4-10 雑誌デビューした日(その4)~大反響~
家に帰ると既に親父が帰っていて、夕食が出来ていた。夕食を食べながら、俺は学校でスタイルK騒動が起こっているらしいことを伝えた。もちろん姉ちゃんも職員室での作戦会議や調整室から見ていた今日の出来事を細かく報告した。当然だが、姉ちゃんの感想を加えながら。
「そうか、先生も生徒会もちゃんとフォローしてくれるんだ。・・・いい学校だな。」
「そうなの。先生も生徒会役員も信頼できる人達だと思うわ。」
「もらった親切や応援を裏切らない様にせんとな。」
「そうだね。俺、気を付けるよ。」
「そうね。わたし達、皆に借りが出来ちゃったかも。」
「とにかく、明日のニュースが楽しみだね。」
「うん。」
親父も母さんも嬉しそうだった。
夜9時半過ぎ俺の部屋に姉ちゃんが来た。実を言うと、2階に上がった頃から俺は姉ちゃんが来るような予感がしていた。学校からの帰り道でも、なんかテンションがいつもより低かったからだ。
「翔ちゃんいい?」
「うん。」
俺はPCゲームをしていたのだが、セーブして振り返った。姉ちゃんは部屋の中央にクッションを抱えて体を支えるようにして座っていた。
「わたし、今日なにも出来なかった。」
「そんな事ないよ。生徒会にも行ってくれたし、おしぼりや水差しなんかも手伝ってもらったし、後片付けまで手伝ってもらった。ありがとう。」
「そんなの、あたり前で、役に立った内に入らないわ。」
「いやいや、時間が無かったんでほんと助かったよ。」
「翔ちゃんもすごいけど、順平君も横山先輩も、放送部ってすごい人達ね。」
「そう?」
「そうよ! なんかあんまり口に出して言わないのにテキパキ連携作業して。」
「ああ、ミッション毎にする事がだいたい決まってるからね。だから、『録音』って言うと自然にそれにが出来るように頭と体が働くようになるんだ。」
「へぇー!」
「たぶん、なんか好きなんだね、ああいう細かくて面倒な事が。」
「わたし、翔ちゃんたちが言ってる事、半分も判らなかったわ。」
「ああ、そうかもね。省略形だからね。JK言葉と一緒さ。」
「そうなんだ。でもテキパキして格好良かったよ!」
そう言って姉ちゃんは俺を見上げた。俺と視線が重なった。
「ありがとう。姉ちゃんにそう言ってもらうとなんかすごく嬉しいよ。」
・・・少し沈黙があった。ふと気が付いたが、俺、最近姉ちゃんが可愛いと思うことが多くなったような気がする。今の姉ちゃんもなんかそんな感じだ。
「私たち、みんなに迷惑かけちゃったね。」
「そうだね。本当は俺が明日のニュースの時間にみんなに頼む事なんだけどね。」
「何かお返ししないとね。」
「何かいい方法無いかなあ?」
「職員室と生徒会に何か差し入れする?」
「それいいかも。珍しいお菓子とか!」
「えぇー、お菓子?」
「何か欲しいものが無いか聞いてみようか!」
「きっと丁重に断られるわ!」
「だね。」
少し間が空いた。そして、姉ちゃんは意を決したように言った。
「ねえ翔ちゃん、今度の土曜日、明後日なんだけど・・・デートしない?」
「えっ! い、良いけど、どこに行く? 映画? ランド?」
「・・・買い物。」
「ああー、それか。」
「私と買い物行くの嫌なんだ。」
「と、とんでもない。・・・何買うの?」
「カメラを見に行きたいの。」
「あ、そうか!・・・喜んで付き合うよ。」
「ありがとう。」
「だけど、後の事を考えると、写真部の誰かと行った方が良くないか? 先輩とか?」
「普通はそうなんだけど、T先輩とM先輩の片方だけには頼みにくい雰囲気だし、2人同時って言うのもなんかだし。」
「緑ちゃんも誘えば?」
「緑ちゃんはあの先輩達と一緒は5分が限界だって言ってたわ。それでも、ウルトラマンより緑ちゃんの方が我慢強いんだって。」
「ははは、なるほど。まあ、あの2人は典型的なヲタでカメ子だからね。」
「そうなの。私や緑ちゃんのアップを撮りたがるの。で、変なポーズを要求されるし!」
「おいおい、なんか俺心配になって来た。姉ちゃん達大丈夫か?」
「大丈夫よ。根はいい人達だから。」
「でも、なんかキモいよね。」
「うん。そうなの。」
「わかった。じゃあ明後日までにカメラの事、俺なりに調べとくよ。」
「ほんと! ありがとう。」
「ああ、でも過渡な期待はしないでください。」
「無理しないでね。・・・じゃあ帰るね。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
・・・・・・・・・・
金曜の朝のニュースは大反響だった。教職員と生徒会のステートメントが同時同内容で発表されたことも珍しかったし、生徒の校外活動や個人情報の扱いについて初めて教職員の基本方針が語られたからだ。その結果、既にネットで語ってしまった連中の慌て様はたいへんなもので、カウンセリングルームに相談に行く者が多かった。書き込んでしまった事は仕方がないので、これ以上関わらないという事で収拾することになった。結局、この日の朝8時45分を境に本校生徒がネットで『知ったかぶり』をする事は無くなったのである。
放課後、俺達はまた放送室に居た。俺は横山先輩に礼を言った。
「昨日と今日とたいへんご面倒をおかけしました。」
「なんの! ニュースのネタが途切れなくて良かったじゃないか。」
「有難うございます。そう言って頂けて、少し救われます。」
「このSD、お前に記念に貸してやるよ。」
「ありがとうございます。コピーしてお返しします。」
「どうするかは聞かない。ご両親に聴かせるとか。とにかくここに返してくれればいい。」
「はい。」
「それじゃあ、悪いけど、私は馬場に行く約束があるからこれで帰る。」
「あぁ、はい。お疲れ様でした。」
「お疲れ様でしたー。来週のニュースのネタもよろしくお願いしまっす。」と順平。
「それはお前らの仕事だろ!・・・そうだ、おしぼり乾いてたら畳んで仕舞っといてくれ!」
「へい、了解です。」と順平。
横山先輩が出て行くのを待ってましたという感じで順平が質問してきた。
「なあ翔太、モデルになった経緯くらい教えてくれよ。」
俺は昨日姉ちゃんがタオル掛けに広げて干したおしぼりが乾いているのを確認して畳んで箱に入れながら、
「うん。・・・井の頭公園の近くの写真館に家族写真を撮りに行った時スカウトされたんだ。」
「へー、井の頭公園にスカウトが居るのか。てか、家族写真? 翔太ん家、そんなの撮るんだ。」
「ああ、彩香の提案。」
「彩香ちゃんか、しばらく会ってないけど、可愛くなってんだろうな。」
「ああ。可愛いぜ!」
「なんと! 翔太お前、彩ちゃんに対してもシスコンなのか!」
「まあ、否定はしない。」
俺はおしぼりの箱を棚の上に押し込んで、それからタオル掛けをたたんで、キャビネット横の隙間に仕舞った。そして、順平に振り向いた。順平はニヤリとして、
「おっと、話が違う方向に向かっている。スカウトの話だ。どんな人だった?」
「普通に、出版社のカメラマンと厳つい営業の人だった。」
「その写真館には出版社の関係者が居ると云う事か?」
「うん。カメラマンが写真館の弟子だか知り合いだからしい。」
「じゃあ、その写真館に行けばスカウトされるって事か?」
「いや、たまたまその日は写真館をベースにして井の頭公園で探していたらしい。」
「へー! で、それ、いつの事?」
「夏休みになってすぐだった。」
「モデルになりませんかって声かけるられた?」
「俺は見てなかったんだが、最初は親父に声を掛けたらしい。」
「なんで?」
「家族だからじゃね?」
「で、お父さんがOKしたのか?」
「いや、親父にしては珍しく、かなり露骨に嫌な顔して断ったんだ。」
「じゃなんでOKに?」
「営業の人が親父以上に押しが強かった。」
「へー、なるほどな。それでOKか。」
「いやいや、後日って事で連絡先教えて帰った。そしたら、編集の人が家に乗り込んできた。」
「へー、つまり、ものすごく気に入られたと言うことか。」
「なんだかね。でも、結構凹む事を平気で言うんだ。」
「どう言う事だ?」
「見てくれの事さ!」
「解らん。」
「姉ちゃんも俺も普通なんだそうだ。」
「まあ、僕もそう思う。アイドル顔じゃない。」
「良い所が無いのが良いって・・・それ褒め言葉じゃないだろ!」
「ふうーん。謎かけだな。でも、いいなあ。・・・で、ギャラあんだろ?」
「まあ・・・あるよ。」
「どれくらい?」
「まあ、時給としては結構いいけど毎日じゃないからバイトとしては少ない。」
「そっか。いいなあ。僕もスカウトされたいぜ!」
「ナッちゃんと井の頭公園行ってみたら?」
「そうしたいが、あそこは知り合いに出っくわす確率が高すぎる。」
「そうかなあ? 原住民はあんま行かんのじゃね?」
「いやいや、結構居るぜ!」
「俺なんか滅多に行かないけど?」
「僕等は同じ町内だからだと思うけど、武蔵野や練馬の連中は時々遊びに来るみたいだ。」
「そっか。俺達が深大寺や石神井公園に行く時の感覚かもな。」
「たぶん。」
「まあ、見られても良いんじゃね? 悪い事してる訳じゃ無いし。」
「僕は構わんが、ナッちゃんがあっちの学校でとやかく言われるのはな。」
「そうだな。」
「そう言えば、先週、矢島見たぜ!」
「え、剛? 何してた? 元気そうだった?」
「元気元気! 声かけたら、後ろに可愛い女子が居た。」
「本当か? それはすごい。そうか、それは良かった。・・・てか、声掛けねーのがマナーだろ!」
「あれは妹だろ。」
「妹?・・・な訳ないだろ、聞いた事ないぜ!・・・ほんと? そうなのか?」
「知らね。けど、あいつに彼女とか、認めたくねー。しかも可愛かった。」
「で、どんな具合だった?」
「女子か?」
「本人さ!」
「だから、元気そのものだったよ。襟章に金色の『IC』が光ってた。」
「制服だったのか?」
「かなりカッコいいんだ。それで『やあ、高野君』って言いやがった。」
「そ、そうか。すごいな。剛ちゃんが・・・なんか目に浮かぶみたいだ。」
「思いっきり気取ってたよ。」
「あいつ中学から三鷹の私立だろ! その後ちっともだもんな。」
「ああ、あっちじゃ、結構いい奴って事らしい。」
「そうか。それは良かったじゃないか。」
「そうだな。にしても、可愛かった。」
「どんな感じ?」
「そうだな、ABKでまだ前に出られないって感じ? 一番後ろ辺りで、ニコニコしてるって・・・」
「良く解らんが、素で可愛いって感じか? ・・・理想的じゃん!」
「そうなんだよ! なんか悔しいだろ!・・・可愛かった。」
「ナッちゃんよりか?」
「そりゃあ、ナッちゃんに決まってライ! 性格も良いし。」
「へいへい、毎度ご馳です。・・・けど、なんでお前、公園に居たんだ?」
「えっ! さて、何でだろう?」
「まあいいや、そう言う事なんだなきっと。」
「まあな。」
その時ノックの音に続いて調整室のドアが少し開いて姉ちゃんが覗いた。
「翔ちゃん居る?」
「うん。居るよ! 写真部は終わった?」
「うん。金曜のせいか、みんな早く帰ったわ。」
「ハルちゃん、今日は大反響だったろ?」と順平。
「うん。ニュースすごかったね。」
「それはどうも。」
「録音したの順平君だったもんね。カッコ良かったよ!」
「その事ハルちゃんが初めて話題にしてくれた。やっぱ、ハルちゃんは解ってる。」
「編集したのは俺なんだが。」
「たった3箇所な。」
「まあね。」
「おかげ様で、みんな私たちの事あまり話題にしなくなってくれて、助かったわ!」
「そうだね。俺もそう思う。みんなのおかげだ。」
少し間が開いた。
「さて、僕たちもそろそろ帰りますか!」
そう言って、順平は日誌簿を開いて今日の日誌を記入し始めた。
「そうだ順平君、明日は渋谷に行くんでしょ?」
順平の手が止まった。
「えっ! な、なんで知ってんの?」
「ナッちゃんよ。」
「そっか。バレバレだね。」
「買い物に付き合ってあげるんでしょ?」
「あ、ああ。秋物のなんちゃらって言ってたような?」
「ナッちゃんにゴメンって言ってたって伝えといて。」
「どうして?」
「一昨日誘われたんだけど、私、明日は行く所があって。」
「そっか。それで僕に話が回って来たって事か。」
「そうじゃなくて、ナッちゃんは順平君も翔ちゃんも誘うつもりだったと思うよ。」
「て事は翔太も都合悪いって事か、明日。」
「ああ、俺も先約ありだ。」
「モデルの仕事?」
「いや、そうじゃない。」
「あぁー、そう言う事か。」
「変な妄想すんな!」
「ははは。」
「でね、『たまにはお2人でどうですか』って・・・お節介だった?」
「いやいや、ありがとう。正直、嬉しいよ。」
「良かった。」
「俺達は吉祥寺だ。」
「翔ちゃんは、嫌々・・・かな?」
「そんな事はございません。」
「はいはい。・・・まだかかる様だっら、わたし先に帰ってもいいけど?」
そう言うと、姉ちゃんは俺を見詰めた。俺はコンソールとスタジオの中継器の電源がオフになって居るのを確認して、
「もう今日はすることは無いよ。・・・順平、俺達帰るけど。」
「おお、僕もこの日誌片付けたら帰る。」
「じゃあ。お先に!」
「おお! じゃあ!」




