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赤銅








 それから夕暮れ時になって、休憩に入った。井戸から汲んできた水を、朝陽がふるまってくれた。

 キンと冷えていて、喉をよく通る。

 





 朝陽が笑顔で言った。  

「みんなに見せたい景色があるんだけど、ちょっと歩かね?」


 山の中の絶景、興味があるかもしれない。 

 女子二人も綺麗な景色には弱いのか、賛成した。

 少し休憩した後、俺達は山道を歩き出した。あれだけ歩いた後ならば、ちょっとやそっとでは根を上げない。

 山道を上るのではなく、奥に進むといった感じで歩く。








 それから数十分、一時間も経たないくらいで、「あ、そこそこ!」と朝陽が指を差した。


 木が生えてるだけで、特に変化はないが? 少し期待しすぎただろうか。


 駆け足になる朝陽に俺達も付いて行く。

 木を抜けると、そこからは夕陽が見えた。


 前は断崖だったが、先には地平線が広がっていた。そして赤とオレンジのコントラスト。絶景と呼ぶべき景色である。


「凄いですね……」

 天津がふと呟いた。俺も小さく同意する。


 田舎のいいところはやっぱり、こういう景色だな。東京に来てからまだ二ヶ月程度だが、すでにあの頃の感覚を忘れつつあった。それを思い出す、良い体験になったかもしれない。










 数分はみんなで眺めていた。


 それから朝陽が立ち上がり、帰るかと切り出した時だった――。


 朝陽が頭上からの衝撃波で、倒れた。勢いよく岩に身体をぶつけ、口から血を吐いた。


 なんだ……。状況を把握できない。


 落ち着け、冷静に整理するんだ。


 しかし、隣の天津が突如、大きな声をあげた。

「血、朝陽君……血が……」


 そんくらいで、一々震えるなよ。

 そんな天津を、大丈夫だと薫子が宥めている。









 いや――おかしいのは俺の方だ。こんな光景は呪術士でも日常風景じゃない。しかも天津は女の子だ。取り乱したって無理ない。俺はなに焦ってんだよ。


 把握とかの前に、まずは朝陽を助けるべきだ。

 走り出し、朝陽を助け起こした。


「おい、朝陽!」


「へーき、へーき。ただの掠り傷だ」

 この顔は前にも見た。へたな笑顔で、才能が無いと言ってた時と同じ。


 なんだよくそ、強がってただけかよ。


「血出てんじゃねえかよ。今から止血するから待ってろ」

 腕からも血が出ていた為だ。しかし、道着は硬く破けるようなものではなかった。

 こんな時に……。










「おやおや、六車を襲ったつもりが、まさかの再会ですねー」

 聞き覚えのある声だった。

 声をする方、つまりは一つ高い崖を見ると、そこにはハット帽を深く被ったあの男がいた。


「……帽子男」


「また会えて光栄です。呪力ボーイ。そして帽子男というのはあまり好ましくない」

 それを言うなら、呪力ボーイもどうなんだろうか。


「しかし、素性をばらすなという命令でしてね。わたしの事は――」

 そこで薫子に向けて、「行くぞ!」と声をかけた。






 崖の前はいくらなんでも危ないし、森の中に入れば視界が悪くなる。

 無理やりに朝陽を起こし、歩き出した。しかし、あまりスピードは出ない。逃げられそうにはないし、天津も戦えるような精神状態ではなさそうだ。






 森の中に入ると、視界から帽子男が消えた。あいつの姿を見ると、なぜか鳥肌が立つ。

「アイツ、前に倒したはずだろ?」

 薫子に問う。


「あの時のは、一時的に呪力を完全に消したの」


 あの時とは、最初に帽子男と戦った時の決め手。あの光が降り注ぐような感じのやつ。そういう能力だったのかと、今更になって気づく。


 二ヶ月も経てば、さすがに効力が切れてるというわけか。









 朝陽が息を荒らげながら言う。

「水無夫婦、アイツと戦った事あんのかよ」


「ああ、前にな。……つか、喋るな。傷口が広がるだろ」


 この前に戦った時、そういえば薫子はこのような事も言っていた。万全であれば帽子男を倒せると。

 俺が護で二人を守ってる間に、薫子に倒してもらう。この作戦はどうだろうか? 他力本願だが、これくらいしか思いつかない。


「なあ、薫子。一人でアイツをやれるか?」


 しかし返って来た返事は予想に反していた。

「無理かもしれない」


 それから、弱弱しい声で続ける。

「あの時は強がったのもあったけれど、私と彼の呪術レベルは拮抗している。それに長期戦になれば、呪力量の少ない私は不利。……それにあの時の技は使えないの」 


 薫子は俺の目を見て言った。







 そうか。封印についてはちゃんと聞かされていないが、あの技は少なくとも封じられた。しかしそれはおかしい。だってあれは薫子一人ではできない。ならば封じる必要性があるのだろうか。



 いや、そんな事に気を回している余裕は無い。


 要は一つ目のプランがダメになったという事だ。ならば四之宮の従者に頼る? 薫子の身になにかあれば、駆け付けるはずだ。しかし悪い予感がした。



 あくまで推測だが。ここは六車家の敷地内。そこで四之宮の従者が六車家に見つかればどうなるだろうか……。少なくとも良い方には捉えられないだろう。朝陽に知れれば、四之宮家の者として疑われる。それに敷地内に勝手に踏み入ったとなれば、不信感が募るのではないか。呪術戦争なんてものがあったのだから、それは避けたいはずだ。




 結論、薫子は従者を六車の敷地内には入れていない。つまりは薫子になにかあってから来るのでは、間に合わない。


 横目に薫子を見ると、少し焦っているようだし、遠からずもなのだろう。









 となると打てる手は――。


 天津が震えながら、「あの人、相当強い。四人で逃げよう。戦うなんて無理」と意見を口にする。

 正直、俺もそれしかないと思い始めていた。


 無言で頷き、ペースを上げる。






 しかし、それは無駄な足掻きだった。大きな衝撃はこちらに向けて飛んできたのだ。それを薫子が護で防いでくれたが、同時に後ろから、帽子男が姿を現した。


「呪力を使えば、そこから場所の探知ができる。わたしからは逃げられないのです。おほほほほ!」

 そんなの聞いてねえよ。


 なら次の手だ。やつの呪術を防ぎながら、六車家本家まで戻る。そうすれば、六車家の人が手を打ってくれるはずだ。






「あの時は、不覚を取りましたが今回はそうはいきません」

 帽子男は素早く前に回り込んで来た。


 それからこちらに向けて発をする。防ぐために、朝陽を下ろして護をした。


 なんとか防ぎ切った。しかし、目の前に帽子男の顔があった。そして横から蹴りを入れられる。


 呪力でのバリアがある。だからそんなのは通らないはずだった。しかし護は簡単に突き破れ、二メートル程先の木に当たるまで吹き飛んだ。


「水無君!」


「護を集中させれば、このように打撃でもダメージを与えられる。君には借りがありましたからね、蹴りを入れました」


 俺は呪力量は多いが、護にはむらがある。それを集中して狙われれば、壊されるのか。


 くそ、身体がいてぇ。






 薫子が縛で捉えようとするが、あの時のように簡単には捕まってくれなかった。


 それを見て天津が呪術を発動しようとしているが、指先が震えていて、指紋もろくにできていない。

 帽子男の不敵な笑い声が聞こえてくる。


「足手まといを三人抱えていては、幾らお嬢様でもわたしには勝てない」

 薫子ではなく、俺達を狙って発を打ってきた。それも護で防いでくれたのだが、その隙を付かれて俺の時と同じ蹴りを入れられてしまった。


 吹き飛ぶ薫子を、俺はギリギリで受け止める。


「一方的な暴力はやはり興奮しますねぇ」


 あのキチガイ。調子に乗りやがって。






 薫子は身体を呪術で守っていたからか、軽傷で済んでいるが……。


 拳を強く握ると、血が溢れた。

 くそっ。俺は薫子を守るために一緒にいるはずなのに――。







「今度はしないのですか? キス、キース! 友達の前ではやはり恥ずかしいものですか?」

 ふと薫子の顔を見ると、背けていた。図星なのかもしれない。


 実際、俺だって恥ずかしい。





 急に薫子が立ち上がり、俺は蹴られた。なぜか蹴られた。


「仕方ないわね」

 そう言ってから、五戒までを学んだ俺が知らない指紋を、薫子は始めた。


「我が血 呪とし 我想い 術とする 鋼の身体で我を守れ! 赤胴!」

 術を唱えた後、一枚の呪符から、人間よりも十倍はデカい化け物を呼び出した。身体は鋼鉄で覆われていて、ちょっとやそっとではやられなそうだが……。







「今のうちに逃げましょう」

 薫子に言われるがまま、俺達は歩を進めた。


「これはこれは、式神召喚ですか。また高度な。――しかし、こんな鈍間では!」

 発でスピードを上げて、無視して抜けようとした帽子男だったが、赤胴と呼ばれた化け物は、身体か鉄球を幾つも放ち、帽子男にぶつけた。


 初めてのダメージだった。これはもしやいけるかもしれない。










「赤銅は他の人も巻き込むから共闘はできない。けれど、あの男と戦える式神はあれしか出せない」


 俺がこれから質問したかった事を、薫子は全て答えてくれた。


 何ケ月か修行しても、追われる立場からは変わらないという事だ。



 それから距離を取った時、誠司さんの十戒を思い出していた。俺にはあれと召喚が同じものに見えてしまう。式神召喚と言っていたし、厳密には違うのだろうが。進み過ぎた科学は魔法と区別がつかないというあれに近いのかもしれない。










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