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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第3章 中学校の頃の俺達 ~特別な卒業生~
20/125

3-4 庭球部に入部した日(その2)~ズキズキするの~

 俺はほぼ1週間ぶりに1人で帰った。姉ちゃんと帰るのもまあ話し相手が有るって事でいいけど、1人で帰ると道々色々なものに気が付いて、これもこれで良いものだと思う。もう桜は完全に散ってしまって、若草色の葉っぱが玉川上水に覆いかぶさるように満ちている。木々の間から見える空も木漏れ日も鳥の囀りも首筋を撫でて流れる風もなんか柔らかくて気持ちいい。


あまり急がずゆっくり歩いて4時半過ぎに家に着いた。

玄関を開けて、元気良く、

「ただいまー」

と言って入った。リビングに座っていた母さんが静かに、

「おかえり、あら、一緒じゃないの?」と言った。

「うん。・・・どうしたの母さん?」

「彩香が寝てるの。今のうちに買い物に行って来たいのだけど。」

「ああ、それなら、俺が見てるよ。」

「春香が帰って来るの待ってたんだけど・・・じゃあ、お願い。」

「うん。」


 俺はリビングに入ってスクールバックを床に置き、ソファーでタオルケットに包ってすやすや寝ている彩香を覗き込んだ。可愛い!・・・まだ起きそうもない様子なので、彩香の足元に座って、ローテーブルにあった新聞を広げて読み始めた。もちろん3面からだ。


 母さんが出かけて暫くして彩香が起きた。1歳半の彩香は放置するとそこら中を這いまわるし、何かに掴まって少し歩く事ができるから、油断できない。

こういう時は仕方がない。抱っこだ。

「彩香、兄ちゃんが抱っこしてあげよう。」

俺が両手を差し出すと、彩香も両手を出して、抱っこOKの意思を示した。

「あー、あー。」

「よしよし、抱っこだよー」

俺は彩香の脇に両手を入れて高く持ち上げてからしっかり抱え、お尻の下に右腕をまわしてしっかり抱いた。ミルクか何か、赤ん坊の甘い匂いがする。彩香は上機嫌で、べとべとの手で俺の顔をつまんだりする。

そのうち、

「あー、あー」

と言って手で行きたい方を指さす。

「2階に行きたいのか? よし、じゃあ行こう。」


 俺は彩香を落とさない様にしっかり抱いて2階に上がった。俺の部屋に入ろうとしたのだが、どうやら彩香が行きたいのは姉ちゃんの部屋の様だ。姉ちゃんの部屋の方へ体をそらす。

「仕方がないなあ。内緒だぜ!」

俺は姉ちゃんの部屋の引き戸を左手で少し開けて、左足でぐいと開けて入った。

「ほら、お姉ちゃんの部屋だよー」

「あー、うー、あー」

どうやら、姉ちゃんのベットに降ろせと言っている。

「ちょっとだけだぞ!」

俺はベットに座って彩香を降ろした。すると彩香は這って行って枕に顔を付けた。

『それはまずい。よだれが付く。』

俺はかなり慌てて彩香を抱き上げた。そして、彩香被害が許容できる自分の部屋に行った。


 俺のベットや枕には興味が無いみたいだった。ただし、ゲーム機には興味津々で、ブロスをベトベトにされてしまった。俺はこうして1時間半弱、彩香を抱っこして家中を歩き回った。

 彩香をあやす担当はいつも姉ちゃんで、休日は親父が独占している。彩香が望まない限り俺に回ってくる事は少ないし、みんな危ながって、長く抱かせてくれないのが俺はすごく不満だ。でも、今日は、今は、彩香の『可愛い』を久しぶりに独占して堪能した。こんなに良い事があるんなら、庭球部には入らない方が良いかも知れないと思った。

そして・・・母さんが帰ってきた。


  至極の時間が終了した。


俺は彩香を母さんに返して、自分の部屋で宿題を始めた。


・・・・・


 7時を過ぎた頃親父が帰ってきた。俺はその気配を感じて、そろそろ夕食だと思って、ダイニングに行った。すると母さんが心配そうに、

「春香がまだ帰って来ないの。翔ちゃん何か知ってる?」

「うん。今日から部活に出なきゃいけないって言ってた。」

「そうなの?」

すると親父が、

「そんな大事なことはちゃんと言わなきゃダメじゃないか!」

「ごめん。まさかこんなに遅くなるなんて思って無かったから。」

「それにしても、もう外は薄暗い。クラブ活動はこんな遅くまでするもんか?」

と言って、かなり心配している。

「俺、見てこようか?」

「そうだな、そうしてくれ!」

「じゃあ行ってくる。」

「翔太、これを持って行け。」

親父は携帯を差し出した。俺がそれを受け取ると、母さんが、

「じゃあこれに入れて行けばいいわ。」

そう言ってウエストポーチを貸してくれた。俺は携帯をそれに入れて、車庫から自転車を出して学校に向かった。


 外は、ライトを点けないと道の凸凹が見えないくらいの明るさだった。姉ちゃんはたぶん玉川上水の南側の道を通って帰ってくると思って、南側の道を通って行った。結局学校まで行った。

 北門はもう閉っていた。俺は自転車を門の格子にチェーン錠で繋いで通用口と門柱との隙間に潜って学校に入った。体が小さいチビの俺だから出来る技だ。玄関に行って中を覗いたが、避難口と消火栓の赤いランプが点いているだけで、校舎に明りは点いてなかった。俺は校庭に回ってテニスコートに走った。それから体育倉庫付近にも走って行った。人影は無かった。暗い学校はなんか不気味で、物陰を覗くのが怖かった。


俺は北門に戻って、ウエストポーチから携帯を取り出した。家に電話すると、母さんが出た。

「もしもし、翔ちゃん?」

「うん。姉ちゃんは帰って来た?」

「まだ。今何処なの?」

「学校。もう誰も居ない。」

「どうしたのかしら?」

「俺、もう少し捜してみる。」

「お願い。」

俺は入った時と反対に通用口横の隙間から外に出て、さっき来た道を家に向かった。もう8時になっていて、さすがに暗い。今度はゆっくり自転車をこいだ。


梓馬橋(あずまばし)の少し手前で右側の石段にうずくまるようにしている人影にビックリして自転車を止めた。何をしてるんだろう? 俺はその人影を恐る恐るじっと見詰めた。するとその人影は俺を警戒して石段の左端に寄ったように見えた。

「・・・姉ちゃん?」

「あ、翔ちゃん?」

「よかった。姉ちゃんだ。」

「翔ちゃん!・・・」

俺は自転車を降りて姉ちゃんの前に行った。

「姉ちゃんどうしたの?」

「翔ちゃん・・・」

姉ちゃんの瞳から大粒の涙が溢れて落ちた。そして、姉ちゃんは泣きながら、

「翔ちゃん、来てくれてありがとう。・・・ありがとう。翔ちゃん・・・」

「姉ちゃん、もう大丈夫だから。」

俺は姉ちゃんの左横に座って、姉ちゃんの肩を抱いた。姉ちゃんは俺に寄りかかって安心したみたいだ。

「姉ちゃん、何があったの?」

「足を挫いたの。バス通りを渡った所の窪みで。」

「どっち?」

「ここ、左の足首。」

「ウワッ!」


俺は驚いた。姉ちゃんの足首がいつもの倍くらいに腫れている。


「歩けないんだね。」

「うん。」

「ずっとここに居たの?」

「休み休みここまで来たの。でも痛くて・・・」

「どれくらいここに居たの?」

「ここには30分位。暗くなるし、変な人が来るんじゃないかって怖かった。」

「そっか。心細かったね。」

「うん。」

「俺さ、さっきここ通ったんだけど、気付かなかった。ごめん。」

「ううん。・・・でも、見つけてくれてありがとう。嬉しい。」

「まだ痛い?」

「痛くて立てないの。」

「わかった。電話するよ。」


俺はウエストポーチから携帯を出して家に電話した。今度は親父が出た。


「もしもし」

「もしもし、親父?」

「翔太か?」

「うん。姉ちゃん見つけた。」

「そうか。まだ学校なのか?」

「いや、玉川上水。足を挫いて、痛くて歩けないんだ。」

「本当か?今どこだ?」

「梓馬橋近くの石段に座ってる。」

「神社の裏手だな。」

「うん。」

「車で行くから、梓馬橋まで出られるか?」

「ちょっと待って!」


俺は携帯を耳から離して、姉ちゃんに確認した。


「これから俺が姉ちゃんを負ぶって梓馬橋まで行く。そこに親父が車で来てくれると思う。いいかい?」

「うん。ありがとう翔ちゃん。」


俺は携帯を耳に着けた。


「もしもし?」

「もしもし、どうだ?」

「親父、俺、何とかするから、梓馬橋まで来てくれ。姉ちゃんの足は、たぶん医者に行った方が良いと思う。」

「わかった。すぐ行く。」


俺は携帯をウエストポーチに仕舞って、姉ちゃんが座っている石段のすぐ下にまわって体を低くした。


「姉ちゃん、ゆっくりで良いからさ、俺に乗っかってくれ。」

「うん。ありがとう。」


姉ちゃんは鞄を持って、石段の右の壁に掴まりながら立って、それから俺の背中に負ぶさって乗った。重いなんて事は気にならなかった。


「しっかり掴まってくれ。」

「うん。ありがとう。」


姉ちゃんは鞄の取っ手を両手で持つようにして、俺の胸の前で腕を組んでしっかり掴まった。俺は姉ちゃんの太腿を手で抱えて立ち上がった。

梓馬橋までは100メートル程だ。最初はフラついたが、ゆっくり歩きだした。


「姉ちゃん、大丈夫か?痛くないか?」

「うん。大丈夫。ありがとう。」

「痛かったら言ってくれ、すぐに止まるから。」

「大丈夫だよ。翔ちゃんこそ、首痛くない?」

「何ともない。」


 50メートルほど進んだところで長いリードで犬の散歩をしている小母さんとすれ違った。LEDが点滅する首輪を付けた犬が俺の脚の臭いを嗅ぐようにした。小母さんは俺達を胡散臭そうに見たと思うが、俺にはこの状況を説明する余裕がなかった。顔を確認しなかったから判らないが、小母さんじゃなくてお姉さんだったかも知れない。


すれ違ってすぐ、姉ちゃんがずり落ちそうになった。

「姉ちゃん、一度降りてくれない?」

「うん。落ちそうだね。」

俺は立ち止まって姉ちゃんを下した。姉ちゃんは土手のフェンスに掴まって左足を浮かせている。

「痛くない?」

「痛いけど、大丈夫よ。」

「じゃあ、また乗ってくれる?」

「うん。ありがとう。」

俺はまたしゃがんで、姉ちゃんを負ぶって歩き出した。今度はフラつくことは無かった。


 梓馬橋まで来て、姉ちゃんを降ろした。降りる時、左足が地面に着いたみたいで、痛そうだった。俺は姉ちゃんの左腕を担いで支えて、親父が来るのを待った。


「ここに来るはずだから。」

「うん。」

「痛くない?」

「ズキズキするの」

「そっか。」


そこへ、橋を渡った向こう側の道をこちらに曲がってヘッドライトの光がゆっくり近付いてきた。親父の車だ。


親父は俺達の目の前に車を止めながらパワーウインドを降ろして、

「春香ちゃん、大丈夫か?」

「足を付くと痛くて・・・」

「そうか。」

親父は少し車を進めてから降りて、

「ちょっと我慢してくれ。」

そう言って、姉ちゃんを抱えて後ろの座席に乗せた。

それから運転席に戻ってドンとドアを閉めた。

「翔太も乗れ!」

「いや、俺は自転車で帰るから。」

「そうか。」

俺は後ろのドアを閉めた。

「そうだ。携帯返すよ。」

「そうだな。」

俺は携帯を窓越しに親父に返して、動き出した車を見送った。

姉ちゃんが俺を見ているのがわかった。また『ありがとう』って言ったように思えた。

俺は石段に戻って自転車で帰った。

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