先鋒
次の日、俺は頭を抱えていた。
最悪だ。俺は一体、なにをやってるんだ。強くなったって、これじゃあ本末転倒じゃないか。直接、薫子を守れなければなんの意味もない。
とはいえ、ここで仁先生との修行を断るのはダメだ。二頭追う者、一頭を得ず。まずは強くなる。そこから始めよう。
気づけば、今日も授業が終わった。
「おーい、良太郎。薫子ちゃんとなんかあった?」
隣の朝陽が勘鋭く訊いてきた。
基本的に一緒に食べていた昼飯も一緒ではなかったし、登校も違った。それになりより、今日は喋っていない。勘づかれてあたり前かもしれない。
「別になんでもない」
だが、朝陽に心配かけさせるような事でもない。これは俺達の問題だ。
「離婚とかまじ勘弁だからな」
「その前に結婚してねえよ」
と返した後に、俺は教室を出て、仁先生の元へと向かった。
職員室にいった後、武道場に案内された。試合形式の対戦や、呪術選抜試験などをおこうな時に使われるらしい。その為、結界もかなり強固であるとの事。俺も入るのは初めてだ。
広さでいえば、高校の体育館くらいだろうか。とにかく、二人だけでは持て余してしまう。
「修行ってなにするんですか?」
「君の課題は簡単な事だからね。直ぐ、それなりの腕になると思うよ」
簡単とはどういう事だろうか。これまでの四ヶ月間、俺は殆ど成長できていない。指紋が早くなるだとか、詠唱ができるようにはなったが。
「一戒に関しては暴発させるんじゃなくて、一点に絞ればいい。ようは呪力コントロールだ」
「それなら薫子にも言われました」
「そうか。じゃあ、二戒の課題も分かるね?」
少し考えてから、俺は答えた。
「呪力コントロールを上げて、ムラを無くす」
「その通り。では三戒」
三戒。これに関してはまるで思いつかない。縛のような一度に具現化して操る。そんな高等技術は俺にはまだ無理だ。薫子にも分からなかった。だが、仁先生なら分かるというのだろうか。
俺が首を振ると、仁先生は笑った。
「君は難しく考えすぎなんだよ」
考えすぎって――。こればっかりは楽観的になんてなれないだろう。
「柔軟思考が大事なんだよ。縛は具現化して操る。それだけでいいんだから」
「それが難しいんじゃないですか」
「多くの呪力がある。その才能を生かせば自ずと答えは見えてくる」
呪力……。
仁先生の言う通り、俺には多く呪力がある。けどその才能を生かすって言ったって、漠然としすぎている。まだ呪術を齧っただけの俺じゃ、まだ答えはでなかった。
不敵な笑みを浮かべてから、仁先生は縛を発動させた。それも大きな鎖をたった一本。
「これだけでいいんだ。大きなものならば、一本でも相手を拘束できる」
逆転の発想とはこれだ。一本ならば呪力コントロールが甘くても、何とな操れる。
まさかそんな方法があったなんて。だが、だとしたら。「なんでみんな、沢山の鎖を同時に操るなんて難しい事を?」
「君にとっては難しいかもしれないけど、他の子達にとってはそっちの方が簡単だったりする。呪力消費が抑えられるからね」
つまりこの方法は多くの呪力を消費するという事なんだろう。
とりあえず、試してみるか。実践あるのみ。
俺が指紋を始めた時、それを仁先生が止めた。
「呪力コントロールは一人でも上達できる。僕には全部見てる時間はないからね。――だから君に、一つだけ直々に教えてあげるよ」
吸血鬼事件で多忙であるとしても、呪力コントロールよりも大事にすべき事があるのか。少し疑問だった。
そしてそれから一時間、マンツーマンで教えて貰った呪術が、今の俺に必要なのかはやはり疑問だった。ただ、さすがは仁先生と言うべきだろう。一時間でもそれなりになってしまった。
「それじゃあ、最終下校まではここで呪力コントロールをしてていいから」
と自分はさっさと退散する台詞を吐いている。
ただそれに付け加えて。「やる気があるなら明日も来なさい。今日と同じように教えてあげるから」
との言葉をいただいた。
勝手ではあるが、先生らしい人ではある。
俺は頭を下げた。「有難う御座いました」
不敵な笑みを浮かべ、仁先生は俺の前から姿を消した。
さて、これから呪力コントロールだ。自分の呪力を使い切るくらいまではやってやる。
それからは時間を忘れてひたすらに呪術をした。やり方が分かると成功した時の嬉しさや、失敗した時の悔しさから、あっという間に時間は過ぎた。最後は見回りの先生に見つかり、最終下校を過ぎていると怒られて、俺も退散した。
暗がりでの一人下校は寂しいものがあったが、強くなっているという実感もある。同時に虚しさも芽生え始めていた。
次の登校日は、薫子とのいざこざがある反面、高揚していた。まるで進歩がなかった自分の呪術が上達したからだ。
だが浮かれているのと薫子にまた嫌な思いさせてしまう。それはうちに秘め、学校ではいつも通りに過ごした。そんな時、昼休みに朝陽とこんな会話をした。
「そーいや、もう直ぐだな。クラス対抗呪術合戦」
呪術合戦といえば、白井達率いるC組とやったあれか。
ん? もう直ぐってどういう事だ。
「ここんとこ上の空で、聞いてなかっただろ」
朝陽の言う通りだ。授業中は考え事ばかりしていた。
だがクラス対抗があるなら、また作戦を一から立てないといけないし、間に合うのだろうか。
そして次の朝陽の言葉で、更にまずい状況だというのが分った。
「相手はA組だしな」
A組……。
烏枢沙摩高校においてもっとも成績優秀な手練れ集団。実際に見た事は無いが、相当のやり手なのだろう。
それを急に倒すとは無謀な話だ。
「作戦とか諸々はどうするんだよ」
「それなら心配いらねえ」
心配いらないとはどういう事だろうか。どうせ勝てないから心配いりません。とでも言いたのだろうか。
「ルールは五対五のシンプルな力比べだ。一人ずつ戦って、最初に三勝した方が勝ち。どうだ、作戦なんかいらねえだろ」
確かに、個人の実力アップをした方が効率的だ。
同時にこれは大きなチャンスだ。強くなった自分の力を、格上の相手に試せる。あわよくば勝つ。
打倒! A組!
「なんか珍しく燃えてんな」
朝陽がぽつりと呟く。
実際、高校生活史上、一番に燃えているかもしれない。
授業が終わると、俺は即座に仁先生のところへ向かった。そしていつも通りに手ほどきしてもらう。一時間の修行が終えると、また呪力コントロールに入る。最終下校まで続けて、帰宅。そんな生活を続けていた。
そしてA組との対戦の日はやってきたのだ。
場所は俺がいつも使ってる武道場。今では愛着が湧いて来ていた。A組より先に来ていたD組は作戦のおさらいをする。
といっても戦う順番だけで、特にはない。
先ずは天津。先手必勝だ。次鋒に朝陽。夕陽と代われば勝てるだろうが、そんな危険はおかせない。中堅が俺だ。副将が飯田。大将は薫子。
正直、この采配を聞いた時はセオリーでないと思った。なぜなら中堅は中継ぎという大事な立ち位置。それを一番強い薫子ではなく、俺にやらせるなんて。
決めたのは仁先生だが、なにを考えているのか。ひょっとすると、俺に期待しているとか……。
そんな時、A組が入って来た。
先頭には屈強な男。次はメガネの一見、貧弱そうな男だ。そして驚きだったのが――。
次に入って来た女子は、俺が知っている顔だった。
身長は140センチくらいで、銀色のふさふさした髪をしたロリ――ではなく少女。
一度、図書館でぶつかり、暴言を吐かれた間柄だ。まさかAクラスだったのかよ。完全になめていた。
隣に座っている朝陽が、俺の肘を突っついて来た。
「見ろよ、あの小さな女の子。あれが十文字千夜≪じゅうもんじちよ≫さんだ」
まさかのだった。
最年少で四術士になり、現役高校生のその人が、まさかあんなロリ――少女だったなんて。
驚きというか、あれは違法だろ。完全に女子小学生だ。
そんな時、十文字千夜に睨まれた気がした。反射的に俺は目を背ける。
見届けの先生と観客を入れてから、審判が合図をする。
「これよりA組対D組のクラス対抗呪術合戦を執り行う。先鋒、前へ」
前回の人より話が早くて助かる。
行って来ます。と言ってから、天津は前に出た。相手はあの屈強な男だ。
しかし周りの歓声は冷たいものだった。
「D組がA組に勝てるわけねえよ」
「女の子なのに可哀そう……」
「一方的なんだろうな、うけるわぁ」
などと、俺達を侮辱する者ばかりだ。
そういうのに一番、弱そうな天津は意外にも気にしてない様子だった。というよりは、自分の事に集中して周りが見えていないのだろう。今もそわそわしている。
「おい嬢ちゃん。悪い事は言わねぇから、棄権しな」
屈強な男は開口一番にそう言った。
それを聞いて、さっきまであたふたしていた天津の顔色が変わる。
「みんなで勝つために来ているんです。だから、棄権なんて絶対しません!」
真っすぐ見つめられ、男は一瞬怯んだ様子だった。
「女の子をいたぶるのは趣味じゃないが、お望みとあらば仕方ねえ」
望んではいないだろ。あのドS。
先鋒戦開始!
その声と同時に、二人は動き出す。
男は発でいっきに距離を詰める。Aクラスといっても、基本的な戦術は同じのようだ。ただ速度や指紋のスピードがまるで違う。
対して、天津は恐れずに前を向いている。
次の瞬間、懐から札を取り出し、相手に向けて突き出す。
あれはこの前に習った呪符。天津はその授業でクラス一番の成績を残していたが、なにをする気なのだろう。
「我が血 呪とし 我が想い 術とする 式神召喚!」
一枚の呪符から現れたのは、白く長い毛をした犬だった。大型犬よりも大きく、まさしく式神といった風貌。
それでも相手の男の動きに戸惑いは無い。屈強な拳で、式神に殴りかかる。
天津は指を器用に動かし、白い犬が丸くなりガードした
「やるじゃねえか」
戦いながらも敬意を示す敵に、天津は更に仕掛ける。いつの間にか、男の後ろには黒い犬がいた。
いつの間に二体目の式神を出したのだろう。そして黒い犬は男に噛みつき、ダメージを与えた。それを殴って吹き飛ばしたが、肩からは出血が見られる。
「わたしが召喚した式神、イリガミは表裏一体。二匹で一つの式神なんです」
赤いメガネをキラりと輝かせる天津。なんだか活き活きしている。
それに周りの意見も変わってきたようで、どっちが勝つか分からないだの、熱い手の平返しをしている。
よし、その調子でぶちかましてやれ、天津。
これを機に、いっきに攻めるのかと思いきや、突然頭を下げだした。
「あっ――血が。すいません、わたしのせいで……」
などと謝り倒している。まるで緊張感が無い。とはいえ、血を見ても平気なようで良かった。克服したのか、微量だからか。
「頑張ってるね、天津君」
と頭上で声がした。
振り返ると、仁先生が観戦していた。
前回はこなかったのに、今回は来るのか。と変なところを意識してしまう。
「呪符の扱いに長けていたし、試合前に教えておいて正解だったよ」
笑う仁先生だが、俺は裏があるように見えてしまう。この対戦に合わせて教えたような……。
朝陽が唸ってから、こんな質問をした。
「だからって、あんな短時間で凄すぎません?」
それには同意だ。呪符を教えて貰ってから一か月も経っていない。それなのに手足のように式神を操っている。
「天津君は元々、六戒まで会得している。ただ彼女は実戦というものが苦手でね」
それは俺達もこの前、知った。血を見ると指紋もろくにできなくなってしまう。人を傷つけるのも苦手なのだろう。
「でも呪符は別だ。指紋できなくとも、呪力を籠めれば呼び出せる」
仁先生の言い方だと、誰にでもできる芸当に思えてしまうが、そうでないのは俺がよく理解している。呪符に召喚の術式を描くのも努力と才能だ。
「それに天津君には、持ち前の器用さがある」
嬉しそうに仁先生が言った。
目を向けると、相手のA組の男は、流れた血を呪術で止血している最中だった。今なら血も出ていて、呪力が乱れているというのに、攻撃せずに心配とかお節介焼きもいいところだな。
だが、それが天津のいいところでもある。
「アンタ、俺を舐めてるとやられるぞ?」
次の瞬間、天津の足下から大量の鎖が出現し、動きを封じてしまった。
そして同時に、式神の動きも止まる。使用者であるものが止められると、式神も動けなくなるらしい。
てことはピンチだろ、これ。
つか相手はいつの間にあれを仕掛けていたんだ。
そんな疑問を持っていると、仁先生が疑問に答えてくれる形となった。
「最初に攻撃した時だね。地面に呪術を仕込んでいたんだ」
さすがはA組。一筋縄じゃいかないというわけか。
動こうと呻く、天津だったが、鎖はびくともしない。
「中々、良い線いっていたが、俺の血を見てから明らかに式神の動きも鈍っていた。実戦はまだまだ経験不足だな」
男の言う通りだった。血を完全に克服しているわけではなかったのだ。それにアイツ、筋肉から肉体派の術士に見せかけて、頭脳派なんて性格悪い。これは完全に一本とられたな。
男が天津の額を指でつくと、試合は終了となった。
勿論、勝者は――。「先鋒戦、A組!」
「なかなか良かったぜ、嬢ちゃん」
「有難う御座いました」
二人は握手を交わす。
がっちりと掴まれて、天津はどこか痛そうだ。
しかしその瞬間、周りからの声もA組贔屓になっていた。
「やっぱり勝てねえよ」
「最初だけだったなー」
なんだかころころ意見を変えられて侮辱されるのは腹が立つ。特に仲間だと。
とぼとぼと戻ってくる天津に、仁先生がお疲れ。と声をかけた。俺達もそれに続く。
「負けてしまいました……」
目を潤ましながら、天津は言った。
それを見て、仁先生が珍しく励ましていた。
「君はもっと強くなれる。一緒に模索しよう」
「は、はい!」
天津は顔を赤らめている。
先生らしい事をし言っている事に、どうしても驚いてしまう。
だが先鋒戦が終われば次は次鋒戦。朝陽の出番だ。




