朝陽
薫子が四之宮家の人間である。その情報を話した後、朝陽に付いて教えてもらった。交換条件というやつだ。応接間には、俺と大我さんしかいない。
見た目よりも約束をちゃんと守ってくれる人でよかった。話した後にやっぱりダメだといわれ、実力行使をされたらなす術が無い。
緊張しながら、俺は次の言葉を発した。
「だから朝陽は、お兄さんの血を体内に入れると、あんな子供みたいになるんですね」
「まあ、憑依って感じだな」
赤子の頃に死んでしまった兄と入れ替わった為、言語能力も、記憶も、感情も、全てが発達していない状態になってしまった。だから俺達にも構わず攻撃してきた。一種の防衛反応かもしれない。もしくは戯れに過ぎないのかも……。
「じゃあ――」
そこで大我さんは大きな息を吐いた。俺はその一挙一動で構えてしまう。なにせ見た目が怖い。
「これ以上の質問は無しだ。てめぇはそんな大した代価を払ってねえだろ」
なにも言い返せない。薫子が四之宮である情報は、六車にとって有益かどうかは微妙である。
「あの子が四之宮と分かった以上、俺は何をするかわからねえぜ?」
これはまずい。最悪の展開だ。可能性としてはあった。六車が四之宮を恨んでいる可能性。だがそれはかなり低かった。だから腹を括って話した。朝陽の事をちゃんと知りたかった。勝手極まりない理由だというのは分かっている。だがその可能性が低いのを考慮してだった。
倒れそうになるくらいの汗が噴き出る。
「ははは、なんて冗談だよ」
あ――。
やばい、緊張で死ぬかと思った。
マジだったら薫子に合わせる顔が無い。
「お前の度胸はそれなりに気に入った。あの子が四之宮なのは黙っててやる」
瞬時に俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それと、朝陽もそのうち目を覚ますだろうぜ」
お礼言った後、足を震わせながら、俺は部屋を後にした。
色々、思う事はあった。しかし感情的になっている場合ではない。六車家に俺がいきなり立ち入るのも筋違いだ。だから戻って来た朝陽に、今まで通りに話す。それが今するべき事だ。
客間に戻るやいなや、水無君、と女子二人に名前を呼ばれた。
天津にいたっては泣きそうな顔をしている。あれだけの事が起きたのだ当然だろう。
それとは対照的に、落ち着いて薫子が問うてくる。
「なにを話したの、水無君」
ここで朝陽の事をぺらぺらと喋るべきだろうか。薫子の事を交渉材料に使ったのだから、話すのが筋かもしれない。ただそれでは朝陽の意思を捻じ曲げる事になるかもしれない。
ずっと隠してきた、朝陽の気持ちを。
「いや、特にはなにも」
出した結論はそれだった。
「あれだけ長い間居て、そんなわけないでしょ」
「話せない事なんだ。今は聞かないでくれ」
それだけ言うと、薫子は素直に黙った。
それから二人とは、特に言葉も交わすことなく時が経った。
時間が深夜になった頃、女子二人は寝ていた。呪力大量消費したし、緊迫した時間が続いた為か、ぐっすりだ。しかし俺はあの話を聞いてしまって寝付けない。
仕方なく、外に出た。
風にでも当たればまた変わるだろう。
そして数歩進んだ時だった。
会ってしまったのだ。――朝陽に。
お互い目を合った瞬間、言葉を発せずにいた。
あれだけの時間があったのに、俺は朝陽になんて声をかけていいか考え付かなかった。
そしてその静寂を破ったのは、朝陽だった。
「いやぁー、まさか皆に見られちゃうとはなぁ」
朝陽はいつも通りに笑っている。まるでなにもなかったかのように。
先を越されてしまった。
「別に驚かねえよ」驚いてるけど。
「でも。――みんなが無事で良かった。ありがとな、良太郎」
お礼を言うのは俺の方だ。なのに、なんでお前が礼を言うんだよ。くそっ、不意打ち過ぎて泣いちまうだろ……。
「うっせ! お礼を言うのは俺だよばーか」
「ばーかって、田舎のお礼は随分とツンデレなのな」
「あっ。今、田舎を馬鹿にしただろ」つか、栃木だって田舎……。
こんな言い合いも、なぜか久しぶりに感じた。そして凄く嬉しかった。まるで無い筈の明日が戻って来たみたいで。
それから場所を変えて、二人で横並びに座った。
「あのさ、朝陽。……俺、大我さんに勝手に聞いてしまった。――悪い」
どんな反応をされるかと思いヒヤヒヤしていたが、返答はあっけらかんとしていた。
「うん、聞いてる」
「それだけかよ。なんか調子狂うんだが」
「なにを怒る必要があるんだよ。お前等に知られて嫌な事なんて生涯してきてねえよ! 自負するぜ」
嫌な事か。俺と薫子はみんなに隠し事をしている……。
少し心が痛んだ。
「んな事、聞いてねえよ」
と俺は作り笑いを浮かべた。不自然過ぎてばれたかもしれない。
それから朝陽の声が小さく、沈んだ。
「俺、才能無くてそれが悔しかった。どんなに努力しても呪力が無けりゃどうにもならない。それであんな話を後から聞かされてさ。……だから夕陽って顔も知らない兄さんが憎かった。自分から全てを奪ったみたいで」
そこで区切ってから、今度は俺を見てきた。
「ただ、みんなを守れる力だっていうなら、俺は兄貴を受け入れる。――家族だからな」
笑って見せる朝陽を、俺は強いヤツだと思った。あんな過去があって、前向きでいられるのは尋常じゃない。
「朝陽が決めた事なら、否定しない」
「なら、俺が暴走したらまたみんなを守ってくれよ、良太郎君!」
薫子といい朝陽といい。俺より強いくせに頼りにしてくるんだよ。これじゃあ、責任重大じゃねえか。
「しゃーない。直ぐにお前より強くなってやる」
夜空に見える星々が紡がれているように、俺と朝陽の絆もまた強く結ばれた。そんな気がした。
朝陽は薫子と天津にも自分の事を話すと言っていた。俺はその瞬間に立ち会ってはいないが、ちゃんと話したのだろう。
そして三日目の朝に、俺達は東京に戻った。
短くて長い、お泊り会は幕を閉じたのだ。




