3-7 江の島に行った日(その2)~連れてって~
翌日の昼前、順平からメールが入った。思いっきりの勇気を振り絞ってナッちゃんを誘ったら『姉ちゃんと吉祥寺に行く』と言って軽く断られたそうだ。たぶん、サチ(原田佐知子)、ユミ(島崎由美)、エリ(佐野絵里)も一緒だろう。
対抗意識って訳じゃ無いが、昼過ぎ、俺と順平も暇つぶしに吉祥寺に出かけた。
吉祥寺の井の頭線の改札出口で順平を見つけた。
「待ったか」
「まった待った。時間間違えたかと思ったぜ。」
「たかが電車1本くらいでそこまで大げさな。ちんまいやつだ。」
「翔太、まずは俺を待たせた事に謝罪するべきではないか?」
「俺が言いたいのは、待ったうちに入らんという事だけど?」
「まあな。・・・で、どこ行く?」
「東急近辺かな。」
俺は未必の期待を込めてそう言った。『東急』と言うのは東急デパートの事だ。
「そうだな。」
俺達はJR改札の左横の通路からアトレ(ショッピングモール)を通って、エスカレータで花火の広場に降りた。
「あいかわらず人で一杯だな。」と順平。
「昔はここ本当に花火みたいのあったんだぜ!」
「ああ覚えてる。LEDでな。そう言えば音もそれらしかった。」
「やめちゃったのかなあ?」
「なんか、工事中なんじゃね? 広場の名前は変わってないし。」
「近くに住んでるってのに田舎者だね。俺達。」
「だよな。遠くから来てる人ほど細かい事良く知ってるみたいだし、都会人に見える。」
「なあ順平、そもそも俺達『シティーなんちゃら』って言えるのか?」
お互いに見合った。
「ダメだね。」(俺)
「普通に悪ガキだ!」(順平)
花火の広場を出て、バス通りを渡って、はミニカ横丁を抜け、ダイヤ街を東急に向かって歩く。
「暑いな」と俺が言うと、
「早く東急入ろ」と順平が同意する。
レンガ館を過ぎた辺りで、俺は順平がナッちゃんに断られた理由を明かしても良いような気がした。
「ところで順平、江の島に行く事になったの知ってるよな!」
「へっ?いつ?誰と?」
「ナツちゃんかユミちゃんに聞いてないのか?・・・やっぱお前も忘れてんだ。」
「何をさ?」
「先々週負けただろ俺達。最強女子ペアに。」
「それと江の島と・・・ああーっ!」
「思い出したか?」
「それが江の島なのか?」
「らしい。で、今日はその準備の買い物ってわけ。」
「それでナツちゃんはハルちゃんと?」
「たぶんもう2、3人一緒だと思うぜ!」
「そういう事か。・・・で、いつ行くんだ?」
「俺の感では、明後日だね。」
「そっか!」
俺達は東急周辺をぶらつく予定だったが、暑いので東急が目的地になった。
東急には南角の入り口から入った。
「おお、涼しい。」と俺が言うと、
「涼しいのは入った時だけかもな。」と順平が冷静そうによく聞く解説をする。
俺達の足は自然とエスカレータに向かう。
何も考えぬまま5階のおもちゃ売り場へ向かっている。俺達まだお子様だ。
「デパートの1階は香水の匂いだね。」と俺が言うと、
「甘い匂いなら、俺はクレープの方がいい。」
「ガキだね。」
「大人になると男はこの臭いで『クラクラ』とかするもんか?」
「さあ?・・・こんど親父に聞いてみるよ!」
「止めといた方が良いぜ!」
「だね。」
エスカレータに乗った。
俺達、突然中2病を発症した。身振り手振りが大きくなった。
香水の匂いが暗黒パワーの源に思えた。
「超蛇心眼開眼! 暗黒パワー吸収!」(俺)
1階の天井が雲海の底に見える。
「我らは今まさに天界に至らんとしている。」(順平)
しかし、2階には用が無い。
さらに上の階へエスカレータを乗り継ぐために2階に1歩踏み出した時、俺は順平に聞きたいことを思い出した。
3階に向かうエスカレータで、俺は順平の方を向いて、
「なあ、順平、ちょっと聞くけど?」
「なに?」
「ナツちゃんと付き合ってんの?」
「うっ!・・・いや。どうだろう。」
「告った?」
「いや。どうだろう。」
「なんだそれ?」
「いや。どうだろう。」
「まじめに答えてみ!」
順平はちょっと勿体ぶったような間を置いて、
「・・・1年の時、告った。」
「それ、部活に入った時か?」
「おお。その直後。」
「で、どうだった?」
「あっかんべーされた。」
「それ『ごめんなさい』か?」
「それが、そうじゃないみたいだ。」
「そうなのか?」
「ああ、呼び出されて・・・仲良くなった。」
「じゃあ成功?」
「いや、それが、仲良くなっただけなんだ。」
「それで十分じゃないの?」
「・・・触ったりしたいような・・・」
「えっ?なに?」
「・・・まあ、しばらくこれでいいと思う。」
「そっか、仲良くなったんだ。」
おもちゃ売り場に到着した。
「おお、久しぶりに魔界に来た。ここは空間が歪んでいて出口が縮退しているのだ。」と順平。
「それ、どういう事?」
「なかなか出られないって事サ!」
「えっと?!・・・まずは、VANDAMに挨拶しないとな。」
「翔太はどれが好みなんだ?」
「俺は『2コ付き』がいいと思う。順平は?」
「おれはその前の『スタライク』だね。」
「ああ、いいねえ。」
「お、そこの、それじゃね?」
「おお、これだ『2コ付きのフィギュア』15k¥か。一生無理だな。」
俺はそのフィギュアを見つめた。特に両肩のエンジンがカッコいい。
「翔太、知ってるか?」
「何を?」
「VANDAMはスタライクのシリーズから女子キャラの胸が揺れるようになったんだぜ。」
俺はフィギュアを眺めたまま、
「それでか、なんか毎週見逃せなくなった。」
「いや。そこはストーリーだろ。」
「ん?・・・裏切り者!」
俺達はしばらくVANDAMを眺めてからゲームコーナーへ移動した。
「FRXか、いいなあ。やりてー! 俺ん家、何年も前からサンタ来なくなったし。」
「順平はRPG好きなのか?」
「ああ、格闘物がダメだから。」
「昼間散々バトルしてっからな、俺達。」
長いショウウインドウの一番左端には『R』付のちょっとハズいゲームがこっそり置かれてある。当然だが俺達健全な男子は見逃さない。
「翔太はシミュやんの?」
「OR3のがあるが、モロドフでメタライズして封印した。黒魔法で。」
・・・・・(注)・・・・・
OR3と云うのはSANYのゲーム機だ。モロドフはクッキーメーカー。メタライズは缶に入れる。黒魔法で封印とは、黒いテープで開かないように封じたという事だ。前後関係から適当に解釈してくれ。
・・・・・・・・・・・・・
「それ、ハーレム?」
「いや、ラブ。」
「おお、すげー。ACか?」
「いや。WA(WHAT ABLUM2)」
「エロくないか?」
「だから、通販で知らずにポチッたら、R18だった。」
「え! 翔太、通販できんの?」
「コンビニ。」
「なるほど。」
「知ってたらハズくて受け取れないよね。」
「で封印か。」
「ああ。売るのもはばかられる。」
「もったいない。やれば?」
「いやいや、姉ちゃんと彩香居るし。」
「それはつまり、3Dで間に合ってるってこと?・・・リア充め!羨ましい。」
「何言ってんの。見つかるとパニックっしょ。」
「だよな。俺も弟に結界破られたことがある。」
「そりゃ大変だ。」
「大変だった。親にチクるし。」
「なんか叱られてんのが目に浮かぶな!・・・ところで、今日、何か買う?」
「いや。見るだけ。買うならネットか三鷹台のFDNで。」
・・・・・(注)・・・・・
FDNは三鷹台に最近オープンしたCD/DVD/ゲームのレンタル/中古量販店だ
・・・・・・・・・・・・・
「なあ、屋上行くか?」(俺)
「ああ、行ってみるか。のど乾いたし。」(順平)
俺達はエレベータで屋上に上がった。
屋上には外に出る前にペットショップがある。
子犬や猫をケージ越しに触ってから外に出るのが習慣だ。
俺がアメリカンショートヘアに甘噛みされていると、エレベータから騒々しい連中が降りてきた。
「ああっ、翔太と順平発見!」
エリの声だ。
「順平、発見されたみたいだ。」と俺。
「逃げるか?」と順平。
「なんで逃げるの?またなんか良くない事してる。」とエリ。
「また?そりゃ無いよエリ」と順平。
「みんなここに来てたの?」と俺。
「うん。来てたよ」とサチ。
「姉ちゃん、買い物どうだった?」
「もう終わったよ!」
「いいのあった?」
「えへへ。内緒。」
「つまり、期待していい?」
「こら!・・・すけべ翔ちゃん。」
順平が怪訝な顔をして、
「?イミフ?」
「女子連は水着やらを買ってたんだと思うぜ!」
「えぇー! 泳ぐのか? 江の島で!」
「当然だろ。湘南だし。」
「それ、早く言ってくれよ! 海パン持ってない。」
「スク水でOKじゃん。」
「そうは行くか! 江の島だぜ! 湘南だぜ!」
すると、エリが、
「あれ? 順平君も行くの?」
「ええぇー、僕、仲間外れ?」
すかさず姉ちゃんがフォローする。
「そんな事ないよ。ね、ナッちゃん。」
「どうしようかなー」とナツ。
「おい。頼むよ!」
ナツは少し考えていたが、何か思いついたみたいだ。
「順平君。ちょっとこっち来て!」
「はい、はい。」
順平はナツの隣に移動する。
するとナツは順平に妙に優しい視線を投げかけて、
「いい子にするって約束する?」
「する、する。します。」
ナツは持っていたライムグラデーションの紙袋を後ろに回して手を組んで、前かがみになって、それから首をかしげて、順平を斜め下から見上げて、
「・・・じゃあぁ・・・連れてって。」
『ナツちゃん可愛いー』とエリとユミ。
「ナ、ナツちゃん!」
順平はナツに抱き着こうとした。が、するりとかわされた。
「良い子はそんな事はしないんだよ!」
「は、はい。」
みな爆笑した。
俺は、ナツのあんな可愛いしぐさを初めて見た。びっくりだ。
「それで、いつ行く事にしたの?」と俺が聞くと、
「うん。しあさって」とエリ。
「土日はすごく混んでるらしいから、ウイークデーで。」とサチ。
「つまり、木曜日だね。」と俺。
「で、何時?」と順平。
「7時頃三鷹台のホーム集合。詳細は幹事が決めて!」とユミ。
「了解、了解。」と順平。
「幹事はユミちゃんと翔ちゃんでいい?」とエリ。
「どう言う事?」と俺。
「ユミちゃんには鎌倉に叔父さんが居るし、予定を作るのは翔ちゃんが得意でしょ!」
「なんでだかよく解らんけどユミちゃんがOKなら良いよ。」
「良いよ。海の家予約してもらうから。」とユミ。
「じゃあ、決まりね。集合時間確定したら連絡して。」とエリ。
「へい。了解。」
「では僕は何をしましょうか?」と順平が余計な事を言った。
「そうだね・・・順平君はみんなの執事ね。」とナツ。
「か、かしこまりました。」
つくづく男はバカだと思う。
俺達は屋上に出て、自販機でジュースやアイスを買った。そして、パンダの遊具にじゃれて係のお兄さんに睨まれたり、順平が中2病を再発したりして、しばらくはしゃぎまわった。実をいうと、いちばん弾けたのは俺だったかも知れない。やっぱ、まだ子供だ。俺達。帰りに順平と俺はちょっと派手目のトランクススタイルの水着を買った。




