意味
「安心するです。神社の周りには結界がはってあります」
その瞬間に真下から鎖が出現し、俺達を捕縛した。
「これは――」
「隙あり過ぎです」
薫子は鎖に向けて指を動かしているが、何をしているかわからない。とはいえ、いきなり捕まるとは。最悪の出だしだ。
声を出して鎖を引き千切ろうとするが、まるでビクともしない。手に護を籠めても同じだ。
「格上の相手には術式を上書きして、解放させるのが主流だけど……」
十文字千夜の術式は複雑で、そう上手くもいかないってわけか。
「でも呪力量で勝っている場合はまた違ってくる。水無君、全方位に発をして」
全方位ってアバウトで無茶な事を。
「やりゃいいんだろ」
大雑把に指紋をしてから、ありったけの呪力を籠めての発。
すると、一体に衝撃波が広がった。同時に縛が解ける。
「なにが起きたんだ……」
そういえば、今まで縛の解き方とか知らなかった。
「相手の呪力を乱したから、縛のコントロールが弱くなった。そこを私が切ったわ。……それにしたって、更に呪力量上がったわね」
そう言って、薫子が興味深そうに見て来る。
「才能ってやつだな」
十文字千夜の方に目を向けると、護で発を防いでいた。まあそれはそうか。
「今のは少しビックリしました。けど、次はこうは行きません」
今度は薫子が攻める番だった。縛で捕縛しようする。しかし、得意の足裏の発移動で躱され、更に距離を詰められてしまう。
「応戦して」
薫子の指示通り、前方に発をする。速度と威力を意識したものだ。だが、それすら当たらない。
一度、見せていたし、その時も当たらなかったが……。
「温いです」
十文字千夜は手に呪力を籠めて、殴りかかって来た。
武闘派でもいける質かよ。
薫子が護で防ぐ。刹那、十文字千夜はまた新たな指紋を始めた。
「あれはまずい……。水無君」
すると、薫子が目瞑る。こちらを見て。
予め決めておいた。薫子が目を瞑った時は、血の受け渡しの合図だと。正直、人前でやるとかまじで恥ずかしい。
だけど、なりふり構ってられない。
唇を噛みちぎってから、血を口に吸いこむ。あいてる方の薫子の手を握り、口づけを交わした。
誓いなんかではなく、形式上のものだ。
その瞬間、護の力が増した。さすがは薫子だ。俺は大きくするくらいしかできないが、最小限のサイズを保ったまま、強度が増している。
しかし相手は四術士。簡単にはいかなかった。護をした腕から炎が巻き上がる。
八戒のそれだ。
だが呪力を増した薫子の護は、それだけでは破壊されなかった。
十文字千夜が笑う。
次の瞬間、風が巻き起こって炎のいきおいが増す。自然現象を利用して威力をあげる。この前の試合でもやっていた技だ。
耐えられなくなり、護は破壊される。それから後ろに吹き飛ばされた。なんとか薫子を支えて、守る事ができたが。
十文字千夜はいつの間にか、距離を取っている。
「大丈夫か」
薫子に問うと、ええと頷かれる。
顔を赤らめながら、十文字千夜はこちらを見ていた。
「まさか突然、接吻をするなんて……。驚きです」
「そこかよ」
思わずつっこんでしまった。
「ですが、呪力は温存しなければならないので、手短に終わらせます」
すかさず薫子が言い返した。
「この呪力モンスター相手に温存。……無謀ね」
誰が呪力モンスターだ。どいつもこいつも変なあだ名を付けやがって。
十文字千夜は顔色を変えずに一言。
「できます」
次の瞬間、空気の威圧により、宙に上げられてからいきおいよく落とされる。なんとか護で体へのダメージを防いだが、これは呪力コントロールの難しさが用意られる辛いヤツ。しかも薫子の少ない呪力でどこまでもつか……。
「これが九戒。こんな化け物とよく戦えていたわね」
「そりゃどうも。けど、今はその化け物を倒さなきゃいけないんだろ」
十文字千夜の空を護で防ごうとしたが、それをすり抜けて、吹き飛ばされる。空気の抵抗までは防げないか。分かってはいたが試してみたかった。
だが、ここで受け続けては勝てない。
薫子の手を引いて、狛犬の像の後ろに姿を隠した。小さくなるために、身体を密着させる。今更気にはしない。
「隠れても無駄です」
そんな十文字千夜の声が、恐怖心を煽る。
お互い息が荒く、まともな思考もできない。
「どうするつもり?」
「分からない。けどどんな呪術にも穴はあるんだろ。だったら、それを見つける」
空気を操れる。そんなチート能力に勝る方法はあるのだろうか。言ってはみたが、まるで思いつかない。
空気を無くすとか。……ダメだアホすぎる。
そもそも空気を操れるといのうが、大雑把なな説明だ。もっと深く知れれば、もしかしたら――。
とその時、狛犬の像は崩れて、俺達も空気に押されて吹き飛ばされた。そして後ろは石段。そこを二人で転がる。
「狛犬まで壊してしまっあ」
空気で押して狛犬を壊したとか、まじでなんでもありだな。
その瞬間、ふと閃くものがあった。
態々、狛犬を壊した……。
「おい薫子。やってほしい事がある」
ラッキーな事に、石段を落ちて今は視界から外れている。
「けど、幾ら貴方でも呪力の消費が……」
「んなの構ってられるか。いいから頼む」
薫子は俺の腕を握ってから、指紋を始める。
「我が血 呪とし 我想い 術とする 鋼の身体で我を守れ! 赤胴!」
出現したのは、鋼の鎧を着た巨人。十メートルは悠々にある。
とはいえ式神召喚ってのは結構、呪力を使う。少し舐めていた。
だがこれで確かめられる。
石段の上から、十文字千夜が言った。
「式神まで出しますか。やりますね」
俺と薫子は赤銅の前に立つ。
「こうでもしないと勝てないからな」
次の瞬間、十文字千夜が指を構えた。目に見えて空をしていると分かる。
俺はこれを待っていた。
薫子は赤銅の足を動かし、俺達の前に持ってきた。すると、空は赤銅の足の前で止まり、こちらには届かない。
十文字千夜は舌打ちをする。
「空気を動かすっていっても、自由自在とはいかないらしいな」
「どういう事かしら」
簡単な話だ。
真っすぐと上下。それが限界。好きな場所の空気を操れるわけではない。だから狛犬の後ろに隠れた時、俺達だけではなく狛犬まで壊した。それだけでは決定的な証拠にはならない。
だがその後にこういった。
壊してしまった。と。
これは壊さざるを得なかったともとれる。
つまり、空気の抵抗をものともしないような式神を出現させれば、空気抵抗は防げる。
「水無君にしては考えたわね」
「一言余計なんだよ」
さて――。「こっからは俺達の番だ」
しかし十文字千夜は笑う。
「その程度でなにを……。主導権を渡す気はないです」
まずい。まだなにか仕掛けてくる気だ。
薫子に指示し、赤銅の手に乗ってから、肩に乗せて貰う。こんなに高い場所なら空も届かないだろう。それに高い場所からの攻撃は有利に闘いを運べる。
いつも小さい十文字千夜が、こんなに高いところから見下ろすと豆粒のようだ。
だが、その豆粒が段々と大きくなっている気がした。
「空で空を飛んでいるのよ」
それを言われてはっとする。そんな事もできんのかよ。まあ、理論上は可能か。
って、関心してる場合じゃねえ。
迫ってくる十文字千夜に向けて、発をする。しかし、それは横に躱されてしまう。
「赤銅」
指示を出すと、赤銅から大きな鉄球がいくつも降り注ぐ。これには十文字千夜も動きが止まる。
空でいくつかは跳ね返されたが、それも赤銅が自らの腕で守ってくれた。
残った鉄球は、地面に降りた十文字千夜の護で防御される。
式神ってなんか便利だし、術士思いのところがなんか可愛いな。
このまま上から攻めれば、もしかしたら勝てるかもしれない。相手も相当、呪力を消費しているはずだ。
「高いところから見下ろされるの――すげえムカつくです」
その時、豆粒のような十文字千夜に睨まれた気がした。
やな予感がする……。
しかし時は既に遅い。頭上から多量の流水が降り注いだ。それに俺と薫子は耐えられず、赤銅の上から落とされる。
身体は護で守ったが、錆びてしまった赤銅は姿を消した。
水浸しだが、構ってはいられない。十文字千夜は今どこに――。
すると、十文字千夜に見下げられているのが分かった。
「やっぱり、こっちのが気分が良いです」
十文字千夜は素早い指紋を始めた。俺と薫子も護で守ろうとしたが、それは無意味だった。水の上に雷が落ちる。
護の隙間から雷は俺達に感電し、また蝕むような痛みが襲った。
悲痛な叫びをあげる。それを十文字千夜は面白くもなさそうに見ていた。
「感電死なんてしないので安心です。自然の力を借り受けているだけで、本物には遠くおよばないです」
フォローしているつもりなのかもしれないが、この痛みも相当なものだ。
「諦めて血を下さい」
また激痛をくらうのは心が折れるけど、諦めるなんてありえない……。
でもだめだ。足が思うように動かない。
俺に触れようとする十文字千夜の腕を、振り払ったのは薫子だった。
「まだそんな気力を」
「私の血だもの。貴方には渡さないわ。……一滴もね」
なんか薫子さん、怖いんですけど。
「ならば仕方ないです」
一定の距離を保ってから、十文字千夜は大きな指紋を始めた。それが五芒星だというのは直ぐにわかった。
まさか、あの時の技か――。
「薫子!」
一つだけ、あれを止める方法がある。
俺は薫子の前髪をあげた。額には『刻』という文字が刻まれている。
「四之宮の封印よ、貴方にはどうにもできない」
そう。これは入学する際に施された四之宮の封印。
なぜそんな事をする必要があったか。少し考えれば分かる。その封印が無ければ、四之宮だとばれてしまうから。つまり、あの帽子男を倒した技は四之宮にだけ伝わる呪術。
だがそれを使えば、十文字千夜の呪術だろうが防げる。あの光の呪術は、全ての呪力を消し去るのだから。
俺は、仁先生にずっと修行してもらっていた。意味があるかなど分からなかったが、こんなところで役に立つ日が来るなんてな。
これもやっぱり、あの人の筋書き通りなのかも。
指を噛みちぎって、血を滲ませる。
刻の字をその血で消し去った。
「解」
実際に試すのは初めてだったが、成功しただろうか。
「四之宮の封印を解くなんて、貴方いったい……」
解くっていっても、強い呪力で無理やりこじ開けたんだがな。
「んな事よりも、早くあれやれよ。光がばっーての」
「そうね。それしか方法はなさそう。――手、握ってくれるかしら」
触れていなければ相手の呪力は使えない。とはいえ、なぜ手を繋ぐのかはいつもわからない。しかもあの薫子がだ。
つっても、今は考える時でもないか。
「なにをしても無駄」
その瞬間、五芒星が光出した。
だが薫子の方も指紋を終えて、詠唱をすでに始めていた。
「神の声 つうす者 我が名は四乃宮 悪呪を無に喫する!」
「その身に体現するがいい!」
二人は呪術の名を同時に叫んだ。
「正就≪せいじゅ≫!」
「五行一貫!」
前方から炎が巻き起こる。風により更に勢いが増す。左右からは出現した石礫が襲い来る。頭上からは水流と雷。死角のない攻撃だった。
しかし薫子の呪術は四方八方全てに行き届いていた。降り注ぐ光が、全ての呪術を消し去った。
俺には、神を超えた瞬間のようにも思えた……。
「なっ……。全て消したのですか」
その瞬間、薫子が倒れ込んだ。俺もそれを支えたが、正直、殆ど呪力が無い。そのせいか身体が怠く、力が入らない。
「悪いな。薫子は天才なんだよ」
強がってはみたが、俺も薫子も限界だ。
「ですが、私にはまだ呪力が残っています。消すだけではなにも意味が無い」
嘘だろ。
まだ呪力が残っているのかよ。本当に化けもんだな、四術士ってのは。
支えていた薫子の小さな腕に、力がこもった。やられるのを恐れているのかもしれない。
指を突き出す十文字千夜。
こうなったら、俺一人でもやるしかない。
身体が力んだ時、柔らかい十文字千夜の声がした。
「というのは冗談」
――え。
「もう使える呪力が無いのです。残念な事に」
残念じゃない。寧ろ喜ばしい。
二人であの四術士を倒したんだ……。
しかし、嬉しいはずなのに、まるで喜べなかった。薫子もボロボロで、俺の身体に包まれている。
勝ったから、なんなんだ。薫子が傷つけられて、戦う意味なんてあったのだろうか。




