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禁呪






 次の日、普通に学校に来た俺は、朝陽に話しかけられた。


「吸血鬼の件はどうなったんだ」

 ド直球な質問だったが、言うべきか迷った。相手の事情も知らないで、勝手に口にするのは……。


 まだ早いな。

「いや、なんにも分からなかった」


「そっか。天津さん、今日も休んでるし……」

 心配そうな朝陽の表情が見てられず、昼休みなるや、早々に教室から出た。廊下でふと、薫子の探知呪術はどうなっているのだろうかと思い始めた。


 出たばかりで、直ぐに戻って訊くのも格好がつかないので、自動販売機でなにか買ってからにしよう。










 一階に降りて、学校内に置かれている自動販売機へと向かう。すると先客がいた。タイミングが悪いと一瞬思ったが、そんな事はなかった。


 背伸びをしても先客の人は、飲みたい飲み物のボタンが押せないらしく、後ろからそのボタンを押してあげた。


 先客が振り向く。

「一人でも押せました」


 やっぱり、十文字千夜だ。




「余計なお世話だったな」

 俺に正体がばれたってのに、普段通りかよ。もしかして、気づかれていないとでも思っているのか? まあ薄暗くはあったが。


 十文字千夜は販売機から水を取る。


「君は嫌いです。殴ってきた」

 鋭い目で睨まれる。


 あんな物騒な呪術してきたくせに、俺の赤子並みのパンチをどうこう言われる筋合いはないと思うんだが。


「それは悪かった。女の子、相手だもんな」


「馬鹿にするなです」

 今度はそんな事を言われてしまう。

 すごく気難しい、さすがは四術士。


 んな事より、今は吸血鬼についてだ。相手が知らなくともこっちは知っている。そして天津が襲われたのだ。ここで切り出して、先手を取るべきだ。


 あの時のようにはいかない。



「なんで吸血鬼に偽装して、生徒を襲った」


 瞬間、十文字千夜の表情が変わる。

 しかし直ぐに踵を返してしまう。


「あ、ちょっまてよ」


「心配せずとも、近いうちに君とはまた会う――です」

 その言葉を残して、ついには俺の前から姿を消した。


 本当になんなんだ。罪の意識というか、ばれた時の恐怖心的なものが感じられない。さっぱり狙いが分からない。


 とにかく、お茶を買ってから教室に戻る事にした。










それから教室に戻ると、薫子の方から話しかけられた。


「探知呪術は上手く機能している。明らかな動きがあったら、知らせるわ」


 なぜそんな回りくどい方法をとるのか。疑問だったが、それについても説明してくれた。


 ただ十文字千夜に会って問い詰めても躱されてしまう。だから動きがあった瞬間、つまりは血を吸飲してそれを使いなにかしようとする。その瞬間を狙って畳みかけるのだそうだ。


 ようは現行犯逮捕。


 十文字千夜の事は薫子に任せて、授業に集中する事にした。相手が相手なのだ。なにが起こるか分からない。今よりも強くならねば。


 ただ仁先生にはいきおいよく言ってしまったし、今更、お願いする事もできない。せめて事件が解決してからだ。


 そして明らかな動きとやらは、意外にも早く来た。












次の日、それは寮に帰ってきてから数時間。七時になってからだった。薫子に呼び出され、近くの公園に行った。


 方向音痴の俺とはいえ、そこは寮からも目視できるくらいの距離なので迷わない。

 そして薄暗いベンチに、薫子は座っていた。


「寒かったんだけど。待たせないで」

 呼び出しておいて横暴な物言いだ。だったら、一緒に行けばよかっただろうに。


「はいはい、ごめんなさい」


「十文字さんは、烏枢沙摩神社にいるわ。行きましょう」


 その神社はよくわからない。神様なんて信じないし、初詣の話をするにも早い。まあネーミング的に近いのは分かる。


 そして公園から歩き出した時、俺の知らない二人組が姿を現した。 スーツに身を包み、怪しいと言われれば、怪しい二人。


 誰だろうか。十文字の従者か。


「お二人を行かせるわけには行きません」

 なぜか敬語で一人が言って来た。


「貴方達は下がっていて」

 対して、薫子は上から目線で物を言っている。まさかこれは、俺が初めて目にするあの人達か。


「四之宮の従者さんですか」

 訊いてみると、頷かれた。


「水無君は見るの初めてだったわね」


「とにかく、十文字家とのいざこざはまずいです。光茂様への相談も無しに」


 従者さんの言い分も大いに分かる。薫子は最近、問題を起こしっぱなしだ。あくまで俺の目から見てだが。それで従者さんが敏感にならないはずもない。


「大丈夫よ。話し合いで終わるかもしれないわ。それに相手は高校生。ガールズトークを楽しむだけ。それこそ、干渉する事をお父様に禁止されているでしょ」

 嘘だ。明らかに。


 薫子と十文字千夜がガールズトークをしているところなど、全く想像できない。というか、先ずつぶし合いが始まりそうだ。


 そんな事は俺よりも、付き合いが長い従者さんの方が分っているだろう。


「信じられません」


 薫子がむすっとする。


 言わんこっちゃない……。 

 俺の言葉がどれだけの効力があるかわからないが、ものは試しだ。


「まあまあ、なにかあれば俺が責任を持ちますから」


「お言葉ですが、水無様。貴方はこの頃、放課後は一人で薫子様を帰らせていますよね? 守ると豪語しておきながら」


 うっ。まさかそこを突かれるとは。なにも言い返せない……。


「下校中も監視していたのね」

 薫子は不服そうに言うと、従者さんもそれにまた言い返してくる。



 まるで思春期の子供と、親戚の喧嘩だ。

 とその時、薫子に手を引かれて、駆け足でその場から去った。従者は追って来ない。 


 どういう事だろうか。



「私が幻覚を見せてる。いつまでも持たないけど」

 おお。さすがは薫子。七戒ってやつか。あれだけ長い間話していれば、二人に掛ける事もできるという事だろう。


 ともあれこれで、十文字千夜のところに行ける。












 だが、俺は一つだけ引っ掛かるものがあった。十文字千夜は前に、君とはまた会えるだろう。そう言っていた。これでは俺達が来る事を予期しているみたいではないか。


 その思考を振り払い、考えるのを止めた。どちらにしろ、今動かなければ状況は変わらない。


神社に向かうまで話した内容は、主に十文字千夜の能力についてだ。九戒まで統べ、四術士の中でも特に術式を創るのがうまいとか。俺を襲った五芒星からの自然現象。あれも複雑な術式での呪術らしい。


「そもそも、俺は術式ってのを理解してないんだが」


 なんとなく、ゲームでいうところのスクリプトとかそんなところだと解釈してはいるが。


「指紋も術式の一つ。けど、高度な術式はそこに呪術理論と十戒の幾つかを複合して、新たな術式を創りだすの」 


 訊けば聞くほど、俺には遠い世界だな。これは。


「そんな四術士様に、勝てる見込みあるのか?」勿論、戦わずに解決。それが一番なのだが。

 最悪の事態は想定しておくべきだ。


「呪術レベルでも負けているし、呪力量だって劣っている」

 勝てる部分すらないってわけか。こりゃ、四術士様を怒らせたら終わりかもな。


「そこまで周りが見えてて、四之宮家に頼るって選択肢はないのな」


「あくまで私達の問題でしょ。自分達の力で解決するべき」


 その意気込みはかいだ。無理って決めつけて大人に任せて、自分が最善だと思った結果に結びつかない。そんな事はこの世界でよくある。だから自分が納得する形で終わらせるには、自分達で解決するしかない。

 他人になど任せられない。





「とはいえ、方法が無いってのはな」

 苦い顔ををすると、薫子は微笑した。


「無いなんて言ってないわ」


 ならば方法があるとでも言いたいのだろうか。あの圧倒的強さを見せつけた、十文字千夜に。


「一人じゃ勝てなくとも、ここには二人いるでしょ。呪術は私が補う。呪力は水無君が」


 薫子とは思えない発言だ。



 俺を信じてくれているみたいじゃないか。なんだか俄然、やる気がでてきた。

















 そして石段を上り終えた時、本殿の前に十文字千夜はいた。後姿だが、確実にそうだ。だが不審な点が一つ。黒い木箱をじっと眺めている。大きさもさほどではなく、手で持っていけるほどの。


 最初に口を開いたのは、十文字千夜だった。

「やっぱり、会えたですね」


 その言葉を聞いて、薫子が俺に目を向けた。


「やっぱりってどういう事」

「あー、それはだな」


 学校で十文字千夜と話したことを今更ながら説明した。別に話さない事に意味があったわけではないのだが、話して不安に駆られるのはまずいと思ったからだ。このタイミングで話しては、まるっきり意味などなかったのだが。









「はぁ……。つまり最初から、彼女に仕込んだ呪術はばれていたって事ね」

 流石は四術士かしら。と付け加えてから、十文字千夜の方に目を向ける。


 しかし十文字千夜は、驚いた表情していた。


「ばれているというのは少し違います。まあ、最初から違和感はありましたが」

 それから、十文字千夜は自身に呪術をかける。


 すると今度は薫子が驚く番だった。


「探知呪術が消された」

「消されたってどういう事だよ」


「完璧な呪術なんて存在しない。対処法は必ずあるものだけど、一瞬で見極めて無効化するなんて……」


 呪術に長けてる薫子がこんなに驚いているんだ。相当、凄いのだろう。実際、この呪術をかけたから、自分で解いてみて。なんて突然言われても、俺には対処のしようがないが。


 一方の十文字千夜は、探知呪術について一人でぶつぶつと褒めていた。








 なんだか話がずれている気がするので、俺が戻す事にした

「なんで俺達が来る事が分ったんだよ」


 十文字千夜は考える素振りをしてから言った。

「分かったわけではなく、必要だったのです。君が――」


 その瞬間、十文字千夜は俺を指差してきた。

 なんでこう、変な女に標的にされるんだろうか。まったく嬉しくない。


 隣の薫子は半笑いでこちらを見ている。


「なに馬鹿にしてるんだよ」


「馬鹿になんかしてないわ。ただ笑っただけよ」


「それを馬鹿にしてるって言うんだよ」


「だって必要だなんて、まるで愛の告白みたいで……ぷぷっ」


 くっそ。もう気力が無い。薫子との言い合いは無意味だと分かっていたはずなのに。不覚だった。








「呑気な人達ですね」

 その言葉で俺達ははっとする。


 十文字千夜は表情を変えずに、さっきまで見ていた黒い木箱に近付く。


「君を必要だと言ったのは、彼氏にする為などではなく、地味にイケメンだからというわけでもありません」


 その瞬間、木箱の蓋を取り、中身を俺達に見せて来た。

 さっきまでの言い合いが嘘のように、俺と薫子は静まり返る。


 そこにはまるで死んだかのように眠っている、黒猫がいた。いや――おそらく、死んでいる。


「察してはいると思いますが、このチオマルは死んでいます」


 吸血鬼――血の受け渡し――十文字千夜――黒猫の死――俺の必要性。


 これら全てが繋がる事とはなんだ。十文字千夜があんな危険を冒してまでしたい事とは……。








 ぽつりと、薫子が呟いた。

「まさか貴方……」


「気づいたようですね」


 気づいたってなんだよ。まるで分からねえ。


「おい、薫子」

 そこで薫子はなぜか、悲しそうな顔をした。


「簡単よ」

 ――生き返らせるつもりなの。


 その言葉が、何度も俺の中で響いた。





 蘇生。そんな事が可能なのか、呪術は。不条理過ぎないかそれは。人知れず死んだ人間が、人知れず生き返る。持つ者と持たざる者の圧倒的な差ではないか、それは。


「でも、それは禁呪とされている」


 禁止されている。そう聞いて、どっと出た汗が引いた。だが、可能というのは変わらない。






 言葉を十文字千夜が繋いだ。

「その通り。蘇生は世界のバランスを崩すとして、禁止されています。とはいえ、こんな黒猫が一匹、生き返ったところで気づきますか。猫一匹なんて、人間にたいして干渉しないでしょう」


「どんな事情や理屈があっても、決まりは決まり。破ればそれに続くものが現れるわ。それも十文字の四術士がやったとなれば……」


 薫子はどこか、憤った様子だった。


 俺にはなにがなんだかさっぱりだ。


 そもそも――。「俺が必要な理由なんてなんだよ。話を進めるにしたって、ちゃんと説明してくれ」


 それもそうです。と十文字千夜が頷く。





「先ずはチオマルから話さなければなりません」


 呪力を持つものはなにも人間に限られた事はではなく、極稀に動物にも宿る事があるらしい。そして呪力を持って生まれたのがチオマル。


 十文字千夜が幼い頃から、チオマルは住み着いており、一番、懐いていた千夜がずっと面倒を見ていた。それまでは普通の猫と同様に暮らしていた。だがある日、チオマルに異変が起きた。


 急に苦しみだしたチオマル。病院に連れて行っても原因は不明。そして十文字家の調べでようやく判明した。


 その理由は――呪力の漏出。


「呪力というのは生命エネルギーの代わりでもあるのです。それが漏出するという事は、死に直結する」

 そこで俺は質問した。


「漏出ってなんで急に」


「人が呪術を使えば呪力を使う。猫だって同じ原理かもしれない」


 そこで薫子が言い返す。

「猫が呪術なんて、あり得ないわ」


「それこそ、猫を家畜としか思っていない証拠です」


 猫が呪術。あり得ない話ではないのか……。


「チオマルの死は明らかな事故。そしてチオマルの呪力型と、君の呪力型は同じだった」

 またもや、俺を指差される。


 隣の薫子に訊いてみた。

「呪力型が同じだったら、生き返らせられるのか」


「そんなわけないでしょう」

 なぜか怒られてしまった。


「複雑な術式の元、猫の体内に同じ型の呪力を送り込めば、理論上は可能だけれど……」

 薫子は十文字千夜を睨んだ。


 一方の十文字千夜は気にする様子は無い。寧ろ、説明してくれて嬉しそうにさえ見える。











まとめるとこうか。十文字千夜の飼い猫、チオマルは呪力の漏出によって死亡。確たる原因は分からない。そしてチオマルと同じ、呪力型をした俺の呪力を渡せば蘇生できる可能性がある。


 不条理な話だ。



「同情するなら、協力するです」


 理由は分かったが、他に方法は無かったのだろうか……。


「同情はする。だけど、吸血鬼事件なんて起こして、関係の無い生徒から血を吸って、その呪力型とやらを調べた。それに関してはどう弁解する」


 そうだ。アイツは俺の友達も襲った。それは簡単に許していい事じゃない。


 十文字千夜は微笑を浮かべる。

「弁明をするつもりなどないです。かけがえのない命を救済できるのなら、手段など問わない」



 おかしいとは思いつつも、俺は十文字千夜の言い分が分かる気がした。やっぱり俺は、正常な判断ができないらしい。




 不意に、隣の薫子が言った。

「同じ型と呪力なんてそうそう、存在するものではない。だから水無君を見つけた時に舞い上がってしまったんでしょう」


「でもだからって、なんで吸血鬼なんて……」


「説明してから貰うにしても、進んで禁呪に加担したい人なんていないわ。どんな罰が待っているか分からないもの」


 後ろめたい気持ちがあったから、吸血鬼なんてまねをした。ってわけか。


 いや――なんかおかしくないか。


 明らかな違和感がそこにあった。だが、それがなにかは分からない。








「協力してくれないのなら、力ずくでも君の呪力を貰います」


 十文字千夜が恐ろしい事を口にしている。呪力を貰うってなんだよ。俺は誰にでも渡すほど軽い男じゃないぞ。


「そのつもりなら、手加減はしないわ」

 どうやら薫子もやるつもりらしい。



 最初に話し合いで解決だのなんだの言ってなかったか……。


 また十文字千夜と戦う事になるなんて、まるでこれは仁先生が予期していたみたいではないか。だが、戦いの前に余計な思考は止めよう。




 後からなんとでも問いただせる。






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