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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
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3-11 エリの頭を撫でた日

 夏休みも残り少しになったある日、俺達庭球部は秋の大会をターゲットにした練習と作戦会議で全員に召集がかかった。明るいうちはランニングから始まるお決まりの練習メニューをやって、暗くなる前に着替えて男子は3A、女子は3Eの教室に集合する。帰りが遅くならないように、作戦会議は女子が優先だ。そのために女子の方が30分ほど早く練習を切り上げる。重要な事は、この作戦会議で秋の大会の出場ペアが指名されるって事だ。この『指名』ってのがつまり、2年のレギュラーペアの発表という訳だ。


 2年のレギュラーペアは先輩達がほぼ決めるのだが、指名は顧問の田崎先生がする。レギュラーは3ペアで補欠(サブ)が4人つまり10人が指名される。だたし、3年が引退するまでは2ペアしか対外試合には出られない。対外試合はふつう5ペアの団体戦で、勝ち進むには3ペア以上が勝たなければならない。もちろん個人戦もあるが、ダブルスなのでペア戦と言った方が良いかも知れない。個人戦のある大会でも、多くて1校6ペアまでというエントリー制限があるから、結局レギュラーに指名されないと対外試合にはまず出られないという事になる。ただし、新人戦は例外で、個人戦だけしか無く、1校10ペアまでエントリーできる。


 順平と俺はトップレギュラーペアに指名された。たぶん、俺が評価されたんじゃなく、順平が勝負強いし、来年の部長候補だからだと思う。その後先輩達から何かと面倒な決まり事を聞かされて、結局暗くなってから教室を出た。


順平が慌てている。

「翔太、僕ちょっと急いで帰る。」

「え?一緒に帰らないのか?」

「わりい。約束があって。」

「ええー!」

「じゃあな! ほんとわりい。」

順平は走って出て行った。


俺もつられて急いでいると、玄関近くでエリとぶつかりそうになった。

「おっと・・・佐野じゃん、どうした。ぼんやりして。」

「あ、ごめん」

「珍しいな、こんなに遅くまで残って。」

「ちょっと考え事してて遅くなったの。」

「そっか・・・ちょっとあったんだ。」

俺には心当たりがあった。姉ちゃんからメールが来てたからだ。

「うん。じゃあね。」

「待てよ。一緒に帰らないか?」

「なんで?」

「外はもう暗いから。」

「送ってくれるの?」

「ああ。」


俺は靴を履きかえて外に出た。エリは少し遅れて出てきた。

北門の方に10メートル程歩いて車回しまで来た時、


「中西君、レギュラーに決まったの?」

「うん。どうやら。」

「良かったね。」

「ありがとう。」

一応、姉ちゃんからの報告は聞いているのだが、会話の流れで聞いた。

「佐野はどうだった?」

「ダメだったよ。わたし下手だし、弱いから。」

エリの目に涙が光ったように思えた。


俺達は北門を出て右に曲がって玉川上水沿いの遊歩道を黙ったまま歩いた。

人通りはあるが薄暗い。家々の窓から明かりが漏れて、所々うっすらと道を照らしている。


「レギュラーって言われた俺が言うと気分悪いかも知れないけど、佐野は下手でもないし弱くもないと思う。」

「それって、フォローになってるの?」

「そのつもり・・・なんだけど。」

「・・・どうしようかなあ。やめよっかな。」

「やめるな!」

「だって、補欠(サブ)じゃ頑張っても試合に出られない。」

「俺はサブになっても続けるつもりだった。」

「なんで?」

「テニス面白いから。」

「面白くなくなったら?」

「なんか別の理由を探して続ける。」

「そんなこと無理!」


また少し沈黙が続いた。


「ピンチヒッターみたいなもんだろ『補欠(サブ)』って。」

「野球じゃないのよ。必ず出られる保証というか、まず出られないじゃない。」

「そうじゃなくてサ、誰の代わりでもできるという、頼もしい力を持ってるって・・・」

「そうかも知れないけど、練習だけって、きっと辛いわ。」

「佐野はテニス、好きなんだろ?」

「うん。たぶん。」

「だったら、サブでもなんでも続けた方がいいと思う。」

「そうかなあ。」

「そうだよ。」


玉川上水にかかる梓馬橋(あずまばし)まで来た。ここでエリと俺は帰り道が分かれる。


「中西君、送ってくれてありがとう。私の家こっちだから。」

俺はエリが指差した梓馬橋の方へ曲がった。

「中西君は真っ直ぐでしょ!」

「送ってくって言ったろ!」

「そぉ?・・・ありがとう。」


橋を渡った。


「ねえ中西君。聞いてもいい?」

「なに?」

「ハルちゃんをどう思ってるの?」

「俺が?」

「そう」

「いきなりだね。・・・そうだな『姉ちゃん』だよ。」

「それだけ?」

「正直言うと、よく分からないんだ。でも、今言えるのは『大好きな姉ちゃん』だ。」

「ふぅーん。・・・じゃあ、ハルちゃんに好きな人が出来たら?」

「そん時は仕方がない。姉ちゃんが好きになったんだから。」

「応援する?」

「どうかな。」

「邪魔する?」

「しねーよ!」

「そっか。・・・じゃあ、誰かが告白したら?」

「姉ちゃんにか?」

「うん。」

「そうなってみないと分からないけど、相談されたら、たぶん・・・」

「たぶん?」

「・・・反対するんじゃないかとも思う。」

「じゃあぁ、中西君が誰かに告白されたら?」

「『即OK』って言いたいけど、たぶん姉ちゃんに相談する。」

「反対されたら?」

「・・・『ごめんなさい』する。」

「シスコン!」

「かもね。」


・・・ちょっと間があった。


「そっか。いいなぁ、ハルちゃんは。」

「ごめん。佐野が言いたい事がよく判らない。」

「そうだろうね。・・・中西君には分からないか。あ、もうここでいいよ。」

「そうは行かない。家の前まで送るよ。」

「いいって!」

「頼む。送らせてくれ。」

「なんで?」

「佐野がテニス止めたら困る。家の前まで送るから止めないで欲しい。」

「勝手なこと言うのね。だいいち、それ交換条件になって無い。」

「ああ。そうだな。でも、今日は俺の勝手にさせてくれ。」

「バカじゃない。」

「ああバカだ。俺。」


しばらく黙って歩いた。


「ねえ、なんで?」

「なんでって?」

「・・・なんでそんなに優しいの?」

「俺が?」

「そう。」

「そうだなあ・・・佐野絵里が好きだからだと思う。」

「えっ! 本気にしていいの?」

「ああ、もちろん。・・・でも、姉ちゃんの次な!」

エリは1つ深い息をして、

「・・・ばか!」


またしばらく黙って歩いた。エリの家まであと10メートル程になった。

辺りはもう真っ暗で街路灯の下だけが明るくて小さな虫が群がっていた。

その街路灯を少し通り過ぎたところでエリが立ち止まった。


「ねえ、バカ中西・・・ちょっともたれてもいい?」

エリは少し泣き声になっていた。

「ああ。」


エリが俺の右肩にもたれかかった。

俺はスクールバックを左手に持ち替えて、右手でエリの肩を抱いた。

エリの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

俺はバックを足元の道に落として、ポケットのハンカチをエリに差し出した。

エリはそれを受け取って握りしめた。


・・・少しして、


「中西君!」

顔を上げて俺を見つめたエリはものすごく可愛いかった。

「もういいのか?」

「・・・もうちょっと。」

「えっ?」

「もうちょっと頼むわ!」


そう言うと、今度は正面からもたれかかってきた。

俺はエリを左腕で抱えた。そして、右手で頭を撫でた。いつか姉ちゃんがしてくれた様に。

俺は誰も通りかからない事を願った。エリは少し声を出して泣いた。

しばらく時間が流れ、俺達の左横をヘッドライトをダウンにした車が1台ゆっくり通り過ぎた。一瞬だったが、道沿いの生垣とその向こう側にある木々の葉が俺たちの周囲だけうっすらと照らし出されて、俺とエリは森の中に居るような感覚がした。そして、エリが俺から離れた。


「もういいのか?」

「うん。・・・止めなくてすみそう。」

「良かった。俺、テニスしている佐野カッコいいと思う。」

「中西はバカだな!」

「へっ?」

「ハルちゃん以外の女子にあんまり優しくすんな!」

そう言ってエリは小走りに家に入って行った。

・・・あっハンカチ!・・・持ってかれた。


・・・・・


その夜、姉ちゃんが俺の部屋をノックした。

「翔ちゃん、いい?」

「ああ。いいよ。」

俺は机に向かって英語の書き換えの練習問題をしていた。姉ちゃんは俺のベッドに座った。

「トップレギュラーだったの?」

「まあね。」

「あら、自信たっぷりね。」

「いやいや、順平のおかげだよ。」

「それを聞いて安心したわ!」

「どう言う事?」

「翔ちゃんは自惚れ屋さんだから。」

「はい。否定はしません。」

「判れば良し!」

「姉ちゃんとユミちゃんはどうだったの?」

「ナッちゃんとサッちゃんにはかなわないわ!」

「じゃあ、ナンバー2だね。」

「そうなるわね。」

「レギュラーおめでとう!」

「ありがとう。翔ちゃんも。」

「うん。サンキュー!」


ちょっと沈黙が流れた。


「今年の2年男子は弱いわね。」

「え? どう言う事?」

「だって、トップレギュラーペアが私たちに負けた実績があるのよ!」

「おいおい、本気出したら負けませんよ!」

「あれれ? 本気じゃなかったの?」

俺は深い呼吸を1つして、

「本気でした。」

「ありがとう。・・・でも、まあそうよね。」

「なにが?」

「ひとつ言っても良いかしら?」

「何なりと!」

「あなた達、ミッションコード作ってるでしょ!」

「おぉー、バレてる。」

「策に溺れないでね!」

「ああぁ、既に見切られているのかぁ!」

「そうよ!」

「姉ちゃんにはかなわないよ。」


またしばらく沈黙があった。


「エリちゃんを送ったんだってね。」

「ああ、なんか放っとけなかった。」

「ありがとう。優しいね。翔ちゃんは。」

「そんなことないよ。佐野にはバカだって言われた。」

「バカ・・・か・・・エリちゃんがね『ありがとう』って伝えて欲しいって。」

「そっか。じゃあ『どういたしまして』って返事しといて!」

「うん。そう言っとく。」

少し沈黙があって、

「ねえ、翔ちゃんはエリちゃんが好きだったの?」

「えっ!」

エリのやつどこまで姉ちゃんにチクってんだろう?

「私の次に好きなんだって?」

「あ、あぁ。」

「バカ翔ちゃん。・・・1番だって言ってあげればいいのに。」

「え?そうなのか?その方がいいのか?」

「そうよ。」

「本当にそれでいいのか?」

「私たちは姉弟だからね。」

「俺、自意識過剰だった?」

「そうでも無いけど、そうとも言えるわ。」

「・・・?!・・・」


次の言葉が見つからないまま少し沈黙が流れた。


「ねえ翔ちゃん。私より好きな人が居るの?」

「なんでそうなる。」

「だって、エリちゃんは私の次なんでしょ?」

「・・・?・・・」

「エリちゃんが2番目なの?」

「え、えぇー!」

「どうなの?」


これはヤバい。ここで答え方を間違うと恐ろしいことになりそうだ。

回答までに10秒ほど考慮時間が必要だった。

・・・そして俺は答えた。


「えへん。ご、ごめん。姉ちゃんは1番じゃない。」

「それ、どういう事かなあ?」

「一番好きなのは・・・」

姉ちゃんは真顔になって俺を見詰めている。

「1番は?」

「一番好きなのは・・・さ、彩香。」

「そうだね。サヤちゃんだよね。私もそうだから。」

ああぁー。良かった。ほっとした。彩香に救われるの何度目だろう。

にしても、かなり賢くないか、俺。


 こうして、エリは補欠(サブ)としてテニスを続けることになった。何よりも、この日の記憶が鮮明なのは、エリがものすごく可愛かったのと、エリの身長がたぶん150センチ台で、なんか俺にぴったりの様な気がしたからだ。それから、姉ちゃんの髪もいい匂いなんだが、エリの髪の匂いも姉ちゃんのと違ったいい匂いだった。誰にも言ってない俺だけの秘密だ。

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