試合
有難う御座いましたぁ。
定員の声の後に、扉が閉まる。
本当に三百円で済むとは思わなかった。お通し代だとか、席代だとか、水代だとか取られるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、これならば満足だ。毎日でも通いたい。高校生は金銭的不安が大きいのだ。
朝陽、天津さん、飯田さんが前を歩き、俺と薫子が後ろを付いていくという形ができあがった。前の三人は楽しそうに談笑しているので、俺と薫子が話さないのも不自然かと思い質問してみる。
「あんなにやる気なんて意外だ」
「負けるのは嫌いなの」
その一言だけで納得した。確かに、嫌いそうだ。
ただこれだけ真剣に、協力して作戦を考えたのだ。試合には勝ちたい。その為には――授業をちゃんと受けて呪術を学ばないとな。
「おーい、早くしないと置いてくぞ!」
前にいた朝陽に声をかけられた。
いつの間にか距離が遠くなっていたらしい、駆け足で詰める。
「あれ? なんか良太郎嬉しそうだな」
ニヤニヤしながら朝陽が言う。
心外だった。俺が浮かれる訳ない。この程度で。
「うっせーな。なんでもねぇよ」
五人の時間はあっという間に過ぎて、クラス別呪術合戦の日を迎えた――。
七月十日。
その日、俺達は作戦の予習をした後に日曜日の学校に向かった。
学校に来る途中は殆ど同級生に会わなかった。それもそうだ、日曜日は休み。そして末端のD組の試合に態々、足を運ぶものもいない。強いて言うなら、D組の生徒くらいだ。
C組の生徒は勝ちを確信しているのか、学校に付いても応援の生徒すらいなかった。いるのは試合に参加すると思われる五人の生徒だけ。
観戦の者は体育館に通される。それから審査員の先生達も。生徒の評価や不正などは彼らがきっちりと判断するとの事。
その時、急にスポーツ刈りの男が近づいて来た。
「あれれぇ、D組のみなさん随分はりきってるなぁ」
それは噂に聞く、白井勇作だった。
いかにも不良って感じで、人相の悪い顔をしている。制服の前ボタンを開けていて、ワイシャツまで出している。
礼儀を重んじるやつばかりではないようだ。
そしてなにより、近くで見るととてもデカい。平均の男の身長を持っている俺よりも一回りほど。
彼の嫌味っぽい台詞も気にせず、朝陽は笑いかけた。
「そりゃそうだろ。勝つために来てるんだからな」
その言葉にD組の五人は笑い出した。
「能天気だなぁ、六車のご子息様は。これから大恥かくってのに」
酷く醜い連中だ。礼儀の前にもっと大事なものが欠けている。
そんな彼等に向かって、薫子は一人前に出た。
「あら、恥をかくのは貴方たちよ」
不敵な笑みで笑う薫子に、白井も睨みかける。
「調子のんなよ、D組の分際で」
はあ、負けず嫌いってか、強情ってか。どうしてこう良いお家柄のくせに無理をするのか。危険は避けろって光茂さんからも言われてたのに。
俺は二人の間に割って入った。
「まあまあ、ここで争わないで。決着は試合でつけようぜ」
捨て台詞を吐いた後に、C組連中は踵を返していった、
ふぅ。なんとか収まった。
そしてなぜだか、薫子は俺を見た。
「水無君ってМ?」
「なんでそうなる」
「だってあんな言われ方して平気そうだから」
少し考えてから答えた。
「結果で語らなきゃ、誰も認めちゃくれないのを知ってるからだ」
それから先生が、校庭に一つ用意された台の上に立ちマイクを持った。
「今日の試合はD組対C組。お互いこれまで沢山の努力を――」
その後も長い話は続いた。半分以上、聞いていなかったのであっという間に時間は過ぎた。
ようやく――。
「これより、クラス別呪術合戦を始める。配置に付け」
校庭の丁度、真ん中に線が引かれていた。それが最初にお互いが行き来していい陣地だった。
俺達は相手の出方を見るために、五人固まる。教室の中にも玉を隠されている可能性もあるので、相手は移動するかと思ったが、それもなかった。もしかしたら、相手も同じ作戦なのかもしれない。
思考を巡らしているうちに、その時は来た。「それでは、試合開始」
その言葉と同時に、玉が光り輝く。最初に渡されたものだ。こちらは朝陽が所持し、相手は小さな男だった。
玉を多く所持していた方が勝利のルール。つまるところ、特に危険なのは六車。相手の方は小さい男の、確か卯月兄弟とかいう二人組の片割れだ。背丈は二人とも小さく顔もうり二つの為、区別がつかない。
試合が始まってから、最初に動いたのはC組だった。
卯月兄弟が空に向かって指紋を始める。
広範囲の呪術を使うといった情報があった。おそらくあれが兄の方だろう。よくみると、背が少しだけ大きい。
「いきなりあんな大きな技……なにをする気でしょうか?」
天津が疑問を持っているようだが、呪術初心者の俺にはさっぱりだ。ただ、あんな大技を使ったら後半呪力が持たなくなるんじゃないか。薫子の例を見ているし、素人ながらに感じてしまう。
次の瞬間、空に術式が完成して小さな衝撃波が高速で降ってくる。それも何度も軌道を変えながら。
不規則な動きとはいえ、大きな校庭であったのもあり俺は後方に避けてなんとかなった。周りは呪術で防いだりと、さほどの被害はないようだ。
安心したいが、これが狙いとはさすがに思えない。
考えあぐねている時に、聞こえたのは卯月兄の声だった。
「見つけた」
瞬時に彼の目線の先を追うと、光った玉が地面から一メートル程のところに浮いていた。
呪術で見えない玉を無理やりに探し出す。それがアイツ等の狙い。だが残念な事に、その玉には俺達の方が近い。
今からでも走れば絶対的に捕れる。なぜなら足の速さには自信がある。小学生の頃はリレー選手に選ばれていたからだ。
後、数メートルのところまで来た。
よし、これで――。
勢いがあまり身体が土煙の中に飲まれる。目に入った砂で一瞬、視界がぼやけた。だが距離的には確かに、玉に届いていたはずだ。だが俺の手に玉はなかった。掴めたのは形のない空気のみ。
「いただきぃ~」
玉を手にしたのは卯月の弟の方。踏み込みが甘かったのか、取り逃したのか。
「君、呪術の使い方分かってる?」
煽るような言い方をされ、殴りかかりそうになったが、やつの言う通りなのも事実だった。
卯月弟はあの時、後方に発をして一時的に速度を上げた。そうして俺より先に奪取。原理は呪力量を測る時のテストと似たようなものだろうか。
ちょっと頭を使えば俺にだってできたはずだ。知識の少ない世界とはいえ、少しだけ後悔した。
「さて、ドンドン行くよぉ」
弟が手を叩いたのを合図に、兄がまた空に指紋を創り始める。
またあれが来るのか。校庭に何個もある確率はどれくらいか分からないが。このまま相手のペースなのもまずい。とはいえ、俺に防ぐ術はあるのか……。
「なるほど、そういう戦略ね」
関心したように薫子が言った。
「お前、随分、余裕なんだな」
「あの程度の呪術を防ぐのなんて、簡単よ」
表情を変えずに薫子も指紋を始めた。
それも卯月兄とは比べ物にならないスピードと数。あの余裕の顔も頷ける。
でも確か、薫子は呪力量が少ないんじゃ……アイツより凄い事してたらあっという間に後半ジリ貧だろ。
「そんなに沢山の指紋を描いたら、呪力がもたなくなるんじゃ……」
忠告したが、薫子はそれでも止めない。
「授業では習っていないけど、指紋事態にはあまり呪力を使わないの。使うのはそこから発動する呪術」
だとしたって、あれ全部から呪術を発動してたらあっという間に切れる。俺から貰うにしたって、こんなところでキスなんてできない。つか、もうやるつもりもない。
そうこうしているうちに、またあの衝撃波が降ってくる。
こうなったら少しでも撃ち落とすか。俺だって簡単な呪術なら覚えた。
しかし、降ってくる衝撃波は薫子が発動させた呪術が盾となり、地面には一つも落ちてはこなかった。
俺は口を開けて驚いていた。
全てを防いだ事ではなく、衝撃波の降ってくる場所にある指紋から、正確に呪術を発動させた事だ。あんな器用なまねができるなんて……。
「僕の術が全部、防がれるなんて……」
俺と同様に唖然としている兄に、薫子は追い打ちのように言う。
「時間をかけ過ぎよ。実践になったらまるで通用しないわ、貴方の呪術」
それで卯月兄弟二人の標的は薫子に変わった。我を忘れた二人は薫子に向けて呪術を発動させる。だが無駄なく捌いているし、さほど問題は無いだろう。
後は作戦通りだ。




