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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
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3-21 卒業した日(その1)~答辞変更~

 翌朝10時頃姉ちゃんに起こされた。

「翔ちゃん、起きて、学校から電話よ!」

「おはよう。今日は土曜日だよね。」

「うん。でも先生は学校に居るみたい。」

俺は起き上がってカーテンを開けて、それからベットに座って、姉ちゃんから子機を受け取った。姉ちゃんは部屋の真ん中に座って興味津々だ。彩香も入って来て姉ちゃんの左横にペタンと座った。俺は保留ボタンを押した。

「もしもし、中西です。お待たせしました。」

「中西君か?」

「あ、原田先生。おはようございます。」

「おはよう。寝てたのか?」

「あ、まあ、はい。」

「そうか、起こして悪かったが、来週の月曜日は登校できるか?」

「はい。特別予定はありませんから、行くつもりでした。」

「じゃあ、10時に教員室に来てくれ。」

「はい、判りました。10時ですね。」

「そうだ。頼んだぞ!」

「ところで、どんな用事か聞いていいですか?」

「ああ、答辞の件だ」

「あぁ・・・すみません。まだ出来てません。」

「原稿はまだ作るな。内容について指示がある。」

「それは昨日の地震と関係があるんですね。」

「そうだ。察しが良いな。」

「俺もどうした物かと考えていたところです。」

「そうか、それなら話は早いな。」

「それでは、月曜日に行きます。」

「おお、頼んだ。」

俺は子機を耳から離して、通話ボタンを押して電話を切った。そして姉ちゃんを見た。姉ちゃんは微笑んで、

「大きな『落ち』を入れるつもりなんでしょ。」

「当然さ。・・・でも無理だよね。」

「そうね。大変な事になっちゃったもの。」

「うん。」

「お兄ちゃん『落ち』ってなあに?」

「うーん、説明むずい。・・・わざと滑って面白くするみたいな事さ。」

「ふーん。サヤわかんない。」

「だな。今判ったら天才だ!」

「そうなの?・・・お兄ちゃん『冷めたごはん』出来てるよ!」

「おお、サヤはかなりの天才だって事が今判った。」

俺はベットから降りて姉ちゃんと彩香と3人でダイニングに向かった。俺は階段を降りた所で姉ちゃんに子機を渡して洗面台に寄った。もちろん顔を洗うためだ。冷めた朝食を食べてからシャワーを浴びた。


 俺が自分の部屋のベットに腰かけて、髪をタオルで乾かしながらくつろいでいると、姉ちゃんの声がした。

「翔ちゃん、入って良い?」

「うん。」

姉ちゃんはいつもの様に部屋の真ん中のクッションに座るだろうと思っていたら、俺に近寄って俺の匂いを嗅いだ。

「あ、やっぱり。」

「な、なに?」

「私のコンディショナーの匂いだわ!、減り方が早いと思ったの。」

「俺が使ったのは、ピンクとグリーンの柄のだけど?」

「そうよ。それ私と彩ちゃんのよ!」

「えっ!、使っちゃダメだったの?」

「翔ちゃんはお父さんと一緒のグレーのでしょ?」

「いやいや、小父さん臭いのは嫌だから。」

「そんな嫌な匂いじゃないわよ!、・・・でも、まあ良いわ!、原因が判ったから。」

「それはどうも。つまりこれからも使って良いって事?」

「うん。良いよ!」

「ありがとう。ってか、姉ちゃんが買ってる訳じゃないよね!」

「選んでるのよ!」

「・・・・・」

俺は姉ちゃんの主張がちょっと意外で返す言葉が出て来なかった。タオルで髪を乾かす手を止めて姉ちゃんを見上げて見詰めた。姉ちゃんは俺を見詰めて、

「ねえ、吉祥寺に行かない?」

「良いけど、母さんたちは?」

「みんな出かけたよ!」

「何処へ?」

「たぶん渋谷。」

「何しに?」

「彩ちゃんの服を買いに行ったわ。」

「そっか。」

「ねえ、どうする?」

「じゃあ行こう。順平を誘うか!」

「もう誘った。」

「えっ、姉ちゃんが順平を?」

「違うわよ!」

「あ、ナッちゃんね。」

「当然でしょ!」

「つまり、ナッちゃんに誘われたって事だね!」

「なんで判るの?」

「こう云う時はさ、姉ちゃんは俺より先にナッちゃんに声を掛け無いと思う。」

「そっか、見抜かれてるのね。」

「いやいや、姉ちゃんの常識を信頼してるって事です。」

「ありがと!」


 結局、姉ちゃんと俺はかなり慌ててお昼前に吉祥寺に向かった。俺は昨日とほぼ同じ格好だったが、姉ちゃんはジーンズのミニスカートに白いダウンジャケットだった。吉祥寺の改札を出てすぐの階段の手前でナッちゃんと順平が待っていた。ナッちゃんも姉ちゃんと同じような恰好でなんか姉妹みたいだ。もちろんナッちゃんが身長差で妹って事になる。順平もジーンズにコートをだらしなく羽織っているので、まあ俺と同じ様なものだ。順平と俺は・・・希望も含めて、たぶん兄弟には見えない事を願う。なぜなら、数か月前、俺は身長では順平を追い抜いたが、物の言い方とか気遣いとかはやっぱり『長男』順平には敵わない気がする。だから、俺が身長差で兄に見られるのはなんか納得できないからだ。

「ナッちゃんゴメンなさい、お待たせ!」

「大丈夫、そんなに待ってないよ!」

「翔太、昨夜は大変だったそうじゃないか!」

「うん、2時過ぎに帰って来た。・・・てか、なんで知ってんの?」

「あそこ。」

順平が指さした階段下にサチとユミが居た。

「え?」

「サチのお父さんと一緒だったんだろ?」

「あ、そう言う事か!」

俺は、姉ちゃんがサチとユミに手を振りながらナッちゃんと一緒に階段を下りるのについて行こうとした。その行動を順平に止められた。

「翔太、どこに行くんだ?」

「え、どういう事?」

「マサちゃんを待たないと!」

「え、マサちゃんも来るの?」

「そりゃあ、ユミちゃんが居るから当然でしょ!」

「なるほど。」

そう言ってホームに振り向いた時、俺達が乗って来た電車の次の電車が到着してゆっくり止まった。俺はその電車を降りて来る人達の中にマサちゃんを探した。そして、急ぎ足で近付いて来るマサちゃんを見つけた。

「マサちゃんこっち!」

「おお、翔太、順平、待たせた!」

「いや、ひとつ前の電車だから。」

「翔太はそうだけどね。」

と少し不満げに順平が修正すると。

「あ、そう言う事ね。」

とマサちゃんも理解した。

「じゃあ行こう!」

順平のこの言葉で俺達は女子が待つ階段下へ向かった。

「みんな、お待たせしまひたー」

「マサ君どうしたの?」とユミ。

「先生、あ、ヴァイオリンの先生から電話があって、遅くなった。」

「そっか!」

「何処に行く?」と順平。

「クーポンあるから、ドーナツ屋さん。」とサチ。

「わかった。」

俺達はJRの改札の左端にある通路から花火の広場に降りた。バス通りを渡って、ハモニカ横丁の西の端の果物屋さんを右に曲がって、ダイヤ街を横切った所にあるドーナツ屋さんに入った。そして、女子4人と男子3人に分かれて座った。皆それぞれに一通りほお張ってから、サチが最初に昨日の事を話題にした。

「地震、怖かったねー!」

ナツが反応した。

「私、あそこで死ぬのかと思った。」

姉ちゃんが突っ込みを入れた。

「そう言えば、ナッちゃん何処に居たの?」

「田無のプラネタリウム」

「と言う事は?」とサチ。

「僕と一緒でした。隠しても仕方ないから・・・」

「どんなだったの?」

「床が物凄く揺れて、星がみんな流れ星みたいになって、真っ暗になって、悲鳴になって、即中止になったわ!」

「僕も死ぬかと思った。」

「でも、結構頼もしかったよ!」

「あらら、ご馳走様!」とサチ。

「でも、決断遅れて結局歩いて帰る事になったの!」

「僕の決断でしょうか?」

「そうね。私のかしら?」

「とにかく、ひどい渋滞で、もうバスを降りるしか無かった。」

「そうだったんだ。」と俺。

「ハルちゃん達は予定通り上野だったんでしょ?」とナツ。

「うん。怖かった。」

「翔ちゃんは頼りになった?」

「うん。かなり。」

「えへん。どうですか、みなさん!」

「翔ちゃん!」

「はい。実は俺もかなり怖かったです。」

「帰って来るの大変だったんでしょ?」とサチ。

「そうなの。帰って来れたの2時過ぎだったわ。」

「お父さんと同じ電車だったのよね。」

「ああ、不意打ちだったからビックリしたよ!」

「中西姉弟と一緒になったって、お父さんなんか嬉しそうに言ってた。」

「ああ、お礼言われちゃった。」

「翔ちゃんそれ!」

「あ、しまった。」

「何のお礼?」

「えっと、サッちゃんには内緒にして欲しいって言われたんだけど。」

「それ、江ノ島の事じゃない?」

「うん。なんで判る?」

「お父さん判り易いから。」

「なぁんだ。」

「私からもお礼言いたいわ・・・あの時は『翔太君』ありがとう。」

「いえいえ、どういたしまして!」

「順平、どう言う事か判る?」とマサちゃん。

「判る訳・・・無いじゃん。」

「サッちゃんとお父さんが仲良しになったって事さ。めでたしめでたし。」と俺。

「何の事だか、さっぱりです。」とマサちゃん

「俺がサッちゃんの許婚になれそうだったって事さ!」

「ええっ、そうだったの?」とマサちゃん。

「勢いはね。」

「もう、翔ちゃん!」

「サッちゃんとお父さんの事はこれくらいにしてあげてくれませんか?」

「まあ良いけど・・・なんか謎めいてますけど!」とマサちゃん。

「ユミちゃんはどうしてたの?」

と俺が聞くと、

「サッちゃんの家で宿題手伝ってたわ。」

「宿題?」

「そうなの・・・私立高校って『宿題』が出るの!」とサチ

「小学生かっつうの!」とユミ。

「どんな宿題?」と姉ちゃん。

「算数のドリルと漢字の書き取り、プラス英単語。」

「へー」

「まるでガクモンのドリルだよ。ネ、サッちゃん。」

「そうなの。しかも大量!」

「ふーん。・・・手伝おうか?」と順平。

「ほんと!」とサチ。

「有料で!」

サチは順平を睨んで牽制してからナツを向いて、

「ナッちゃん、シメてあげて!」

「そうね。」

「おいおい。冗談に聴こえない。」

「本気だもの!」

「シーません。勘弁してください。」


ちょっと間が空いた。そこで、俺は俺の疑問をみんなにぶつけてみた。

「ところで、今日は何の集まり?」

「ああぁ・・・ニブイのは翔太だけか?」と順平。

「そうみたい。」と姉ちゃん。

俺はみんなを見渡した。

「な、何?」

マサちゃんが説明を初めた。

「それでは、本日一番の『KY』の翔太君に判るように説明します。」

「な、何だよ、それ?」

「実は、さっきから比較的黙ってるそこのユミちゃんと・・・僕は・・・」

「ついに?」

と俺は次の言葉を妄想して期待した。

「・・・同じ高校に決まりました。」

「なぁんだよ!、それはもう知ってる。」

「マサ君!」とユミ。

「昨日の地震の後、もう一度来たらもう一生言えないかもと思ったんで、昨夜告白いたしまして、」

「おお!」

「・・・OKを頂きました。」

「やったね。」

皆が拍手した。

「やっと言ってくれたのよ!・・・やっとよ!」

「言わなくても判ってると思ってたのですが・・・」

「それはつまり、言ったのと言わないのとでは・・・何だっけ?」と順平。

「雲泥の差だろ!」と俺。

「それそれ。」

「言わないと気持ちの全部が伝わらないって事だよね。」

「どう言う事?」とサチ。

「言わなくても判る事もあるけど、ちゃんと言葉で言うと、うんと沢山の気持ちが伝わると思う。」

「そうだね。」と姉ちゃん。

「特に、好きって気持ちはそうだと思う。」

「翔太、経験あるのか?」とマサちゃん。

「あるさ。俺達キョウダイは・・・ま、よそう。」

「なんだよ!」

「誰も空気を読み切れないって事。空気だけじゃ伝わらないって事さ!」

そう言って姉ちゃんを見たら、ちょっと睨んで、それから微笑んだ。

「お前達!なんか怪しい。てか、流石KY様のお言葉だ!」と順平。

「と、とにかく、ユミちゃんとマサちゃん、おめでとう!」

「あら、婚約発表じゃないから!」

「ま、そうだね。」と俺。

こうして、俺達仲良し7人は、この日の夕方までマサちゃんとユミちゃんの「カレカノ」記念日を祝った。俺は自分ではそうでないと思っていたが、皆からはKYだって思われてるのがはっきりして、ちょっとショックだった。確かに、空気を読まずに口に出してしまう事があるような気がする。『これからは気を付けよう』と思った。


 月曜日になった。3月になってから、俺達3年は1日中自習になることが多い。出席も取られないし、授業の遅れを取り戻すのも主要科目じゃ無ければ身が入らない。だから、自習すると言っても本当に勉強している奴は少ない。合格した高校が塾みたいに実力別クラス制の連中位だ。それでも半数以上が始業時刻には教室に入るから、3年間の習慣ってのは恐ろしい。それに、この日は朝から殆どのクラスメートが登校して来た。もちろん、先週金曜日の地震の影響だ。皆友達が恋しくなったり、話をしたくなったのだと思う。『地震、津波、原発』から始まる会話だ。


 俺は約束の10時前に教員室に行った。

「中西、こっち。」

学年主任の原田先生の声がした。俺はその方向に向かった。そこは教頭先生の机を囲んでいるパーティションの前のスペースだ。A組の下村玲子とE組の関野哲也が既に来ていた。2人共答辞担当だ。

「よう、下村さん、関野、もう考えた?」

すると、関野がすぐに、

「中西、お前、判ってないな。」

と言った。

「いんや、もし考えてたら、『徒労だったね』って同情してあげようと思ったんだが、その必要は無かったみたいだね。」

「さすが、女子一押しの『優しい翔太様』だな。」

「お、そうなのか?」

俺は下村さんの方を見た。

「聞いた事無いわそんなの!」

「だよね。」

そこへD組の宮田早苗がやって来た。

「すみません。遅れちゃいました。」

「遅れても宮田ならなんか許されるのが不思議だよね。」

「関野君、それどういう意味?」

「いやいや、他意はありません。」

「早苗は可愛いって事さ。犬に追いかけられたんだろ?」

「翔ちゃん、本気で言って無いよね。」

「はい。」

「ハルちゃんに言い付けてやっから!」

「あ、出来ればご勘弁を!・・・関野、お前のせいだかんな。」

「ええぇ!、俺が悪者?」

「あんた達、少しは真面目になれば!」

「玲子様の言う通りです。」と俺。

その時、原田先生が壁の時計を見ながら、

「あと一人は、C組の、えーっと。」

「C組は北野君です。」と下村さん。

「おお、北野か。」と先生。

「まだですけど。」と関野。

下村さんは関野を睨んだ。そして、

「お約束ね。」

それを見ていた原田先生が苦笑しながら、

「ハハハ、お前達5人まとまって答辞やるか?」

そこへ噂の北野がやって来た。

「北野。こっち!」と関野が合図した。

北野が近くに来るのを待ってたように原田先生が言った。

「おし、5人揃ったな。じゃあ、ジャンケンしろ。」

「え?、どういう事ですか?」と俺。

「まあ、これから教頭先生の説明があるから、それを聞け。」

「あ、いや、ジャンケンの事なんですけど。」

「つまり、総代を1人に絞る必要があるんだ。」

「なんだかよく判りませんが、つまり、仕方ない事のようですね。」

「私達が呼ばれたって事は、そう言う事なんだわ。」と早苗。

「そうだね、じゃあ、」と関野。

『最初はグー、ジャンケンポン』

『あいこでショ』

『あいこでショ』

『あいこでショ』

「あたたた。」と俺。

「決まりーぃ。中西の1人負けー」と北野。

「じゃあ、中西が代表って事だな。」と先生。

「え?、負けが代表ですか?」と北野。

「どっちでも良いが、誰か勝つまでやるか?」

「僕は中西で良いです。」と関野。

「私も。」と下村さん

「まあ、その方が早いし。」と早苗。

「じゃあ、いいな。」と先生。

俺達5人は先生に促されてパーティションの中に入った。教頭先生は何か書類を読んでいたが、

「失礼します。」

という原田先生の声でその書類から目を離した。俺達生徒5人は教頭先生の机の前に並んだ。なんか自然にABC順に。教頭先生は俺達を見渡して、目じりに皺を寄せて微笑んでから切り出した。

「君たちが今年の卒業生のトップ5なのね。」

「正確には違います。」と北野。

「でも、クラスの代表ですものね。」

「はい。」

「さっきジャンケンの声がしてたけど、代表は誰に決まったの?」

「あ、俺です。」

「そう。・・・でね、先週の金曜日に、日本は大変な事になったわね。」

俺達はこの先の当然の展開を想像しながら黙って聞いた。

「それで、卒業式なんですけど、例年の様なお祭り騒ぎは自粛することになったの。」

「俺達みんなまだ答辞考えてないです。真面目な答辞にしなければと思ってます。」

「それもそうなのですが、答辞は総代表1人がするという事になったの。少なくとも三鷹市立の中学校はみんな同じ。」

「やっぱりそう言う事なんですね。」と下村。

「それなら本当に成績とかで決めてもらった方が良いんじゃないですか?」と俺。

「そうね。もしそうだとしたら、偶然だけど、やっぱり中西君、君だよ。」

「え?、それなら、僕は?」と北野は意外そうだ。

「そうね。総代を成績で選ぶとすると、直近のテストの点数だけじゃなくて、これまでの実績とか出席率とかクラブ活動とか色々評価ポイントを考えないとね。中西君は2学期の実力テストは気が抜けたのかしら?」

「いえ、あれは・・・あれが俺の実力です。」

「そう?」

「・・・そうですか。僕はトップじゃなかったんですね。」

「北野君、どうしたの?」

「親にトップ取ったって自慢したから。」

教頭先生は黒い表紙の成績表の様なリストを見ながら、

「北野君は2学期良く頑張りました。特に実力テストでは5教科総合でトップだった事に間違いはありませんよ。」

「・・・・・」

「北野君。やれよ。答辞。俺は別に良いし、さっきジャンケンで負けた方だから。」

「べつに、そう言うんじゃないよ。」

「ほんと、構わないぜ俺は。」

「やめろよ。その上から目線。」

「えっ?」

一瞬、俺達に沈黙と緊張が走った。しかし教頭先生がその場を半ば強引に締めくくった。

「じゃあ、中西君で良いわね。みんなもう小さな子供じゃないんだし、こんな状況だって事は解るはずよね。今年の卒業式はいつもより厳かにしましょう。」


 こうして俺達はなんか納得を強要されてパーティションを出た。北野だけがさっさと行ってしまった。俺達は教員室の出口の方に歩きながら、今の気まずさについて話さないでは居られなかった。

「北野君かなり悔しそうだったわ。最後の最後にトップ取ったと思ったのにね。」と早苗。

「あいつ。中西に勝てなくて拗ねてやんの。」と関野。

「勝負してる訳じゃないんだけどね。」

「まあ、あいつとお前じゃ勝負にならないって。」

「わたし、なんか嫌な予感するわ!」と下村さん。

「ねえ、ちゃんと話し合った方が良いわ。」と早苗。

「今は熱くなってるだろうから、少し間を置いてから話してみるよ。」

「そうね。それが良いわね。」と下村さん。

教員室を出ようとしたとき、原田先生に呼び止められた。

「中西、ちょっと。」

「なんすか?」

「答辞の原稿は書くんだろ?」

「はい。そのつもりです。」

「じゃあ、出来たら見せてくれ。」

「わかりました。」

「いつごろ出来る?」

「そうですね。木曜日の朝でどうですか?」

「水曜にならないか?」

「えぇー・・・ま、何とかします。」

「じゃあ、頼んだ。」

「へぇーい。」

そうは言ったが、なんか重たい気持ちで教員室を出た。

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