正体
時は過ぎ、夜も更けた。
十時を過ぎ、手紙の時間まではあと少し。俺と薫子は打ち合わせの上、一緒に寮から出た。誰にも感づかれないようにこっそりと。これが推理小説なら、犯人が寮の住人という可能性もあるりうる。
夜道を歩く間は特には話さなかった。
学校に付いた頃には三十分を過ぎていた。それから薫子が仁先生が呪術を弱めておいてくれた場所を探すのに、少し時間をくったが、時間をオーバーはしていない。
そこから二人で学校に不法侵入した。
態々、招待してくれたのだから、犯人が一部を開けておいてくれた可能性もあったが、今は気にする必要ないだろう。
二人で夜の学校に入る。何かあった時のために、靴は脱がずにそのままにした。
廊下は明かり一つついておらず、真っ暗だ。唯一の光は避難場所を示す緑の明かり。節電の為に切っているのか、電気はつかない。または犯人がブレーカーから落としている可能性もある。
「オバケがでそうな雰囲気だな。怖くないのか」
それとなく訊いてみる。
「目に見えたものしか信じない主義なの」
呪術なんておかしなものを使ってるやつのセリフかよ。
そこで俺は、仁先生の事を言おうか迷った。
ただ、仁先生は薫子を四之宮である事を俺に言った。自分が知っていると意思表示したのだ。その意味が明確には分からないが、平等主義の俺にとっては仁先生だけが薫子の秘密を握るのはだめだ。
「なあ、話があるんだが」
顔だけをこちらに向けて来る。話せという事らしい。
「日役先生はお前の正体、気づいていた」
「え――」
知るまでの経緯を説明すると、迂闊だったと頭に手を置いた。
「それと百瀬なんだ。あの人の苗字」
「百瀬……。日役先生が。――なるほど。さほど問題ないわ」
と勝手に納得される。
俺には分からない世界だ。上流家庭のなんとやらだな。まあ問題ないならそれでいい。
ともあれ、約束の時間まで学校内をブラブラする事になった。場所を指定されてないし構わないだろう。されても言う通りにする気があったかどうか怪しいが。偶々、犯人を見つけるという可能性もあるだろうし。
俺が先頭に立ち、先導する。しかし特に変わった事はない。
不意に薫子は言った。
「さっきから、同じ所をぐるぐるしてるわ」
なに……気づかなかった。まさか既に敵の呪術の中にいるのか。これはまずい。
冷や汗が出る。
「変な事を想像しているようだけど、水無君が方向音痴なだけ」
あっ、そうですか。
「静かに……!」
今度はなんだよ。と小声で訊く。静かにと言われた以上は仕方ない。
その時、俺の耳に聞こえて来た。足音が。俺と薫子は音が響かないようにスニーカーを履いて来た。俺達のものではないのは確か。先生がまだ残っているか、犯人かのどっちかだ。
それか――本物の吸血鬼。
音の方向からして、曲がり角の向こうにいるらしい。対して俺達は、廊下の真ん中にいる。この位置はまずい。
そっと薫子の手を引いて、ならべく静かに歩き出す。
「ちょっと、今音を立てるのはまずいでしょ」
薫子も冷静ではないようだ。
だが、おそらく相手は俺達の場所を分かっている。だから足音を立てたのだ。つまりは立ち止まっている事は、相手の思うつぼ。ならば場所を変え、廊下の角にスタンバイする事で、敵の出方を窺う。尚且つ、その角の後ろは階段だ。逃げ道も確保できる。
って、俺はなんで逃げ腰なんだ。まさか吸血鬼にビビってるのか。
だが、B組のやつも襲われているし、ただものでないのは確かだ。
薫子を後ろに付けてから説明する。
「俺達の場所を敵は把握している。だから、ここで敵の出方を待つ」
「把握している? なぜそんな事が言いきれるの」
なぜかなんて俺にも分からない。多分、極限状態に陥って、冷静な判断力をかいている。だが、そんな気がしてならない。
俺達の会話を止めたのは、大きな足音だった。
廊下の先に姿は見えないが、確実に近づいて来ている。
息を飲む。
そしてついに姿あらわに――。
しかし廊下の先からなにも現れず、その代わり、大きな薫子の悲鳴が後ろで聞こえた。
反射的に振り向くと、そこには薫子の腕を掴んだ吸血鬼がいた。二本の牙を剥き出しにし、不気味な顔をしている。そして背にはマント。身長も噂通りにデカい。薄暗くて全ての認識が正しいかは分からないが、少なくとも吸血鬼と呼ぶには十分な姿をしている。
だが今は臆している場合ではない。薫子が襲われている。
腕に護を籠めて、吸血鬼に向かって殴りかかった。相手が生身の人間の可能性もあったが、慌ててそれを忘れていた。
俺の攻撃は躱されたが、その代わりに吸血鬼の手から薫子は解放された。
もう一度、しっかり薫子の腕を掴んでから走り出す。
「行くぞ」
曲がり角だった為、吸血鬼の姿を見えなくなってしまったが、今は仕方ない。
しかし次の瞬間、吸血鬼はこちらに向かってきていた。
後ろに向けて薫子が発をする。だがそれを意に介さず、向かってくる。防いでるというよりは、まるですり抜けてるようにも見えた。
階を一つ下り、二階の教室に入って一息ついた。犯人を突き止めるのが目的なので、外には出られない。そもそも逃げるのがおかしいのだが、思わぬ登場で正常ではなかった。
俺以上に動揺しているのは、意外にも薫子だった。
「まずいわ」
「まずいってなにがだよ」
確かに、吸血鬼はリアリティあったけど。
「ビビってんのかよ」
「そうじゃなくて。あれは本物よ」
本物とはどういう事だろうか。
「私達の間では、幻を使って幻を見せていたという説が濃厚だったでしょ?」
その通りだった。だから割り切って犯人捜しを諦めていたし、なにより襲われるのはいつも一人ずつなので、その可能性は大いにある。
「けど、私に見えていたの。吸血鬼が。水無君は無理だろうけど、私は幻にかからないように最前の注意を払っていたわ。それなのに二人共見た。同時に幻覚を見せるなんて……」
まずい、更に脳をかき乱された。
「まてよ、もしかしたら幻がめっちゃ得意とか」
いや、それは少ない確率だ。自分でもわかっている。だが訊かずにはいられなかった。
「腕を触られたの。これはもう確定的よ」
もうなにも言い返せない。
幻は直接的な干渉ができない。だから偽りの姿で触るのは不可能なのだ。だとすれば、あの吸血鬼の正体は誰なのだ。身長も本当に二メートルくらいあったし、牙だってあった。
「心当たりあるか……」
駄目元で、ほぼ投げやりで訊いた。
「あるわけないでしょ」
――だよな。
発を意に介さず、あの容姿。吸血鬼と思うしかないのか。もっと論理的に否定するにはどうしたらいいだろう。
そこで薫子が座り込む。疲れたのだろうか。
次に俺の裾を掴んで、無理やり座らせてきた。
「どうしたんだよ」
「隙ができた時に、私の呪術を仕込む。そうすれば敵の場所を知る事ができる」
どうやら、薫子はあれが吸血鬼とは信じていないらしい。ならば俺も諦めずに信じるべきか。
「でも、成功するのか?」
呪術を意に介さないほどの相手だ、もし呪術士だとするなら腕が立つ。薫子の力を疑っているわけじゃないが少し心配ではある。
「四之宮家が開発した隠密呪術なの。貴方も知ってる人間よ」
誰だろう……。光茂さんあたりが有力そうだが。
誠司さんはそういうの疎そうだし、だとするならば――。まさか。
「桜子さん」
コクりと薫子が頷く。
桜子さんの名前があがるだけで、無性に成功する気がしてきた。
「最初はごく小さな呪力として、相手の体内に入り込む。それがレーダー替わりになるの」
説明をしおえた瞬間、足音がまた聞こえて来る。
二人の間に緊張がはしった。窓の上部は鏡になっているので、外からもこちらからも様子を探れる。死角になる場所に立ち、外を窺う。
すると、吸血鬼の姿がとらえられた。真っすぐ歩いて来ている。
こちらに向かってくるまでは、心臓が止まりそうなくらい動いていた。だが、俺達のいる教室を過ぎると、安堵と共に息が漏れる。
薫子は冷静に呪術を使い、さっきの探知型の呪術を発動した。
それは上手く成功したらしく、親指を立ててきた。
安心するのもつかの間、吸血鬼が道を戻ってくる。まさか場所がばれたのか。
咄嗟の判断で、見つけたロッカーの中に入る。
その中は個室以上に狭く、一人はいるのでも辛いくらいだ。だが今は薫子と二人で入っている。柔らかい感触が身体に伝わり、荒い息遣いまでもが俺の耳に届いている。
「狭い……。もっと良い場所はなかったの」
俺を肘で押しながら、薫子が不満を漏らす。
「仕方ないだろ。慌ててたんだよ」
「はぁ。あれだけ吸血鬼はいないと言っておいて、なにをそんなに……」
その時、扉が開く音がした。
身体を強く掴まれる感覚がはしる。ああ言ってても、意外にこの状況にびびってるのかもしれない。
安心させようと、俺も強く掴んだ。
ロッカーには隙間があいていて、吸血鬼の姿が見える。今は教室内をうろついている。こちらには気づいていないようだ。
その姿を見て、一つ気づいた。やはりあれは人間。動きにらしさがあるからだ。
そして不意に、吸血鬼が後背をこちらに向けた。これはチャンスだと感じる。今襲えば、犯人を突き止められるかもしれない。ここを逃してはならない。
気が付けばロッカーの扉を開けて、駆けだしていた。
吸血鬼もこちらに気づいたが、既にそいつに向けて飛んでいる。
いきおいをつけすぎて、掴んだまま回転したが、俺が上の状態を維持できた。乗っている下には、確かに人間の身体の感触がある。
そして暗闇に慣れた目と、この距離でようやくわかった。それは吸血鬼の顔などではなく、お面だと。
「正体――みたり!」
面を払うと、そこに顔はなかった。
次の瞬間、俺は突き飛ばされた。そして首筋に痛みが奔る。まるで吸血されてるような……。
「水無君!」
薫子の声がしたが、吸血されていると身体に力が入らない。
そして吸血鬼の顔が離れた一瞬、俺はその顔を見る事ができた。しかしそれはあり得ないはずの人物だった。
慌ててそいつはマントだけを羽織って、その場を去った。
「大丈夫?」
薫子が起こそうとしてくれたが、心配ないと言って、自分で立ち上がる。
そして落ちている物を見て、色々と納得した。
吸血鬼の面、それも目と牙がついてるだけの手作り感満載の。落書きまでしてある。それからかなりの厚底ブーツ。
「正体が分かったの? なにか大きな声を出していたけど」
苦笑いで薫子に訊かれる。
そういえば、面を取る時に変な事を叫んだ気がする。馬鹿にしているな完全に。だが今はそこに目くじらを立てても仕方ない。
「ああ、――十文字千夜だった」
心底、薫子は驚いていた。
「うそ――。十文字家の人がこんなリスクを冒すなんて……」
やっぱり、そうなるよな。血の受け渡しのために血を吸っても、本人に触れていないと使えない。それに十文字千夜ほどの術士が他人の血を欲しがるとも思えない。リスクをおかして、尚且つ、こんな面倒をしてまで。
ただ俺は見てしまったのだ。犯人の顔を。
薫子の話では、十文字家は血の受け渡しを許している家系であるらしく、その点では繋がった。
しかしはっきりとした答えはでないまま、学校を後にした。探知呪術も施したし、なんら問題ないはず。
明日になれば、また状況も変わるだろう。




