基礎
次の朝、俺はみんなと同じくらいの時間に目を覚ました。最初こそ朝陽との会話はぎこちなかった。あの本を読んだせいで。とはいえ感づかれる程ではなかった。……はずだ。
現に今も普段通りに話している。
料理ができない薫子と朝陽の為に、俺と天津で料理を作ってふるまった。とはいえ、焼き魚とか味噌汁だが。昨日の豪勢な食事に比べるとやはり見劣りしてしまう。まあ日本の朝飯らしくて俺は良いと思う。
それを食べ終えて、昼頃までお菓子をつまみながら談笑をしていた。俺は鞄をちらちら見ながら、詠唱の本をまだ開いていないと、少し後悔した。
泊りでこんなだらけていいのだろうか……。ふとそう思い、一つ提案をした。
「なあ、呪術の修行でもしないか」
「どうしたんだよ、良太郎」
「せっかく集まったんだし、良い機会だろ」
薫子も心底、驚いている様子だった。
「自発的に修行したいなんて――二日酔いかしら」
そこまで言うか。
天津だけは俺の味方をしてくれているようで、「いいんじゃないですか。わたし達、D組ですから。他の人達よりも努力しないと」と言ってくれた
なんともまともな意見である。
それに朝陽も渋々といった感じで承諾した。
呪術士用の道着に着替えてから、家から出る。六車家は修行用の場所を山の中に作っているらしく、そこまで移動するとの事だ。朝陽は直ぐにつくと言っていたが、信用ならない。
しかし言葉通り、五分程度でついてしまった。しかも体育館くらいの広さがあって、十分な大きさだ。山全体に結界もはってあるし、ばれる心配も無い。そもそも、山の中で人を見かけていない。一部の土地。または山全体が所有物なのだろう。
さて――修業とはいったものの、なにをしていいか分からない。
「薫子。どうしたらいいか、教えてくれよ」
人に頼るのも時には大事だ。
「私は先生じゃないのだけど」
「でも実際、薫子ちゃんはAクラスくらいの腕あるし、先生みたいなもんだって」
朝陽の言う通りだ。Cクラスの手練れ二人がかりを捌いていたし。
「それなら天津さんだって」
薫子が目配せするので、俺もそちらを見てみた。天津は照れて顔を赤くし、謙遜している。
言葉では聞くが、実際に天津の力量を見たことがなかった。クラス対抗の試合も、俺だけ別の場所にいたし。
ともあれ特訓は始まった。
大した事のできない俺と朝陽は、薫子に言われて基礎からの修行になった。
「水無君はまだ二戒だったわね。だったら三戒の特訓をするのがセオリーじゃないかしら」
三戒といえば縛。
今になってみればここから難易度は跳ね上がっているのが分かる。発は呪力を放出するだけ。護は周り呪力を展開する。しかし縛は違う。複数の形をイメージして、それで相手を捉えなければならない。それも素早く。
薫子が手本を見せてくれたが、さっぱり分からない。
指紋を教えて貰い、それから縛の修行に励んだ。
朝陽も薫子に相談しているようで、俺の耳にも会話は入ってくる。
「俺は三戒までならなんとかできるよ。とはいえしょぼいけど」
見せた縛は確かに形になっていた。だがしょぼい。簡単に切れそうだ。薫子よりも呪力が無いのは明白だろう。
「呪力量ばかりはどうにもならない。やはり四戒に進むべきね」
四戒は確か――封だ。呪力の封印や解印をするという。
「それだけがどうしても苦手でさぁ」
二人の会話に、天津が口を挟む。
「意外だなぁ、六車君は器用だから封は得意なのかと」
前の授業で聞いたのだが、封は体内の呪力を操り一定を封じ込める事らしい。だから器用でないとできないとか。そこからの発言だろう。
「四戒の修行は、自分の身体にするのがいいわ。一番、簡単で分かりやすい」
薫子の方法は授業では行われていない方法だった。なぜなら下手に自分に封をすると全ての呪力を封じてしまい、自分で解できなくなってしまうからだ。だから学校では二人一組で行っている。
だが、薫子のような者がいれば解もできるだろうし問題ないのだろう。さすがは独学。
「自分にか……」
朝陽は煮え切らない様子だったが、俺は構わず縛の修行に励んだ。しかし同時に多数のイメージは中々、上手くいかない。しかもでたらめに呪力を放出しているせいか、身体への負担が大きい気がする。
呪力のコントロールからするべきかもしれない。
思い立ったが吉日というし、発の微調整をしながら呪力をコントロールする修行に入った。
そんな中、薫子と天津は実戦練習に入るようだ。最初は無理と天津が拒否をしていたが、説得に応じたらしい。
薫子が縛を発動すると、天津は護で防ぎながら、頭上にしかけた発で応戦した。
俺もああいうのがやりたかった。
それにしても、天津は薫子といい勝負をしている。本当に実力は高いようだ。
隣に腰を下ろしてきた朝陽が、「天津さん、ほんと凄いよなぁー。元々はBクラスだったらしいし」と耳打ちしてきた。
そうなのか。ならなぜDクラスに……。それを聞くのは悪いと思い、心の内に留めておく事にした。
「てか、自分の修行はいいのか」
「へーき、へーき。俺、才能無いし」
朝陽が笑っている。
俺は胸が痛くなった。そして諦めている朝陽に少し腹が立った。
「そーかよ」
冷たく言ってから、俺は自分の修行に戻る。
それから数分して、薫子と天津の実戦練習は終わった。薫子が素早く背後に周り、首筋に指をつき立てて、薫子が勝利になったらしい。
実戦練習をした事がない俺は、一瞬、何がなんだか分からなかったが。




