屋上
経ったの二週間。それで退院できた。完治したとは言い難いが、大分軽くなった。担当医の人も異常な治癒力だと驚いていた。
俺はそんな健康的な身体じゃないから、四之宮のやつが呪術でなにかしらしたんだろう。全く、便利な力である。
まあ、あくまで推測だが。
そして今日から登校日。
教室に入ると早速、同級生に心配された。先生にも理由を問いただされたが、適当に喧嘩で済ませた。
まあこれでいつも通りの青春に戻って来たわけだ。
四之宮が視界に入って来た。
青春とは関係の無い存在。なのに俺は意識してしまった。
もしかしたら――。
「おい、良太郎」
安西の声で、俺は意識を取り戻した。
「なにぼっーとしてんの? 昼飯終わっちゃうよ?」
終わる。そうか、もうすぐ終わるのか。
弁当には手を付けず、席を立った。……立ってしまった。
呼び止められる声を無視して、廊下に出た。当てはないが、学校でできる場所は限られてくるだろう。躊躇せずに階段を上った。
そして最上階の扉は容易く開いた。
普段は解放されていない屋上に、四之宮はいた。一人では有り余る広さだ。
こちらには気づかずに指を動かし、呪文みたいな台詞を唱えている。
「精がでるなー」
動きを止めて四之宮はこちらを向いた、
「水無君……」
「鍵閉まってんだろ。どうやって入ってんだよ」
「呪術を使えば簡単」
十分、呪術を悪用してるな。
「先生が聞いたら泣くぞ、優等生」
四之宮は視線を外した。「周りが勝手に思ってるだけ。それよりなんの用?」
「あれだけの事があって、なんのお咎め無しって方が不気味だろ」
鼻を鳴らして、四之宮はまた呪術を始めた。
昼休みに抜け出して一人で修行。ほんと損した人生だな。けどそんな人とは違った生き方をどこか羨ましいと感じてしまう。
疲れたのでタイルの床に座ると、「なぜ座る」と目くじらを立てられた。
「屋上は珍しいからな。少し長居したい」
それだけ言うと、四之宮は返事をしなかった。そして呪術の修行をお構いなしに続ける。
その姿を見ていて、自然と疑問が生まれた。「なんでそんなに頑張るんだ?」
「強くならなきゃいけないの、四之宮だから。私は」
俺には理解し難い理由だ。「だったら呪術専門学校。とかないのかよ。ま、わるわけないか」
「ある」
短く四之宮が囁く。
「そうそう、ないな――ってあんのかよ!」
下手なノリツッコミをしてしまった。
だが呪術専門学校って本当にそんなのがあるのか。そんな学校見た事がなかった。これもまたなにかしらの隠蔽工作を。
「けどそこには通えない」
なんで。と短く訊いてみる。
「東京と京都の二校しかないの。長野から上京なんてとても無理」
東京か。確かに遠いな。それに未知の世界過ぎて怖い。
なにか言葉を返そうかと思った時、チャイムが鳴ってしまった。
放課後になるといつも通り、安西達と話した。しかし今日はどうも耳に入ってこない。
「でさぁ――」
やっぱりだ。内容が何も。今日は素直に帰ろう。
「悪い。帰るわ」
それだけ残して、俺はスクールバッグ片手に踵を返した。
「なんだよ、ノリ悪いなぁ」
教室から出てさっさと下駄箱まで行くと、また見知った顔があった。
ついさっき会ったばかりの四之宮だ。そしてなぜだか不服そうな顔をされた。実は俺もしている。
今、会うと青春という概念が根本的に書き換えられそうで怖い。できれば俺は、四之宮とは関わらない方がいいのかもしれないと、ちょっと前から思い始めていた。それからの偶然の再会だ。
運命とは時に残酷である。
「もしかしてストーカー?」
「うるさい路ちゅー女」
「水無君、それだけは言わないで。怒るわよ」
ガチトーンで闘志をむき出しにされた。
怒らせたらまじで変なの飛ばして来そうだし、からかうのも命がけだな。
仕方ないので、靴を履き替えてから横並びで歩きだす。どこかでルートも分かれるだろうと。
時間差にすればいい話なのだが、相手の為に待つのはお互い嫌な性質なのだろう。少なくとも俺は嫌だ。
そんな意地の突っ張りあいから、同時に正門出た。いつもと変わらないはずなのだが、一つだけ。綺麗な女の人がいたのだ。それも正門の直ぐ脇に。下校する生徒は誰もが目をやっている。
「ハロー♪」
そしてその女の人が俺に話しかけてきたのだ。ナンパかこれ、ナンパなのか。
頭の中で幾つかのパターンをシミレーションし、実行に移そうとした時だ……。俺を華麗にスルーして、四之宮のところへ行ってしまった。
「姉さん……。なんでここに」
姉さんって事は四之宮姉か。美人姉妹だな。なんとも羨ましい限りだ。
「薫子が学校で上手くやってるか心配だったのよ」
「虚言癖はどうかと思う」
「ばれてた。ほんとはティータイムに付き合ってほしかったの」
それから姉妹での他愛ない話が始まった。俺は蚊帳の外だし、さっさと退散するとするか。
「ねえ、君」
四之宮姉の声だった。
君と呼ばれたが、本当に俺だろうか。もしかしたら他に誰かいて、そっちを呼んだ可能性もある。ここで振り返るのは愚かな行為なのではないだろうか。
肩をぽんと叩かれ、ようやく俺は振り返った。
「薫子と出て来たけど、どういう関係?」
凄くにこやかな顔で質問された。無愛想な妹とは違って、四之宮姉は人当たりが良い。
ぽろっと好きになってしまいそうだ。
「ただの同級生です」
真実を答えると、「あら、そうなの」と残念そうな顔をされる。
「てっきり彼氏だと思ったんだけど♪」
意表を突く発言に変な声を出してしまった。チラリと四之宮を見ると、額に汗を掻いて明らかに焦っている。
こんな状況にした四之宮姉はケロッとした表情で、天然の笑みを浮かべている。
俺は早歩きで四之宮に近付き、手を引いて四之宮姉から距離を取る。
「まさかお前、誰かにあの事を言ったんじゃないだろうな」と耳打ちで言う。
あの事とは勿論、キスだ。そしてその可能性はかなり低いだろう。とはいえ念には念を入れよう。
「誰にも言ってない。確かに水無君の話はしたけど、名前は伏せたし顔だって知ってるわけがない」
「まあそうだよな」
だとしたら女の勘すげぇ……。
「ねえねえ。二人で内緒話なんて、お姉さん傷ついちゃうよ」
いつの間にか、四之宮姉は俺達の近くまで来ていた。まるで気配を消したように。
「すいません、ちょっと……。姉妹水入らずを邪魔するのも気の毒なので、俺はこれで――」
踵を返そうとしたのに、腕を掴まれて止められてしまった。
「私、薫子のお友達の話、聞きたいな」
うげっ。
その言葉を表情で表したような顔を、俺と四之宮は同時にしていた。




