3-10 江の島に行った日(その5)~サービスタイム~
午後はハズい水着ファッションショーみたくなった。
更衣室から出てきた女子達はみんなセパレートだ。俺も順平もそれに目が釘付けになった。セクシーとかエロいとかじゃ無いんだけど、普段見た事のない女子達の水着姿は・・・トップを見るべきかそれともボトムか・・・どこを見たらいいのか判らなかった。でも、これだけは言える。俺たちは庭球部だから、女子も男子も結構締まった体をしている。俺たち同士はハズいが、俺たち以外の同い年位の連中と比べると、ちょっと優越感があったりする。
「翔太、見ろよ。す、すごい。」
「言われなくても見てる。」
白いのを着た姉ちゃんが先頭で、ちょっと恥ずかしそうにやって来た。
「みんなセパレートにしたんだ。」と俺。
「うん。なんかそう言う事になったの。どぉ?」
俺は返す言葉が見つからない。
呆然として見上げ、そしてやっと在り来りの言葉を返すことができた。
「か、可愛い。てか、セクシー?!・・・けどそれ、濡れても大丈夫?」
「大丈夫よ!お風呂で確認したから。心配してくれてありがとう。」
「そっかー。」
俺はうっかり語尾を伸ばしてしまった。
「翔ちゃん、今変な事期待したでしょ。」
「へ、変な事?・・・そんな。思ってもいませんです。」
「嘘つけ!」とエリ。
エリのは黒い。そして赤い線で・・・何だろう、蝶の模様のような物が描かれている。
「す、すごいなそれ。」と俺。
「スケベ2匹、あんまジロジロ視んな!」
「でも、見せるつもりだよね、それ。」と順平。
「順平にじゃないけどね!」
「見えるものは仕方がない。事故だ!」
すかさずナツが釘を刺した。
「順平君!」
「ハイ。分かっております。」
ナツはレンガ色に近い赤地に黄色いトロピカルな花の模様だ。
「で、順平君、ご感想は?」
「ビックリです。情熱の赤。似合ってます。・・・ハグしていいすか?」
「いい訳ないでしょ!」
「へい。」
コバルトブルーのを着たサチが俺の目を見て、
「翔太君。なんでそんなびっくり目なの?」
「だ、だって、みんなすっげー・・・」
「すっげー・・・何?」
「か、可愛い・・・てか・・・」
「てか?・・・ん?」
俺はこれまでこう云うシチュエーションを何度も期待していたと思う。けど、いざそうなった時の言葉がぜんぜん用意できて無かったのに気が付いた。だから、ただ唖然として女子達を見上げるだけだった。
すると、薄黄色と濃い黄色とライムが入り組んだ模様のを着たユミが、
「ふふフ。おまえら正直者のスケベだな。後ろも見たい?」
そう言ってくるりと回って見せた。
「なんか、俺の方がハズい!」
サチが俺達男子2人を覗き込んで、
「へー、翔太も順平も、腹筋結構あるね。」
「サッちゃんは知らないかも知れないけど、テニスで結構鍛えてますから。」と俺。
「・・・江ノ島まで来て滑んな。」とユミ。
「だね。」
よせばいいのに、順平がボディービルダーのように両腕と腹に力を入れた。
「ど、どうよ!」
「おお、さすが男子。触っていい?」とエリ。
「おお、・・・お返し期待していい?」
「どこ触りたいのよ?」
「えーっとぉ・・・」
「順平君! いい子にしないと!」とナツ。
「ハイ。」
俺もお返しで気が付いた事をつい口にしてしまった。
「女子も上腕筋と大腿筋あるね。」
「うっせ、そんなとこ視んな!」とユミ。
さらに、俺は言わない方がいいに決まってるんだけど、我慢できずに言ってしまった。
「俺達のお腹なんだけどサ、みんな白いね。」
「翔ちゃん!」と姉ちゃん。
「それ言ったらおしまいだぜ。」と順平。
「へい。た、大変失礼しました。」
つまり、俺たちはほぼ毎日テニスをしているから、顔、腕、足は骨まで黒いと思えるくらい日焼けしている。だが、胴体はシャツを着ているから、日焼けしてないのだ。だから、普段日焼け止めを使っている女子達でさえセパレートの水着は白いお腹が強調されるし、俺達男子も白いTシャツを着ているみたいだ。
「順平君、見とれてないで、記念写真。」とナツ。
「お、そうだ。」
「どこで写すの?」とサチ。
「それじゃあ、海側の窓の周りに並んで、江の島が入るようにする?」と姉ちゃん。
「そうだな。じゃあみんな窓の所に並んでくれ!」と順平。
「すみませーん、シャッターお願いしてもいいですかー?」と俺。
こうして、俺達は水着の記念写真を撮った。
俺と順平は女子の間に挟まれて写りたいと願ったのだが、ブーイングの末、一番前に寝そべるような恰好をさせられた。
海の家のスタッフのお兄さんがシャッターを押すとフラッシュが光った。
その残光が消えないうちにナツが言った。
「ハイ、ハイ。サービスタイム終了ー。」
「結構いい反応だったよ! お2人さん。」とユミ。
「エッ、どういう事?!」と俺。
「へへん」とサチ。
女子達は全員、一斉に持っていたTシャツを着た。こうなると、男子的にはセパレートの意味がない。しかも、姉ちゃんとナツとサチはパレオも巻いた。
「あれー!」と順平。
「ああぁ、・・・仕方ない。俺達もTシャツ着ようぜ!」と俺。
「それがいいな。背中の皮剥けるの嫌だからな。」と順平。
「とにかく、準備運動して海に入ろう。」
俺達が立ち上がって海の家から外へ出ようとした時、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「ああー、居た居た。よかったー!」
「あれっ!、伊藤君じゃない。」とナツ。
そこには紺色のザックと大きな西瓜を下げたマサちゃんが居た。
「午前中のレッスン早めに切り上げてきた。」
「どうしてここが分かったの?」とエリ
「さあ、どうしてでしょう。」
「ユミちゃんが知らせたの?」
「私、そんな事してないから。」
マサちゃんは俺の方を見て、
「言っていいか?」
「ああ」と俺。
「翔太にこれ貰った。」
マサちゃんはザックのポケットから例のプリントを取り出して振って見せた。
「今朝、散歩ついでにポストに入れといたんだ。」と俺。
「翔太、本当にありがとう。おかげで今日の予定が大混乱だよ。・・・ところで庭球部の皆さん、吹奏楽部員ですが、同席させていただいていいですか?」
「いいわよ!ね、ユミちゃん。」とナツ。
「いいけど、ご迷惑では?」とユミ。
『いいよ、大歓迎』
皆そう言った。異口同音ってやつだった。
「・・・マサちゃん早く着替えてこいよ。」と俺。
「うん。じゃあ、この西瓜、冷えてないけど後でアレしよう。」
「おおー。さすがマサちゃん。ありがとう。」と順平。
マサちゃんが加わった俺達は3時半過ぎまで泳いだり砂遊びしたりスイカ割をしたりして弾けた。マサちゃんが来てくれたことで、俺達の仲良しバランスが整合した。それまでナツと順平や姉ちゃんと俺はなんとなくユミに遠慮があったような気がする。ユミもそれまで妙にテンションが高かったように思う。
まだはっきり決まった訳じゃないと思うけど、ユミとマサちゃんもなんかいい雰囲気だ。そう言えば、西瓜は海の家の好意で店頭の冷水ボックスで2時間ほど冷やしてもらった。木刀も海の家が貸してくれた。護身用に普段はカウンターの中に置いてあるらしい。そして、なんと意外なことにサチが一発でヒットした。ひびが入った程度だったのが幸いして、砂まみれにならなかった。甘くてうまかった。俺は、西瓜割でヒットするのは女子が良いと云うのがこの時初めて実感できた。サチが男だったら、たぶんもう一回木刀を振り上げて、台無しにしてしまった事だろう。
俺達は片瀬江ノ島を5時過ぎの電車で帰った。本当は4時過ぎの電車の予定だったのだが、女子達がお土産を買いたいと言うので、江ノ電の方の通りに行った。当然だが、5分や10分で女子の買い物が終わる訳が無い。俺達男子3人は少しイラつきながらも最後までお付き合いするしかなかった。藤沢で急行に乗り換え、下北までの50分位はみんな爆睡した。特に俺は昨夜あまり寝てなかったのと、なんかホッとしたんだと思う。寝るとマズいと思ってはいたが、真っ先に寝てしまったようだ。姉ちゃんが気が付かなかったら、俺達全員新宿に行ってたと思う。
三鷹台到着は7時過ぎになった。サチはお父さんが車で迎えに来ていた。エリはそれに同乗して帰った。当然だが、マサちゃんはユミを、順平はナツを送って行った。姉ちゃんと俺はなんとなく皆を見送った。
俺は皆の後姿を見送りながら、俺達は少しだけど大人に近付いたのかも知れないと思った。小学生の頃だったら、きっと男子連と女子連に別れて帰ったと思う。でも今は、順平もマサちゃんもなんか自然に女子を送ってる。それが大人に思えたからだ。
姉ちゃんと俺は薄暗くなって街路灯が点いた三鷹台商店街の舗道を久しぶりに一緒に歩いた。『三鷹台商店会』と街路灯の案内札には書いてあるのだが、ここは店がひしめいていると云うほどではない。姉ちゃんと並んでゆっくり歩きながら、俺は今日の一大イベントが終わって、なんか気が抜けたような感じだった。
「もうすっかり暗くなっちゃったね。」
と姉ちゃんが言った。
「1時間も買い物するんだもん。」
「買い物の時間は絶対必要よ。」
「ササッとしてくれれば良いのに。」
「ちゃんと考えて買わないとね。」
「考える?」
「もらって嬉しいかどうかとか、似合うかどうかとか。」
「へー、そうなんだ。」
「そうよ。」
商店街の上空を横切る送電線の下に来た頃だった。
「楽しかったね。」
「うん。」
「やっぱり江の島にして良かったわ!」
「そうだね。」
「・・・翔ちゃん、大丈夫?」
「どうして?」
「なんか元気無いみたい。」
「姉ちゃん達に吸い取られちゃったのかも。」
「どういう意味?」
「いや、まあ。」
「・・・じゃあその元気、わたしが少し返してあげよっか!」
そう言うと、姉ちゃんは一歩先に出て、振り返って俺に微笑みかけた。
その顔がすっごく可愛いかった。
「ありがとう、姉ちゃん。今ので充分だ。」
「そう?」
「うん。」
家に着くと、彩香が小走りに出てきた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、おかえり」
『ただいまー』
「彩ちゃん、お土産あるよー」
「わーい、ありがとうお姉ちゃん。・・・お兄ちゃんは?」
「も、もちろん、あるよ。」
「ありがとー」
キッチンから母さんの声がした。
「おかえり、二人共。」
「ただいま。これお土産の干物。」
俺は、姉ちゃんと半分こで買った土産を母さんに渡した。
「あら、江の島の干物は美味しいのよね。」
「エボ鯛って言うらしい。」
リビングから親父が出てきて、
「おお、美味そうだ。さっそく焼いて食うか。」
「うん。」
そして、夕食を食べながら、その日の報告会になったのは言うまでもない。
・・・・・
その日の夜、姉ちゃんが俺の部屋に来た。例によって、俺はベッドに姉ちゃんは部屋の中央に座った。
「翔ちゃん今日はお疲れ様でした。」
「うん。さすがにね。」
「みんなから『幹事お疲れ!って言って』ってメール来てるよ!」
「じゃあ、『どういたしまして』って言ってるって返事しといて。」
「うん。」
「翔ちゃん、私からもお礼言うわ。・・・ご苦労様でした!」
「どういたしまして。」
「マサ君呼んでくれて良かったわ!」
「呼んだわけじゃないよ。プリント放り込んだだけ。」
「来ると思った?」
「五分五分かな。」
「ユミちゃん嬉しそうだった。」
「ああ。・・・おかげで俺達も楽しめたし。」
「そうね。」
・・・ちょっと沈黙があった。
「鐘、鳴らしたね。」
「うん。」
「戻ってくれるなんて思わなかったわ。」
「姉ちゃんも拗ねることがあるんだね。」
「プリントの説明聞いたとき楽しみだったから。」
「鳴らすの?」
「そうだよ!」
「ねえ、ちょっとハズいこと言っていい?」
「なに?」
俺は姉ちゃんの傍に移動した。そして耳元で、
「拗ねた姉ちゃん・・・可愛かった。」
「・・・ばか。」
姉ちゃんは俺を見詰めた。耳が赤かった。
「・・・じゃあ、帰るね。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
そう言って、姉ちゃんは自分の部屋に帰った。
実を言うと、俺はたまらなくハグしたかった。けど、できなかった。
姉ちゃんの耳元にはコンディショナーの甘い香りが満ちていた。
それから俺は・・・・・爆睡した。




