5-20 貸し出し要請が来た日(その6)~卑怯者なんです~
月曜日、俺は授業にまったく集中できなかった。何もかも上の空だった。明莉ちゃんの事ばかりが俺の心を支配した。『どう説明したら解って貰えるのだろう?』まるで明莉ちゃんに恋してるみたいだった。ようやく授業が終わって、放課後、放送室に行って、皆に事情を説明して、1週間部活を休む事を宣言した。
「翔太はまた巻き込まれたんだな。仕方が無い奴だ。」
開口1番、順平にそう言われた。返す言葉が無かった。
「翔太先輩、タレントの卵って事は、その人美人さんなんでしょ!」とケイ。
「まあ、否定はしないが、俺の分類では『可愛い』に入る。」
「ええー、鼻の下延びてますぅ。」と雫。
「まあ、否定はしないが、仕方が無いだろ、頼まれたんだから。」
「なんか嬉しそうですぅ。」
「まあ、否定はしないが、どちらかと言うと、プレッシャー。」
「間違いが起こる胸騒ぎがしますぅ。」
「まあ、ひ・・・こら、良い子は妄想しない。てか、そんな余裕ないから。」
「私達にもまた教えてくれますよね。」
「もちろん。だけど有料になるかも!」
「えぇー!」
「まあ、冗談だから。」
そこへ姉ちゃんが入って来た。
「翔ちゃんまだ居る?」
「居るよ。」
「写真部の冬の活動の打ち合わせで遅くなったわ!」
「俺ももう帰る。」
「あ、急がないと明莉ちゃんはもう家に着いたみたいよ。」
「え、ほんと?」
「うん。メール来てない?」
俺はスマホを点けた。受信マーカーが点滅していた。ケイが興味津々で覗き込んだ。
『先に帰りました。ショウさんの中学の卒業証書見て良いですか?』
俺は、ケイに背を向けて、
『ごめん、少し遅れた。見て良いけど、ガサ入れ無しキボンヌ!』
と返信した。それを肩越しに堂々と覗き込んでいたケイが、
「先輩、ガサ入れするならベッドの下が1番怪しいっすよね。」
「悪いが、一切無いから、そう言うの。俺に限って。」
「ハルカ先輩、本当ですか?」
「そうね。ほとんど無いわ。」
「姉ちゃん、紛らわしい修飾語付けないでくれよ!」
「せいぜいモロドフの缶位かしら。」
「エッ?」
「プッ! 終わったな、翔太。」と順平。
俺が絶句して姉ちゃんを見ると、妙に嬉しそうに微笑んでいた。
姉ちゃんと俺は放送部の皆に別れを告げ、廊下を歩きながらコートを着て、かなり急いで家に帰った。外はもう暗かった。神田川沿いの道を左に曲がって、もうすぐ家に着く所で姉ちゃんが少しゆっくり歩きになった。
「どうしたの?」
「うん。・・翔ちゃん、今日からなるべく私は翔ちゃんの部屋に行かないようにするね。」
「明莉ちゃんと2人きりにしてくれるって事?」
「そういう事。」
俺は立ち止まって姉ちゃんを見た。
「それは間違いが起こっても良いって事を言いたい・・・んじゃ無いよね。」
「あたり前でしょ!」
「有難う。流石、姉ちゃんだ。その方が明莉ちゃんの為になるかもだね。」
「うん。」
「じゃあ、時々激励で頼む。」
「夜食は一緒に食べるわ!」
「うん。」
姉ちゃんとお俺はいつもの様に顔を見合わせて微笑んだ。
手洗いとウガイをして、急いで2階に上がると俺の部屋の前に彩香が不安そうな顔で立っていた。
「ただいま彩香!・・・どうした?」
「明莉姉ちゃんが泣いてるよ!」
「えぇー、どういう事だ?」
「サヤ、悪い事してないよ!」
「ああ、わかってる。サヤは良い子だから。あとはお姉ちゃんと俺に任せろ!」
俺は彩香の頭を撫でた。
「うん。じゃあ、サヤ下に行くよ!」
「ああ、有難う彩香!」
姉ちゃんと俺が部屋に入ると、明莉ちゃんは姉ちゃんに借りた小机の上にノーパソを広げ、ぼんやり眺めながら座っていた。
「どうしたの? 明莉ちゃん・・・泣いてるの?」と姉ちゃん。
「すみません。卒業証書と一緒に入ってたUSBの答辞のVを勝手に見せてもらいました。」
「あ、あれね。いやいや、泣く程の物じゃ無いと・・・」
「私の学校、あの時津波で・・・。」
「そっか、辛い事思い出させてしまったんだね。ごめんな。」
「・・・違うんです。」
「え?」
「あの日、私の友達も知ってる人も大勢亡くなりました。私、運が良かっただけなんです。怖くて、こわくて・・・何も出来ませんでした。誰も助けてあげれなかった。」
「それは俺達もだ。」
「東京のショウさんもあんなに気持ちをしっかり持って下さってたのに・・・」
「いや、それは実体験した明莉ちゃんとは比較にならないよ。」
「違うんです!・・・・ちがうんです・・・」
明莉ちゃんの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「私、タレント募集の被災地枠にすがって逃げて来たんです。あそこから。」
「それなら、尚更早く夢を叶えて故郷にお返しをするのが良いよね。」
「私、忘れようとしてたんです。・・・怖いんです田舎に帰るの・・・だから・・・だから標準語練習しました。田舎を思い出したくなかったんです。」
明莉ちゃんの横に姉ちゃんが静かに座って肩を抱いた。明莉ちゃんは震える様にして姉ちゃんに凭れかかった。俺はゆっくり言葉を続けた。
「心に付いた傷は癒えるのに時間がかかるって言うよね。焦らずゆっくりで良いと思う。」
「私、どうして良いか判らないし、何も出来ないし、ただ逃げ出した卑怯者なんです。」
「あの時、あの状況で生きるのが1番だったはずだ。卑怯とか誰にも言えないよ。」
「でも、さっきショウさんの答辞を見て、どうしたら良いかが判ったんです。」
「・・・?」
「私、逃げ出して、忘れる事ばっか考えてました。でも、ショウさんみたく向かい合わないと駄目だって判ったんです。」
明莉ちゃんは顔を上げて俺を見た。そしてちょっと微笑んだ。
「私、有名になります。そしてあの日の事をずっと伝えていきます。私を見に来てくれる人や私の子供たちに、ずっと、ずっと、ずうっと。」
「そうだね。・・・そうだ。」
俺は明莉ちゃんを姉ちゃんごとハグして頭を撫でた。姉ちゃんも俺を見て微笑んでいた。
それからの明莉はちょっと変わった。教えている俺の方が若干引く位だった。もう甘ったれた言葉を吐くことは無くなった。発言が謙虚で正直になった。毎日5時過ぎには帰って来て、夕食までの1時間半と夕食後の3時間信じられない集中力だった。まさにタレントがステップを練習している時みたいな指先や足先まで意識するような集中力だった。そして、水曜日、最初の開眼覚醒の瞬間が到来した。
「数字と文字とは同じって中学で習ったんです。でも私、どうしても同じに見えないんです。」
「えっと、ごめん、どういう事かもう少し詳しく教えてくれないか?」
「例えば、X+2=5って式あるじゃないですかぁ。」
「うん。」
「これって、答えを見るとX=3ですよね。」
「正解。」
「でも私、Xは3には見えません。」
「えーっと・・・」
「X+4=5だったら、たぶんXは1ですよね。」
「なんだ解ってんじゃん。」
「いえ、分ってないんです。自分の気持ちを騙してるんです。」
「どういう事?」
「私、おバカだから。」
「それは言わない約束だろ。」
「ごめんなさい。・・・じゃあ、なんでXは3だったり1だったり都合よく変われるんですか? いつ変わるんですか?」
「おおぉー、なるほど、そういう事か!」
「数字と文字が同じって・・・どういう事か解らないんです。」
「うーん、困ったね。・・・よし。明莉ちゃん、中学で習って覚えた明莉ちゃんの重要な記憶を今から俺が上書きする。だからひとまず『数字と文字が同じ』って記憶は忘れよう。」
そう言って俺はマジ顔で明莉ちゃんを見詰めた。
「は、はい。」
「じゃあ、始めるよ!」
「はい。」
「数字は変わらない。1は1、3は3、8は8だ。だから定数って言う。」
「はい。」
「文字記号は中身が変わる。だから、変数って言うんだ。」
「・・・??」
「つまり、そうだな、『X』は明莉ちゃんが持ってるポシェットの名前みたいな物だね。」
「どういう事ですか?」
「明莉ちゃんが持っているXという名前のポシェットには色々な数字が入れる。数字だけじゃなくて別の記号でも、数式でも何でも入るんだ。」
「えーっと、あ、そっか、ポシェットXには3が入ることも1が入ることもあるんだ。」
「おおぉー、判って貰えたみたいだね。」
「つまり、さっきの式は、ポシェットXの中に入ってる数字を当てる計算式だったんですか?」
「だだだだ、大正解ーい!・・・しかも、そのポシェットの中は無限大に大きくて、ポシェット自体の重さは零なんだ。ドラエモンの4次元ポケットのイメージさ。」
明莉ちゃんの表情が物凄く明るくなって、可愛さが倍増した。
「それに、ポシェットの名前はYもZもPもQもあるって事なんですよね。」
「うん。名前が違うポシェットが沢山あるんだ。」
「そっかぁー!」
これが切っ掛けだった。こんな事が数学嫌いの原因だったなんて悲しい事だ。その翌日には2変数の因数分解ではタスキ掛け推定計算が理解できた瞬間に、時間さえあれば基本的な因数分解ができるようになった。もちろん、共通因子くくりとか低次くくりとかの計算テクも教えた。2次関数では、完全平方の計算を理解すると、係数の意味やXY平面でのグラフの移動が理解できて、続く関数の大小関係などはほぼ完ぺきに近い理解度に達した。三角形の性質では、円と中心と接線の関係が理解できた瞬間に、内心(内接円)、外心(外接円)、そして重心(面積)の関係までもがほぼ完ぺきに理解できた。
そして最終日の16日木曜日が終わろうとしていた。
「集合にはキャップとかハットとか有るんだけど、どれもべン図を描くイメージで整理すると良い。」
「はい。この円の図何かと思ってましたけど、事象の重なり具合だったんですね。」
「その通り!」
「なんか数学が好きになったみたいです。」
「よーし、明莉ちゃん。これで免許皆伝だぁ!」
「有難うございました。私、こんなに解り易く教えてもらった事ありませんでした。」
「いやいや、明莉ちゃんはよく頑張った。凄かったよ。」
「なんか水曜日くらいからやたらと楽しみになりました。」
「それだよ。数学にはね、パズルを解くみたいな楽しさがあるんだ。」
「学校の先生もショウさんみたいに教えてくれれば良いのに。」
「うーん、学校の先生は誰かさんの為だけに教え方を工夫しては居られないからね。」
「ですよねー。だから私みたいのが出来ちゃうんですね。」
「ある意味そうだけど、それって悲しい事だね。」
「なんか良い方法無いですかね。」
「解るまでしつこく質問する事だね。」
「『そんな事も解らんのか』って言われて凹みます。」
「それでもさ。挫けないで『解らせるのが先生でしょ』ってぶつかれば良いと思う。」
「怖いです。」
「まあ、ちょっと過激だけどね。」
「とにかく・・・明日の追試頑張ろう!」
「はい。なんか楽しみです。」
「おおー、すごい。それだ。その調子だ!」
「はい、師匠!」
「うん。じゃあこれで終わりです。今日は早く寝ましょう。」
「師匠、私の事、これからは明莉って言ってください。」
「なんで?」
「師匠が呼び捨てしてくれないと、子弟関係になりませんから。」
「そっか、なら遠慮無く。」
俺は明莉を見詰めた。明莉は少しやつれた感じがしたものの、可愛さに変わりはなかった。
「明莉!」
「はい。」
「明日のために、もう寝るんだ!」
「はい。」
そう言うと、立ち上がって俺のベッドに入ろうとした。
「おお、それだけ余裕のボケかませるならもう大丈夫だね。」
「半分本気です。」
「だめだ。じゃあ俺が姉ちゃんの部屋に行く!」
「嫌ですぅ!」
「じゃあどうする?」
「仕方ありません。私が行きます。」
そう言って明莉は俺のベッドから立ち上がった。
「おやすみ明莉!」
「おやすみなさい、師匠。」
俺は笑顔で見送った。
11月17日、明莉ちゃんの決戦の日。朝7時、小泉さんがナタプロのワゴン車で明莉ちゃんを迎えに来た。明莉ちゃんは昨夜荷物をまとめたらしく、それを車に載せてから玄関の前に来て、
「大変お世話になりました。」
「あ、たいしてお構いできませんでした。」と親父。
確かに親父には出る幕が無かった。
「ハルさん、お世話になりました。また泊めてください。」
「うん、いつでも良いわ、もう姉妹みたいね私達。」
「はい。色々お話しできて楽しかったです。」
「明莉姉ちゃん、今度は遊ぼうね!」
「うん。トランプしようね。」
「うん。」
「翔ちゃんの先生はどうだった?」と母さん。
「はい、とても解り易く教えて頂きました。」
「そう。それは良かったわ。・・・明莉さん、ちょっと良いかしら。」
「はい?」
母さんは明莉ちゃんに近寄ると、しっかり抱きしめて、
「頑張るのよ! そうすれば、結果がどうでも頑張った事には変わりはないからね!」
「はい。頑張ります。ありがとうございます。」
明莉は泣くかと思ったが、案外ケロリとして微笑んでいた。・・・そしてみんな玄関前で赤いミラーレスに収まった。
・・・・・
もうとっぷりと暮れた5時半、エンジンを掛けたまま、ナタプロのワゴン車が池越学園の駐車場に停車していた。アイドリングが少し速いのは、暖房モードのエアコンを点けているからだ。運転席には小泉さん。助手席には俺、小泉さんの後ろに姉ちゃん、俺の後ろは加代、中央に円ちゃんだ。明莉ちゃんが心配なのか、あまり会話が続かなくて、皆、スマホを触っていた。たぶん、車の外から見ると幽霊が5体乗っているように見えて、さぞかし怖い絵柄だったろう。
「もうそろそろ出てくる頃よね。」と姉ちゃん。
「良くなかったんじゃないか?」と加代。
「結果がどうでもまだ大丈夫だって言ってありますから。」と小泉さん。
「心配ありませんよ。俺的にはたぶん完ぺきだと思います。」
「すごいね、翔ちゃんは。自信あるんだ。」
「この1週間の明莉の頑張りは凄かったからね。」
「翔太君、今、明莉ちゃんを呼び捨て出来るのは君くらいだね。」
「ええ、信じてます。弟子ですから。」
「明莉ちゃん良いなあ、私も呼び捨てして貰いたいですう。」
「円ちゃんも弟子になる?」
「はい。」
その時、校舎の角を駐車場の方に速足で歩いて来るJKっぽい短めのスカートの人影が見えた。それを見て小泉さんがライトを点けた。ライトの周辺部の散乱光で明莉ちゃんがほんのり照らし出された。俺はドアを開けて飛び降りた。
「ショウさーん。」
「どうだった?」
俺と明莉は互いに駆け寄った。明莉はスクールバックを開けるのももどかしく答案を取り出して、俺に渡すと泣き出した。俺は答案を見た。
「94点じゃん!」
「私、生まれて初めてです。こんな点取ったの。」
「で、進級は?」
「もちろん、問題無いって。」
俺は明莉を見詰めた。涙が両頬を伝っている。俺は満面の笑顔だったと思う。次の瞬間、明莉が俺に抱き着いた。いつの間にか姉ちゃんと加代と円ちゃんも周りに集まっていた。加代が俺の手から答案を取って、
「94点!」
「すごいね。すごいよ明莉ちゃん。」と姉ちゃん。
「えぇー、私も取った事無いよぅこんな点!」と円。
明莉は俺に抱き付いたまま静かに感動を実感しているみたいだった。俺は両手を明莉の腰に回して組んで回転した。明莉は可愛い声をあげて益々強く抱き付いた。皆大喜びだった。あかまと魅感はしばらく歓声を上げて喜んだ。そしてワゴン車に乗った。全員乗ったのを確認して、小泉さんは静かに車を発進させた。
「お祝いの準備が出来てるはずですから。」
「どこで?」と明莉。
「ナタプロに決まってんじゃん。」と俺。
「えぇー、嬉しいですぅ!」
15分後ナタプロの6階のA-3会議コーナーには、樋口さんの手配で食べ物とジュースが並んでいた。大人用にビールもあった。そして大騒ぎのお祝いが始まった。
「進級ほぼ確定おめでとー!」と小泉さん。
「ありがとうございますぅー ショウさん、いえ、師匠のおかげですぅー」
「拍手ぅー」と加代。
「94点よ、94点。信じらんない!」と円ちゃん。
その大騒ぎを聞きつけて周囲のナタプロの社員さんや通りがかりの?タレントさん?がパーテを覗いて、お祝いに加わった。その中に西田社長も居た。社長が一緒なら大騒ぎしても問題ないだろう。
「おめでとう、明莉ちゃん。よく頑張りました。」と社長。
「有難うございますぅ。」
明莉ちゃんはこぼれる様な満面の笑顔だった。それを見詰める社長も嬉しそうに目じりに皴を寄せていた。
「中西君、有難うございました。」
「あ、いえ。明莉の頑張りが1番です。俺は手助けしただけです。」
「あの娘は色々あってね、少し影があって心配していました。」
「みたいですね。」
「でも、君のおかげで初めてあの娘の心からの笑顔が見られました。」
「そうですか。それは良かった。」
「あの娘はきっともう大丈夫ですね。」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいです。社長がそう言ってたって明莉に伝えて良いですか?」
「君って人は・・・そうですね、よろしく伝えてください。」
「はい。」
「とにかく、有難う。成功報酬はずみますよ!」
「あ、有難うございます。よろしくお願いします。」
その夜、10時過ぎ、ほぼ1週間ぶりに姉弟妹が俺の部屋に集合していた。そこへ。珍しく親父と母さんが入って来た。ただ、彩香は俺の胡坐の中で既に眠ってしまっている。親父は俺の部屋を見回して、
「ここで教えたのか。」
「ああ、良く頑張ったよ! 明莉。」
「翔ちゃんの教え方が良かったのよね。」
「翔ちゃんすごいよね。赤点だったのが94点だよ!」
俺はドヤ顔だ。
「まあね。」
「翔ちゃんはすぐ己惚れるんだから。」
俺は姉ちゃんを見て、右口角を目一杯上げて、右手親指を立てて、
「どうよ。」
「もう!」
「ところで、お前達自身はどうするんだ?」
「どうするって?」
「将来の事さ。」
俺は突然現実という地面に引きずり降ろされた。
「まあ、まだ確定してない。」
「そうか。」
「だから、大学に行きたい。良いだろ?」
「もちろん。」
「私も良いですか?」
「もちろん。」
「浪人して良いか?」
「それはその時に考えよう。」
「うん。」
「お前達は成績は良いみたいだから、安心している。」
「ありがとう。てか、それプレッシャーだよ。」
「そうか?」
「・・・あなた! そろそろ。」
「おお、彩香を連れて行くか!」
そう言うと親父はたぶん久しぶりに彩香を抱き抱えて1階に降りた。彩香の部屋も2階だが、まあ1年生位までは親父たちの寝室で母さんと寝るのだろう。徐々に1人寝ができるようになれば良いと思う。親父は寂しいだろうが。
姉ちゃんと俺は1週間ぶりに約束の儀式を執りおこなった。姉ちゃんの温かさと柔らかさが伝わって来て、俺は例の衝動を抑えるのが辛かった。
「翔ちゃん。明莉ちゃんが好きになったらどうする?」
「俺が?」
「明莉ちゃんも。・・・なんか心配なの。」
「なんとか上手く断るよ。」
「上手にしてね。彼女、あの小さい背中に辛い過去を背負ってる。」
「そうだね。出来ることがあったら助けてあげたいね。」
「お節介にならないようにしないとね。」
「うん。」
「今日はなんか疲れたし、明日は撮影だから帰るね。」
「うん、そうだね。」
「翔ちゃんも早く寝るのよ! 野崎さんにイジられない様にしないとね。」
「だね。」
姉ちゃんと俺はまた見詰め合ってそして・・・軽いキスをした。
「おやすみ、翔ちゃん。」
「うん。おやすみ、姉ちゃん。」
姉ちゃんはそっと部屋に帰って行った。俺は姉ちゃんを見送ってベッドに入った。そして、たぶん直ぐに眠りに落ちた。なんか物凄く穏やかで暖かくて幸せな気持ちだった。




