だ。
だが良い作戦ではあると思う。いわゆる、親に試合を見に来るなと言っておいて、こっそり来ていたのを見つけると、急に恥ずかしくなって本気が出せなくなるあれを回避できる。
急に俺の方を抱いてくるやつが現れる。そちらを向くと、朝陽が笑顔でいた。
「俺達が付いてるから、心配いらないって」
「朝陽は頼りにならないだろ。呪術合戦とかでも、うん」
「いやいや、運動はできる方だから」
まあそれには一理あるな。呪術はへっぽこでもここに期待したい。
話を聞いていたのか、天津もこちらに向かって両手拳を握ってくる。
「うん、みんなでやれば勝てるよ」
ようやく薫子の硬い表情が和らぐ。
「ええ。頑張りましょう」
しかし俺と朝陽は天津をじっと見ていた。
その視線にようやく気づき、照れた声を出す。
「え? なになに。どう……したの?」
同時に顔を背けた。
なんだか、体操着姿の女子を見るのが久々で、つい見てしまった。けっしてやましい気持ちではなく、希少性の問題だ。
薫子が低い声で呟く。
「引くわね」
日本男児はそういうものなのだ。なにも恥じる事は無い。
そこで、朝陽が思い出したかのように言う。話を逸らしたいのもあったのかもしれない。
「そーいや、対戦相手って誰なんだっけ?」
まるで待っていたかのように、満を持して、体育館にガラの悪い男が入って来た。そいつを先頭に、他の生徒達も続いている。
「たくっ、バスケとかだりぃなぁ」
「ホント、脳筋だよね。まあいいけど」
「僕達のコンビネーションがあれば、余裕だけどね」
聞いたことのある声に、顔。相手としては、寧ろ悪い方かもしれない。
今日は木刀を持っていない白井に、卯月兄弟。これは俺達が呪術で倒してやった、C組だ。
だが運動は別。白井といえば不良。不良といえばだりぃとか言いつつも運動が得意な為、そのギャップで女子にモテてしまう傾向にある。よってバスケの相手としてはまずい。
体育館の隅っこの方にいた俺達を、白井は早速、見つけて近づいて来た。それも大きな声を出して。目立ってしまった仕方ない。隠れる為に態々、座ったのに。
「おー。良太郎じゃねえか。今日は負けねえぞ!」
二、三度しか会っていないのに非常に馴れ馴れしい。まあD組への態度は改めた様でよかった。
「バスケ勝負だけどな」と、軽く返答する。
「ああ。龍虎を使えねえのはハンデになっちまうな」
いや、そこじゃねぇよ。
俺がツッコんだ頃に、卯月兄弟が薫子と話していた。そーいえば、こいつ等も因縁があったな。というよりは、してやられてるだけか。
「久しぶりだね。あの時の敗北、今まで忘れた事はないよ」
「今日は僕達が勝つ。水無薫子」
しかし薫子は沈黙している。
「……誰だったかしら?」
卯月兄弟がしょんぼりとする。
それは言っちゃダメだよ、薫子。一番、傷つくやつだよ。
そのタイミングで、仁先生が体育館に入って来た。なぜだか隣には――小枝子さん。
なんであんな見やすい位置にいるんだよ。
薫子も唖然としてしまって、石像のように固まっている。俺もあんな登場を親にされたらそうなるだろう。
「みんな、集まったみたいだね」
仁先生はなにもないかのように言い出した。生徒達に誰なんですかー? とか、先生の彼女さん? などの質問の末に、ようやく説明を始める。
因みに彼女と言われて、小枝子さんはまんざらでもない顔をしていた。光茂さん、電撃離婚が無い事を祈ります……。
「この人は、解説の小枝子さんだよ。あ、僕は実況ね」
どんだけガチなんだよ。たかが高校生のバスケに実況も解説もいらねえだろ。
しかし周りからは本格的と、楽しそうな声が漏れている。
仁先生と小枝子さんは、長い机の上に隣どおしで腰かけた。そこにはマイクまで用意されている。
それからC組とD組の仁義無き戦いは始まった。D組がチーム数五つ。C組は四つ。人数の都合上、C組の一チームは二回試合する事になる。
初戦は全員、女子の戦い。D組は馬鹿で呪術はできないが、動ける女子は多い。それに対してC組の女子はやる気が感じられなかった。その結果、20対6でC組が勝った。
今回のルールは前半、後半10分ずつで終わりだ。
二回戦はC組が勝ち、三回戦も白井率いるC組が大差で勝利した。卑怯なのは、不良の白井に、息ぴったりの卯月兄弟。更には長身のセンターまでもがいる。どう考えても最強チームだ。
四回戦はなくなくD組が勝利し、対決は最終戦へともつれこんだ。
最後は俺達のチームなのだが、おそらく相手は白井組だろう。向こうが勝つためにはあのグループしかない。
コートの中に入ると、仁先生がマイクを握った。
「D組の選手が入場しました! 先ずはキャプテン兼、ポイントガードの水無薫子!」
周りからは拍手喝采だ。
毎回、この儀式を行っている。
「次はパワーフォワードの六車朝陽!」
両手を広げて、朝陽が拍手を浴びている。目立ちたがり屋だ。
「スモールフォワードの水無良太郎!」
やっぱり大きな声で名前を呼ばれるのは恥ずかしい。
「センター、天津明!」
天津は身体をちぢこませている。
「最後に、シューティングガードの大枝智明! 唯一のバスケ経験者だそうです!」
仁先生の言葉通りだ。大枝はうちの期待の星。彼にスリーで点を稼いで貰う。それで勝つしかない。
「さて、解説の小枝子さん。気になる選手はいますか?」
仁先生が無駄なふりをする。楽しんでるだろあの人。
「そうですねぇ……。水無さんが二人いるのが気になりますわね。ただならぬ関係なのかしら?」
不敵な笑みで小枝子さんがこちらに視線を向けて来る。
大人ってのはやっぱり卑怯だ。
やはりというべきか、白井達がコートに入って来た。
「C組は二度目の紹介、キャプテン兼、パワーフォワードの白井!」
C組はフルネームが分からないらしく、苗字のみだ。その調子で卯月兄弟も紹介されていき、残るはセンターのみとなった。
「センターは二メートルの巨漢、榎野!」
遠目から見てもデカかったが、同じコートにいると、榎野は俺の二倍くらいありそうな程に迫力がある。
ここでまた、仁先生は気になる選手を開設の小枝子さんに訊いている。
「えー、やはり榎野選手でしょうか。バスケにおいて身長というフィジカルは、大事ですからね」
「身長はなににも代えがたいものだと、そうおっしゃっています」
なぜだか仁先生は、解説の解説をしている。もはやわけがわからない。
ともあれ、試合に集中せねば。ここで薫子が成長したところを見せなければ、この試合に意味はないのだ。根本的な解決にならなければ。
ただ、薫子がまだ硬い。それだけが気がかりだ。
闘志を燃やしている白井がこちらに近づいて来た。
「ぶっ潰す」
それに朝陽が応戦する。
「上等だぜ!」
上等……?
こうして、薫子組と白井組の開戦の火蓋が切って落とされたわけだ。




