正義
「ここまでされたら、チオマルを諦めるしかないです」
踵を返し、チオマルの方へ向かう十文字千夜の目には、涙が浮かんでいた。
気づいているのだろう。二回目は無い事を。次また俺から血を取る事は困難を極める。全てがばれてしまえば、四之宮の従者を掻い潜らなければならない。更にいえば、それまでに四之宮家は手を打てる。十文字家に直談判でもすれば、立場的にもただではすまないはずだ。
けど、このまま十文字千夜を放っておいて、ハッピーエンドといえるだろうか……。
チオマルの死は明らかに不幸が重なった事だ。呪力のせいで死んだのなら、呪力で生き返らせるのは理に叶っている。
ならば次の問題はそれに対して、十文字千夜がやってきた事だ。吸血鬼になって生徒を襲った。それは罪だ。
罪。
しかし、罪の定義とはなんだろうか。
普通ならば、なにかしらの被害をもたらすだとか、そんなところだ。だが、俺の罪は違う。取り返しのつかない事を罪とする。十文字千夜はそんな大それた事件を起こしただろうか。
気づけば、俺は自分の勝手な考えを口にしていた。
「俺は――チオマルを生き返らせてもいいと思う」
十文字千夜が振り向く。抱きしめている薫子も、驚いた表情を向けていた。
「なにを言っているの……」
おかしな事を言っているのはわかっている。
「禁呪に後ろめたい気持ちがあったから、吸血鬼事件なんて起こした。最初はそう思っていた。けど、違うんだよ」
きっと俺が言わないと、十文字千夜は一生誰にも言わずに生きていくだろう。心中を完璧に察せてるとは言い難いが、少しでも楽になってくれるならそれでいい。
「誰も加担してくれないから、事件を起こしたんじゃなくて、誰も巻き込みたくなかったから事件を起こしたんじゃないか」
十文字千夜はなにも言わない。
代わりに、薫子が口を開いた。
「それは希望的観測よ」
「本当にそうかな。禁呪をするってばらさなければ、協力させる事は容易かったんじゃないか。だって四術士だぞ。だから一人でなにもかも行動して、誰も巻き込まなかった。今だって無理やりに俺から血を奪おうとしている」
「アホ過ぎるわ。血を奪われようとしていたのに、相手の肩を持つなんて」
そこで十文字千夜が口を開いた。
「その人の言う通り、アホですね」
「アホでもいいよ。実際、天津達の血は吸った。けど、大した被害は出て無いだろ」
薫子を下ろす。
それから、十文字千夜の方へ向けて歩き出す。
「なにをしようとしてるか分かってるの? 禁呪に加担しようとしているのよ」
一度決めた事を簡単に取り下げる気はない。
何も言わずに、俺は十文字千夜の前に立った。
俺は呪術の事なんて、大して知らないし知識も無い。禁呪がどれだけ危険で、犯してはいけない罪なのかも。
けどだからこそ、俺は自分の正しさで行動したい。
「本当に協力してくれるですか?」
今更なにを訊いているのか。
「だからそう言ってる。生き返らせてやるって」
二人でチオマルの前へ移動する。木箱を開けると、やはり死んでるとは思えないような、気持ちよさげな寝顔をした黒猫がいる。
禁呪とやらを始める前に、人差し指を立てる。
「一つだけ条件がある。薫子の事は秘密にしてくれ」
四之宮の呪術を発動する時に、名を言わなければならなかった。それに四之宮の呪術を知っている可能性もある。ともあれ、ばれているのは確実だ。
「そのくらいなら。では、こちらからも一つお願いするです」
十文字千夜からもされるとは……。完全に舐められてるな。
「禁呪に加担した事は誰にも言わないで下さい」
十文字千夜と知り合う前ならば、保身がそんなに大事か。そう思っていただろう。だが今ならば、ばれた時に巻き込みたくない。そうとしか取れない。
「いいよ。――けど、なにかあった時は好きにやらせてもらう」
十文字千夜が微笑した。
「なぜ笑う」
「どこまでもアホな人だと思ったのです。でもそんなへまはしません」
それならいいが。
十文字千夜は俺に噛みつき、吸血した。後から聞いた話なのだが、血の受け渡しを日常的にしている十文字家。それを簡単にする為に開発したのが、牙なのだそうだ。時代の流れに追いついていないだろ。と思ったが、牙の中に血を溜めこめるとの事で、世紀の大開発だったそうで。
馬鹿にはできない。
禁呪の術式を創り始める十文字千夜を見て、俺は気づいた。
「そうか。お前、まだ禁呪をする呪力は残ってるのか」
もう使える呪力は無い。そう言っていたが、禁呪をする為の呪力まで使えないという意味だったのだ。
本当に末恐ろしい……。
「本来の目的を忘れては、意味無し」
禁呪の術式は完成し、チオマルの周りが光出す。
「呪力はまだ余裕ありますか?」
コクりと頷く。
本当は結構辛い。
「では――。神の力授かりし者 我が名は十文字 新たな生を齎せ」
天にまで届きそうなほど、先の見えない光がチオマルを包む。それから、俺の呪力が流れ込んでいくのがわかった。
そしてそれはリアルで、呪力の代価となる血だった。思ったよりも、身体に痛みがはしる。
貧血気味になった時、それは止まった。光も止んだ。しかし、チオマルはまだ眠ったままだ。
「チオマル……?」
十文字千夜が声をかけて数秒――。
気持ちよさそうに眠っていたチオマルが目を覚ました。そして手を差し出していた十文字千夜の指を舐める。
まだ元気は無いみたいだ。
しかし十文字千夜は喜びを露わにし、チオマルを抱えた。
「久しぶりです。チオマル」
こうやって猫と戯れている姿を見ると、ただの子供だ。さっきまで戦っていた相手とは思えない。
その時、薫子が俺達に近付いてくる。
「まずいわ、四之宮の従者が来る」
四之宮の従者。確かに、この状況でこられたらまずい。それから三人でどうすべきか悩んだ……。
そして打破できる作戦を一つだけ見つけた。十文字千夜と一緒にいても問題無くやり過ごせる方法。
石段を上ってくる間に、打ち合わせをして、それを実行に移す。
「薫子様」
二人の従者が薫子を発見するやいなや、大きな声で呼びかけて来た。
しかし薫子はいつもより高いトーンで、十文字千夜と喋っている。
「チオマル可愛いわね。まじうけるわ」
「そんな事は知ってるです」
薫子は慣れないギャル言葉で話している。精一杯のJKの真似らしい。それを見て、従者達は口を開けている。
俺はその従者に近付き、説明をした。
「最初からガールズトークだって言ってたじゃないですか」
二人は顔を見合わせ、考え込んでいる。
「まさか本当に……」
なんとかやり過ごせたか。
薫子と十文字千夜に目を向けると、なにやら喧嘩が勃発していた。
「さっきから否定ばっかりして、幾ら十文字のところの千夜さんとはいえムカつきますね」
「奇遇です。見下げるその目に憤りを感じていたところ」
二人が闘志を燃やして、睨みあっている。
この馬鹿ども――。
「おい、いい加減にしろ! ちゃんと女子高生らしくしろ」
そのせいで、従者の二人も段々と不審な目で見るようになっていた。
「そういえば、薫子様ぼろぼろじゃないか」
「うん、確かに。仲良さそうには見えないな」
まずいぞこの展開は。俺がなんとかごまかさねば。
そこで一つ閃き、手を合わせる。
「ほら、キャットファイトですよ。女子高生ってよくやるじゃないですかー。猫もいる事ですし」
我ながらうまい事を言った。そう自負する。
しかし周りの目は冷たいものだった。四人から睨むような視線が向けられる。
「センスを疑うわね」
「さすがにドン引きです」
なんだよこれ。俺がせっかく仲裁までして、打破できる案までだしてやったのに。なんでこんな辱めを受けなければいかんのだ。
やってられるか、こんなの。
俺は踵を返し、石段を降りた。
背後では騒がしい声が止むことはなかった。だがその後も、大きな事件として知られる事はなかったようだ。
結果的にあれだ……。
終わり良ければ総て良しというやつだ。




