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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第2章 小学校の頃の俺達 ~たぬきさんの縫いぐるみ~
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2-12 ナツの初恋が終わって順平の初恋が始まった日(その1)~どっち狙ってんの~

 小学校もあと卒業式を残すだけになった3月初めの土曜日の昼過ぎの事だ。俺は順平を誘って吉祥寺に行こうと思って電話したが、塾の春季講習の最終日だそうで居なかった。

俺は1人遊びが得意だから、塾に行きたいとは思わなかったが、順平はどういう訳か

  『塾に行って勉強する。』

と言いだして、冬期講習に加えて春季講習にも行ったらしい。


 俺が家でトラクエのフィールドをひたすら細かく調べて、隠しアイテムを探している頃、順平の塾ではこんな事が起こっていた。たぶん。

ユミ(島崎由美)がナツ(清田奈津子)の教室に来て声をかけた。

「ナッちゃん、帰ろ!」

「ごめん。ちょっと待ってて。」

その時ユミは教室の入り口の横に居るトシキ(高橋俊樹)に気が付いた。

「うん。いいよ。(ガンバレ!)」

ユミはトシキをチラッと見て廊下に出て聞き耳を立てた。


「トシキ君、今日で塾も終わりだね。」

「そうだな。・・・ナツは三鷹台中に行くんだろ?」

「うん。トシキ君も一緒でしょ?」

「いや、悪いな。応慶中受けてサ、合格したんだ。昨日合格通知が来た。」

「へぇ~そうなの。おめでとう。すごいね。」

「ああ、ありがとな。卒業式終わったらお別れだ。」

「べつに、引っ越すわけじゃないでしょ!」

「いや、通える学校じゃないから、寮に入るんだ。」

「そうなんだ」

「うん。こう云うの、『単身赴任』って言うんだぜ! カッコいいだろう。」

「ふつう、そんなこと言う?」

「言わねえか?」

「・・・そっか・・・」

「なあ、ナツ。大きくなったら、看護師になれよ。」

「どうして?」

「父さんの病院で働けるように言ってやんよ。」

「いいよ。そんなの!」

「そっか。まあいいや・・・じゃあな!」

「・・・・・」

こうして、奈津子の初恋は思いを伝える事なく、始まる前に終わった。


トシキが出て行った後、少ししてナツが廊下に出てきた。

「ナツちゃん、いいの?」

「いいよ。あいつさ、頭良いけど性格悪いから。」

「そんな、無理に嫌わなくても。」

「だよね。ふつうに忘れるわ!」

「中学になったら三鷹台小の連中と一緒になるから、もっと恰好いいのが居るかもよ!」

「そんなのどうでもいいわ・・・けど、なんか部活したいよね。」

「それそれ! 体育会系ってやつ?」

「何がいいかなあ?」


 その時、奥の教室からマサちゃんが紐を持って座布団を振り回しながらやって来た。紐で椅子に括り付けられる様になっている座布団だ。

「おーい島崎、忘れ物。これお前の座布団じゃね?」

「あっ、ありがとぅ・・・ちょっとぉ振り回さないでよ!ちぎれるじゃない!」

マサちゃんは振り回しついでに軽く投げるようにしてそれをユミに渡した。

「ほい。じゃあな!」

ユミはそれを抱えるようにして受け取った。それから顔を上げて言った。

「伊藤(正文)君、ちょっと待って。」

「なに?・・・ちぎれてないよね。」

「じゃなくてサ、三鷹台(小)には・・サ、恰好いい男子居る?」

「えぇぇ・・・うーん・・・」

マサちゃんは考え込んだ。そして、少し低めの声で得意気に言った。

「居るじゃん・・・目の前に!」

「ああぁ。やっぱりバカしか居ないんだ。」

「悪かったねぇ、けど、お前に言われたくねーゼ。」

「バーカ!」

少し間があった。

「・・・もういいのか?」

「何が?」

「え?、待ってろって、これだけ?」

「そうだよ。意味なかったけど。」

「なぁんだよ。順平が外で待ってんだからな!」

「順平って、あのクワガタ虫?」

「お前サ、いつまでもしつこく覚えてんな。」

「ああ、一生忘れっか。」

「おーコワ!じゃあな!」

マサちゃんは急いで出て行った。


「ナッちゃん、クーポンあるから、帰りにメックに寄ってかない?」

「そうね。行こっか!」

ナツとユミは東八道路にあるハンバーガーショップ『メック』に向かった。


 一方、順平とマサちゃんもメックに向かっていた。そして、ユミ達より一足先に着いた。ほぼ満席の状態だった。

「あ、あそこ空いた。マサちゃん席頼む。セットで、シェイクは苺でいいよね。」

「ああ、それでいい。これ。5百円。」

順平は注文の列に並び、マサちゃんはタイミング良く空いた窓際の4人掛けの席を確保した。

そこへナツとユミが入ってきた。

「ナッちゃん、これ。4人分OKだから。」

ユミはナツにクーポンを渡した。

「わかった。」

「私、席を取るから。」

「うん。お願い。」

ナツは注文の列に並び、ユミは座席コーナーへ移動した。


「うわー。満席かぁ」

ユミは店内を見まわしてマサちゃんを見つけた。

そして、マサちゃんが座っている窓際の席に近づいた。

「伊藤君。1人?」

「1人で来るかよ!」

「クワガタ虫?」

「ああ」

「・・・ナッちゃんと私なんだけど、サ。」

「座りたいのか?ここに。」

「何言ってんの! カワイイ女子が同席してあげるのよ!」

「それはそれはどうも。通路側なら空いてます。」

「えぇー!ふつうサ、窓側譲るでしょ!」

「仕方ないなあ!」


一方、注文の列ではナツが順平の隣の列に並んでいた。

ナツが並んだ列の方が進み方が少し速く、まもなく順平の隣に来た。

「高野君も来たんだ。じゃあ、伊藤君も一緒だね。」

「う、うん。」

順平になぜか緊張が走った。

前の人の注文が終わって、順平の番になった。

『いらっしゃいませ。お待たせしました。ご注文は?』

「メック・ライトのセットを2つ、で、シェイクは苺で、お願いします。」

『メック・ライトセットを2セット飲み物はストロベリーシェイクですね。クーポンはお持ちですか?』

「あ、い、いいえ、ありません。」

その時、斜め後ろからナツが割り込んだ。

「それなら、このクーポンで4セットにしてください。」

『はい。飲み物はいかがなさいますか?』

「同じでいいです。」

『はい。では、ご注文を繰り返します。メック・ライトセット、飲み物はストロベリーシェイクですね。今だけクーポンご利用で、4セット、1200円になります。』

順平は塾のショルダーから財布を取り出して、財布の中を見つめながら、小声で

「・・・少し足りない。」

それに気づいたナツが、

「あ、ごめん。高野君、お金。」

ナツは順平に600円を渡した。順平はそれを受け取って支払を済ませた。


 しばらくして、順平とナツはそれぞれメック・ライトセットを2セットずつ乗せたトレイを持って座席コーナーに移動した。ナツが店内を見まわしながら、

「ユミちゃん、何処に座ったかなあ?」

順平が先にマサちゃんとユミが窓側の席に座っているのを見つけた。

「あそこだ。窓側。2人共。」

「あ、ほんとだ。」

順平とナツはその窓側の席に近づいた。

「おまたせー」

「おう。ありがとう。」

そう言いながら、マサちゃんは席を立ってユミの隣に移動した。

「ナッちゃんが窓側よ!」

「わたし、高野君の隣?」

「僕の隣嫌?」

「べつに!」とナツ

ユミは満面の笑顔でメック・ライトセットのトレーを見つめながら、

「合席、合席ぃ!」


ナツと順平はトレーをテーブルに置いて滑らせながら、隣同士に座った。

つまり、順平とマサちゃんが通路側、ナツとユミが窓側でそれぞれ向かい合う状態になった。

「ほらな、こう座らんと食べにくいだろ!」とマサちゃんが得意気だ。

「そっか。」とナツ。

「あ、そうだ。マサちゃんお釣り。2百円返す。」

「なんで?・・百円多いぜ!」

「清田さんにクーポン割してもらった。」

「おお、それはありがと。」

「あっ、あのクーポン、ユミちゃんのなの。」

「その百円私にくれてもいいよ。」

「ああ、ほら。」

マサちゃんは百円玉を隣のユミに渡そうとした。

「冗談よ!」

そう言って、ユミはマサの手を押し戻した。

「そっか? サンキュー!」

「食べよ!」

とユミが言うと、ナツも、

「うん。食べよ、食べよ。」


 4人はハンバーガーの包みを開けて食べ始めた。すると、マサちゃんがハンバーガーをほうばりながら、突然、爆弾発言をした。

「清田、順平サ、お前に叩かれたほっぺたがいまだに痛い事があるんだぜ!」

「おい、マサちゃん!何を言うんだ!」

「嘘でしょ! そんなのあり得ない。」

ナツが順平を見た。ナツと順平の視線が合って、2人はちょっとドギマギした。

マサちゃんが解説した。

「それくらい痛かったって事だよ。あれは『ビンタ』じゃなくて『強打』だったからな!」

ナツは視線をシェイクに戻した。

「ごめん。でも、私も痛かったんだよ!」

「そうだよ。ナッちゃんの背中、ひっかかれて赤くなってたんだから。」

「ごめん。」

順平が謝ると、

「大丈夫。今はもう何ともないわ。」

ナツの許しが出た。

「なあ、順平。知ってるか?」

「なにを?」

「クワガタに挟まれたら、足に何か掴ませたら、角を放すんだぜ!」

「へー、そうなんだ。」

「ああ、本能だから。」

「じゃあ、あの時言ってくれれば良かったのに!」

「あの時はまだ知らんかった。」

「そっか」

「まあいいじゃないか。そのおかげで、俺達知り合いになれた訳だし。」

「そうだね。『クワガタ』と言えば高野君だもんね。」とユミ。

順平は少し不満げに、

「僕はクワガタより『順平』がいいよ。」

「僕も『マサ』でいいぜ!」

「じゃあ私は『ユミ』でいいよ。」

「わたしも『ナツ』でいいわ!」

4人は顔を見合わせて合意した。


「そうそう。あの後、大変な事になったんだぜ!」とマサ。

「あ、それ知ってる。順平君が大怪我したんでしょ?」とナツ。

「なんで知ってんの?」

「救急車で、高橋君のお父さんの病院に運ばれたんでしょ? 高橋君から『三鷹台小のバカが玉川上水に落ちた』って聞いたの。」

ナツはそう言いながら順平をちらっと見た。

順平は少し呆気に取られている。

「あ、ごめん。でも私が言ったんじゃないから。」とナツが少し修正。

「高橋君ってぇ・・・?・・・ああ、あいつか。好きになれん奴だ。」とマサ。

「ふふん。ナッちゃんはちょっと気になってたんだけど、さっき嫌いになったよね。」とユミ。

「へっ?どういうこと?」とマサが反応した。

「ユミちゃん、やめて!」

「ハイハイ。ごめんね。」


その時、ユミが何か思い出して言った。

「そうだ、あの時さ、もう一人小さい子が居たでしょ!」

「小さい子?・・・ああ、翔ちゃんね。」とマサ。

「あの子、順平君の弟? すっごい可愛かったよね。」

「ええぇー! あいつ同級生だぜ!」と順平。

「ええぇー、まじー、びっくりー。」

「あいつ、小さいから体育とかダメだけど、頭良いんだぜー、算数なんかすごいんだ。」と順平。

「へえー、あんな弟が居たらいいねーって言ってたんだけど、同級生なのかー!」

「塾に行かなくても、テストはたいてい百点だし。」と順平。

「だけど、いい奴で、ちっとも偉そうじゃないんだ。」とマサが補足。

「あの時も翔ちゃんのおけげで、おおごとにならずに済んだし。」と順平。

「へえーそうなんだ。」とユミ。

「ああ、それからサ、面白い事に、ハルちゃんって言う同級生のお姉さんが居るんだぜ!」とマサ。

「え? それ、どういう事?」とユミは興味津々だ。

「と言われても・・・順平なんか知ってっか?」

「えっと、親が結婚?・・・ムズイ。中学になったら、本人に聞いてくれ!」

「なんで教えてくれないの?」

「どうしてなんだか、結局、よく分からないんだ。」

「へえー、ムズイんだ。」

「ああ、ムズイ。ハルちゃんは保育園の頃は『お母さんが知ってるおじさんとこの子』とか言ってたような?」

「ふうーん。・・・中学楽しみだね、ナッちゃん。」

「そうね。」とナツが少しぼーっとしたような返事をした。


その時、窓の外をラケットを脇に抱えた女子中学生が数人楽しそうに話しながら通った。

「ユミちゃん。私、テニスしようかなぁ。」

「テニスか。ナッちゃんがするんなら、私もするよ!」

「へえー、お前達テニスやんの? いつ? どこで?」とマサ。

「バッカだねー! 中学の部活の事だよ。」

「ハッヤー。まだ入学してないのにそんな事考えてんの?」

「そうよ、悪い?」

「悪かないけど、そう云うのってさ、入学してから説明聞いて、ほんでさ、体験なんとか、とかして、それからでも良くね?」

「それでもいいんだけどね。・・・いいじゃん。ナッちゃんが今やってみたくなったんだから。」

「そんなもんか?」

「うん。バカな男子にはわからないよーだ。」

「分からん。さっぱりだ!」


マサちゃんは自分ばっかり話してるような気がした。

「順平、お前、なんか今日おかしくね?」

「なんで?」

「妙に静かじゃん。」

「な事ないと思うけど?」

マサちゃんはおおげさな身振りで順平の背中を押そうとした。

「そうかい? いつもならさ、豆知識がドドーっと、こう・・・」

「なんだいそれ?」

「まあいいや。今日はなんか『カワイイ』女子に同席してもらってますから、そのせいにしときましょう。」

ユミが素早く反応した。

「へえー、ねえマサ君、私?ナッちゃん?どっち狙ってんの?」

「うへっ!・・・冗談分からん奴だなあ。そういうの何つったっけ?」

「・・・自意識過剰か?」と順平。

「それそれ。さすが順平。」

「ああぁ。三鷹台って、こんなバカばっかなんじゃない?」

「おお、期待しとけー!」


4人は少しの間、ハンバーガーを食べ、シェイクをすすった。


「・・・ねえマサ君、私たちに翔ちゃんと、えっと、何てったっけ、お姉さん」

「春の香りでハルちゃん。」

「ああ、そのハルちゃんを紹介してくれない?」

「なんでさ? 4月になれば同じ三鷹台中なんだぜ!」

「うん。だけど、なんかその前に仲良しになりたい気がする。ね、ナッちゃん。」

「そうだね。翔太君もハルちゃんも学年同じなんでしょ?」

「うん」とマサ。

「なんか興味ある。」とナツ。

「まあ、確かにハルちゃんは味方にしとくべきかも。」とマサ。

「ああ、敵にすると大変な強敵になるな。」と順平。

「ええー。ハルちゃんって怖い人なの?」とユミ。

「いや、優しい。だけど、でかくてたぶん力あるからな。本気で怒ったら大変だと思う。」と順平。

「ふうーん。怒りっぽいの?」とナツ。

「怒った所は見たことが無いけど、そんな気がするんだ。」とマサ。

「変なの!」

「じゃあ、明日のお昼もここで会わない?」とユミ。

「かまわないよ僕は。」と順平。

マサちゃんは手帳を取り出して確認した。

「ああ、やっぱ。僕は明日はダメだ。レッスンがある。」

「レッスン? なんの?」とユミが怪訝な顔。

「へへへ」

「こいつサ、バイオリン習ってんだ。」

「へえー、びっくりー! いつか聞かせてよ!」とナツが目を輝かせた。

「まだまだですよ。」

「僕も聴かせてもらった事が無いんだ。」

「ねえ、マサ君のバイオリンは今度で良いから!」とユミ。

「おお、ごめん。明後日ならいいぜ!・・・学校休みだろ?」

「私もOK」とユミ。

「私も」とナツ。

「僕も」と順平。

「じゃあ、順平君、翔ちゃんとハルちゃんを明後日1時半に連れてきてね。よろしく。」とナツ。

「わかった。聞いてみる。けど、ダメだったらどうしよう?」

「マサ君は塾の連絡網持ってるよね。」とユミ。

「ああ。僕に教えてくれれば、ユミちゃんとナッちゃんに連絡できる。」

「じゃあ、決まりね。連絡無かったら予定通りって事で。」とユミが締めくくった。

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