消えてしまえと神様が呟いた
昔々、まだ人々が野を耕し食べる物を求めて森に入っていた頃のことです。
食べれる物と体に纏う物などを物同士で交換していた頃、そこには神様を奉る湖とお社がありました。
お社がいつ建てられたのか、どれほど年嵩の者でも知りません。しかし、そこに生きる全ての者が湖とお社、そして神様を大切に思い感謝をしておりました。
この地を造られた神様はそのお力を善き生き物に与え、神様の仲間とされたという言い伝えがあります。
犬、蛇、鳥、蜘蛛、木、花と様々な生き物を召し抱えられそれぞれに役割をお与えになりました。
そしてそれらの生き物が神々となったしばらく後、初めて人間を神様の仲間に迎えたと言うものです。
神様は日々神様に祈り人々の幸せを願う少女の美しく善い魂をとても大切にしておりました。少女に同じ時間を生き、共にいて欲しいと願われたのです。
少女は神様の願いを聞き入れ、その地の全ての生き物が幸せであるために神様の仲間となりました。
初めて神様の仲間となった人間の役割は神様の花嫁であり、役割を与えられた物達へ手助けをすることでした。
少女は老いることなく神様とその地の生き物を慈しみました。
この時代はとても幸せで平和だったのです。
しかし、少女がいなくなったことでとても悲しむ者がおりました。少女の家族や友達です。
少女が望んでみなの為に神様のもとへ昇ったことは知っていましたが、何故少女だったのかと悲しみにくれて過ごしていたのです。
少女をなくしたことを気の毒に思い、また今の幸せが少女が神様の仲間となった為だと知った人々は、少女の家族に少しばかりではありますが食べ物や花などを贈りました。そして神様への祈りには少女が幸せでありますように、と付け加えてみな祈っていたのです。
神様と少女の間に子どもができ、子どもが神様の役割を引き継ぐ時がやってきました。
既に少女と同じ時を生きていた人々は生涯を閉じ、その孫が年嵩になった頃でした。
神様は子どもに少女のような美しく善い魂の生き物を伴侶にし、生き物を豊かにするよう言いました。
子どもも母である少女のような素敵な伴侶を得たいと人々を慈しみながら、心の清らかな物を探しておりました。すると、少女と同じように神様へと祈りを捧げる人間が見つかったのです。それは少女の血筋の者でした。伴侶となることを受け入れ、神様の子どもとその伴侶は神様としてさらに人々を慈しみました。
時が流れ、何代もの神様が子どもに役割を引き継いでいる間に人々は変わっていきました。
災害が起こらないこと、豊作であること、みなが病に倒れないこと、争いが起きないことは神様が慈しんでくださるからだと欠かさなかった祈りを疎かにし始めたのです。そして神様が伴侶に望む血筋が最初の少女の血筋であったため、その血筋ばかり加護を得ていると考えました。
伴侶となった者の家には少なくない量の貢ぎ物をみなが贈ります。それが伴侶となった者の家族を慰め、伴侶となった者への感謝だということを人々は知らなくなりました。
神様に一心に祈る美しい姿と魂の清らかさが神様の伴侶とされていたこと、伴侶となった者が慈しんでいるから幸せで平和なのだということを知る者がいなくなってしまったからです。
神様の伴侶となる血筋の者は神様のお社に閉じこめられるようになりました。伴侶という言葉から生け贄と呼ばれ方が変わり、その者達は人として扱われなくなったのです。食事は与えられますが、1日1度。身を清めるのは温めた湯ではなくお社の近くの湖。文字や生きるために必要な知識を与えられることなく、ただただお社にいるだけ。
やがて伴侶の血筋の者達は狂い始めました。
誰からにも感謝されることなく、常に監視され粗末に扱われて人として生きる意味が分からなくなったのです。伴侶の血筋へ受け継がれていた神様への祈りも行われなくなりました。
生ける屍となり、考えることも出来なくなったのです。ただ管理する者の言葉に従い、最低限呼吸をして生きているというだけなのです。
また神様の役割を引き継いだ子どもが神様となり、その地で伴侶を探すことになりました。母である伴侶の血筋に惹かれるというのでその地を訪れ探してみることにしたのです。
しかし、いくら探せども母のような美しく善い魂を持つ者は見つかりません。母と同じ気配を探すと神様は愕然としました。
荒れ果てた神様のお社に今にも生涯を閉じそうな子どもがいたのです。
髪は伸ばされたまま、骨と皮のような小さく細い体に微かに息をしているひび割れたくちびる。
神様は子どもを助けなければとそこから連れ出し、神様の住む天へと帰りました。神様の世話をする物達に子どもの回復を任せ再びその地を訪れます。
神様が神様としての役割を引き継ぐまでを調べると、伴侶の血筋が生け贄として扱われ不幸であったことを知りました。先代の神様と伴侶はその地を仲間の物に任せ荒れた別の地を慈しみに動き、しばらくその地を見ていなかったのです。その地を任された神様の仲間だった者は人々の祈りがなくなったことによって消滅していました。
伴侶の血筋は天へ連れ出した子どもを除いて全て生涯を閉じています。
もうその地に神様の伴侶となる者は現れないでしょう。
人々は知らないことですが、神様は伴侶となる者が生まれた地を大切にしているからその地を特別に慈しんでいるのです。
神様の伴侶となる者がいなくなったことで、これまであった幸せや平和はなくなり荒れた地になることでしょう。
「我らが伴侶たる者達を慈しむ事を忘れたこの地の者など消えてしまえ」
大切な母やその血筋である天へ連れ出した子どもの家族が不幸な生涯であったことを神様は許せませんでした。
神様の言葉は言霊となり、神様の慈しみがなくなったことよりも早く荒れていきました。
かつて広大で豊かな地だったその地は、植物こそ生きているものの人が住むことを拒絶された地となりました。不思議なことにその地に足を踏み入れると立つことも出来なくなるのです。
その地の境からは、はるか遠くに神様のお社と湖、そして誰のものか分からない慰霊碑が見えます。
繰り返す過ちをなくすためにと言葉と文字を綴る者達は言います。
「あの地は神様があの地に住む全ての人へ向けて消えてしまえとおっしゃったから人が入れなくなったのだ」
と。




