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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
32/125

3-16 大地震が来た日(その1)~加齢の市民~

 小学校から中学に上がった時もそうだったが、上の学校に行くと勉強の量が半端なく増加する。後から思うと、慣れれば結構手が抜ける様になるものなのだが、最初はついて行けっこ無いと思う。だから、この合格から入学式までの数週間の『受験休み』が本当に気を抜ける時間の様な気がする。ただ、そういう都合がいい時間はあっという間に過ぎる。


・・・・・いつの間にか合格発表から1週間が過ぎて・・・・・


3月11日金曜日になった。

「おはよう、翔ちゃん。起きて!」

姉ちゃんはそう言って俺を起こしながらカーテンを開けた。

俺は8時に鳴ったはずの目覚ましを無意識に止めて、2度寝を堪能していたらしい。

「おはよう、姉ちゃん。」

「ご飯出来てるよ。もう10時前だけど。」

「ああ、わかった。起きるよ。」


俺はだらだらと起き上がって、パジャマのまま姉ちゃんと一緒に階段を下りた。

姉ちゃんはダイニングに、俺は洗面所に向かった。

顔を洗ってダイニングに行くと姉ちゃんしか居ない。


「あれ?皆は?」

「お父さんは会社。母さんと彩ちゃんは健康診断に行ったよ!」

「健康診断?」

「うん。今度入園だからね。」

「そっか。そうだったね。」

「私たちも早く出かけましょ!」

「何処へ?」

「え? 何言ってるの! 美術館でしょ!」

「あ、そうか。上野に行くんだったね。・・・って事は今日は金曜日?」

「うん。そうだよ。・・・もう、翔ちゃんったらダレきってる。」

「なんか、気が抜け抜け」

「あのね。卒業式まであと1週間なのよ! 大丈夫?」

「やばい・・・かも。」


 俺はテーブルの上の冷えた玉子焼きと姉ちゃんが温めてくれたコーンスープとウインナーでご飯を掻き込んだ。それから、二人共デニムのパンツで、姉ちゃんはレンガ色のセーターでグレーのハーフコート、俺は紺色のセーターでダークブラウンのハーフコートに着替えた。そして、10時半過ぎに出掛けた。姉ちゃんは母さんに借りたらしい、なんだかブランド物っぽいショルダーを肩に掛け、濃いブラウンのムートンを履いている。俺は小さめの黒いザックにスニーカーだ。俺は175センチ、姉ちゃんは165センチあるから、この格好ならどう見ても中学生には見えないだろう。


三鷹台の改札の手前で、

「まずは渋谷だね。」

「え?吉祥寺で中央線に乗るんじゃないの?・・・上野だよ!」

「渋谷で銀座線に乗り換えるのが楽じゃね? 始発駅だから。」

三鷹台からだと、吉祥寺と渋谷は反対方向になる。だからルートを決めないとどっちのホームに降りるか決まらない。

「じゃあ、じゃんけんで決めよう。」

「銀座線は上野に行くの?」

「行くはず。ただし、上野駅は公園口まで少し歩くかも。」

「じゃあ、翔ちゃんに任せるわ!」

「へいへい。お任せ、毎度ありがとうございまする。」


俺は渋谷コースを選択した。


「久我山で急行を待とうか。」

「そうね。永福町だと座れないかも。」

姉ちゃんと俺は隣の久我山駅で降りて急行を待って乗り換えた。

案外乗客が少なくて、二人並んで座ることができた。

高井戸を過ぎると、右側の車窓から神田川沿いに並んでいる桜の大木が見おろせる所がある。花が咲くとこの辺りの景色はもとても綺麗だ。

「ねえ、桜の蕾が少し大きくなったような気がしない?」

姉ちゃんがそう言うので見て見たが、桜の梢はまだ黒くて、

「そう?」

と返事することしかできない程度だ。開花まではまだ少しかかりそうな気がした。だいいち、走っている電車から桜の蕾の大きさは分からないと思う。ただ、もうすぐ咲くって頃には、確かに梢がピンクに見えるようにはなる。

急行は5分程走って永福町に停車する。永福町ではさっき俺達が久我山で降りた各停が止まっていて、その電車から急行に乗り換える人が大勢並んで待っていた。

「やっぱり、正解だったわね。」

「何が?」

「久我山で乗り換えたの。」

「うん、そうだね。」

急行は永福町を出ると、隣の明大前、下北沢、の2駅しか止まらない。そして渋谷には10分程で到着する。


 井の頭線の渋谷駅は、ホームにある売店の辺りから、広告のポスターが貼ってある大きな柱の右側のフロアタイルの3枚目を辿って進むと、見通さなくても自動改札を通ることが出来る。自動改札を過ぎても同じように3枚目を辿ると、1か所くの字に折れる場所があるが、やがて狭い階段になって、それを上って15メートル程進んだ右側に地下鉄銀座線の改札がある。この狭い階段を知らない人やエスカレータで楽に上がりたい人はこの階段の少し手前で右の広い階段を上がっても良いが、こっちが近道だ。

 そう言えば、銀座線は地下鉄なのに、渋谷駅では一番高い位置にホームがある。しかも、渋谷を発車してすぐに地下になるのだが、ランドのジェットコースターみたいに地下に急降下することは無い。地上3階から普通に水平に走って『本郷台地』という東京で一番大きな台地の地下になる。元々渋谷はそれくらい深い谷にできた街なのだそうだ。


「翔ちゃん、この階段で合ってるの?」

「ナビによるとこれで良いみたいだよ。」

銀座線の改札を通って更に数段の階段を上がるとホームだ。

俺達はスマホのナビに従って後ろの方の車両に乗ることにした。

「この電車、浅草まで行くのね。」

姉ちゃんが行き先案内板を指さして言った。

「みたいだね。」

「ねえ、どれくらい乗るの?」

「上野までは30分位かかるはず。」

「そんなに乗るんだ。」

「うん。」

「じゃあ、浅草はもっと遠いのね。」

「いやそうでも無い。上野から浅草って歩ける距離だと思うよ。」

「そうなの?」

「ほら、停車案内だと、浅草は上野から3駅だ。」

「本当だわ。翔ちゃんって何でも知ってるのね。」

「いや、はっきり覚えてるわけじゃないよ。なんとなくそんな気がするんだ。」

「そうなの? じゃあ、わたしは適当にあしらわれてるのね。・・・褒めて損しちゃった。」

「そんな、姉ちゃんをあしらうなんて事してないって。適当に言ってるかもしれないけど、嘘じゃないから。」

「なんか納得できないわ!」


  『この電車は浅草行きです』


という構内アナウンスに続いて黄色いストライプの少しススけた車体の小さい電車が入線してきた。それを見た姉ちゃんが、なんか大発見をしたように言った。

「ねえ見て、屋根の上。・・・えっと、パンタグラフって言ったけ? ひし形のが無いわ!」

「無いね。」

「これ、電車よね。」

「たぶん。しかも結構年代物かも。」

「そう言えば、電線も無いわ!」

「たぶん銀座線は必要ないんだよ。」

「どうして? 電車なのに?」

姉ちゃんと俺は一番後ろの車両の真ん中位に並んで座った。さすがにこの時間帯は人が少ない。

そして、姉ちゃんの疑問点についての話を続けた。

「運転士がマギで車掌さんがマギカなんじぁね!」

「何変な冗談言ってんの!」

「小6の社会で習ったじゃん。」

「本当なの?」

発車してすぐ地上を見下す高架になった。それも束の間、地下トンネルになった。するとすぐに表参道駅だ。

「マギは冗談だけど、『第3軌条』っていう、電気が来ている3つ目の線路が敷いてあるんだ。」

「線路3つあるの?」

「うん。・・・あ、車輪は普通に2つだから。」

「へぇー、ぜんぜん気が付かなかったわ」

「地下鉄だから出来る事らしい。」

「どうして?」

「だって、地上だったら架線と違って簡単に触れるから、線路に入った人が感電死するかも。」

「そっか。」

「それに、踏切があったっら困るよね。」

「どうして?」

「人や車が3本目の線路に絶対に触らずに超えるのってむずいでしょ!」

「よく解らないけどそうなんだ。」

「らしいよ。上野の操車場近くに踏切があって、そこで仕掛けが見れるらしい。鉄ちゃんの隠れた名所だって聞いたことがある。」

「へー、翔ちゃんと一緒だと色んな事がわかって楽しいわ!」

「へい。それはどうも、ありがとうございます。」

「でも、本当に見た事は無いんだよね。」

「はい。その通りで間違いございません。・・・あ、でも、さっきホームで、反対側の線路との間に確かに線路があったよ、しかもたぶん電気が来てるみたいな白い大きなお椀が黒く汚れたみたいな台に乗ってった。」

「あ、あれがそうなの?だったら私も見たわ! 何だろうって思った。」


 銀座線は『表参道、溜池山王、三越前』と言ったテレビでも良く聞く地名を巡って、上野広小路を経て12時前に上野に到着した。

姉ちゃんと俺はスマホのナビで7番出口から地上に出てJRのガードをくぐって道を渡り、上野公園に向かう坂道をのんびり上った。


制服にコートを着た明らかに地元の学校ではないと思えるJCやJKの数人のグループが団子やら麩菓子のようなお菓子を食べながら歩いている。

姉ちゃんがそれを見て、

「上野ってこんな感じなんだね。」

「そうだね。クレープじゃないのが下町っぽいね。」

姉ちゃんはいつの間にかガイドブックみたいなのを拡げて見ている。

「翔ちゃん、スカイツリーはこの近くだよね。」

「そのはずなんだけど、見えないね。」

「上野駅で隠れてるの?」

俺はなんとなく姉ちゃんが拡げたタウンガイドを見詰めて、

「かも。・・・てか、そのタウンガイド何処にあったの?」

「銀座線の改札の出口に置いてあったわ!」

「へぇー、気が付かなかった。」


だらだらの坂道を登り切ると右にJR公園口、左に東京文化会館がある。

目的の西洋美術館は文化会館の東角を左に曲がって動物園の方向に3、40メートル歩いた右側にあるはずだ。そう思っていると、

「翔ちゃん、見えた。」

「何が?」

「スカイツリー、ほら、あのビルの左側。」

姉ちゃんは右手前方を指さしている。俺は左に曲がろうとしていた意識を右に切り替えて、姉ちゃんが指さす方を見た。

スカイツリーは上野駅の向こう側のビルの左横に、ビルと同じくらいの高さに見えた。

「本当だ。思ったより小さいね。」

「本当ね。」


姉ちゃんと俺は立ち止まってスカイツリーをスマホで写した。俺達田舎者だ。でも、そこには同じように写している人が大勢居たから、恥ずくはなかった。

スカイツリーはもう殆ど出来上がっていて、上の方の円筒形のたぶんアンテナもしっかり見える状態になっている。巨大な砲塔のサイレンサーの様だ。ただ、まだクレーンのような物も見える。


「もう登れるの?だったら、行ってみたいわ!」

「それは、たぶんまだ駄目だ。そう言えば、予約受付中かも。」

「そうなんだ。」

「うん、たぶん。・・・ねえ、そろそろ行こっか。」

姉ちゃんと俺は振り返って目的の美術館の方向に広い舗道を歩きだした。

「銀座線から公園口って結構遠いね。帰りはJRで秋葉原か神田から吉祥寺コースにしよう。」

「ほらね。JRの方が良かったでしょ!」

「知ってたんならそう言ってよ!」

「知らないわよ。でも、これくらい歩くの大した事ないわ!」

「それが慰めのお言葉でなければ、とても嬉しいです。」

「気持ち半分よ!」

「へいへい。」


 上野の森は自動車が通らない静かな場所で、背が高い木がたくさん生えていて、都心なのになんか空気が澄んでいるような気がする。西洋美術館には12時15分頃到着した。ゲートが半分開いていて、そこから見える美術館の建物は広い前庭に馴染んでちょっと威厳を感じる。その前庭にはさすが美術館だ。いくつかの彫像が立っている。姉ちゃんと俺はゲートを入って右の大きな四角いブロンズの彫刻に目が釘付けになった。


「翔ちゃん、右にある大きな四角いの何だか知ってる?」

「ゲート・ツー・ヘル」

「え?」

「きっと違うね。日本語なら知ってる。『地獄の門』だよ。」

「なんだ、知ってんだ。」

「門の真ん中の上に有名なのがあるんだぜ!」

「知ってます。考える人よ!」

「さすが姉ちゃん。」

「でも、考える人ってもっと大きいのかと思ってたわ!」

「拡大版の大きいのもあるはず。」

「そうなの?」

「たぶん。それにしても、これロダンが全部作ったのかなあ?」

「それはそうに決まってるわ!」

「やっぱ、芸術家ってすごいね。隅々まで。」

「それが一流の芸術家なのよね。」

「だね。だからかもだけど、(美術の)原先生がそう言ってた。」

「どういう事?」

「一流の作品を見るのが大切なんだって!」

「ふうーん・・・でも、一流とか二流とかってどう違うの?」

「うーん・・・美術館に展示してあるのは一流なんじゃね?」

「そうね。きっと感動するのが一流なんだわ!」

「そうだね。流石は姉ちゃん!」

俺は姉ちゃんのドヤ顔を見詰めた。

「何も出ませんから・・・」


それから俺はまた『地獄の門』を見上げるようにしてまじまじと見詰めた。

門の周囲には考える人以外にも沢山の人が信じられないポーズで彫ってある。

細かいところまでしっかり。一人一人の性別が判るくらいだ。


「じゃあ姉ちゃん、地獄の前に行って!写すから。」

「なんか嫌な言い方ね。」

「そんなつもりは無いんだけど。」

「まあいいわ!」


俺は姉ちゃんをスマホで写した。当然だが、姉ちゃんも俺を写した。つまり、姉ちゃんと俺はこの時、地獄の一歩手前まで行ったのだった。

そして、振り返ると美術館の入り口横に居る警備員さんが俺達を見ていた。


「姉ちゃん、ここも写真禁止だっけ?」

「建物の中だけじゃない?」

「だよね。」

「どうして?」

「いや、入口の警備員さんに睨まれたような気がして。」

「そお?」


姉ちゃんと俺はその警備員さんが立っている右横の美術館の入り口に近付いた。すると、その警備員さんが、俺達の前に立ちはだかる様にして、

 『今日は臨時休館ですので一般の方は入れません。』と言った。

「えっ、休みなんですか?」と姉ちゃんが確認した。

 『はい。明日からの特別展示の準備で臨時休館になっております。」

「そうですか。・・・休みじゃ仕方ないね。」

そう言って姉ちゃんをを見ると、姉ちゃんはひどくがっかりした感じで、凹んでいる。

「姉ちゃん、睡蓮が見られないのは残念だけど、仕方ないから別の所へ行ってみる?」

「・・・うん。」

『どうもすみませんでした。』

姉ちゃんと俺はそう言って、警備員さんにペコリとお辞儀をして、前庭へ引き返した。

「あそこの像にも行ってみない?」

「そうね。せっかくだから行きましょ!」

数人のギリシャかローマ風の服の人たちの銅像の所に行った。

「これ、『カレーの市民』でしょ。」

「へぇー。」

俺はその彫像を見詰めて観察した。首をかしげたりしてみた。

「どうしたの? 翔ちゃん。」

「これ・・・年齢的に加齢臭?」

「違うわよ。」

姉ちゃんがニッコリした。良かった。

そして俺は、市民の前に佇む姉ちゃんをスマホに納めた。

「警備員さんが俺達を睨んでたのは、休館だったからだね。」

「そうね。何しに来たんだろうって思ってたんだわきっと。」

「そうだね。」

「ごめんね翔ちゃん。私が誘ったのに、もっとちゃんと調べとけば良かった。」

「仕方ないよ。臨時なんだから。」

「それは慰めのお言葉なのかしら?」

「うん。今のは正真正銘の全部だから。」

「ありがとうございます。翔ちゃん!」

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