美酒
部屋に戻ると、畳の上には大きなテーブルが置かれ、豪勢な食事が容易されていた。もしかして迷ってる間に作ったのだろうか。料理なら俺も参加したかった。
伊勢海老、黒鮪、松茸、自然薯などの食べ物が上手く調理されている。これは職人芸。ここまでだと、俺の入る余地は無い。
「家の人が用意してくれてさ。会わないくせに変なところ律儀なんだよな」
笑いながら朝陽が言う。
正直、俺は食べたくて仕方ない。
先ずはどれから食べてどういう配分でいこうか。そんな事しか頭に無い。
そんな俺とは正反対に、天津は遠慮した様子だった。
「ここまでしてもらって、挨拶の一つもできないなんてやっぱり失礼だよ。ここには家族の人いるんだよね? だったら少しだけでも――」
なんとも律儀な考え方だ。
実際、食べるだけ食べて泊まって、挨拶も無しに帰るのは少し居心地が悪いな。
「いる事はいるけどさ。挨拶とか嫌う人達だから。遠慮しないで食べてよ」
若干の後味の悪さを残しながらも、食べ物に口を付けた。
ふと薫子の顔を見る。特に怒った様子も無いし、温泉の件は丸く収まったのだろう。迷子になってよかったかもしれない。少し怖かったけど。
「みんな、飲もうぜ!」
突然、朝陽がそんな事を言いだした。手には酒。青少年はご法度の酒だ。
夏休みとはいえ箍を外し過ぎじゃないか。ここはまともな俺が止めるしかない。
「幾らなんでもアルコールはダメだ。高校生だぞ」
強気にいうと、薫子が横から口を出してきた。
「意外と真面目なのね」
意外は余計だ。
「まあまあ、堅い事を言わずにぃー!」
既に酔ってるかのような喋り方だ。実は飲んでたのだろうか。
天津だけは味方をしてくれるだろうと、目配せをすると、こんな事を言いだした。「でも一部の酒は神聖なものとして飲まれたり、呪力向上につながるって聞いた事あります」
取って付けたような噂話を。
それ言いだしたやつ、絶対、酒が飲みたかっただけだろ。騙されるやつがどこにいるんだよ。
さっきまでは持っていなかった酒を、薫子は手に持っていた。
「呪力向上は気になるわね……どの成分なのかしら」
いたよ。ここに。
「少しくらいならへーきだって!」
その言葉で、みんなで飲むことになってしまった。まあ思い出作りにはいいかもしれない。海外ではこの年で飲めたりするし。まあそれは体の作りから違ったりもするが――。
難しい事を考えるのは止めて、酒に溺れるか。
そんな酒の前では、豪勢な食事もおつまみ程度に見えてしまう。
まず最初に飲まれたのは、朝陽だった。大きないびきをして、寝てしまったのだ。言い出しっぺがこんな酒に弱くてどうするんだ。
それに天津も――。
「水無くーん、ほらもっとのみなよぉ」
普段は言わないような事を言いだしている。怖い。酒が怖い。
「あ、今胸元見てたでしょー? きゃっー!」
うざい。今日の天津は凄くうざい。動画でも撮ってみせたらどんな顔されるか。少し気になるが、生憎、俺はそういう機械を持っていない。
「寂しいならわたしが抱き着いて、寝てあげるよぉー」
そのまま座布団を抱いて、天津は夢の中に落ちた。
酒は本性を晒すというが、あれがそうなのか……。いや、俺は断じて信じない。目に見えないなにかが真実の時もあるんだ。
「お酒強いのね」
薫子が俺の開けた缶を見ながら口にする。まだ二本だけだが。
「お前こそ、まるで酔った感じしないぞ」
「飲んでいないもの」
あれだけそれっぽい発言をしておいて、そうなのか。
「その間に襲われでもしたら大変でしょ。危機感はあるの」
真顔で言われ、俺はなんて言っていいか分からなくなった。
こうして薫子の二人きりで話す時間は日に日に少なくなっていた。二人だけだった関係が広がっていき、大きなものになった。だから必然だ。それに薫子に心を許せる人間ができたのは嬉しい事で、けっして悔やむ事ではない。当初の目的の一部でもある。
なのに、どこか寂しい気持ちがあった。それをごまかす為に、避けている部分もあった。二人で話す機会はいくらでも作れたはずなのに。
だから話題を振るのも、慎重だった。
「こいつ等と仲良くなってどうだ。前のが良かったか」
暫く薫子は黙っていたが、辛抱強く待つと、口を開いた。
「分からない……。けれど、貴重な体験はできたわ。四之宮家では絶対できないような」
嬉しくなるような悲しくなるような、そんな物言いだ。
ならよかった。と呟くと、今度は薫子が質問をしてきた。
「水無君は……。私が無理やり連れてきて、嫌でない?」
意地の悪い質問だとも思ったが、俺は素直に答える。
「前の俺は死んだように生きてたっていうか――死ぬために生きてた」
「どういう事かしら?」
本当に分からないといった感じで、首を数ミリ傾けてくる。
深い意味は無いと応えると、また聞き役に転じてくれた。
「まあでも。お前を守るってのは、俺の新しい生きる目標になったかもな。そんなのにでもしないと、我が儘なお姫様とやってけないだろ?」
なぜか薫子は顔を赤らめていた。
「貴方はずるい」
なんだよずるいって。
「つか顔赤い。こっそり酒飲んだだろ」
「なにを言ってるの、のぼせただけよ!」
「どんだけ時間差なんだよ!」
こんな言い合いの中、宴は幕を閉じた。薫子も寝てしまい、俺は三人に布団をかけて、テーブルの掃除をできる範囲でやった。
微妙に酒を飲んだせいで、まだ少し心が浮かれている。
寝れそうにも無いので、一人で焼けた古屋について考えだした。推理小説好きの血が騒いだのかもしれない。
なぜ焼けているのか……普通に考えれば火事だ。山火事かもしれない。ただ六車家近くなのが気になる。
それにあんな場所で燃えたら、火はあっという間に燃え広がる。何らかの事故に発展していて、俺が知っていてもおかしくない。てことは六車が隠蔽したのか。
となればそこになにかあったはずだ。
こういう妄想をすると止められない。
その時、俺は薫子の言葉を思い出した。可能性は薄いが、正解だったとしたら、少しだけテンションが上がる。
俺の足は、古家へと向かっていた。
方向音痴かもしれない。でもなんとなく行ける気がした。
そのどこから来てるかも分からない自信通り、数分後には古家についてしまった。
近くから見ると悪寒が走るようなものだった。一軒家の小さな家は、幽霊が出るといわれれば信じてしまうほど不気味で、異彩を放っていた。
窓が一つしかないので、一階建ての小さな家なのだろう。
薄汚れた扉に、手をかけた。
木が軋む音共に、ゆっくりと扉は開く。長く高い音は耳障りだったが、我慢した。
中を開けると、部屋の中は散乱していた。本、テーブル、棚、食器などの必要最低限の生活用品が乱雑に。
これは酷い。
家の中には月明かりが入り込んでいる。屋根の一部が損傷しているためだ。
中から一つ本を手に取ったが、読めたものではなかった。字もそうだが、呪術文字といわれるもので書かれている。俺には解読できなそうだ。
他に部屋も無いし。探索する場所はない。
ならばと、俺は木の板を一つ取った。ベリッと鈍い音がする。
月明りで確認したが、やはり外側に比べて内側の焦げが弱い。つまりは中からの火事では無いという事だ。
という事はやはり。俺の憶測は当たっているのかもしれない。いい加減だと思っていたが。
俺はこの火事の原因は呪術戦争にあると思っている。戦争でこの家は焼けた。そして六車家も。森だってそうだ。
火は消し止められたが、甚大な被害をもたらした後に、停戦協定が結ばれる。そして長い年月の後、森は元に戻り、六車家は新築した。そして古びた子家だけはこのまま。
これで俺の妄想は終わりだ。
ある程度は証明されていると思う。呪術戦争が全く別の場所で行われたという記述があれば、無に喫するが。
だが、それだと六車家は発火したマントラ家のどこかを恨んでいる事になる。もしそれが四之宮だったら――そう考えるとゾッとした。
ま、関係ないない。つか俺には無関係だ。
そう言い聞かせて古家を出ようとした時、また違和感を感じた。
やっぱりだ。
体内の呪力に微妙な震えがある。これを何度か経験している。最初は気づかなかったが、結界に入った時にこの感覚がある。
つまりは、古家の中に結界がはられている。
変なのか……。だが元は六車家の家だとしたら当然か。
――それでもまだ違和感があった。結界についてはよく知らないが、何年も放置していて、続くものか? やっぱり気になる。
結界がはられてるなら大丈夫だよな……。
木の床に向けて、発を唱えた。
乱雑していた物は吹き飛び、一冊の本だけはその場に留まっていた。
ビンゴかもしれない。
周りに薄い結界がはられているのだろう。しかしそれは明らかに不審な要素だ。
手に取り、ページを捲る。
古本らしい、音が耳に残った。
これは――。
その本の内容は呪術文字ではなく、古文だった。だから俺には読める。
『これは六車家の告発文だ』
いきなり目を疑うような一文だった。ともあれ私意は挟まずに読み進める。
そしてこの先の文で、俺の考えが外れている事を思い知らされた。
『当主、六車五典は化け物を誕生させた。前々から力にしか興味のない男だとは思っていたが……。我が家を燃やし、それどころか山全体を火の海に変えた。それは全て五典の仕業だ。人体実験ともいっていい方法で生み出した五典の子……夕陽によって――』
私意は挟まない。つもりだった……。
発汗しているのが分かるくらいに、動揺している。
朝陽と夕陽。なんだこの繋がり。朝陽は自分が実子だと言っていた。だが夕陽の名は一度も出さなかった。こんな酷い事をしたやつだからか……。
考えろ。もっと他にあるはずだ。
読み止めた先を捲った。しかし古びていて読めたものではない。そこで本を落とした。
楽観的になろう。
朝陽は夕陽とは関係ない。別人なのだから、恐れる必要もないし今まで通りに過ごせばいい。せっかくの夏休みなのだ。
六車家に多少の不信感は残るが、朝陽がいる以上、へたな事はしてこないだろう。
ぽとぽと歩いていると、本家まで戻る事ができた。
ここに来てから一睡もしていない俺は、部屋に戻ると気絶したかのように眠りに落ちた……。




