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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第2章 小学校の頃の俺達 ~たぬきさんの縫いぐるみ~
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2-2 喧嘩した日

 悪夢は入学した次の週早々にやって来た。僕は4組になった順平と教室の前まで一緒に来て、

「じゃあね。」

と言って別れ、8時15分頃自分の席に座った。これが初登校ってやつだ。学校は8時半に始まるから余裕だ。そう言えば、あの頃は『授業が始まる』という感覚なんか無かった。とにかく、僕は知ってる奴も居ないし、何をどうしていいかも判らず、椅子に座って待っていた。何を待っていたかというと、たぶん先生が来て、『学校が始まる』事だったと思う。

 するとまもなく、お頭が軽そうで、順平より少し小さいが僕より明らかに大きい奴が近寄ってきていきなりこう言った。

「おい、そこのチビ!」

僕は驚いたが、なぜか怖いとは思わなかった。ただ、僕とは違う人種だと思った。

「だあれ?」

「俺か?、・・・誰でもいいだろ!。」

「君が話しかけたんでしょ!」

「人に名前を訊くときは自分が先に言え!」

「何言ってんの?、話しかけてきたのは君の方でしょ!」

「・・・そんなこたぁどうでもいい。お前、俺の家来にしてやる。」

「家来?」

「ああ、家来だ。」


 僕以外の同級生は皆固まってしまって、じっとして、聞き耳を立てている。たぶん。まして、だれも僕を救出しようなんて行動は起きないだろう。僕は家来の意味はよく知っているし、この軽薄そうな奴が言いたい事がばかばかしいって事も判っていた。当然、領主様が誰であろうと僕は家来なんかになる気は無い。ただ、こう言う奴は少しからかってやらないと気が済まない。それが無謀で、痛い目に会う可能性が高いことは何となくわかっていたが、そうしないと気が済まないから仕方がない。「虚勢を張る」という言葉をまだ知らなかった。ただ、その頃の僕は結構小賢しい。力が無いので、実戦は避け、『学校が始まる』まで何とか結論を引き延ばそうと思った。そして、軽薄な奴には質問攻めが時間稼ぎになるのを本能的に会得していた。質問はゆっくりじっくりとする。


「それは・・・何?」

「だから、俺が親分で、お前が家来ってことだ。」

やはりこいつはお頭が軽い。使ってる言葉の意味がなんか変だし、同じ事を声の大きさを変えて繰り返すだけだ。そこで、こう言えば『いくらなんでも自分の程度に気が付くだろう』という言葉を質問形式で返してあげた。

「君が親分なら、僕は子分って事じゃあないの?」

「・・・そんなこたどうでもいい。・・・とにかく、家来って事にしてやる。」

この時こいつの頭脳程度に対する僕の評価が確定した。ただし、腕力はたぶんレベルが高そうだ。だから、もう少し時間稼ぎを続ける必要があった。

「どうしてそう言う事にしたの?」

「お前はちびっこいからさ。」

「・・・じゃあぁ、家来になったら、僕には何か良い事があるの?」

「な、なんだと!、・・・家来に良い事なんかあるか!。」

「じゃあ、親分には良い事があるの?」

「あたり前だろ!、家来は親分の命令は何でもきくんだ。」

「親分も家来の言う事を何でもきいてくれるの?」

「そんな訳ないだろ、ばか!」

「ねえ、何の得も無いのに家来にしてやるって言われて、君ならどうする?」

「なる訳ねえだろ。」

「じゃあ、断るの?」

「当たり前だろばか!。俺は親分だからな。」

「それじゃあ家来になる人は居ないんじゃないの?」

「・・・それは・・・そうだ。」

「なのに、どうして僕に家来になれって言うの?」

「うるさい、うるさい。とにかく俺の家来になれ。」

その時、先生が入って来るのが見えた。こうなると、少し暴挙に出られる気がした。

「嫌だね。僕は君の家来にはなりたくない。」

「なんだと!」

そう言うと、そいつは僕の胸ぐらをつかんで、僕を持ち上げた。僕は爪先立ちになった。

「何するの!、く苦しい。」

と言ったとき、先生の声がした。期待通り。

「矢島君。何をしてるの?」

矢島君と呼ばれた奴は咄嗟に僕を放して、

「何もしてねえよ!」

と言ったが、先生は見ていたし聞いていた。

「暴力を振るっちゃダメじゃない。しかも相手が自分より小さいからでしょ!」

「俺が悪いのかよ!」

「そうよ、『家来になれ』なんて言うのが変でしょ!」

「うるせえ、俺は幼稚園の時から親分なんだ!」

「ここは学校だから、そう言うのは無いの。みんな一緒に仲良く勉強する所だからね。」

「くそー、また今度な!チビ。」

そう言って矢島君は教室を早足で出て行った。

「中西君、大丈夫?」

「うん。僕何ともないよ。」

「偉かったね。」

先生がそう言ったとき、固まって聞き耳を立てていたクラスの何人かが近寄ってきた。その中の1人がマサちゃん(伊藤正文)だった。そしてこう言った。

「矢島君は乱暴者なんだよ。」

「そうなの?」

「ああ、力があるし、いきなり殴るんだ。僕はあいつが嫌いだ。」

「中西君、ごめんなさい。私、矢島君が怖くて・・・。中西君って、強いね。」

そう言ったのは、宮田早苗だった。早苗も僕と同じように小さい。後で分った事だが、1月生まれだそうだ。

「僕何ともなかったから。」

僕はそうは言ったが、そこで初めて事の重大さに気が付いた気がした。皆が認める乱暴者で、怖い奴ということは・・・なぜかドキドキし始めた。


「みなさん、席に着いてください。出席をとります。」

南先生はそう言うと、あいうえお順に1人ずつ顔を確認するようにゆっくり皆の名前を呼んだ。しかし、さっきの乱暴者『矢島君』はどこかに行ってしまったままだった。

出席をとり終わると、

「みなさん、座ったままちょっと静かにしていてください。」

南先生はそう言うと、廊下に出てたぶん携帯で誰かと話を始めた。

「あ、すみません。南です。例の矢島君が早速問題行動を・・・」

「・・・・・」(相手の声は聞こえない。)

「はい。新学期早々教頭先生にはお手数をおかけします。よろしくお願いいたします。」

先生がまた教室に入って来て、何事も無かったかのように『学校が』始まった。と言っても、1人ずつ立って名前を言って好きな食べ物や飼ってる犬や猫の名前や親や兄弟の話をした。僕にはブロッコリーが嫌いなことくらいしか言う事がなかった。


 学校は保育園よりかなり早く終わる。お昼過ぎには掃除をして帰る。掃除と言っても上級生が机を教室の後ろや前に動かしてくれて、空いたところを丸く掃くだけだから、すぐに終わる。だいいち、初めからそんなに汚れてなんかいない。だから、掃除に参加できるのは数人で、殆どの同級生は右往左往しながらただその様子を見ている程度で良い。掃除の後、先生に名前を呼ばれたら元気よく返事をして、連絡帳という薄い冊子を受け取ってそれをランドセルに放り込んで、みんながそれをもらうのを待って、『先生さようなら、皆さんさようなら』と言って教室を出るのだ。


 僕が靴を履きかえて外に出ると、右にある花壇の横で順平が待っていた。

「翔太、ここ」

「あ、順平。どうしたの?」

「一緒に帰ろう。」

「うん。けど、僕は児童館に行くことになってるんだ。」

「へー、そうか。ま、ちょっと遠回りになるけど僕も行くよ。」

「ありがとう。ハルちゃんも一緒だから待つけどいい?」

「ああ、いいよ。」

その時、あいつの声が近付いてきた。僕の手足に緊張が走った。

「ああー、いたいた。お前、そこのチビ助。」

「・・・・・」

「お前だよ!」

「・・・矢島君だったっけ?」

「おお」

「何か用?」

「家来になれって言ったろ!」

「嫌だって言ったでしょ!」

「なにぃー」

そいつは左手で僕の胸ぐらをつかんで持ち上げ、いきなり『グー』で僕の左こめかみの少し上を殴った。ゴツンという音と鈍い痛みが頭に響いた。

「痛い!何するの!」

僕は足をバタつかせて抵抗した。

「翔ちゃんに何をするんだ!」

順平がそいつの首に腕をまわして引き倒した。そいつは後ろ向きに倒れて地面で頭を打った。僕はそいつと一緒に倒れてそいつの上になった。今度は僕がそいつの胸ぐらを両手でつかんだ。だけど、体の大きさと馬力は明らかにそいつの方に分があった。

「痛たたー!、このやろう!」

そいつは僕を簡単に跳ね除けてよろけながら立ち上がり、今度は順平に向かっていった。順平はそいつの手を取ろうとしたがうまく取れなくて、足を引っ掛ける様な格好になった。そいつは順平の足を避けようとしたが、避けきれず、バランスを崩して転んだ。

「やろう」

振り向きながらまた立ち上がって順平に殴りかかろうと右手の拳を振り上げた。だが、その手をグイとつかんだ女子が居た。もちろんハルちゃんだ。

「なんだお前!」

「翔ちゃんと順平君に何するの!」

そう言うと、ハルちゃんは左手でそいつ頭の天辺あたりの髪の毛をつかんで押し倒した。そいつは激しく倒れて今度は顔を打ったみたいだった。そいつはうつむきになったまま動かなくなった。僕は立ち上がってそいつを睨んだ。一瞬静寂が流れた。そして、

「ビェーン、ちきしょう。なんでだよう!」

そいつの悔し泣きの声が玄関広場に響いた。そいつは泣きながら少し顔を上げた。右の頬を擦りむいて少し血が滲んでいる。そして、僕らが睨んでいるのを見て、益々大粒の涙を流して大声で泣き出した。僕はなんか可愛そうになった。

「ハルちゃん。僕、先生呼んで来る。」

「翔ちゃん、私が行くからここに居て!」

ハルちゃんは走って職員室に向かった。


 すぐに1組の飯島先生と僕の担任の南先生が出てきた。飯島先生が驚いたように、

「おや、泣いているのは矢島君の方か。」

「矢島君がいきなり僕を殴ったんです。それで僕たち喧嘩になりました。」

「どこを殴られたの?」

「ここです。」

「おお、立派なたんこぶが出来ているね。痛くないのかい?」

「痛いです。」

触ると痛かったが、泣くほどではなかった。僕はたぶん気が張り詰めていて、あまり痛みを感じなかったんだと思う。

「中西君は意外に強いんだね。」

「順平君とハルちゃんが助けてくれました。」

すると、南先生が、

「矢島君、立てる?」

「うん。」

そいつはバツ悪そうに立ち上がった。もう泣き止んではいたが、最初の威勢は消え失せていた。3人掛かりとは言え、たぶん初めて腕力で負けた事にショックを受けたのだろう。

「中西君を家来にするつもりだったんでしょ?」

「うん。」

「矢島君が先に殴ったのね。」

「うん。」

「悪い事だって分ってる?」

「・・・うん。」

「もうしないね。」

「・・・うん。」

「じゃあ、4人共ついて来なさい。」

そう言うと、南先生は僕たちを玄関の左にある保健室に連れて行った。僕たちは上履きに履き替えて、南先生について行った。矢島君が先頭で南先生に手を引かれている。僕がその次で、ハルちゃんと順平が並んでいて、最後に飯島先生が続いた。

 保健室には保健の和泉先生が白衣を着て座っていた。

「すみません、和泉先生、この子『矢島君』と言いますが、頬を擦りむいていますので消毒してやってください。」

「あらら、もう喧嘩したの?」

「・・・うん。」

「ちょっと沁みるけど我慢してね。」

和泉先生は脱脂綿をたぶんアルコールに浸して矢島君の顔を拭いた。

「い、イタイ。痛い。」

「逃げないで、男の子でしょ!」

「う、うん。」

矢島君は妙にしおらしい。和泉先生は今度は何か液体の薬を脱脂綿に付けて塗った、

「はい、おしまい。」

それを見ていた南先生は、今度は僕の両肩に手を置いて、

「この子は『中西君』ですが、こぶができてます。」

和泉先生は僕を見てにっこりして、

「どこ?」

「ここです。」

僕がその場所を指さすと、和泉先生は僕のたんこぶにそっと触れるようにして、

「ああ、これくらいなら大したこと無いわね。」

「はい、大丈夫です。」

「男の子だもんね。」

「うん。」

僕は少し晴れ晴れしい気持ちになった。その様子を見ていた南先生が、

「さて、それじゃあ、4人共仲直りしなくちゃね。」

すると順平が、

「こいつが悪いことしなけりゃ、何もしないよ。」

ハルちゃんも、

「そうよ。私たちなにもしないよ。」

矢島君は下を向いている。ハルちゃんから受けたダメージが一番大きかったし、ハルちゃんの本気の力が身に染みたのだと思う。

「中西君はどうする?」

「矢島君が『家来になれ』って言って来たんだ。ぼくは、それが無きゃ何ともないよ。」

「そうね。つまり、矢島君がまず最初に謝るべきって事ね。どうする?矢島君。」

「・・・もうしない。」と矢島君の方から小さい声がした。

「今なんて言ったの?」と南先生が念を押すと、

「ごめんなさい。もうしません。」

「中西君、矢島君が謝ってるけど、許してあげられる?」

「うん。」

「高野君も上原さんもいい?」

「僕はべつにいいよ。」

「わたしも」

「じゃあ、これで仲直りだね。」


だけど、その時の僕はこの『仲直り』という言葉だけではなんか物足りない気がした。『もうしません』がそういつまでも守られる約束なはずがないと思った。それで、

「矢島君、僕、君の家来にはなれないけど、・・・友達にならなれると思う。」

『ええーっ!』ハルちゃんと順平が驚きの声を上げた。

「ねえ、矢島君。僕たちと友達にならないか?」

そう言って僕は握手を求めた。

「友達に?・・・本当に?・・・なってくれるのか?」

「うん。」

「そうだね。わたしもいいよ。」

ハルちゃんも手を出した。

「仕方ないなあ!」

順平も手を出した。

「あ、ありがとう。俺、友達できるの初めてだ。」

僕たち4人は手を握った。

「その代り、友達に悪いことをしたら今日みたいなんじゃ済まないからね。」

とハルちゃんが大きな釘を刺した。

「わ、わかった。」

と矢島君がハルちゃんを見上げるように言った。

「あら、良かったね矢島君。それにしても君たちはなんて可愛い子なの!、なんか先生涙出てきそう。」

そう言って、南先生は僕達4人をまとめて抱きしめた。飯島先生と和泉先生もなんか嬉しそうなまなざしで僕らを見ていた。こうして乱暴者の矢島君が僕達の友達になった。

 本当のことを言うと、僕も順平もハルちゃんも、こいつに時々迷惑を掛けられる事になるような予感がしていた。実はその予感は半分外れていて、知らない人はまさかと思うかも知れないが、この『乱暴者』の矢島君が南先生べったりの甘えん坊になるなんて、その時は思いもしなかった。ともかく、こうして僕らの小学校生活が始まった。

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