思惑
謎の少年エジと出会った俺と天津は、彼に東京の案内をしていた。
買ってあげたクレープをエジは頬張った。口には生クリームが付いている。
「これ……美味い」
ずっと無口だったエジの口からそんな言葉が聞けて、感動してしまう。頑張ったかいがあったもんだ。経済的な面で。
天津は口に付いた生クリームはハンカチで拭う。それにエジはどこか驚いた表情をしていた。
「なんて言えばいいんだ……こういう時は」
優しい口調で天津は「ありがとう。だよ」と笑ってみせた。
「明……ありがとう」
「どういたしまして」
俺にはなしかい。
まあクレープを自分から奢って、お礼を言って貰おうなんて恩着せがましいな。良い死に方できなくなってしまう。
クレープを食べ終えた頃に、俺は質問を投げかけた。
「そういえば、なんで東京に来たんだ。家族は?」
するとなぜか、エジは頭を抑えて唸りだした。
「家族――」
その言葉だけを何度も小さな声で連呼する。天津も俺も心配になり声をかけたが、まるで反応を示さない。
それは急に已み、平然とした顔に変わった。二人でほっと一息する。
「俺には行く場所がある」
唐突にそんな事を言いだして、エジは俺達に背を向け歩き出した。
追いかけたのだが、人込みの中に入ってしまい見失ってしまう。
「どこにいったんだろう……」
憂慮の気持ちをのぞかせる天津に、「きっと家族の所にいったんじゃないか?」と言ってみた。
なにも安心させる為にでたらめを吹き込んだわけじゃない。初めて会った時のような不安定な歩き方をせず、ちゃんと真っすぐ歩いていたからだ。あれは迷いがあるやつの足取りじゃない。
「それならいいんだけど」
少し捜索をした後、エジが近くにいない事が分って、俺達は帰る事にした。
送って行こうかと提案したが、大丈夫だと言われてしまった。それでも途中の同じ道までは歩くことになった。
それにしたって、変わったやつと会ったな。改めてそう感じた。
東京の街に放たれた式神は七体。その排除に大我以外の四術士と従士が当てられた。
一般市民に、勘づかれないように倒すのは難易度の高い技だったが、誠司はそれを一早く倒し、携帯で報告をしている最中だった。
「三体目倒しました」
報告を受けた十文字の従士が、了解しました。と短く応答した。
電話を切った直後に、千夜が姿を現した。
「さすがは四之宮の四術士ですね。感服します。呪術士としての腕だけは」
いきなり褒められ、誠司は苦笑いを浮かべる。最後に貶された事には気づきもしないで。
「同じ四術士の君に褒められるのは、複雑な気分だな」
しかし直ぐに真剣な表情に変わる。「早く次の式神を倒さないと」
「その必要は無いです。既に七匹全てを倒したようです」
千夜に指摘され、誠司はきょとんとした表情になる。
「さすが、みんな仕事が早いね」
「一番多くの式神を倒しておいて、よくいいますね」
彼らが倒した式神は、下級を大量に放ったものではなくて、一体一体が中級以上の力を持っていた。しかも、ちりじりになった式神を数十分で三体押さえた誠司は、相当の腕なのが伺えた。同じ四術士が目を見張る程に。
考え込むように、誠司は顎に手を当てる。「しっかし、あのレベルを七体同時に召喚するなんて……」
「ただものではないです。もしかしたら四術士レベルかもしれませんね」
一人の術士から召喚された証拠はどこにもないのだが、二人は経験則からものを語っていた。式神から感じる呪力の質などだ。
その頃、会議室では重い空気が流れていた。だがそれも、最後の式神を倒したとの報告を受け、和らいだ。
従士の一人が、「さすがは四術士、仕事が早い」と感服する。
式神に付いての会議、派閥の動き。そんな話し合いの元、最終的に決まった事が一つ。
十文字の従士がまとめる。「東京での、派閥の活動が活発になっている事に辺り、東京には二人の四術士の配置をする。厳密には千夜様が烏枢沙摩高校に通っている為、一人の四術士ですが」
そこで大我が百瀬を見た。
「それに関しては異論ねえが、百瀬の四術士は今どこでなにをしているんだ? 三人で回せってのは幾ら何でも酷い話だろ」
「百瀬の四術士は動ける状況じゃなくてな。だが、問題は無い」
「問題はねえってどういう事だよ」問い詰める大我。
「我が烏枢沙摩高校には優秀な先生がいるからな」
隣どうしで天津と歩きながら、俺は百瀬について考えていた。なぜだか急に気になってしょうがないのだ。
図書室で話して俺と天津は情報を共有しているので、誠司さんを育てた先生を探している事も知っている。だから俺は、博識で頭の回転も早い天津に、訊いてみる事にした。
そして訊いた結果、天津にも見当が付かないと言われた。
うん、参考にならない。
しかしこうも言った。
「意外と身近なところにいたりして」
身近なところか。だが俺の知り合いで誠司さんより、年上で強い呪術士なんて限られてくる。いや、年上というのがミスリードかもしれない。
でも百瀬って苗字の知り合いなんて、そもそもいないしな。
先生といえば日役先生とか――。
ん? なんだ今の違和感。
「どうしたの?」
気づけば天津にそんな質問をされていた。
「いや、日役先生がなぜか俺の中で引っ掛かって」
「日役先生?」と天津が首を傾げる。
日役先生の名を二人で何度も連呼する。
「日役――ひゃく……百」
二人であっ! と同時に声をあげた。
もしかするともしかして。
俺達が考えただした事はこうだ。ひやくと百が似ている。つまり、日役先生が百瀬の名前を隠す為に作った偽名。
あまりに子供っぽい考えなのだが、なぜかそんな気がした。
だが段々と馬鹿らしいと思うようになり、二人にして笑いだす。
まさかな……。
式神が東京の街に召喚される事件も、四術士の協力で迅速に解決された。全てが終わってから日は沈み、ビルの屋上から見える夜景は、まるでなにもなかったかのように綺麗に輝いている。
しかしビルの屋上に立つ長髪の男は、そんな景色には目も暮れていなかった。
「どうだ、現代の実力は」
その男が話しかけ相手は、白いフードを深く被っていた。
「……大した事はない」
不意に風が吹き、フードが頭から外れる。
白髪の少年の黒目が金色に変わり、その中に五芒星が浮かび上がる。
今見ている世界を、全て吸い込んでしまいそうな程に、少年の目は独特の魅を放っていた。




