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日常




 次の日の学校。俺は色んな意味で億劫であった。


 先ず、十文字千夜。あれだけの事があって、そわそわもしないわけがない。とはいえ、彼女にはそもそも会う機会が無いので、大丈夫だとは思う。


 次は仁先生だ。なんだか、今更ながらに修行をしてくださいなんて言いづらい。言い合いになってからは一度も行けていないし。だからといって聞きたい事もあるので、やはり会いに行くしかない。


 そして一番の問題は薫子だ。一緒に帰らなくていいと言われてからというもの、距離感が遠い。十文字千夜の一件の後も、ろくに話していない。また一緒に帰ろうなんて恥ずかしくて言えない。





 だが良い事もあった。天津が学校に復帰したのだ。朝陽は飛んで喜んでいた。祝いとしてカラオケに行くらしい。


 そんな沢山の感情が入り混じる昼休みに、俺は廊下で一人、十文字千夜と会った。

 正確には数メートル先を歩いている。


 どうしていいか分からずに目をそむけると、そのまますれ違ってしまった。


 反射的に後ろを振り向く。

「なんにも無しかい」

 すると、十文字千夜もこちらを見て来た。


「態々、話す事もないです」

「いや、そうかもしれないがな」


 あんな事があったのに知らんぷりは知らんぷりで問題だろ。俺もスルーしようとしてたけど。


「まあ貸しができたのも事実です」

「んな話はいいよ。普段通りならそれでいいんだ」


 俺が歩き出そうとした時、後ろから十文字千夜に声をかけられた。


「怪我を負わせてしまった人達には謝っておくです」

「おう。それがいい」

 天津だったら気にしないと言うだろうがな。


 それにしたって――。「お前がそんな気遣いするとはな」


 良いヤツだとは思っていたが、そういう良いではない気がしたからだ。直ぐに人は分からないものだ。


 そこで十文字千夜にビシッと指を差される。

「お前では無く、千夜先輩。君より年上です」


 年……上……。





 いやいやそれはないだろ。だってこんなに小さいんだぞ。年下といわれれば二秒で納得できる。でも流石に年上は――ぷぷっ。


「馬鹿にしたです……」

 十文字千夜に睨まれる。


 何秒、何十秒、睨まれたのだろう。

「すいません、千夜先輩」


 根負けというやつだ――。















 苦悩の末、放課後は仁先生の所へ行くことに決めた。


 足早に教室を出ると、職員室までの道を一度も間違えずに来れた。そして職員質の扉を開ける。

 いつもの不敵な笑みが、そこにはあった。


 職員室から移動し、いつもの相談室へと移動した。この狭く薄暗い空間にも慣れた。

 俺が喋れないでいると、先に仁先生が口を開いた。


「いつもこの部屋に来るせいで、他の先生には水無君となにかある。そう言われるんだよ。困ったものだろ?」

 いきなりとんでも発言だ。


「困りますねそれは。ちゃんと否定してください」


 微笑する仁先生。

 なんでも話してくれ。そういう合図だったのであろう、これは。だから次の言葉は気軽に出て来た。


「どこから知ってたんですか」


 仁先生がA組との対戦順番を考えた。相手の先生と打ち合わせしていれば、俺を十文字千夜にぶつける事くらい容易だったはずだ。そこで一度、相手の力を知れたから次に有利に戦えた。これが偶然で片づけられるだろうか……。



 なんの確証もない。偶々だと言い切られてしまえばそれまでだ。だが、俺は納得できない。


 まるで全て知っているようではないか。十文字千夜が吸血鬼事件の犯人である事も……。




「偶々。――と言っても納得してくれないかな」


 無言で頷く。

「教えてあげたいのは山々なんだけど、個人情報になってしまうからね。先生として言う事はできない」

 きっぱりと告げられてしまう。


「さすがにそれは酷いですよ」


 そこで仁先生は小さく笑った。

「ただ、僕は猫が好きなんだ」


 俺は立ち尽くして……。この人は大人では無い。そう思った。ルールや決まりに縛られている人ではなく、自分を押し通す無邪気な子供だと――。


「色々、言ってしまってすいませんでした。その、これからも……」


「僕は修行を止めたなんて言ってないよ。ずっと待ってたんだ」

 無邪気に笑う仁先生は、やっぱり子供のようだった。


「てか、その言い方止めてください。気持ち悪い」


 そう言うと、そうかな。と考えあぐねている。無意識に発言しているらしい。この人は確かに、勘違いされそうだ。  


 頭を下げてから部屋を後にしようとすると、仁先生に止められた。


「教室に寄りなさい。多分、薫子君がいると思うから」

 俺はただ呆然としてそれを聞いていた。


 それから足早に、教室へと向かった……。















 息を切らしながら、扉をいきおいよく開けると、そこには帰りの支度をしている薫子がいた。


 驚いた表情でこちらを見ている。

「まだいたのね」


「それはこっちのセリフだ」

 基本、すぐさま帰る薫子が一人で残ってるなんて。カラオケも断ったようだし。


 薫子は支度を再開する。


「先生に呼び出されたの。それだけ」

 なんとも簡潔で分かりやすい説明だこと。


 だがそこで、仁先生も人間だと分かった。先生に呼び出されたのなら、薫子がまだ残っているのを知っていても不思議ではない。あの人は、なんでも知っているような言い方をするから不気味だが、本当はちゃんと計算しての発言なんだろう。少しだけ、安心した。


って、そうじゃない。ちゃんと薫子に伝えなければ……。だけど急に切り出すのは気が引ける。





「用がないのなら、私は帰るけど」

 これはまずい。引き止めねば。


「あーいや、天津は無事で良かったな」

「そうね。でも大した傷でないからあの判断に至ったんでし。それを言う為に来たの」


 そんな言い方をされてしまうと辛い。

 鞄も持って職員室に行った為、戻ってくる理由などないのだ。



 俺が次の言葉を言いあぐねていると、薫子は更に続けた。


「私はあの判断には賛成しかねるわ」

 あの判断とは禁呪の事だろう。最後まで否定していたのは薫子だったからだ。けど、俺はあれが正しいと思った。


 そこで薫子は神妙な顔つきになる。

「禁呪にするって事はそれなりの理由があるのよ。確かに、あの選択で十文字さんは救われたわ。けど目に見えている人を救済できていても、知らない人間が不幸になってるかもしれない」


 言ってることはもっともだ。俺の考え方は独りよがりでガキくさい。薫子の方が大きな視野を持って言動している。


 ……ただ。「俺はそれでも間違ってないと思う」


 最低な発言だ。


「目に見える人だけでも救いたい。そう言いたいんでしょ。分かるわよ」


 完璧に言い当てられた。これはこれで怖いな。



 それから薫子は歩き出し、俺の隣を通過した。


「私も水無君に守ってもらった一人だし、否定はできない。だから――もっと強くなった貴方に期待してみる」


 小さな声で、「酷いこと言ってごめんなさい」と薫子は付け加えた。



 酷い事なんて言われていない。約束を守っていない俺に怒っただけだ。ここに俺が来る原因を作ったのは薫子かもしれない。だが自分で選んだのだ。ここで相手に押し付けては明らかな責任転嫁だ。


 ここで見送るのは愚直な行為。



「……薫子。俺も悪かった。――偶には一緒に帰ってくれないか」


 薫子は笑顔だった。



 それから、勿論と頷く。 


 鼓動が早まった気がする。これは一緒に帰る事の緊張だ。久々だからだ。絶対そうだ。


 沢山の事が起こったが、いつもの日常が無事戻って来た。これがいつまでも続いてくれれば、そんな幸福な事はない。変化なき日常ではない。人と人とが繋がっている間は、そこに変化はあり続けるのだ。


 例え、どんなにちっぽけでも。











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