中堅
「天津さん、俺が仇とってくるから!」
物騒な言い方だ。
前に出る朝陽だが、俺には一つ心配事があった。優しいアイツの事だから、天津の為に夕陽と代わって勝つんじゃ……。
「次鋒戦開始!」
相手はあの眼鏡の男。
そして試合が始まると、俺の心配が余計だった事が分かる。なんとも無様で、あっという間に朝陽は負けた。周りからは大ブーイングだ。逆に凄いよ、その精神力。
次鋒戦が終わったとなれば中堅戦。次は俺だ。
倒れている朝陽に、拳を突き出す。
「安心しろ、勝ってくる」
D組の応援を背に受け、前に出る。周りからは勿論、応援など一つも無い。
対戦相手だが――一番、最悪の相手だった。
「君、ずっと馬鹿にしていた」
見上げられる形で、十文字千夜に言われる。
確かに、ロリだとか言ったけど、別に事実だし。別に馬鹿になんて……。
俺の顔を一瞥して、十文字千夜が一言。「否定的な顔」
それからはお互い無言だった。
相手は四術士。誠司さん、大我さんレベルと考えていいだろう。となれば一筋縄ではいかない。ただ俺も、この数週間で強くなった。
「中堅戦開始!」
その掛け声と共に、俺は指紋をする。しかし発動しようとした瞬間、思わず動きが止まってしまった。
なんだよこれ――。
良太郎の戦いを見守っていたD組と、仁だったが、彼の動きに変化がある事に早くも気づいた。
天津がそれを口にする。
「なんで動かないんでしょう」
最初の腹の探り合い、とはいえお互いなにもしないのはおかしい。下克上するなら、先ずは自分から攻めて流れを掴むべきだ。なのにそれをしようとしない。
その質問に仁が答える。
「千夜ちゃんも人が悪いね」
察しが付かない朝陽は、更に尋ねる。
「それってどういう事ですか?」
「七戒、幻だよ」
幻とはその名の通り幻を見せる呪術。視覚や聴覚などの五感に細工をし、幻影を見せる。だが五感全てを奪う事はとても難しい。そのうちの一つを奪うだけでもとても。
それに加えてD組の生徒は七戒をまだ知らない。それをふまえて、仁は人が悪いと口にした。そして理由は更にもう一つ……。
続いて質問をしたのは薫子。
「ですが、仕掛けるような素振りはしていませんでした。幾ら四術士といえど、全員の目をごまかして指紋なんて……」
「うん、だから人が悪いと言ったんだ」
D組全員が首を傾げる。
「目、だよ」
十文字千夜は自分の目に呪術を仕込んでおいた。そして目を合わせた瞬間に発動。そうする事で、相手の視界をジャックした。格下相手にも容赦の無い戦法。
なるほど。とD組の生徒が頷く中、仁は興味深そうに試合に目を向ける。
「さて、良太郎君にはなにが見えているのか」
発で先制をしようとしたのに、急に十文字千夜の姿が増えた。まるで分身だ。呪術はこんな事もできんのか。
さて、これら全てを相手にしていたらきりがない。だが動かなかったら尚更、解決にならない。
発を目の前の十文字千夜に打った。
仁先生との修行の成果で、俺は呪力コントロールが上手くなった。とはいえ一人で練習した後に、仁先生にアドバイスをしてもらうくらいだった。だが事実それは適格だ。
俺は多くの呪力量をもっている為、呪術を使う時に暴発していた。だから出す呪力を抑える。
たったそれだけで――。
発は前よりも格段に小さく、早くなっていた。それが一直線に十文字千夜を襲う。これは四術士でも受けきるのは一苦労のはず。
しかし十文字千夜は躱そうとしない。それどころか指紋もせず、ただ俺の発を受けた。だが、分身して増えていた彼女はまるでダメージを負ってない。それどころか顔色一つ変えていない。
分身だから消えるかと思ったのに。これ全員に攻めてこられたら、一溜りもないないな。……けど、そんな様子も無い。
どういう技だよ。
その時だった――。「俺に勝ったんだ、四術士なんかに負けんじゃねえぞ!」
聞き覚えのある……白井の声だった。
こんなアウェイで俺の応援とか、ホントに肝が据わってんな。それに四術士なんかって無茶を言ってくる。
自然と白井の姿を探そうとしたが、彼の姿は観客席に見つからなかった。満員御礼とかでもないし、声の方を見れば確実に見つかる程度の人数だ。ただ白井の姿は無い。
まさかこれは……。だがそうだとすれば、辻褄が合う。一発は百聞に如かず。
俺は指紋をして、ありったけの呪力を籠めてから発を放った。威力は相当なもので、結界内に全体に広がる。
終わってから周りを見ると、十文字千夜は消え、ただ一人の本体が立っていた。正確にいうならば、最初から本体は一人しかいなかった。今まで見ていたのは全て幻覚だったのだ。
どこかのタイミングでそれを俺に仕掛けていた。だが後から幻覚の上書きは難しいらしく、白井の姿は現れなかった。つまりは俺の視界全ては、やつの幻術で見えてるものが創られていたのだ。
「小細工は無しにして、やり合おうぜ」
煽るように言うと、十文字千夜はじっとこちらを見て来た。
「面倒です」
あの幻覚の発動条件は分からないが、気を付けながら戦えばどうにかなるだろ。
その為には――。相手に小さく絞った発をし、先手を取る。
予想通り、それは簡単に避けられてしまう。だが十文字千夜に避け方は他の誰とも違う。最初は全く気付かなかったが、何度か発を打っている間に気づいた。十文字千夜は発を後ろに打って速度を上げているのではなく、足の裏から微弱の発をして、まるで走っているかのような動きをしている。相当な呪力コントロールをよういる高度な技だ。だがそれと同時に、細かい移動が可能になる。
捕らえるのは難しい。
だったら――。
相手を上手く誘導し、直線状に来た時に発で一気に加速する。この技も、修行のうちにできるようになった。そして距離が詰まると、拳だけに護をして殴りかかる。
だが眼前の十文字千夜は驚いた顔もせず、指一本を突き出しただけで、俺の拳を止めた。
「良い勝負ができている。とでも思ったですか? 自惚れです」
その瞬間、真下に強力な呪力を感じた。
地面には五芒星が描かれている。いつの間にこんなものを……。
「君のぬるい攻撃を避けてる間に、創らせてもらったです」
咄嗟に、十文字千夜から離れる。
「その身に体現するがいい。――五行一貫」
その瞬間、地面の五芒星が光を発し、巻き起こった炎が襲ってくる。反射的に護でそれを防いだ。
夕陽のそれよりもいきおいは弱く感じた。勿論、自分の呪力コントロールが上手くなっているのもあるとは思う。どちらにしろ、防ぎきれない威力ではない。
刹那、炎のいきおいが更に増す。護を維持しているのがつらくなる。やはり四術士、一筋縄じゃいかない。
限界になり、護が壊された。発で移動し、なんとか炎は躱した。だが突如に地面が揺れ、体勢を崩して倒れてしまう。次から次へと自然現象を起こすそれは、八戒というやつだ。
そして眼前には、大量の流水が迫ってきていた。防ぐ術がなく、それに流される。しかしそれ自体にダメージは無い。
安堵したが、それは間違いだった。次の瞬間、電気が流れ俺の身体を蝕んだ。悲痛な声をあげ、焼け焦げたように身体が痛む。まるで軋むような痛み。倒れ込んだまま、意識が遠のきそうになる……。
これで終わりかよ……。まだなんにもできてねえ。一泡吹かせるくらいするつもりだったのにな。薫子に嫌われて呪術の修行に励んだのに、これかよ――。
これで――いいわけねえよな。
「馬鹿にした天罰。いや……苦行」
その言葉を機に、観客も試合が終わったようなムードを漂わせる。こういうのを覆すのは最高に気持ちい。
だから俺は足に力を入れ、立ち上がった。身体がふらつき、まともに立ててもいないが、まだ意識はある。
「しつこいです」
十文字千夜の冷たい言葉など気にせず、言い返す。
「粘着質なんでな」
「モテなそうな性格」
発でいっきに近づき、もう一度、殴りかかりに行く。
「モテたいなんて思ってねえよ」
しかし俺の動きは止められた。まるで空気に押し返されるような感覚が身体に奔る。
そのまま押し返され、俺の身体は結界まで叩きつけられる。背に護をしてダメージは防いだが、今のは一体……。
「悪いですが、君の拳は届きません。――力の差がありすぎる」
まるで降参しなさいと言ってるようだ。そういうのが、一番やる気でるとも知らずに。
また立ち上がると、俺の身体は十文字千夜の自由自在に操られ、投げ飛ばされる。
この技のカラクリは分からない。だがサイコキネシスとは違う気がする。それならば身体の自由が奪われる感覚になるはず。どちらかといえば、空気に押されるような……。
もう一度、地面に叩きつけられた時、頭の護が薄くなり地面にぶつける。痛みはあったが、おかげで一つ思いだせた。
九戒――空。
薫子の前にそう言っていた。空とは空気を操ると。この重力が増したような感覚とか、空気に押される感じは、それなら納得できる。
「空ってやつか」
問いかけると、意外にも簡単に肯定してきた。
「そうです。呼吸を奪うなどの真似はできませんが、君を倒す事は造作もない」
あっさりとネタばらしとか本当に舐められてんのな。
次の瞬間、天井に叩きつけられる。しかもさっきよりも早いスピードで。これには護が間に合わず、痛みがはしった。
身体はボロボロだ。だが打てる手があるとすれば……。
俺はもう一度、発で加速して距離を詰める。
「だから無駄だと――」
こちらに向けて指を構えた瞬間、発で更に軌道を変える。それを何度も繰り返す。普通ならばこんな大胆な使い方はできないが、俺なら別だ。才能ってやつを利用してやる。
「無駄かどうかはまだ分からないぜ」
そのまま敵の頭上に移動する。これは不意を付けたらしい。ここがチャンス。
実戦で試すのは初めてだが、上手く決まってくれよ。
「縛!」
一際大きな鎖が、十文字千夜に迫る。一本だけだが、大きな怪物でも捕まえられそうな太さ。
「そんな呪術で……」
迫っていた鎖は、十文字千夜の指の動きに操られたように、彼女を避ける。
「敵の術式の上書きをすれば、支配権はこちらのもの。一本だけなんて特にやりやすいです」
んな事もできんのかよ、四術士ってのは。本当に驚かされる。
「さあ、終わ――」
頭上を見た十文字千夜だったが、そこに俺の姿はもう無い。無理して大きな鎖を出したのには、理由がある。空気で直ぐに押し返されないように。そしてもう一つは、俺の姿隠す事だ。
そして今、俺は十文字千夜の背後を取っている。
拳に護を纏わせて、殴りかかる。
十文字千夜もこちらに気づいたようだが、もう間に合わない。この間合いなら確実に一発、入る。
――はずだった。
しかし呪力はどんどんと弱まり、俺の拳は弱弱しいものになる。十文字千夜に届いた時には、まるで赤子のパンチのような威力だった。
もう、意識が遠のいてる……。
くっそ、ここまでか。
俺は学校に来てから何度目かの、気絶をした。




