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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第4章 高校生の俺達 ~赤いミラーレス~
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4-5 スカウトされた日(その3)~見えそう~

 1時になるとすぐ午後の撮影が始まった。木下さんに言われるままに、姉ちゃんはロングスカートのセーラー服に、俺は詰襟の学生服に着替えた。2人共こんなちょっとレトロな制服を着た事が無かったので、それだけでも十分に新鮮な感じだったが、野崎さんの魔術で、姉ちゃんはなんか優しい感じに、俺は少しキリッとした感じにしてもらった。目と鼻と口をもっとキリッと縁取りすると、どこかの国の映画みたいなキモさにもできるそうだ。

「姉ちゃん、その髪エクステってやつ?」

「ううん。ウイッグて言うんだと思うわ。」

「ふぅーん。」

「で?」

姉ちゃんは俺をマジマジと見た。俺も姉ちゃんを見つめた。

「なんだっけ?」

「だからご感想は?」

「ああ・・・うん。なんか優しいお姉さんみたい。俺、長い髪好きかも。」

「なら本格的に伸ばそっかな?」

「良いね。」

「ボクちゃんもなかなか良いよ!その学生服。」

「それはどうも有難うございます。」


 2番スタジオの入り口の辺りから廊下に沿って教室らしい部屋がある。廊下に面したサッシの窓はすりガラスになっていて中は見えない。その部屋のおそらく前と後ろに引き戸の入り口がある。コメディーなら、ここにチョークの粉をたっぷり含ませた黒板消しが挟んである。一応確認したが何も挟んでなかった。俺と姉ちゃんは黒い革靴を履いて黒革の通学鞄を持って、スタジオの入り口に近い方の引き戸の前に待機している。

「じゃあ、入って来て!」

山内さんの合図で俺は引き戸を開けた。首だけ教室に入れて、恐る恐る

「おはようございます。」

「はい、やり直し!」

「え、『おはようございます』はNGワードですか?」

「違うよ!、そんな入り方は無いでしょ!」

「そっか、なんかちょっと不安でしたので。」

「じゃあ、もう1度ね。怖くないから!」

「はい、わかりました。」

俺は1度引き戸を閉めて、今度は自分のタイミングで元気良く開けて入った。

「おはようございまぁす。」

他に言葉が浮かばなかった。てか、まだ半日も経って無いのに、もう業界人みたいな錯覚をしてしまっている自分がなんか可笑しかった。途端に照明が浴びせられてシャッター音が襲って来た。姉ちゃんも俺の学生服の裾を摘まむ様にして俺に続く。

「おはよう・・・ございます。」

ひと際早打ちでシャッター音が響いた。だが、それ以上に俺達はびっくりした。

「うわっ、教室だー」

「ほんとだねー」

「そうです。ここは学校です。そっくりの!」

と山内さんがファインダーを覗いたまま解説する。

 正面には湾曲した深緑のシネマワイドの黒板があって、黒板の下は1段高くなっていて、中央に教卓がある。黒板に向かって左側は窓になっていて空が見える。実際には無いのだが、広い校庭があるのを予感させる作りになっている。左前には先生用の事務机とスチールのロッカーもある。黒板の右端には『日直 長谷、吉村』と書いてある。傘マーク付きで。黒板の上の左右と中央にスピーカーがあって、右のスピーカーの少し手前から前の入り口の引き戸の上の天井に斜めにロールスクリーンが取り付けてある。黒板の右横にスイッチがあるから、それを押すとスクリーンが降りて来るのだろう。つまり、どこからどう見ても普通に教室なのだ。

 姉ちゃんも俺も元気良くその教室に入った訳だが、そう言えば授業や委員会活動やダべリング以外で教室に居た事が無いから、撮影となると何をどうしていいのか判らない。結局2人共固まった。すると、シャッター音が途切れて、山内さんが指示を出してくれた。

「それでは、放課後の2人のイメージでお願いします。」

「えーっと、何処かに座りますか?」

「じゃあ春香ちゃんは窓側の席に普通に座って、翔太君はその前で反対向きに椅子にまたがってみて!」

俺は椅子の背凭れに両手を組んで置おいて座った。姉ちゃんと向かい合わせだ。なんか姉ちゃんがいつもに増して優しく見える。セーラー服っていいなあと思った。

「こうですか?」

「そうそう」

「ノートと鉛筆は?」

と山内さんが言うと、

「ハイ、これです。」

と若い撮影助手のお兄さんがルーズリーフノートと新しい鉛筆を渡してくれた。しかし山内さんは気に入らないようだ。

「おい、今時のJKが鉛筆はないだろ!」

「はい、わかりました。これを使ってください。」

今度は百均で買えそうなピンクのシャーペンを渡してくれた。

「ああ、それが良い。」

俺はそのシャーペンを受け取りながら、

「あのー、俺、中西翔太と言います。」

「わたし、春香です。」

「あ、すみません、僕は山内さんの助手で吉岡卓也と言います。」

吉岡さんはなんか恥ずかしそうにそう言った。姉ちゃんが、お礼を付け加えた。

「色々していただいてありがとうございます。」

山内さんが割り込んだ、

「タク、お前の挨拶は後!」

「はい、すみません。」

「翔太君、春香ちゃん、タクは黒子ですから。」

「そんな。」

「良いんです。そういう世界ですから。」

「はあ」

姉ちゃんも俺も吉岡さんにかえって悪い事をしたように思った。


「じゃあ、気を取り直して始めましょう。」

山内さんのこの号令で、俺はここで寸劇こしばいをするのだと思った。確か俺が先輩役だったから、

「宿題か何かを教えてる感じですね。」

「察しがいいね。その通り!」

そう言うが早いか、山内さんはまたファインダーを覗いてカメラを構えた。

「じゃあ、姉ちゃんが苦手な数学だね。」

この俺の提案に、姉ちゃんは少しプライドが傷ついたようだ。

「そうだね。けど、すごく苦手なんじゃなくて『翔ちゃんに比べて』だからね。」

と少し口をとがらせた。

「ごめん。」

「分ればよし。」

「でも、姉ちゃんをバカにして言ったんじゃないから。」

「言い訳無用よ!」

姉ちゃんと俺がこんなやり取りしている間もシャッター音が連続している。

「ああ、いい感じです。君たちは何をやっても息が合うね。」

「そうですか?」

「普段から仲良しで一緒に生活してるからなのかな。」

「どうでしょう?・・・よく判りません。」

「とにかく、姉弟キョウダイってのが良いんだね。」

「ですかね?」

姉ちゃんも俺もそんな事考えたことも無いから、山内さんの説は良く理解できなかった。

「じゃあ、ノートに何かアクションしてみて!」

「はい。ですが、出来れば三角定規があるとやり易いのですが。」

すると吉岡さんが、事務机に走って行って引き出しから取り出して、

「これで良いすか?」

「あ、はい。」

俺は三角定規を受け取って、机の上のピンクのシャーペンを持った。

「俺、図形書くから。」

「どんな?」

姉ちゃんは俺を見上げた。

「いいねえ。その視線!」

「たとえば、こんな不当辺多角形の面積を求める時の補助線はですね。」

「おー、本格的だね。」

「あ、それこの前演習で習ったやつじゃない?」

「俺は先輩なんですから、タメはだめでしょ!」

「はい。わかりました先輩!」

姉ちゃんが可愛い笑顔になった。なんか俺も優しい気持ちになる。

「いいよ、いいよ。二人とも。その表情。」

「先輩のはドヤ顔ですけど。」

「えっと、これでどうよ!」

「あ、これこれ。垂線の下し方だったわ!」

「その通り!」

姉ちゃんは俺が引いた補助線を指差した。

「いいねえ、その動作!」

「垂線もそうなのですが、その前に実は三角形に分割する時の底辺をどう選ぶかが重要ですから。」

「なるほど。」

姉ちゃんは俺の解説に感心したみたいで、乗りだしてノートに覆いかぶさるようになった。姉ちゃんの頭が俺の顔のすぐ傍に来たので、俺は少し顔を上げて姉ちゃんを見た。すると、なんか丸くて柔らかそうな物が俺の視界に乱入した。

「ところで姉ちゃん」

「なに?」

「悪い。胸見えそう。」

「こら、見るな!」

姉ちゃんは慌てて白いスカーフと胸当てを押えた。

「いいね、いいね、その動作!」

「事故です。」

「こら、翔ちゃん!」

姉ちゃんは上体を起こして俺をにらんだ。胸当てを押さえたまま。

「翔太君、そういう時は見て見ないふりじゃないか?」

「いやぁ、それは・・・」

「山内さん!、やめてください。見えそうな時はちゃんとそう言ってもらわないと困ります。」

「春香ちゃんはそういうの結構ハッキリ言うんだね。」

「翔ちゃんは確かにスケベですけど・・・誠実で正直なのがいいんです。」

「ごめん。私が悪かった。許してください。」

姉ちゃんも俺もいつの間にかノートから目を離して山内さんを見ていた。モデルがカメラマンを見たら撮影にならない。当然山内さんもシャッターを押さなくなっていた。しかし、さすがプロ、ファインダーは覗いたままだ。

「いや、本当にごめん。軽いノリで言っただけだから。」

そう言って1回シャッターを切った。

「いえ、私こそ。雰囲気悪くして、ごめんなさい。」

「姉ちゃん、今、俺を褒めてくれたんだよね?」

「どうだろうね。」

「まあ、どっちにしても俺、スケベなんだ。」

「そうだね。」

「やっぱ怒ってる。」

俺はそう言って姉ちゃんを見た。姉ちゃんも俺を見て、

「初めっから怒ってなんか無いわ!」

俺は山内さんに聴こえないように小声で、

「ありがとう。でもゴメンちょっとだけ谷間が見えた。」

姉ちゃんも小声で、

「ばか!」

するとまたシャッター音の間隔が速くなった。

「本当に君たちは良い。信じられない位いい画が撮れます。」

「何をしても撮っちゃうんですね。」

「ここはスタジオですから。」

山内さんはファインダーから目を離して、

「ちょっと休憩して、次は放課後の楽しい感じでやりましょう。」


 10分くらい休憩した。姉ちゃんも俺も5回くらい背伸びをした。モデルって、結構筋肉に力が入るみたいで、ひょっとしたら体育会系の仕事なのかも知れない。

「ギター持ってきました。」

俺は吉岡さんからアコギを渡された。すると山内さんが、

「ギターの伴奏で2人で歌っている感じで。」

「えっ、歌うんですか?」と姉ちゃん。

「歌わなくても、そういう感じでOKです。」

「ギターはエアギターですか?」

「あまり激しくしなくて、さりげないのが良いね。」

「じゃあこんな感じですね。」

俺はギターを構えて机に浅く座り、覚えたての『神様のいたずら』の前奏を弾いた。

「おお、翔太君はギター弾けるんだ。」

姉ちゃんと俺は歌いだしを目配せした。それに合わせてシャッター音が速くなった。姉ちゃんは俺の首振り合図に合わせて本当に歌いだした。

「♪タタタ、タタタタータタ、タタータタタ♪」 【か、書きたい!歌詞!ソラ】

曲に合わせて、俺達は見詰めあったり顔や体をゆっくり振ったりした。それに合わせてシャッター音もリズミカルに教室に響いた。やがて曲が終わったのでギターを置こうとした。

「あ、もう少し続けて。向かい合って合図を出し合っているのがとてもいい感じですから。」

山内さんはそう言いながら、俺達の周囲を移動して写している。俺はまたコードを弾きながら、

「下手くそでしょ。アルペジオ。練習は時々してるんですけど。」

「弾けない私から言えば『たいしたもの』です。」

「ありがとうございます。初めて褒められました。」

「だって、人前で演奏するの初めてじゃない?」

「そう言えばそうだね。」

「春香ちゃんも何か演奏するの?」

「ピアノを少し。」

「いや、かなり上手いんです。」

「へえー、じゃあピアノの画も今度お願いするかな?」

「録音じゃなきゃいいですよ!」

「ところで、この曲は?」

「アニソンです。」

「横須賀と瀬戸内が舞台で、写真が好きな親子の話なので。」

「いい曲だね。」

「アコギに向いてますよね。」

「あと、アンプラって事なら、カホンがあるといいね。」

「そうだね。」

「カホンって?」

「木でできた、小さいドラムみたいな楽器です。」

「そうですか。」

俺はコードGを押さえそこなった。

「あ、間違えた。」

フレッドと指を確認して直ぐに演奏を再開した。そして、

「加代が歌ってくれたらすごいかも。」

「うん、うん。」

「ああー、いいねえ。今の表情!」

こうして、テスト撮影は2時過ぎまで続いた。たぶん、長谷さんが止めに来なかったら、時間無視でまだまだ続いていたと思う。

「お疲れ様でした。翔太君、春香ちゃん。」

『お疲れ様でした。』・・・俺達またハモった。

「ヤマさん、どう?」

「最高ー!」

「連絡さっぱりだからきっと夢中なんだろうと思ったわ。」

「うん。久しぶりに!」

「それじゃあ、今日はこれでお開きね。」

いつの間にか吉村さんと木下さんと野崎さんも教室に入って来ていた。みんな笑顔だ。姉ちゃんと俺は周りの皆さんにペコリとお辞儀をして、

「今日はありがとうございました。初めての事ばっかりで上手く出来なかったと思います。」

「わたしもなんか色々下手でごめんなさい。」

「いいえ、あなた達はヤマさんを夢中にしたってだけで十分立派だわ。」

長谷さんが野崎さんに目くばせした。

「じゃあ、メークを落として着替えましょう。」


 20分後、姉ちゃんと俺は薄暗い玄関ホールに居た。吉村さんの見送りだ。

「お疲れ様でした。少ないですが、今日の謝礼です。中身は折半してください。」

そう言って、吉村さんは封筒を『姉ちゃんに』差し出した。俺は出しかけた手をそっと引っ込めた。

「良いんですか?」

「はい。弊社規定通りですので受け取ってください。」

「ありがとうございます。では遠慮なくいただきます。」

「今日の結果はいつごろ判りますか?」

「今日中には判ると思います。」

「そうですか。」

「ダメでも早めに教えてください。」

「どうしてですか?」

「バイト探したいので。」

「わかりました。どちらにしてもなるべく早くご連絡します。」

『それでは失礼します。』


 俺達はタクシーを断って、アトレに行った。途中で謝礼の封筒の中を見た。1万円入っていた。姉ちゃんが親に見せてからって言うから使わなかったが、気分が大きくなったと思う。彩香のブローチを折半で買った。それから、なんとなく井の頭公園へ向かった。

「ねえ先輩、歩いて帰る?」

「姉ちゃん。もう止めてよ。ハズい。」

「そうする? 残念だなあ!」

「ここまで来たから、まあ歩くか。暑いけど。」

「今が一番暑い時間だね。」

公園に降りる石段を下りながら、なんかのどが渇いたと思った。

「かき氷食べない?」

「おごってくれるの?」

「ええー。・・・仕方がない。言い出しっぺだから。」

「うふふ、ありがとう。」

公園の中の店でカップのかき氷を2つ買った。2人で食べながら歩いた。ちょっとしたデート気分だ。午後の太陽はまだ高く、池の周囲の遊歩道は木陰と蝉時雨に包まれている。暑いせいか思ったより人が少ない。蝉しぐれの中を歩きながら、俺は姉ちゃんの今日の可愛いしぐさや表情をなんとなく思い出していたと思う。

「ねえ翔ちゃん、そこに座らない?」

「うん。」

姉ちゃんと俺は池に面したベンチに座った。池を渡って来る風が気持ち良かった。池に向かって姉ちゃんが言った。

「ねえ、OKだったら良いね。」

「思ってたより楽しかったね。」

「翔ちゃん恰好良かったよ!」

「姉ちゃんは・・・」

「なに?」

「可愛かった。」

「ありがと。」

姉ちゃんが俺に少し近付いて、かき氷をすくって、

「あーん」

俺はちょっと引き気味に、

「え?」

「今日のご褒美よ!」

「あ、ありがとうございます。」

俺はそれをパクリと食べた。少し間が開いた。

「あのね、私もご褒美欲しいけど!」

「あ、ごめん。」

おれもすくってお返しをした。姉ちゃんはそれを食べて、

「ありがとう」

と言って俺を見つめた。なんかものすごく可愛かった。姉ちゃんじゃ無かったら思わず抱きしめてキスしていたかも知れない。もし本当にそうだったら・・・たぶん何もできない『へたれ』なんだけど。

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