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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
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5-1 横山先輩を追い出した日(その1)~さすが先輩~

 7月17日火曜日(晴)そろそろ梅雨明けが宣言されても良い頃だ。晴れると30度を超えるねっとり湿った暑い日になる。終業式の後、俺はいつもの様に放送室に居た。当然ヨッコ先輩も居るのだが、スタジオのアナウンサー卓でお勉強中だ。3年生がご隠居される時期は既に経過している。そのせいか、最近はあまり厳しい突込み発言が無くなって、どちらかと言うと優しいお姉さんになった。俺は空調の風が来る涼しい調整室の隅で、1学期中に痛んだシールドケーブル(ヒモ)のコネクタの修理を、後輩のユウ(戸上裕也:1年D組)に実践して見せていた。

「放送室には決まった作業台は無いんすか?」

「無い。」

「作業スペースを作りませんか?」

「だから、このベークライト板の上で作業する。」

「いえ、常設で。」

「冷静になってみ、そんな場所無いだろ!」

「ですね。」

俺は半田ゴテに通電してコテ台に置いた。それからケーブルの束の1つを手元に置いてケーブルの端にあるコネクタを手に取った。

「ユウ、良く見とけよ!」

「はい。スマホで写します。」

「なるほど、良い方法だ。それなら後でレポートな!」

「はい。」

後輩が元気な返事をくれると、なんか嬉しくなって、何でも教えてやりたいと思う。それが原因でウザがられる事も多いが。

「最初に、コネクタのお尻のケーブルホルダーをこのネジを取って外す。」

「1番小さいドライバーすね。」

「ネジで締め付けるから『把持ハジ機構』って言う人も居る。」

「ホルダーですからね。」

「その通り。賢い。」

「えへへ!」

「すると、これ、サポートスリーブが動く様になるから、ケーブル側にずらしておくと良い。」

「わかりました。」

「次にコネクタのボディーを回してソケットホルダーから外す。」

「はい。」

「すると、接点の半田付け端子が出てくる。」

「なるほど。でも見た所、問題無いですね。」

「さて、どうだろう? 信号が伝わらないのは確かだし。」

「反対側のコネクタですかね。」

「どうかな?」

俺は端子に半田付けされている赤と黒の芯線を1本ずつラジオペンチで引っ張った。すると、シールドケーブルから赤い芯線がするりと抜けた。

「あ、切れてました。」

「そういう事。」

「先輩、凄いすね。判ってたんすか?」

「まあ、経験的にな。たいていケーブルホルダーの所で切れるんだ。」

「引っ張りますからね。」

「そういう事。要するに1番テンションが掛かる所で切れるんだ。まあ人間も一緒だな。」

「ですね。」

「じゃあ、補修するか。」

「はい。」

「まず、コネクタをケーブルホルダーの位置で切り離す。ニッパで切れば良い。」

「はい。」

俺はコネクタの根元にニッパの刃を当てて『パチン』と切り離した。

「じゃあ次は端子を綺麗にしよう。」

「はい。」

「半田付け端子にコテ先をこうやって当てるんだが、酸化膜があると溶け難い。」

「押し付けるんですか?」

「いや、コテ先に新しい半田を少しつけるとフラックスで還元されて、良く溶ける様になる。」

「あ、本当だ。こんな所に科学の応用があるんすね。」

おれは苦笑しつつ半田ゴテのコテ先を端子に当てて、赤の芯線とシールドネットを外した。更に新しい半田を少し付けて金属光沢にした。

「ユウ、ポイントはこの金属光沢だ。まあ、鉛フリーだからせいぜいこの程度の光沢で良い。」

「鉛入りだとどうなんですか?」

「もっと綺麗に輝くらしい。実は俺も見た事が無いんだ。」

「わかりました。・・・ところで、黒は外さないんですか?」

「これを今外すとどっちが赤だったか判らなくなるだろ。」

「写真とってますけど?」

俺は思わず裕也を見詰めた。

「ユウ!・・・お前!」

「な、なんすか?」

俺は勿体を付けて左手の親指を立てた。

「グッジョブ!」

「あ、有難うございます。」

「じゃあ、黒も外そう。やってみるか?」

「はい。」

「火傷すんな!」

「はい。」

こんな具合で、後輩に技術を継承するのだ。まずやって見せて、次にやらせる。上手く出来たら『グッジョブ』、上手くできない時は『ドンマイ』という指導方針だ。同じ手順でシールドケーブル5本分つまり10個のコネクタを全て点検修理した。

「最後にケーブルホルダーとサポートスリーブがちゃんと締め付けられてるかどうか確認な。」

「はい。」

裕也はサポートスリーブを軽く引っ張って、

「大丈夫です。」

「以上終了だ。お疲れ。念のためもう一度テスターで導通を確認してくれ。」

「はい・・・大丈夫です。上手く出来ました。」

「もう任せても大丈夫そうだね。」

「はい。たぶん。有難うございました。」


 時計は12時を過ぎたところだ。姉ちゃんが来るにはまだまだ時間がありそうなので、個人的な事ではあるが、マイクの構造を教える事にした。

「じゃあ次はコンデンサマイクをチューンしよう。」

「はい。」

俺は自分のスクールバックから田中加代の私物のゴールドトップのコンデンサマイク『マイクカヨ2』を取り出してベーク板の上に置いた。マイクカヨ2は、加代がお父さんの頼みを聞く代わりに新しく買ってもらった物だそうだが、キンキン音が気に入らないと言って投げ捨てたのを俺が拾って、加代好みにチューンしようとしている。

「これは結構ムズイから、見てろ!」

「はい。」

俺はマイクの底の電池ボックスの蓋を取って電池を出し、中のネジを外し、トップの飾り網を引き抜いて、ボディーの筒を外して上側のネジも外し、コンデンサマイクユニットが先端に付いた回路基板がいじれる位に分解した。ユウはスマホでしきりに写真を撮っている。

「ここにある8本脚のICがヘッドアンプつって、低雑音ローノイズオペアンプだ。」

「先輩凄いですね。ICも解るんすね。」

「コンデンサマイクのリードが繋がっているからな。」

「良く解りません。勉強します。FET技術読みます。」

「うん、まずはそれが良い。差動増幅回路の解説記事が良いだろう。」

「はい。そうします。・・・ところで先輩、なんか線が切れてますね。」

「これか?」

「はい。片方しか繋がってません。」

「これはアンテナだからこれで良い。」

「へー、アンテナですか。」

「うん。ほら、反対側にもう一本ある。」

「本当だ。」

「アンテナは2本あるんですね。」

「うん。普通は1本だけど。このマイクはハイレゾ対応だから、低高音の2波方式なのさ。」

「電波を2つ使うって事ですね。」

「まあ、そう言う事。普通のFM受信機ラジオだと低い方の15kHzまでが受信できる。このマイク専用の受信機を使うと高い方の音も受信して合成するから、40kHzまで通る。」

「なるほど。細かいことは解りませんが、優れものですね。」

「そう言う事。ICの反対側の積層セラコンがオーディオ出力のカップリングコンデンサだ。」

俺はそのコンデンサを指差した。

「小さいっすね。」

「まあな。」

「チューンはどうするんですか?」

「このコンデンサのIC側に抵抗(R)とコンデンサ(C)の高音域ダンピング回路を入れるんだ。」

「へー!」

「見てろ!」

「はい。」

俺は秋葉のフリマに行ったついでに買った部品で事前に作っておいた、30kHz以上の高音をダンピングするCRの直列回路をカップリングコンデンサのIC側とアースとの間に半田付けした。こうすると、『サ・シ・ス・セ・ソ』の響きが柔らかくなるはずだ。加代の甘い声の余韻を強調するにはこれで超高音を減衰させて、必要なら可聴領域の高音をグライコで少し持ち上げるのが良いと思う。何回かトライして久我高祭までには完璧にチューンするつもりだ。


 俺が『マイクカヨ2』を組み立て終わった所へヨッコ先輩が入って来た。

「2人共お疲れ様。」

「あ、横山先輩お疲れ様です。」と裕也。

「精が出るわね。ずいぶん熱心じゃない。」

「今はマイクのチューンの仕方を教えてもらってます。」

「それ、加代ちゃんのよね。」

「そうです。」と俺。

「高そうなマイクね。」

「たぶん。ハイレゾ音域対応の高級品です。」

半田ゴテをコンセントから抜いた。まだ熱いのでしばらく冷やす必要がある。

「翔太達は久我高祭に出るの?」

「そのつもりで先週エントリーしました。」

「そうなんだ。」

俺は『マイクカヨ2』に電池を入れて電池ボックスの蓋を閉めた。

「聞くまでも無いとは思いますが、先輩は高田馬場の大学に行くんですよね。」

「そのつもりなんだが・・・」

「どうしたんですか? 元気無いじゃないですか!」

「まあ、専攻を選べば問題ないんだがね。」

「英文学ですか?」

「ちょっとキツいかな。」

「じゃ、国文学ですか?」

「まあ、その辺でと思ってる。」

「そうすか。春が楽しみですね。」

「不安で潰れそうだ。」

「なあーに、先輩なら大丈夫です。」

「どうしてそんな事がお前に言える?」

「あらゆる面で先輩は冷静だから。」

「そうか、ありがとう。マサシと同じ様な事を言うな。」

「木村先輩が首を長くして待ってると思います。」

「そうだな。」

「今の、否定しないのが良いですよね。先輩達。」

ヨッコ先輩を見ると微笑んでいた。木村先輩の優しいオーラを思い出した。俺は半田ゴテが冷えているのを確認して工具箱に入れて、それを持って、

「ユウ、ベーク板頼む。」

「はい。」

工具箱をロッカーに仕舞いながら、

「ベーク板は元の壁の隙間な!」

「はい。」

俺はスクールバックから専用受信機を取り出してスイッチを入れ、コンソールをローカルにして、チャンネル6にそれを割り当てた。『マイクカヨ2』の音を確認するためだ。

「あああ・・・サ・シ・ス・セ・ソ。」

男の声でしかも自分の声だとハッキリしない。

「ユウ、コンソール頼む。6チャン。」

「はい。」

俺はヘッドホンとマイクカヨ2を持って、

「ヨッコ先輩、すみません。摩擦音でテストしたいんですが・・・」

「ああ、良いよ。」

俺と先輩はスタジオに移動した。俺は先輩にマイクカヨ2を渡して、ヘッドホンをモニター端子盤のジャックに挿して被った。そして目の前の先輩にキューを出した。

「サ・セ・シ・ス・セ・ソ・サ・ソ・・・お皿に乗せた塩とお寿司。洗濯物が乾く空の青さ。」

「有難うございます。さすがヨッコ先輩です。」

「チューン完了か?」

「いえ、『洗濯』と『青さ』が少しまだ。・・・抵抗が小さ過ぎたかな。」

「そうか。なんか微妙な事してるみたいだな。」

「はい。」

俺はヘッドホンをモニター端子盤から外して、コンソールに座っている裕也に終了のサインを出した。ヨッコ先輩は『マイクカヨ2』をおれに返しながら、しみじみと言った。

「中西、入試対策はコンスタントにしとけ!」

「はい。そうしてます。」

「本当か?」

俺は先輩を見て、頭を掻きながら、

「えへへ、実は何もしてません。今度も期末で手一杯でした。」

「まあ、お前達姉弟は学年トップ10だそうだからな。」

「そうなる様に、結構努力はしてます。」

「それで良い。」

裕也がスタジオに入って来た。

「コンソール、ホームポジションにして切りました。」

「ありがとう。」

「しかし、トップ10って、先輩、凄いっすね。」

「まあ、頑張れば頑張れるもんだ。」

「どういう事ですか?」

「中西は時々禅問答を投げて来るんだ。」とヨッコ先輩。

「消極的な言い方に言い換えると、頑張る気にならなきゃ頑張れない・・・かな。」

「やる気スイッチすか?」

「それ程だいそれた意識じゃないサ。」

「頼ってもいいすか?」

裕也はそう言って右手を出した。

「ん?」

俺はヘッドホンを渡した。

「勉強やら。」

「ああ、知らない事以外なら何でも。」

「よろしくお願いします。」

裕也は調整室に戻った。よっこ先輩と俺はその後姿を笑顔で見送った。


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