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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-16 学校で朝を迎えた日(その2)~リハーサル~

 俺は講堂、順平は体育館の音響担当だ。それぞれ2人の一般実行委員のサポートが付く。ちょっとやり難いのは、一般実行委員が2年生、つまり先輩の場合があるって事だ。俺の場合がそうだ。当日の講堂の予定は、午前中が弁論大会、午後が演劇、漫才バトルでまあ比較的平和なミッションだ。何が起こるか判らなくて不安なのが順平担当の体育館だ。午前中が軽音前座と吹部、ここまではたぶん平和だろう。午後がサプライズコンサート(タレント来るかも)、ミスコン(パロディーなので場合によってはカット)、夕方から軽音ロック、ファイヤーストームを挟んで吹部軽音その他合同のフェアウエルコンサートだ。加代はこのフェアウエルコンサートのトリを飾る軽音3ピースバンド『なんチャラ』の助っ人ボーカルにオーディションで採用された。つまり、久我高ディーヴァだ。午後はどれも大勢集まるので気が抜けない。俺は講堂担当だが、リハは別として、当日はできるだけ一般実行委員に任せて体育館の助っ人になる事にしている。

 リハでの俺達のミッションは、第1がマイクワークの決定だ。どの出し物でどれだけマイクを使うか、それらを出すタイミング、回収するタイミング、それぞれの位置とミキサーのチャンネルへの割当アサインそして音量を決定することだ。第2は出し物の主催者から提出された効果音やBGMのテストだ。これもミキサーへのチャンネルアサインと音量、再生のタイミングの決定になる。このリハの結果をQシートに秒単位でメモって、注意事項を書き込んで、出し物毎にPCのファイルにして一般実行委員にレクチャーする。当日は一般実行委員と必要ならその友人知人ボランティアがそれを実行するのだ。そこまで準備しておけば、俺達はまあ、イザと言う時のために一歩後ろに隠れていれば良い事になる。

「山中先輩、篠原先輩、講堂担当の放送部の中西です今日からよろしくお願いします。」

「よろしく。」

「こちらこそよろしくね!」

「これ、スタッフ連絡用のインカムとタイマーです。」

「おお、ありがとう。」

2年の一般実行委員の先輩2人と俺の3人はタイマーのストラップを首にかけ、インカムを被る。そしてリハが始まった。弁論大会のリハは大したこと無いとタカをくくっていたが、まさかのパロディーが居た。大抵そういう連中が曲者だ。

「すみません『トグロ団』さん10分押しです。巻いてください。」

「俺達が巻くのは『トグロ』だけだぜ!・・・10分くらい良いだろ!」

「今ボケ駄目です。次のエントリーを予定通り5時半スタートします。」

「これからが肝心なんだ。」

「練習は別の場所でお願いします。従って頂けない場合は審議会に報告します。」

「鬼!」

こんな具合に『脅しても良いから無理やりにでも進行しないと予定がこなせない』と先輩にアドバイスされている。審議会というのは生徒会と教職員で構成されている、ある意味恐ろしい意思決定機関で、30秒程の審議『7息思案と言う』の結果、公序良俗に照らして素行が悪い団体は久我高際への出展および出演権を剥奪される。実際、毎年2団体程度がそう判断されている。教職員による強制執行もあって、恐れられている。俺達実効委員の伝家の宝刀が『審議会に報告』だ。恨まれ役も裏方の役目とは情けない。

 5時過ぎ実行委員会のよろずサポート隊から、おにぎりとアンパンと牛乳が届いた。篠原先輩が保温水筒のお茶を分けてくれた。結局7時頃までかかって午前中の出し物のリハを終えた。俺はQシートのメモをPCに打ち込んで1つずつ担当の実行委員にレクチャーした。

「えっと、山中先輩、篠原先輩。基本的にはQシートを読んで貰えば良いのですが、念のために午前の部のポイントの説明をさせてください。良いですか?」

「おお、良いぞ!」

「弁論大会のメインのマイクはチャンネル1です。音量はこのスライドで4.2です。本番では観客が多ければプラス0.1上げた方が良いと思います。3.8以下にするとマイクに口を近付けて論者の姿勢が悪くなります。6.6以上にするとハウリングします。」

「わかった。」

「司会者のマイクはチャンネル2で同様に4.0です。3.6以下でマイクに口を近付けます。6.4でハウリングです。」

「了解。」

「審査員席のマイクはFMワイヤレス2本で、チャンネル5と6につなぎました。どちらも音量は4.5です。マイクが審査員席にある時はこれでOKです。ただ、ワイヤレスですので、移動すると時々雑音が出ます。一応SQスケルチをオンしてますが、雑音がひどい時やハウリングした時には音量を下げてください。」

「わかった。」

「電池が切れ掛かるとノイズが止まらなくなります。明日の朝、新品と交換しますが、万一ノイズが出始めたら電池交換をお願いします。このネジをコインで開ければ蓋が開きますから。」

「分かったわ!」

こんな調子で、出し物毎にQシートを説明するのだ。それに15分程かかった。

「では明日またよろしくお願いします。」

「わかった。ご苦労さん。」

「シノ、送ってくよ。」

「ありがとう。でも良いわ! ちょっと寄るとこ有るから。」

「そっか。」

俺は山中先輩をチラッとかつワザとらしく見た。苦笑していた。


 講堂から外に出るともう薄暗くなっていた。校庭や正門近くの水銀灯の照明が点灯されていて、大勢のスタッフが作業をしていた。金槌で釘を打つ音や鋸を引く音、怒鳴るような大声や悲鳴も今日と明日は普通に校舎に響くことだろう。放送室に帰るとなぜか順平がスタジオで眠っていた。横山先輩も疲れきった様子だった。

「あれ、3年の先輩方は?」

「ああ、帰った。」

「そうですか。」

「お前達の働き具合が気に入ったと言っていた。」

「それはどうも。」

「私も満足しているよ。」

「益々どうもです。でも、どっかで見られてたんですね。」

「ああ、時々巡回した。」

「そうですか。気が付きませんでした。」

「お前達、2人共集中してたな。」

「声かけてくださいよ!」

「そんな隙は無かった。」

「そうですか?」

「ところで、実行委員は今夜から泊り込みOKなんだが、届けるか?」

「えーっと、帰ります。」

「ベッドが恋しいか?」

「いえ、シャワーとかしたいですし。」

「まあ、その方が良いな。」

その時ノックの音がした。でも入って来ない。

「誰だろう?」

入口のドアを開けると加代が立っていた。

「おお、加代、何か用?」

加代はホッとした表情だ。

「うん。頼みがある。」

「どんな?」

加代は朝のキャスター付の小さいピンクのスーツケースを引いている。

「すまないけど、これここで預かってくれないか?」

「聞いていいか?」

「なに?」

「だから、何これ?」

「スーツケース」

「あのなあ。」

加代はいつもの様に小悪魔っぽく微笑んで、

「ごめん。衣装。」

「そっか、まあ入れよ!」

「うん。」

俺は加代を調整室に入れて、ヨッコ先輩に紹介した。

「先輩、こちらは同じクラスの田中加代です。」

「こちら横山先輩。」

「初めまして、田中加代です。」

「横山です。知ってるわよ! 『なんチャラ』のオーディションに私も居たの。凄かったね。」

「そうですか。有難うございます。」

「で、先輩、加代がこの衣装をここで預かって欲しいそうです。」

「どうして?」

「体育館の女子更衣室はもう滅茶苦茶なんです。」

「そうね。ミスコンのコスプレイヤー達が占領してるみたいね。」

「はい。」

「良いよ、ここは鍵がかかる部屋だから。」

「じゃあお願いします。良かったー。」

その時、ノックの音がして姉ちゃんが覗いた。

「翔ちゃん居る?」

「うん。写真部も終わった?」

「うん。とりあえず今日は展示用のバックボードの組上げまでだから。」

「じゃあ、帰りますか!」

「あら、加代ちゃん!」

「あ、ハルちゃん。今、衣装を預かってもらってた。」

「ああ、明後日のね。」

「そう。今日練習で着るつもりで持って来たんだけど、チャンスが無かったの。」

「バタバタしてたからね。」

「リハーサルはどうだった?」

「ステージのリハは明日みたい。」

「そうなんだ。」

「明日も立ち位置だけの確認だそうよ。」

「当日はここで着替えても良いよ。」と横山先輩。

「良いんですか?」

「ええ、久我高祭の間はここは私たちの控室だから。」

「助かります。」

「着替える時は、男子を追い出してからね。」

「はい。」

「翔ちゃん、なんか妄想してない?」

「少し。」

「やっぱり。ダメだからね。」

「へい。」

その様子を微笑んで見ていた横山先輩が、思いついた様に、

「久我高祭終わってからここでささやかな打ち上げするか。」

「じゃあ、俺、明後日はアコギ持って来ます。」

「おお良いねえ。春香ちゃんも田中さんも参加歓迎よ!」

「良いんですか?」

「有難うございます。」

皆の気配を感じたのか順平が起きた。

「腹減ったー、僕も帰るわ!」

横山先輩は腕時計を見ながら、

「もう8時か、遅いから、高野君、私を送ってくれ。」

「ええぇー!」

「久我山駅までで良い。」

「あ、それなら三鷹台までご一緒します。」

放送室を出た所で横山先輩が加代にメモを渡した。

「田中さん、ここのキーコードはこれだから。」

「はい。分かりました。」

俺達5人は放送室に鍵をかけて久我山駅に向かった。校門には『久我高祭』のゲートが半分位出来上がっていた。姉ちゃんはそれを写すことを忘れなかった。


・・・・・・・・・・


 翌日のリハは4時頃に終わった。体育館のリハはそれより早く3時頃には終わったらしい。サプライズの部分はリハのしようがないからだ。俺は放送室を覗いた。

「おう、愛しい中西君。」

いきなり嫌な予感だ。

「ほい。YAMABASHIのポイントカード。」

「な、なんすか?」

「買い物に行ってきてくれ。」

「吉祥寺ですね。」

「秋葉でも良いよ。」

「分かりました。行って来ます。」

「領収書もらうの忘れないでね。」

「はい。」

俺は予算の3万円が入った封筒とポイントカードを持って吉祥寺に向かった。YAMABASHIカメラで2TBのUSB外付けHDDと8GBのSDカード10枚とコンデンサマイク2本を買って来た。300円程ポイントで支払って、結局お釣りが1210円残った。吉祥寺から帰って来ると、6時前だった。

「買ってきました。」

「お疲れ様。 少し残ったでしょ。」

「はい。1200円程。」

「そんなに?」

「はい。ポイントも少しありましたし。」

「そっか、じゃあ、まだ電池とか買えそうだね。」

「はい充分。」

俺はお釣りと領収書とポイントカードを調整室の金庫に入れた。

「中西君、今日もおにぎりと牛乳とアンパンと言う不思議な組み合わせの夜食が来ているんだが?」

「はい、頂きます。」

先輩は入り口横のレジ袋を指差して、

「そこに4人分ある。」

「どう言う事ですか?」

「元々先輩とお前らの分だ。池内先輩と私は早めに帰るつもりだったし、高野君も帰ったから。」

「そうですか。そう言う事なら遠慮なく頂きます。」

「じゃあ、後を頼む。」

「了解です。お疲れ様でした。」


6時頃、俺は夕食4人分を持って、姉ちゃんの様子を見に写真部が展示の準備をしている2Bの教室に行った。2年の教室がある3階の廊下は戦場の状態だ。展示とか模擬店とかお化け屋敷とかの準備でごった返しだった。

「あのー。」

「あ、翔ちゃんこっち!」

「おお、丁度いい人が来た。」と徳田先輩。

「?」

「そっちの中西さんが持ってる方の幕の上端をこの画鋲で止めてくれ。」

俺は返事をする間もなく画鋲が入ったプラケースを渡された。姉ちゃんは脚立に上がって幕布の上を掴んで支えている。だがそれで手いっぱいで、画鋲で止める余裕がないようだ。

「脚立が一つしか無いから難儀してたんだ。」と元木先輩。

「ああ、いいすよ! 最近高い所の事は俺の担当ですから。」

「ごめんね翔ちゃんいきなり手伝わせて!」

「いいって!」

俺は転がっていた木箱を踏み台にして言われた幕の上端に何個か画鋲を刺して固定した。

「あ、緑ちゃん、中西君が止めたら裾を引っ張って皺を取ってくれ。」と、徳田先輩。

「言われなくても解ってますから!」

「それは失礼いたしまそ!」

俺は持って来た夜食を食べねばと思った。

「あのー、実行委員会の夜食食べますか?」

「おお、有り難い!」と元木先輩。

「ほんと? 良いの?」と姉ちゃん。

「うん、余ったやつだから。」

4人分を適当に5人で分けて食べた。


 結局8時過ぎまで展示物の飾りつけを手伝った。手伝いながら写真部はやっぱり凄いと思った。例えば、運動部の連中の写真だが、全力を出し切って顔が歪んでいるところ。汗が滴り落ちて苦しさに耐えている様子。記録を出した時のドヤ顔。バーを越える瞬間の歯を食いしばった顔の筋肉。ハードルを越える瞬間の脚の筋肉。狙ったところにズバッとスポットでピントが合って、不要な部分は適度にボケている。写ってるのは知ってる人だが、もはや『被写体が誰か』なんてのは大した問題ではない。『人』で良い。シャッターチャンスってのは本当にあって、それを正確に捉えているから感動が伝わって来る。てか、感動に襲われるような感じだ。しかも、女子の陸競は姉ちゃんと緑ちゃんが撮ったと云うから、感心した。これがあの赤いミラーレスで撮った写真だと思うと、なんかもう気軽に触れないような気がした。

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