決闘⑶
私は妻である。
今新しく妻となったメイドと決闘をしている。互いの嫉妬を全て暴力という形で吐き出し、これからの家庭にわだかまりを残さないためだ。
喧嘩は2時間経った今でも続き、現在は膠着状態に陥っている。メイドの顔は血まみれで、私の顔はそれほどではない。 組み合っているときに眼鏡を落として油断していたメイドを押し倒し、馬乗りになって殴り続けた。と言っても6発といったところか。メイドはボロボロながら、驚くべき力で馬乗りの状態から私ごと押し倒し、腕を身体に巻きつけてきた。互いに上半身が密着し、相手の肩の上に顔がある体勢だ。強く抱きつかれている状態なので、振り解こうにも振り解けない。
それから二人はしばらく動かなかった。
お互いにおそらくわかっていることだろう。この喧嘩はまだ終わっていない。どちらかの闘志がなくなるまでは終わらない。
二人して密着していた状態を解き、少し距離を置いた。私は自分の身体についた泥を手で払う。メイドは血まみれの顔を破れたメイド服の布で拭っている。
そして、互いに向き直った。
再開だ。
お互いに半歩分の距離までゆっくり近づいて、示し合わせたかのように同時に拳を振るう。頬に力の乗った拳が入り、お互いに尻餅をついてしまったが、メイドが私よりさきにたちあがり、顔面に膝蹴りを放った。それを直に受け止めてしまい、意識が朦朧とする。その間にもメイドは座ったままの私の背中や腹に蹴りをいれまくる。その蹴りを放った足を腹で受け止めて腕で巻きついた。バランスを失ったメイドを押し倒す。それから馬乗りになろうそするも、髪を掴まれて、強引に体勢を入れ替えさせられる。今度は私が髪を掴み、体勢をいれかえる。
しばらくグルグルとそれが続いた。
お互いに理解しているのだ。馬乗りになって殴り続けた方が勝ちだと。
その状態で絡みあっていたのだが、ふと身体が離れた。互いに大の字に倒れ、また起き上がる。二歩分空けて正面から睨みあうような向きになおる。メイドの身体を一瞥する。身長は私の方が少し低いが、同じような身体付きをしている。胸がふくよかな割に足とウェストがスラッとしている。左足の膝には昔護衛をしていた際に負った古傷が小さく残っているのがわかる。その古傷が元で護衛の職を追われたらしいが、今ではすっかり健在なのだろう。メイドが左足で私の右の太腿めがけローキックを放った。バチンとすごい音が鳴り、再び闘志に火がついた私も同じ蹴りを放った。足がふらつき、立っていられない。メイドもフラフラしている。なんとか持ちこたえ、メイドに向き直る。メイドの瞳からも闘志を感じる。睨み合いになり、一体に静寂が訪れる。
静寂を破ったのは娘の泣き声であった。
二人の娘が大泣きをはじめたようだ。おそらく、さっきのキックの応酬による打撃音で目を覚ましてしまったのだろう。
「娘が大泣きしてるから、家に戻りましょうか」
「そうですね。今日のところはこのあたりにしておきましょう」
「長かったわね」
「そうですね」
「全身全霊で喧嘩しても、心のモヤモヤはなくならないし、残ったのは傷とより強くなった憎しみぐらいかしら」
「スッキリしませんでしたね。続きは明日いたしましょう」
「旦那が帰ってくるまでは毎晩毎夜続きそうね」
「二人の妻というのはどこもこういう関係性なのでしょうか」
「さあ、どうかしら。ただ、絶対に負けたくない相手にはなるのでしょうね」
「明日やるときは最初から裸でやりましょう。服が勿体無いですし」
「そうね、明日はボコボコにしてあげるわ」
「負けませんよ、せっかく妻という対等な立場を得ましたから」
そして私たちは互いに身体を支えあいながら、同じ家に帰っていった。