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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
31/125

3-15 合格が発表された日

 明日がいよいよ合格発表という日の夜9時頃、久しぶりに姉ちゃんが俺の部屋に来た。俺は何でもなければゲームをして暇をつぶしていただろうが、合否の事が気になって何も手につかなかった。どうやらそれは姉ちゃんも一緒のようだ。


「翔ちゃん、いい?」

「いいよ!開いてる。」

姉ちゃんはいつものように部屋の真ん中に座った。

「どうしたの?・・・って愚問だよね。」

「何も手につかないわ!」

「俺も。」

「大丈夫よね、私たち!」

「どうだろう・・・」


俺はゲームを止めてPCを起動し、合否判定ソフトをダブルクリックした。

姉ちゃんは俺の横に来て俺に密着するようにしてディスプレイを覗き込んだ。

コンディショナーの香りと姉ちゃんの体温を感じた。


・・・バナーがポップした。

「これ、北進塾のアプリね。」

「うん。マサちゃんにもらって、都立の5教科用にちょっとアレンジしてみたんだ。」

「へー、すごいね翔ちゃん。」

「大した事無いよ、VISUAL BASICで書いたマクロ関数だから。」

「何の事だか解らないわ!」

「親父に教えてもらった。」

「お父さんはプロだものね。」

「親父がゲーマーだったらきっとチーターになれるね。」

「チーター?」

「専門知識を駆使して無敵不死キャラとか作っちゃう人。」

「ゲームで?」

「うん。」

「そんな事していいの?」

「オフィシャルにバレなければ。」

「つまりそれって良い事じゃないのよね。」

「まあね。」

「お父さんはそんな事しないでしょ!」


俺はドラック・アンド・ドロップでアプリに自己採点のCVSデータを読み込ませた。


「ま、とにかく、悲観的シナリオって事で、減点法で再計算してみたんだ。」

「どう言う事?」

「記憶が正しいとすれば、俺の総失点はほら36点で姉ちゃんが42点」

「私の方が多いのよね。」

「問題は教科別失点で、姉ちゃんも俺も理系で、俺は国語で14点、姉ちゃんは数学で12点の失点。」

「うーん。どう考えれば?」

「この大量失点が痛い訳です。二人共。」

「そんなに痛いの?」

「俺は差をつけるべき国語で差をつけられてしまって、姉ちゃんは取りこぼすべきでない数学を・・・」

「そっか・・・」

「それから、内申点は詳細不明だから少な目の70点にして。」

「なんか嫌な予感がするわ!」

「久我山高校の平均点が過去5年の最高点と同じと仮定した場合。」

「結局それでどんな判定になるの?」

俺は合否判定と書かれたシートタブをクリックした。

「二人共合格。」

「ほんと?」

「うん。ほらね。姉ちゃんは女子の中央より少し良い位置。俺は男子の中央付近。」

「なぁんだ、じゃあ大丈夫なのよね。」

「それが、最悪シナリオを想定して、平均点が更に5点高くなると、こうなるんだ。」


俺は総合平均点を5点高くしてみた。


「どうなるの?」

「姉ちゃんは、最下位合格。俺は残念って事になる。」

「そんな、5点も高くならないよ!」

「そう思いたいよね。希望的に。」

姉ちゃんはディスプレイを覗き込んだまま右腕で俺の肩を抱えて、

「大丈夫よ、きっと。」

「うん。でも俺は合格ラインに残るには4点しか余裕が無いんだ。」


姉ちゃんは一度俺を見てから、くるりと身を翻す様に回って俺のベットに座った。

俺はPCをシャットダウンして姉ちゃんを見た。

なんか『こっち来い』と言っているように思えた。

なので、姉ちゃんの隣に座った。


「大丈夫だよ、きっと。」

「うん。」


姉ちゃんと俺は、しばらく黙ったまま、お互いにもたれ合ったまま、じっとして時間を過ごした。・・・・・・・・・・


「明日はいつごろ見に行く?」

「俺、留守番ダメ?」

「だーめ!」

「9時頃発表らしいから、その頃出かけよっか!」

「そうね。そうしましょ。・・・じゃあ、行くね。」

「うん。おやすみ。」

「おやすみ、翔ちゃん。」

そう言って姉ちゃんは自分の部屋に帰って行った。


 ・・・・・


 3月1日火曜日は朝から結構本気で雨が降っていた。先月23日が入試で、何度も自己採点して、自信が無い所が多くて、最悪の結果が夢にまで出てきた。この5日間、大丈夫と思うお気楽な気持ちと駄目かも知れないという不安な気持ちの間を1時間置きくらいに行ったり来たりした。今朝になって、駄目だったら仕方が無い『浪人してもまいっか!』と、なんか開き直った気持ちまで出て来る様になった。今朝が晴天だったら『合格しているに違いない!』という前向きな気分が出ていたかも知れない。


朝食を食べてリビングでしばらく食休みしていると、少し雨音が小さくなった。

「翔ちゃん、9時になるわ。そろそろ行かない?」

「そうだね。」

俺はソファーに座ったまま体をひねって後ろの窓から外を見た。なんか冷たそうな雨が降っている。姉ちゃんも窓際に立って外を見ながら、

「雨止まないかなぁ!」

俺はスマホで雨雲の様子を調べてみた。

「雲の具合では、もう少ししたら止むみたいだ。」

「そおぉ? じゃあもう少し待ってみよっか!」

「うん。」


そのとき、ダイニングから母さんの優しくて穏やかな声がした。


「コーヒー入ったわよ!」

姉ちゃんと俺はダイニングに移動してテーブルについた。

「二人共、それ飲んでシャキッとしたら良いわ!」

「ありがとう母さん。」

「翔ちゃん、砂糖取って。」と姉ちゃん。

「ほい。」

「牛乳入れる?」

「冷めるからいいや!」


姉ちゃんも俺も入試があんまり調子良くなかったので、母さんは気遣ってくれている。母さんだけじゃなく親父もだ。彩香までもがその気配を敏感に感じているみたいだった。俺はこの生殺しのような5日間が本当にやり切れなかった。


姉ちゃんがコーヒーを飲みながら、

「ねえ、翔ちゃん、私駄目だったら来年は学年が下になるけどバカにしないでね。」

「何言ってんだ、それは俺の台詞さ。」

すると母さんが、

「そんな悪い事ばっかり考えてないで行ってらっしゃい! 案外、大丈夫なものよ!」

「まあ、姉ちゃんも俺も基本的なところは出来てたと思うんだけど・・・」

「翔ちゃんより私の方がたくさん間違ってたから・・・」


 雨が止んだので、姉ちゃんと俺は9時半頃家を出た。私服でも良いかと思ったが、姉ちゃんの意見で二人共制服にコートの格好だ。久我山までは神田川沿いの遊歩道を歩き、それから神田川を渡って、久我山の駅前の坂道をゆっくり登った。坂の上に見える空には灰色の低い雲が流れていた。姉ちゃんも俺も出かけた時は天気や景色の話をしていたが、この坂道を登り始めてからは言葉が出て来なくなった。久我校が近付いて正門があるグランド沿いの生垣の道に入ると、反対方向からたぶん合格した連中がはしゃぎながらやって来てはすれ違った。

 正門から久我校に入ると、少し先に渡り廊下のような所があって、そこに合格者名簿が貼り出されていた。その名簿の周りには人だかりが出来ていた。親の姿もチラホラ見えた。俺は名簿に姉ちゃんと俺の名前を探した。名簿は五十音順だった。


そして・・・姉ちゃんより先に俺がそれを見つけた。


「あった、あぁぁ・・・あった。ほら、あそこ!」

「どこ、どこ?」

姉ちゃんはいつの間にか俺の右腕にしがみ付く様にして、爪先立ちになって名簿に見入っている。

俺は左手で姉ちゃんの名前を指さして、それを読み上げた。

「左側の女子の名簿に中西春香、その隣の男子の名簿にほら中西翔太。」

「・・・あ、本当だわ!」

「合格おめでとう。姉ちゃん。」

「翔ちゃんもおめでとう。・・・良かったー、また一緒ね。」


姉ちゃんはそう言うとなんか安心したみたいで、俺の右腕を抱え込むようにして俺にくっついた。俺の右腕に姉ちゃんの胸の感触が伝わった。本当は俺も姉ちゃんに抱き着きたかったが、周りには大勢たぶん同学年のお仲間が居て、俺達が姉弟だなんて知らないだろうから、流石にそれは出来なかった。ただ、姉ちゃんのこの行動で『付き合ってる二人』くらいには思われたに違いない。


姉ちゃんと俺はもう一度名簿を確認して人だかりの中から出た。

「母さんに電話するね。」

「うん。」

姉ちゃんは俺の腕を離して母さんに電話した。本当に嬉しそうに。

「もしもし母さん? 私。」

「・・・・・」(母さんの声は聴こえない)

「うん、学校の中。翔ちゃんも私も合格だったよ!」

「・・・・・」

「ありがとう。でも良かったー!」

「・・・・・」

「うん。べつに約束無いからもうすぐ帰るわ!」

「・・・・・」

「何かお遣いある?」

「・・・・・」

「わかった。それじゃあ。」


姉ちゃんがタップして電話を切るとすぐに、背後から順平の声がした。


「おめでとう、翔太、ハルちゃん。」

「あ、順平。・・・どうだった?」

「おかげさまで。」

「それは良かった。・・・どこ?」

「あっち。」

俺は順平が指さす方向を見た。

「えーっと、ここからじゃ見えないね!」

「学校推薦選抜者名簿てのが貼ってある。」

「そっか。」

「おめでとう順平君。」

「ありがとう、ハルちゃん。」

「ナッちゃんはどうだったの?」

「うん、大丈夫。」

「それは良かった。」

「推薦だからね。でも、発表までは『はしゃぐな』って言われてて。」

「そっか、二人共もう判ってたんだ。」

「僕ら一緒って訳じゃ無くなったけど、そんな遠くの学校じゃないから。」

「そうよ、いつでも会えるわ。」

「でも、ちょっとは心配だろ?」

「翔太、残念だが、僕とナッちゃんに限ってはそれはプレッシャーにはならないぜ!」

「ほー、たいした自信だ。」

「僕とナッちゃんの絆はそう簡単には切れんし、悪いことは考えない様にしている。ってか、その必要が無い。」

「はいはい了解。毎度ゴチだな!」

「翔太もハルちゃんもすごいな。自信あったんだろ!」

「とんでもない。姉ちゃんと答えが違ってたりして。」

「そうなの。私の方が間違いが多くて、駄目かと思ったわ。」

「まあ、でも結果は合格じゃん。」

「そうね。」

「ところで、合格者は受験票を持って事務室に来いって書いてあったぜ!」と順平。

「翔ちゃん、受験票持ってきた?」

「うん。姉ちゃんは?」

「もちろん持って来たわ!」

「順平は?」

「推薦組は合格通知の葉書だってさ。」

「じゃあ行こう。」

「事務室ってあそこよね。」

「たぶん。人が並んでっから。」と順平。


俺達は職員室がある建物の入り口近くの事務室の前で受験票や葉書を提示して、受験番号と名前のシールが貼ってある、たぶん入学手続きの書類が入った、大きな紐付き封筒を受け取った。


「僕、これからあっち(武蔵野高校)行くから、悪いけどこれで。」

「ああ、わかった。」

「ナッちゃんに私達が『おめでとう』って言ってたって伝えて。」

「うん。わかった。じゃあ。」

順平はそう言うと正門の方に早足で向かった。


 姉ちゃんと俺も正門を出て左に曲がって、生垣沿いに久我山駅に向かった。

「順平君なんか落ち着いてて、自信たっぷりだったね。ナッちゃんとの事。」

「ああ、気持ちをちゃんと伝えたんだね。言葉で。」

「どう云う事?」

「だから、はっきりさせたんじゃないかな二人の気持ちを。お互いに。」

「そうなんだ。」

「たぶん。」


俺達はなんか言葉が出て来なくなって、しばらく黙って歩いた。

すると俺のスマホがブルった。


「お、メール来たみたいだ。」

「順平君から?」

「ちょっと待って!・・・」

俺はスマホを取り出してかなりゆっくり歩きになってロックを外した。

「ハズレ。マサちゃんからだ。俺の事は聞くまでもないから『おめでとうって言ってくれ』だって。」

「じゃあ、合格したんだね。」

「だね。だけど、ユミちゃんの事が書いてない。聞いてみよう。」


俺は立ち止まって、『おめでとう』を言うついでに、俺達4人が合格した事と、ユミちゃんはどうだったのか聞くメールを即レスした。

20歩ほど歩いただろうか、生垣の道の終わり近くに来た頃、即レスの即レスが返ってきた。


「ユミちゃんも合格だって。推薦で決まってたような物だってサ。それから、姉ちゃんに『おめでとう』って伝えてくれって。」

「じゃあ、『ありがとう』って言ってるって伝えて。・・・でも、良かった。私もユミちゃんにメールしよ。」

「ああ、それが良い。ナッちゃんにもCCしたら?」

「うん。そうする。」


こうしてこの日、姉ちゃんと俺と順平が同じ久我山でナッちゃんが武蔵野で、ユミちゃんとマサちゃんが浜田山に進学が確定した。進路指導という先生達の調整でこうなったって言うところもあるが、皆第一志望だった。付け加えるなら、サチとエリは先月中頃に吉祥寺の私立の女子高に合格を決めていた。とにかく、この日、皆一様に抗い難い不安から解放された。


久我山駅に向かって下る坂道の上に来た時、突然姉ちゃんが言った。

「ねえ翔ちゃん。卒業式まで少し時間があるから、私たち二人でどっか行かない?」

「姉ちゃんと俺とで?」

「うん。デートしよ!」

「いいけど、どこへ行く?」

「私ね、美術館に行ってみたいの。」

「美術館?・・・どんな絵を見たいの?」

「たとえば、睡蓮とか。」

「睡蓮?・・・クロード・モネ?」

「すごいね翔ちゃん。知ってるんだ。」

「美術で習ったよね。」

「そうだった?」

「西洋美術館にあると思う。」

「上野よね。」

「うん。」

「・・・ゆっくり見たいんだけど、たいてい5時までよね。」

「たしか、金曜日は少し遅くまで開いてると思う。」

「そうなの?・・・なんでそんな事知ってるの?」

「美術の原先生。時間があったら行って見ろって。本物は見とくべきだってさ。」

「そんな事言ってた?」

「うん。・・・あ、そうか。授業じゃなくて、放送委員会の会合の時だったかも。あの先生、委員会活動と関係無い話をするからさ、皆引いてたよ。」

「ふうーん。・・・でもちゃんと覚えてるのね。」

「まあね。じゃあ、今週の金曜日に行ってみる?」

「駄目よ。今週は皆で集まって報告会だから。」

「そっか。じゃあ、早くて来週って事だね。」

「翔ちゃん。来週しか無いよ。」

「なんで?」

「だって、再来週は卒業式じゃない!」

「あ、そうか。卒業式だ。」

「翔ちゃんは総代だよね。」

「クラスのね。」

「何するの?」

「そりゃあ、ご挨拶でしょ。」

「どんな?」

「内緒。」

「楽しみだわ!」

「うーん・・・過渡な期待はしないでください。」

「そうなの?」

「うん・・・」


坂道を3分の1ほど下った所で突然俺は立ち止まった。


「どうかした?」

「うーん・・・」

姉ちゃんは怪訝な顔で俺を見詰めた。俺はそれを待っていた。そして・・・叫んだ。

「ヤッホー!・・・キャッホー!」

とにかく、この時の俺はなんかたまらなく嬉しくて走り回りたい気分だった。

「翔ちゃんたら、いったいどうしちゃったの?」

意味もなく大声を出した俺を姉ちゃんが驚いたように見詰めた。


俺はその視線を断ち切って、久我山駅に向かって下る坂道を走って降りた。

仕方なくだと思うが姉ちゃんも続いた。

久我山の坂道には結構たくさん人が歩いていたと思う。

その人達にはたぶん『気が狂った彼を追いかける彼女』という構図に見えた事だろう。


・・・こうして、俺達姉弟は卒業式までの2週間と少しを二人で思いっきり楽しむ事になった。

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