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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
29/125

3-13 順平が進路を決めた日(その1)~財布拾った~

 3年3学期、年が明けるとみんな入試モードに突入する。姉ちゃんと俺は別々の高校に行くのだったら2人共推薦がもらえる成績だったが、同じ高校に行きたいので推薦を辞退して、近所の久我山高校を受験することにした。姉ちゃんだけでも推薦を貰えばいいって言ったのだが、自分だけ推薦は嫌だそうだ。姉ちゃんと俺とは、成績ではいいライバルで、勉強ではいい仲間だと思う。

 秋の都大会で部活を引退してから、姉ちゃんも俺も、まあどちらかと言うとそれなりに受験勉強はした方だと思う。そのおかげで、進路指導の田中先生によれば、

『最新の模試の偏差値判定では2人ともAなので、この調子なら心配ない。』

だそうだ。それでも、入試と言うのは何が起こるか分からなくて不安なものだ。


 カウントダウンで2011年になってすぐ、姉ちゃんにはナッちゃんから、俺には順平からメールが来た。アケオメって事と明日会おうという事だった。元旦の午前中は家族で予定があるから、午後から会う約束をした。

 姉ちゃんはそれから仮眠をとって朝5時頃から予約した着付けに出掛けたそうだ。俺は8時頃起きた。ジャージに着替えてリビングに行くと、姉ちゃんはもう帰って来ていて、ダイニングの椅子に浅く腰掛けていた。


「姉ちゃん、あけおめ・・・」

姉ちゃんが眩しくて、俺は続く言葉が見付けられなくなった。

「おめでとう翔ちゃん。・・・どう?」

姉ちゃんは立ち上がって両袖を持ち上げた。

「き、綺麗だ!」

姉ちゃんは母さんが若い頃着たという振袖を着ている。

俺は姉ちゃんに見とれた。ぴったりだし、綺麗だし、可愛い。

「それだけ?」

「えっと、何て言ったら良いかわからない。・・・すごく綺麗。」

「ちょっと見違えたでしょ!」

「ちょっとどこじゃないよ。」

「えへへ、ありがとう、翔ちゃん。」

「おめでとう、お兄ちゃん。サヤはどう?」

彩香は白いニットのワンピースを着ている。

「うん。彩香も可愛いぞー!」

「えへへ!」


親父も母さんもにこやかにほほ笑んで、姉ちゃんと、彩香と、それから俺の反応を楽しんでいる。


「親父、母さん。明けましておめでとうです。」

「おう、おめでとう」

「おめでとう、翔ちゃん。」


そう言った母さんも明るいベージュに細かい模様が散らばった和服に割烹着だ。

ついでに親父の恰好も付け加えると、紺色基調の暖かそうな和服に羽織だ。

新米の噺家の様にも見える。なんか俺だけジャージで申し訳ない気がする。


「翔ちゃんはお餅いくつ?」

「えっと、じゃあ三つで。」

「春香は?」

「振袖キツイから一つで良いわ!」

「そう?」

「彩香も一つでいいよ!」

「そうね。だけど絶対汚さないでね。」

「うん。」


俺達、特に俺は、親父に屠蘇(とそ)を注いでもらって、それを舐めてから御節(おせち)鱈腹(たらふく)食べた。そして恒例の「お年玉」をゲットした。俺はとち袋の中身を気にしながら、リビングのソファーにドッカと座って、『めでたい』のオンパレードの新聞を拡げた。10時にタクシーを予約しているので、それまで食休みだ。


そこへ彩香がやって来た。

「トランプ持って来たー!」

年末に『ばば抜き』を教えたので、俺達姉弟妹は暇な時間の殆どをそれに充当しなければならなくなっていた。まあ、彩香が相手だと、勝っても負けても反応が面白い。俺があまりにも判り易い『ジョーカーフェイス』をしているからだが、彩香は2勝1敗のペースで上がっている。負ける時はだいたい姉ちゃんが相手の時だ。


「そっちでいいのか?」

「うーん。」

「どうする?」

彩香は俺の顔を見ながら最後のカードを選ぶ。そして、

「こっち。・・・わーい。また上りぃ。お兄ちゃん弱ーい!」

そう言う度に、彩香は自分が最強のギャンブラーになった気分になるのだろう。


「翔太、もうすぐだから着替えて来い。」

親父のこの号令でやっとトランプが終わった。俺は自分の部屋に上がって、年末に買ってもらったスーツに着替えた。


出かける前に、玄関で家族のスナップ写真を撮る。

親父がカメラマンなので、当然ながら、姉ちゃんと母さんの写真が中心だ。

彩香はちょっと嫉妬だ。

「お父さん、サヤも!」

「そうだったな。じゃあ翔太とそこに立って!」

「お姉ちゃんもこっち来て!」と彩香。

「うんいいよ。」

俺達3人は彩香を間にしてぎこちなく立ったスナップになった。

「お兄ちゃん、抱っこ。」

「えっ、いま俺が?」

「だって、お姉ちゃんは無理そうだもん。」

「はいはい。」

白いワンピースでピースサインを得意満面に繰り出している彩香と、彩香を重そうに抱えた俺もスナップに追加された。


 タクシーは予約時刻の3分前にやって来た。俺たち一家はそれに乗って吉祥寺の八幡神社に向かった。正確に言うと、タクシーは定員オーバーだが、彩香を手荷物として誰かが抱える。今日は姉ちゃんも母さんも和服なので俺がその役になった。特に嫌がる様子もなく、当然のように俺の膝の上、てか、俺の両足にまたがって座った。

「彩香、スカートが伸びちゃうんじゃないか?」

「だって、こうしないと座れないよ!」

「俺が足開くから、股の間に座ってみ?」

彩香は俺の股の間にお尻を落とした。がしかし、気に入らない様だ。

「ええー、これじゃ外が見えない。」

「じゃあ、俺が斜め右向きに座るから、サヤは左向きで俺の足の上に座れ。」

「こう?」

「うん。そうそう。」

「なんか滑って落ちそう。」

「大丈夫。俺が支えてるから。」

「もっともたれてもいい?」

「ああ、もちろん。」

「わかった。」

俺は彩香の胴に左腕を回して支えて抱え、彩香は俺に左半身でもたれかかった。俺は、かなり窮屈だが、その体勢でしばらくタクシーの揺れに耐えることになった。彩香も結構重くなったものだ。


 神社には20分弱で到着した。俺たち一家は、暖かいのは石油ストーブの周りだけと言う待合所で待ち時間の30分強を耐えた。芯まで冷えた。初詣と合格祈願、家内安全、それに交通安全のお祓いをしてもらった。こんなにまとめてお願いしても神様は余裕なのだろうかと思う。

玉串やら柏手やらの一連の儀式を済ませて、神社を出たら昼前だった。皆なんか脱力気味で自然にサンロードに向かって歩いた。


「どこかで早めの昼にするか?」

と親父が言った。

「サヤはあんまり食べたくない。」

「俺も。まだ御節がこなれてない。でも、食べれば食べられるかも。」

「翔ちゃん、ナッちゃん達と約束してるの忘れてない?」

「あ、そうか。何時だっけ?」

「お昼過ぎって事だったけど、時間はまだ決めて無いわ。」

「親父、母さん、俺達この後友達と会う約束してるんだ。」

「そうか、じゃあここで別れるか!」

「ええー、お姉ちゃんとお兄ちゃんどこ行くの?」

「たぶん、この近くの喫茶店。」

「彩も行っていい?」

「うーん、おとなしくできるか?」

「うん。」

「どうする?姉ちゃん。」

「良いよ。」

「よし、じゃあ彩香も一緒に行こう。」

「わーい。」

「それじゃあ、お母さん達はこれから渋谷か新宿へ行ってみようかしら。」

「ああ、それが良いな。」

「ええー!サヤはどうしよっかなぁ?」


俺は彩香の気持ちが母さん達にくっついて行くのを期待していたが、姉ちゃんが引き戻した。


「彩ちゃん、たまにはお父さんとお母さんだけにしてあげない?」

「うーん、・・・そうすっか!」

「じゃあ、それで決まりだ。翔太、彩香を頼んだぞ。」

「あ、ああ。任せとけって。」

「ナッちゃんにメールするね。」

「うん。俺は順平にメールする。花火の広場で良いよね。」

「そうね。」

「春香、晴着を汚さないでね。」

「大丈夫よ! 気を付けるわ!」

「あんまり遅くならない様にしなさいね。」

「それはサヤが見張ってるから大丈夫。」

「じゃあ、彩ちゃんよろしくね。」

「はーい。」

「翔太、これ持って行け。」

「お、1万円も? いいの? お釣りは無いよ!」

「まあ、そのぉ・・・3人分だ。」

「それ、私が預かろうかな?」

「そうだな、それが良い。」

「いやいや、姉ちゃんは晴着以外の事は気にしなくて良いよ!」

「あら、物は言いようね。」

「まあね。」


 俺達は両親と別れてアトレの花火の広場に向かった。


元旦のサンロードはすごい人混みで、俺達はその人波に身を任せるようにゆっくり歩いた。彩香は周りの人混みに埋没してしまって、どこを歩いているのか解らない状態だったと思う。俺の手を握っておとなしく歩いていた。


 新道の横断歩道を渡ってしばらく歩き、ドラッグストアの前に来た時、彩香が突然手を放して、立ち止まって大声を上げた。

「財布拾ったー!」

見ると、2つ折りの男物の革の財布を持っている。

「お兄ちゃん、どうしよう?」

「貸してみ!」

俺はそれを受け取って、中を覗いた。1万円札が数枚見えた。

「あ、これはお金が入ってる。」

すると姉ちゃんが、

「今落としたのかも知れないわ!」

と言ったので、俺はその財布を頭の上に差し上げて、

「どなたかこの財布に心当たりの人は居ませんか?」

と叫んでみた。・・・・・が、周りの人達はちらっと財布を見るだけで無関心だった。

俺は差し上げた財布を仕方なく降ろして、ぼんやりそれを見詰めながら、

「ドッキリかも知れないから、交番に持って行こう。」

「そうね。」


 俺達は吉祥寺駅北口の東端にある交番に行った。


俺は順平の玉川上水転落事件でお巡りさんと話をした経験があるが、姉ちゃんと彩香は交番に行くのもお巡りさんと話をするのも初めてだったと思う。

俺は交番の前に立っている見掛け若いお巡りさんに声を掛けた。

「あのー、すみません。」

「どうしました?」

「この財布を拾ったのですが・・・」

そのお巡りさんは、財布を手に取らずに、

「ちょっと中を見せてください。」

と言って、手振りで俺に財布を広げて見せるのを促した。そして、中をチラッと見て、

「中で拾得物の調書を作成しますので入ってください。」

「あ、拾ったのはこの子なんですが・・・。」

「あなたとのご関係は?」

「妹です。」

「そちらの振袖の御嬢さんは?」

「姉です。」

「じゃあ、お姉さんが最年長ですね。でも振袖だから、お兄さんが保護者でいいですね。」

「はあ。」

俺は、語尾を下げた『どう言う事かよく判らない』という返事になった。


導かれるままに、俺達3人が交番の中に入ると、お巡りさんは机に座って、引き出しからA4の紙とシールを取り出し、A4の紙を机の上に置いてたぶんシールの番号を書き写した。俺はその紙の前に、彩香は俺の左横に座った。姉ちゃんは俺達の後ろに立った。


そして、若そうなお巡りさんが、

「まず、この調書の太枠の中に必要事項を記入してください。」と言った。

A4の紙の左上には『第110005号』と書いてあり、太枠には日付と住所と名前と電話番号を書く様になっていた。なるほど、振袖じゃあ汚れそうだ。俺は渡されたボールペンでその欄を埋めた。名前は俺の名前にした。

その間に別のちょっと太目のお巡りさんが若いお巡りさんの向かって左隣に座って、財布の中身を机の上に出して並べた。

そして言った。

「これから『拾得物第110065号』の調書を作成します。」

俺達姉弟妹(キョウダイ)は彩香の正面の少し太目のお巡りさんに注目した。

「えーっと、中西翔太君ですね。」

「はい。・・・あのー」

「何でしょう?」

「『110005号』ではないですか?」

「え?」

太目のお巡りさんは紙の左上を見た。

「そうです。『110005号』です。」

「ですよね。」

「?・・・では始めます。」


俺は無駄に突っ込まない事にした。


「実際に拾得したのは調書作成代理人の妹の・・・?」

「サヤカです。」

「どんな漢字ですか?」

「色彩のサイに香りです。」

「わかりました。・・・歳はいくつですか?」


お巡りさんはそう言って彩香を見た。彩香は右手の親指を折って4歳の意思表示をした。


「4つですね。わかりました。お兄さんは?」

「14歳、中学3年です。」

「え?」

「・・・あ、早生まれです。」

「いや、ずいぶん大柄ですね。」

「はい、2年の頃から急に。」

「わかりました。では、これから拾得物の財布の中身を確認します。いいですか?」

「はい。」

「私が確認事項を言いますから一緒に確認しましょう。」

「はい。」


太目のお巡りさんは拡げた財布の中身をボールペンでひとつづつ指し示しながら、


「では、確認します。1万円札が5枚、千円札が4枚。コンビニエンスストアのレシートが1枚、大規模商店の無記名の会員カードが2枚、お守りが1つ・・・以上で良いですね。」

「はい。確かに。」

「どこで拾いましたか?」

「サンロードのマチキヨ(ドラッグストア)の前です。」

お巡りさんは机の横の地図を確認して、

「武蔵野市吉祥寺本町1丁目10番付近。・・・何時ごろですか?」

「えっと・・・12時10分頃です。」

「はい判りました。」

こうして、俺と太目のお巡りさんの会話の様子、てか、必要事項をもう一人の若いお巡りさんが調書の『拾得の状況』という欄に記入した。手慣れたものだ。

若いお巡りさんは書き上がった調書を読み上げた。

・・・・・・・・・・

  拾得者は中西彩香4歳

  調書作成代理人は中西翔太14歳、拾得者の実兄

  拾得場所は東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目10番[ドラックストア]付近の舗道

  拾得日は平成23年1月1日

  拾得時刻は12時10分頃

  拾得物は男物の2つ折り合成皮革財布が1

  拾得物の内容物は

    現金1万円札が5枚

    現金千円札が4枚

    コンビニエンスストアのレシートが1枚

    大規模商店の会員カード(無記名)が2枚

    お守りが1つ

・・・・・・・・・・

「以上で間違いありませんね。」

「はい。」

「では最後のここにサインをしてください。」

「はい。」

俺はお巡りさんが指差した場所に俺の名前を書いた。

するとお巡りさんは俺の名前の後に『以下余白』と記入した。そして、たぶん交番の印鑑を押した後その調書のコピーを取って、それを4つ折りにして俺に差し出した。

おれはそれを受け取った。


「それは『拾得物預かり証』になります。大切に保管してください。」と若いお巡りさん。

「以上で届け出は完了です。ご苦労様でした。3か月経過しても何も連絡が無い場合は末尾の拾得物センターに電話してください。インターネットでも確認できます。」

太目のお巡りさんは、そう言いながら財布とその中身をビニール袋に入れて番号シールのようなものを張って金庫のようなボックスに仕舞った。


すると突然姉ちゃんが、

「落とした人がわかったらどうなりますか?」

それには若いお巡りさんが答えた。

「そうですね。その場合は連絡があります。謝礼が貰えるかも知れません。」

「それは決まってないのですか?」

「5%から20%の報労金を受け取ることが出来ます。」

「交渉になるくらいなら謝礼は要らないよね。」と俺。

「そうね。」

「彩香もいいよね。」

「うん。」

「まあ、それはその時に落とし主に言ってください。」と太目のお巡りさん。

「はいわかりました。」と姉ちゃん。


俺が交番を出ようと立ち上がった時、若いお巡りさんが、

「落とし主が出て来なかったら、良いお年玉になるね。」

俺にはそれが『落とし玉』に聴こえた。

「翔ちゃん、少し遅れるって一応メールしといたけど、急がないと!」

「そうだね。」

俺達3人は交番を出て左の花火の広場に急いだ。今思うと、落ち合う場所を交番にしとけば良かったとも思う。

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