長野
俺は平凡に生きて、なんの変哲もない学校に通う高校生。水無良太郎≪みずなしりょうたろう≫。
こんな世界に飽き飽きだ。とか言ったり、空から女の子が降ってきたりしてほしいなんて思ったりしない。
現状に満足している。
できればこれがいつまでも続いてほしい。そんな明日を求めない考え方をしている。
時計の針は十二時で、今日も昼からの重役出勤になってしまった。夜まで読書して眠れなかったのが悪かった。いつもの事だから、反省もしていない。化学やら数学やらを学ぶよりは確実にためになってるはずだから。
教室の扉を開けると丁度、四時間目の授業が終わったところだった。正直、狙った。
ここまでぴったしだと少し嬉しい。そっとガッツポーズをする。
「おい、水無! また遅刻か! 単位取れんぞ!」
などと何回も聞いた先生の忠告が耳に届く。何度聞いても耳障りだ。
「分かってますよ」
「そんなんで将来やってけると思うな」
捨て台詞のように吐いて、先生は教室から消えた。
将来なんて――。
やりたい事もないし、その先になにかがあるとも思えない。だから俺は今で時が止まればいいと思っている。無理にでも動くというなら無理やり止める。手段を択ばずに。
ま、そんなのは空想上の話であって、卒業までにはなにかしら変わるだろう。
「また怒られてやんの水無くーん」
席に座るやいなや、菓子パンに齧りついている同級生の安西が煽ってきた。
「うるさい。お前と違って無駄に徹夜してるんじゃない」
ばつの悪そうな顔を向けられる。
「もう、いけずね」
このように友達だってそこそこいる。彼女は――いたことはないが、まあ女友達だってそこそこいる。つまりはリア充だ。ここまで高校を謳歌している人間はあまりいないだろう。そう自負している。
それなのに、俺には気に入らない奴がいる。これだけ恵まれているなら多少の事は目をつぶれるのだが、どうしてもダメだ。
「あ、またいないよ、四之宮さん」
安西がそう言ったせいで、俺も思い出してしまった。
四之宮薫子≪しのみやかおるこ≫。学校に毎日朝から来て(るらしい)、昼休みはどこかへ消える。ちょっと美人で勉強のできる女。
それだけなら俺には無関係の同級生の一人だ。しかし問題はそこじゃない。いつでもアイツはつまらなそうな顔をしている。誰とも話さないし、なんなら見下している。そんなふうにも伺える。
だから俺は四之宮が嫌いだ。
高校は一度きりしかないんだぞ。暗い顔しないでもっと楽しめよ。『もし私が神だったら、私は青春を人生の終わりにおいただろう』って、アナトール・フランスだって残してるだろ。
昼休みに読書してるとか、そんな良くいるポジションな奴なら声もかけやすいのに。消えるってなんだよ。メタルスライムかお前は。
「ホント嫌いだよな、四之宮さんのこと」
安西が呟く。
俺は今までの四之宮への思い誰かに言った覚えは無いし、口に出した事も無い。テレパシー能力者かまさか。
「止めろ人の心を読むな」
「いや、四ノ宮さんの名前出すと毎回、険しい顔をするから。さすがに分かるって」苦笑いで自分にはわかり得ない事実を伝えられ、複雑な気持ちに苛まれる。
それから授業後めいっぱいまで残り、俺達は下校した。いつも六人程度の男女グループで談笑をしてから帰るのが日課だった。
しかし今日は気持ちいいだけでは帰れない。四之宮が無駄にちょっと美人なせいで、男子や女子の話題に時折出てくる。そのせいで虫の居所が悪い。
仕方なく気晴らしにゲーセンに立ち寄った。得意な格闘ゲームをしながら時間を潰す。
なんなんだよ美人ならそれを利用しろよ。人は寄ってくるだろ。それなのにアイツと来たら人を避ける。それで楽しいか? この先は面倒が待ってるだけだろ。人生設計がまるで考えられてない。馬鹿だ無知だ。先が見えないくそボッチだ、あんなのは。
愚痴をバネにコマンド入力をして、敵を倒した。中々、勝てないオンライン対戦で勝つのは、気持ちがいい。
それから夢中に続けていると、店員に追い出された。
七時までが高校生の入れる時間だ。田舎のゲーセンのくせにそこは生真面目だ。
まあ田舎といっても、長野県の中では都心な方で、駅までくればそれなりの施設が揃っている。偶にテレビで見る東京には程遠いが。田舎も田舎で青春するには丁度いい。寧ろ適所だ。
だから東京に出たいなんて思った事ないし、必要性も感じられない。ここで生きてここで死ぬ。なんて地元思いなんだろうか、俺は。
気づけば辺りは暗く、コンクリートの地面の上に家が何件も連なる住宅街に居た。
どうやら迷ったらしい……。
「あー、最悪だ。田舎で迷うとか自殺行為」
携帯も所持していないし、地図なんかも滅多に無い、更には目印になるような建物も無い。これでは八方ふさがりだ。
これも全部、四ノ宮が悪い。
「次会ったら文句言ってや――」
俺の言葉は大きな轟音と共に掻き消された。ついでに尻もちをついてしまう。
アニメでしか見たことがないような衝撃波が、俺の目前に降ってきたからだ。そしてなにより驚きなのは、その衝撃波の中に四之宮が居たことだ。
反射的に大きな声で名前を呼んでしまう。
痛々しい傷跡を腕や足に数ヶ所作り、唇にも血糊が。
今まで見て来た彼女の姿とは正反対だった。だから何度も四之宮のそっくりさんであることを疑った。
キリッとした他人を見下すような目、つんと高く美人の象徴のような鼻。小さな唇がそつなく収まっている。
髪型だって、セミロングが綺麗に梳かされている。黒い髪色や、左から分けている前髪だって一緒だ。それにボロボロになってこそいるが、田舎くさいうちの制服だって。
やっぱり正真正銘……。
「貴方は……」
俺以上に驚いた表情を見せたのは四之宮だった。




