呪術
「おい、これどうなってんだよ! なんだよさっきの――」
またしても俺の言葉が制止される。今度は四之宮に無理やり手を引かれて、走らされたからだ。
四之宮への驚きで忘れていたが、衝撃波が降ってくるような異常事態だった。しかもそれで四之宮が傷ついている。
ふいに後ろを見ると、帽子を深く被ったスマートな男がゆっくりと近づいて来ていた。俺の心に恐怖心を植え付けるにはその姿で十分だった。あの男がさっきのあれを……。
幸い距離はある、走れば逃げ切れそうだ。
しかし数分走って見つけた橋の下で、四之宮は腰を下ろした。
理解しかねる行為だった。「おい、なんで警察行かないんだよ! どう考えても異常だろあれは」
正論を口にしているはずだ。こんな木の橋の下じゃなんの護身にもならない。またあんな衝撃波がきたら一溜りも無いだろう。
子供ではなく大人に協力を仰ぐのがセオリーだろう。なのに四之宮は貴方は間違っている。そんな顔で俺を見てくる。
「異常は貴方よ」
呟かれた言葉は予想外だった。
は? そんな台詞しか喉元から出てこない。
「呪術で結界をはってるはずだから、ばれないはずなのに……。もしかして解けた? いえ可能性として微塵もない」
SFチックな言葉を呟いていて、俺にはなにがなんだか理解できなかった。変なドッキリでも仕掛けられてるんじゃないか、そんな錯覚さえ覚える。
だがおかげで落ち着ける時間が出来た。さっきの男も来ていないようだし、問題なさそうだ。
「いいから一から説明しろよ。巻き込んだからには」
「勝手に巻き込まれたのは貴方でしょ」
毒づくような言い方をされて少しムッとする。
「本来なら、結界の中では呪術を使うもの以外には私は見えない。、さっきの呪術で造り出した衝撃波だって見えないし、音も聞こえないはずだった。なのに貴方は――」
訝しい目でこちらを見てくる。
大体、呪術ってなんなんだよ。魔法とかそういう類のあれか? つかその前に、んな不条理が存在してたまるか。今更、魔法がこの世にありましたなんて言われても納得できねえよ。
「一からって言ってるだろ。それじゃあ納得ができない」
俺から視線を外し、自分の傷に目をやってから四之宮は言った。
「悪いけど、それはできない」
なんとなくそう言われる気はしていた。秘密は簡単にペラペラ喋らないだろう。
俺はその場で立ち上がった。
「ああ、だったら警察に言って全部証言して助けてもらう。嫌いな同級生とはいえ、傷だらけの女をほおってはおけないしな」
「それだけはダメ!」
突然、四之宮が立ち上がり俺を巻き込む形で川に飛び込んだ。
多量の水が飛ぶ音を聞いてから、目を開ける。四之宮の顔がすぐ近くにあった。鼓動がはやるのが分かる。
くそっ、むかつく。
水位は低く、溺れるような心配は無かった。そのせいで頭を打ったが、この程度の痛みで目の前のボロボロの女に愚痴る事などできない。
「お願いだから誰にも言わないで……」
四之宮とは思えない弱弱しい声だった。思わず顔を背けてしまう。
「取り合えず、そこから退いてくんない」
そこではっと気づき、四之宮が離れようとした時だった。
「おやおや。四之宮家当主の愛娘ともあろう方が、夜中に水遊びですか。いけませんねー」
小馬鹿にしたような大人の声。俺が嫌いな声だ。
やはりさっきの帽子男だった。ニヤリと不敵笑みを浮かべている。まるで楽しんでいるように。
「悪い子にはお仕置きをしないと」
そう言ったが早いか、二本の指をつき立てて、男は目の前でその指を動かす。
呪術の発動条件かなにかか。先程、聞いた話から推測してみる。つかそれが当たってたら結構やばくないか、これ。
「我が血 呪とし 我が想い 術とする 敵を御しせよ 縛!」
四之宮は、帽子の男より素早いスピードで指を動かして、多方から鎖を出現させた。それにより、言葉通り敵を縛り動きを止めたのだ。
「お前、すげえじゃん」
そんな感想が口から漏れた。
「ほお、まだこんな力が」
帽子男も余裕をぶっこいているが、あんな頑丈な鎖で動きを止めればまず動けない。今のうちに殴れば勝てる。
さっきやってたゲーセンでの勝ちの感覚が脳裏に浮かぶ。
「逃げるわよ!」
また手を引かれ、俺達は走り出した。先ずは足場の悪い川から抜け出す。
「おい、なんで逃げんだよ! あれなら倒せただろ」
「無理よ。だったらとっくに倒してる」
その言葉を聞いて、なぜか納得してしまった。
「だったらやっぱり警察に――」
「説明してあげるから、それ以上は口にしないで!」
少し怒った口ぶりだった。
仕方なく口をつむる。
それから走る速さは緩めずに、四之宮は説明を始めた。
「さっきのが呪術。血を代価として発動する術。色々、種類があるけどあれもその内の一つ」
言ってる事は七割がた理解できる。しかし納得はできない。けどするかどうかは問われていないのだろう。
俺はこう質問した、
「その呪術と警察に関連性が見えないんだが」
「馬鹿ね。結界で隠蔽する理由はなに? 貴方は今まで呪術を知らなかった。その意味は?」
そう答えられてはっとした。
ああ、そうだ。少し考えれば分かる事じゃないか。
「あんな力があったら人に序列ができる。それを悪用するやつが出てくる可能性がある」
少しの無言の後、四之宮は言う。「意外と頭使えるのね。……だから一部の人にしか知られていない」
そこで立ち止まり、適当な塀に小さく身を隠した。
「それに、呪力を持って生まれてくる可能性もかなり低い」付け加えるように四之宮は言った。
呪力――呪術を使うためのMPのようなものだろうか。なんでもかんでも訊いて、へそを曲げられるのも嫌だったのであえて訊かない。
「呪力があれば、結界の干渉を受けない可能性もあるけど」
独りごとのように四之宮が呟く。
「その呪力はどうやって測定? するんだ」
考えるそぶりを見せてから四之宮が口を動かす。「色々あるけれど、一番、簡単なのは血を貰う事。直ぐに分かるし、手に入りやすい」
あわよくば測ってもらおうとか考えたが、やっぱりやめておこう。
その時、自転車に乗った男が通り過ぎた。俺達には目も暮れず。
こんな夜中に高校生二人が座り込んでいたら、少しくらい気にする素振りをしてもいいものだ。これが結界の力というやつか。
いまいち、原理は分からないが。俺もその中に入ってしまったのだろう。今の自転車の人も普通にいるし、人の侵入自体を遮断するタイプではないらしい。
ふと俺はある可能性に気づいた。
呪力を持つ可能性は無作為。呪方が複雑なのも分かる。しかしそれでも拭えない可能性がやはりある。
「偶々、呪力を授かった人間が呪術に行きつく可能性は無いのか? 幾ら複雑といえど、皆無ではないだろ」
そこから他者に知れる確率も十分ある。何年前から呪術があるかは知らないが、ここまで完璧に隠してこれているのだ、なにかしらの説明がほしい。
「さっき説明した通り、呪力を持った人間は選別する事ができる。その者は四之宮家に養子として迎え入れる。他にも呪術を扱う家系は幾つかあるけど。そして拒否したものや、あまり小さな呪力しか無いものにはそれ自体を封印する。それがカラクリ」
封印か。確かにそんな事もできそうだ。
――って、早速、俺はなんでSFな世界に馴染んでるんだちくしょう。
「けど、その四之宮家から漏洩って可能性もあるだろうに」更に質問を重ねる。
「末端の者には呪術関連の言葉自体を喋れなくしたり、書けなくしたりしている。もっと複雑な方法だけどね」
まるで想像が付かないが、それならば納得できる。流石に長年この魔法を隠蔽していただけの事はある。
しかし不思議な事に、また疑問が生じる。誕生しないはずの人物だ。
「お前、あの帽子男のセリフを聞く限り、それなりに偉いんだろ?」
四之宮が躊躇せずに、こくりと頷く。凄く素直だ。
「だったらなんで付け狙われてる。しかも呪術を使うやつにだ。これは明らかな矛盾だ」
大きなため息が耳に聞こえてくる。勿論、四之宮が吐いたものだ。
「最近になって、呪術を良しとしない輩が出てきた。派閥ってやつね」
「急過ぎるだろ。それに良しとしないなら、それこそ世界に呪術を伝えればいいだろ。なんでそれをしない」
「知らない。気になるならあいつ等に直接訊いて」
関係ない世界の事なのに、我ながら熱く答弁してしまった。
それから間を置いて、四之宮は言った。「まあ私を人質にして、父上への交渉材料にでも使うつもりなんでしょうね。気に食わない」
人質か……。俺は意外とこの展開に興奮しているのかもしれない。
とはいえピンチなのには変わりない。傷だらけの少女に平凡な学生。どう考えても勝ち目はない。なにかもう一つくらい有利な点があればな。
隣に座っている四之宮に目を向けると、歯ぎしりをして悔しそうにしていた。
「本調子ならあんなやつ楽勝なのに……」
凄く悔しそうだ。
「なんだ呪術を制御されてるだとか、そんなハンデでも背負ってるのか?」気を遣いながら訊いてみる。
「練習して体力が消耗していた」
ハードワークかよ。
んな間抜けな理由でピンチなのか、これ。確かにあの技と良い、帽子男よりも迫力はあった。
それから四之宮の護衛も、不意打ちで足止めされてはぐれたと軽く説明された。どうも間抜けな一族様だ。
幸い、俺は情報処理なら自信がある。なにか活路があるはずだ。あの帽子男を倒す方法が。




