十戒
桜子さんを中心に会話が進む中、俺と薫子は一歩引いたところでひそひそと話す。
「何を話してたの、姉さんと」
「なんで東京にいんだとか、そういう話。よくわかんないけど。東京の下見に来てるだとか」
聞いたことをありのまま説明すると、薫子は思考に更けている様子だった。
「四之宮が東京で……。やはり派閥の事かしら。それとも他に――」
それっきり黙りこくってしまう。
「今は考えるよりも、この状況をどう打破するかに全神経を注ごうぜ」
そう提案すると、薫子も承諾してくれた。それだけ二人の間で、四之宮桜子は怖い存在なのだろう。認めたくはないが。
昼食の場所は定番のサイゼリアンになり、六人で店内に踏み入った。
意外にも桜子さんも興味深そう店内を見回している。
彼女もまた田舎育ち、その事実だけは変えられないのだ。少しだけ好感を持ってしまった。
「こんなところ来るの初めて」
しかしその言葉が俺には、こんな庶民が騒いでる稚拙な店に来るの初めて♪ に聞こえてしまう。これは俺の脳内変換が故障してるだけなのだろう。きっとそうだ。
六人掛けに座り、俺、桜子さん、誠司さん。そして反対側には薫子、天津、朝陽の座り方になった。弟という設定上仕方がないが、桜子さんの隣というプレッシャーはかなりものだ。
昼飯はみんな、統一でパスタになりかなり注文しやすかった。そしてそのパスタ来たところで、誠司さんが口を開いた。
「俺なんか場違いな感じするんだけど? ここに居ていいのかな」
聞くやいなや、直ぐに朝陽が擁護する。
「何言ってるんですか! 俺、誠司さんに憧れてるんです!」
その会話に横から槍を入れたのは、天津だった。
「四之宮さん、今かけてるのドレッシングですよ」
その指摘通り、誠司さんの手にはドレッシングが握られていた。そしてパスタにかけている。なぜそうなったのか。
「あー、うっかり。田舎だとあんまり横文字聞かないから」
いや、長野でもドレッシングくらいあるわ。長野舐めんな。
と心中でツッコんだはずが、桜子さんがなぜか笑っている。もしかして声が漏れていたのだろうか。いや、桜子さんの場合は心を読むくらいしそうだ。それぐらい気を付けた方がよさそうだ。
「じゃあ、俺、質問していいですか!」
手を上げて問う朝陽に、誠司さんはどうぞと促す。
「誠司君、東京だと人気者なのね」
桜子さんは一人ごちながら、バニラアイスを一口食べた。
いつの間に頼んだのだろうか。
「なんで四之宮家に仕えてるんですか? やっぱ給料とか? それと、十戒を統べるくらいの術士になるにはどんな修行を!?」
「いっぺんに訊いても困るだろ」と、咎めたが、誠司さんは大丈夫と言ってから、その質問に答えた。
「四之宮家に仕えてるのは、昔、お世話になったからかな。給料とかはよく分からないけど、ようは家族になるわけだから養っては貰えるよ。悪くいえばヒモかな?」
ボケたつもりなのかもしれないが、周りは笑っていない。俺も無言だ。
「修行方法は――あ、そうだ。俺は烏枢沙摩高校の卒業生なんだ」
烏枢沙摩高校。
その言葉に、誰もが反応した。そして一番最初に声を出したのは、朝陽だ。
「俺達、その生徒なんです!」
「あ、通りで詳しいわけだ。偶然って凄いな」
偶然ってよりは必然な気がするが。
東京と京都の二校しかないわけだし、呪術士の殆どが烏枢沙摩高校で学ぶと考えればだが。恐らく、薫子のように独学で学ぶ人の数は少ないだろう。それとこの前見たデータで分かったが、D組は36人。C組は24人。学年一貫のうちでは、クラスレベルが上がる毎に人数が少なくなっているのが分かる。
呪術士全体の合計でも、四桁いかない程度の人数なのだろう。あくまで計算上だが。
「俺は授業ってより、一人の先生に教えて貰ったんだ。『百瀬』この名前に聞き覚えあるかな?」
出てきそうで出てこない。そんなもどかしさに包まれる。
しかしそれも長くは続かなかった。天津が答えを出してくれたからだ。
「百瀬といえば、マントラ家系の一つですよね?」
それだ! 最近、どうも物覚えが悪いな。勉強しなおすか。確か、大きな図書館があったような気がする。
「正解。その人に放課後、教えて貰ってたんだけど。今でも先生やってたりするのかな?」
質問されたが、正直、俺は先生の名前なんて殆ど覚えていない。ていうか、顔を合わせた人も極わずかだ。
現役生の三人とも目を合わせたが、首を振られた。
「そっか。辞めちゃったのか。それは残念」
誠司さんが気を落としているのに構わず、桜子さんは言った。
「そーいえばアタシ、良太郎君の同級生の名前知らないや」
いつもの自己紹介タイムに入った。
「そうでしたね」と照れた笑いを浮かべる朝陽。
それから順番に、六車朝陽、天津明、水無薫子と、ちゃっかり薫子の名前まで聞いていた。なんとも白々しい。
「へー、六車君。本家の人なのかな?」
桜子さんは朝陽に興味を示したようで、探るような目で見ている。
気を付けろ、朝陽。この人は魔性の女だ。いや、別に誑かしてるわけではないけど。なんとなくそんな感じがする。
案の定、朝陽は気づいた様子も無い。
「そ、そうです!」
しかも珍しくキョどっている。同級生の女子とは普通に会話しているくせに、年上にはまるで耐性がないのも不思議だ。
意外にもリズミカルに六人での会話は進んだ。パスタを平らげ、一息ついた頃に、その声は聞こえた。
「ぎゃああああああああ!!」
その声は店内でなく、外から聞こえて来た。
周りが騒然とする中、誠司さんだけがすぐさま立ち上がり、走り出した。朝陽と天津も遅れて付いていく。
桜子さんだけはアイスを一口。本当に呑気だ、この人は。
「正義感だけは強いのよね、誠司君。あ、呪術もか」
「そんな話、いいですから。退いてください」
俺は端の席だったため、桜子さんが退かないと外に出れなかった。
思ったよりも簡単に退いてくれて、「お金はお姉さんが払っとくわ♪」との言葉まで頂いた。
頭を下げて、店内から外に出る。
もしかしたら呪術士の出番ではないかもしれない。ていうか、かなりの確率でそうだろう。店内の全員に声が聞こえているようだったし。それでも迷わずに外に出た誠司さんは凄い。
そんな事に関心を持ちながら、俺はサイゼリアンから出た。
最初に目に入った異様な存在は犬だった。一見、普通にも見えるが、その大型犬は人を襲っていた。日常的な景色としてはあまり見慣れない。大の大人が力負けしている様も。
並んで立つ三人に追いつくと、誠司さんが説明をしてくれた。「あれは動物に憑をして、人を襲う一番厄介なパターン。偶にいるんだよね、自分の力を試す為に悪さをする子」
という事は呪力が籠められているという事か。結界をはれば、犬が突如消えて周りの目を引いてしまう。だから迂闊に手も出せない。確かに厄介だ。
「どうするんですか?」
短く質問する朝陽。
「こういう場合は……」
大きめの石を拾った誠司さんは、それを犬の近くに投げた。それに驚き、犬は逃走をはかる。
追いかけながら、「人がいなくなったところで結界だ」と計画を立ててリーダーシップを発揮している。
さすがは四術士と呼ぶべきだろう。
路地裏に入ったところで、結界を展開し、完全に消した。
「わたしが縛で抑えます!」
天津が言ったのだが、誠司さんが腕を横にして制止させた。
「誰かが飼ってる可能性もあるし、傷つけるのは良いやり方とはいえないな」
余裕のある人の考慮をする。
では、どうすれば無傷で捕まえて、憑を解けるだろうか。そもそも俺は解き方を知らないから、捕獲してもどうにもできないんだが。
発で動きを止め――いや殺しかねない。
なら護で守りつつ、近づき――。いや傷つけるし、だいいち逃がしてしまう可能性も大きくある。
今の俺には、あの犬を捕まえる方法も無い。
「見てて」
すると、目にも止まらぬ早さで指を動かし、大きな犬小屋を出現させた。下は空いているので、犬はすっぽりと中に入ってしまう。一つの小さな出口の前で、誠司さんはしゃがむ。
中では犬が野太い声で威嚇をしている。
「危なくないですか?」
なにげなく質問をする。
凶悪化して人を襲った犬を生身でなんて。
「大丈夫だよ。……ほら、怖くないから」
精神を支配されているだろう犬に、優しく語り掛ける。勿論、それで素直に出てくるはずもない。憑をされた犬は一際大きな音を立てて、飛び出し、誠司さんを襲おうとした。
しかし突き出した手の前に、犬はあっという間に大人しくなる。それどころか、懐いてペロペロしている。
沈静化するまでが、俺にはまるで分からなかった。雲泥の差だ。
遅れて、そっかと、天津が声を発する。
「わたしには見えなかったけど、予め手に憑を解く術式を施しておいて、近づいたら発動。そんな感じかな?」
「だったら、犬小屋はなんだ?」
最後は分かった。だが最初の犬小屋は納得いかない。あんな術、俺は知らない。つか、具現化とかチート過ぎるだろ。呪術を極めればあんなものが誰でもできたら、あっという間に今の普通の人間はやられてしまう。それがたとえ、数百人ばかりの呪術士だとしても。
それは――。と考えあぐねる天津に、助け舟のように誠司さんが答えた。
「あれは、俺の十戒だよ」
あれが十戒。
てことはやっぱり、いやでも俺のってどういう事だ。
「十戒初めて見た! やっぱすげえ!」
思考を邪魔する朝陽の声。
これなら直接聞いた方が早いか。
「俺のってどういう事ですか? まるで沢山あるような」
「その通り。十戒の一字は、『神』なんだ。あ、厨二っぽいとか思った?」
「思ってませんけど」
誠司さんは犬を撫でる。
「でも、それは仕方ないんだ」
あれ、俺否定したよな。
「呪術は宗教なんかとも関連しているから、崇める神を戒の最上位である十戒に置くのは仕方ない事なんだ。俺はそれは間違ってないと思うよ。なぜなら――」
そこで一度、言葉を区切った。
「俺の十戒は創造だからだ。神の名が選ばれたのは偶然か必然か、十戒は人によって違う力を授けるらしく、俺の場合は『創造神イザナミ』」
話が大きくなりすぎて、まとめるのに時間がかかった。ようはそういう事だ。
ただ朝陽は首を傾け、疑問を口にする。、
「けど、十戒を統べたのは誠司さんだけなんじゃ――」
それに天津が答える。
「過去にはいたんだよ。前に歴史で習ったでしょ」
そうだっけか。と笑う朝陽。
一年先輩のくせに、後輩に教えられている……。
「お喋りはここまでにして、このライオンを飼い主に返そうか」
ニコやかに言う誠司さんに、周りは全員固まっていた。
「それ、どう見ても犬ですよ。どこからどう見ても」
そういえば、犬とは一回も言ってないなかったなこの人。
「あ――。いや、ほら田舎に犬っていないからさ!」
だから田舎舐めんなって。
心の中でこんなに大きくツッコんだのは初めてな気がする。
四人が出て行った後のサイゼリアンはあっけらかんとしていた。席に残っているのは四之宮の二人のみ。
アイスの無くなった皿の中を、スプーンで弄ぶ桜子。
「薫子はいかないの?」
質問すると、「誠司君がいるし、いらないでしょ」と即答する。
それもそうねと、二人の間に会話は消える。
まるで姉妹とは思えない空気を醸し出していた。
その静寂を破ったのは薫子。
「私に手を出すのは構わない。でも良太郎君や、他の友達には手を出さないで」
「自分に手を出すのはいいんだ」
少しだけ、桜子の顔に笑みが生まれる。
「前みたいに苛めちゃうよ?」
「今の私には抗う力も、術もある」
自信に満ち溢れる薫子に、桜子は一切の躊躇もせず返した。
「無いわよ。アタシが本気になれば、中途半端な呪術で止められない事くらい分かるでしょ」
歯ぎしりをする、薫子。
姉妹の間に大きな差があるのは、見るに明らかだった。
「それにしても、友達なんて言葉を薫子が使うなんてねー。友情とか芽生えちゃった? ――でも、昔のがアタシは好きかな」
扱いやすかったし。と小さな声で、付け足す。
「姉さんはやはり、人間じゃない!」
テーブルを叩き、大きな音が出る。それに周りの視線が一瞬集まった。
「最近、人間になった娘がよくいうわね」
それから大きなため息を吐き出し、「白けた」と一言。席を立ち、伝票を握る。
「じゃあね、薫子。また話しましょ」
踵を返し、桜子が視界から消えた。
それから数分、薫子はぼっーとしていた。虚空を創造しながら……。
事情を聞き、犬を飼い主に返したとの報告を受けたのは、家に帰ってきてからの話だ。それも夜が老けた頃に。
携帯を持たないのが少しだけ不便だと感じた、今日この頃であった。




