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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第2章 小学校の頃の俺達 ~たぬきさんの縫いぐるみ~
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2-11 彩香が生まれた日

 5年生になると、姉ちゃんも俺もすっかり普通に生活できる様になった。姉弟だって事が周囲に知れ渡って、自分達はもちろん、周囲の大人も友達も俺達の事を特別な目で見なくなったからだと思う。だから、姉ちゃんと俺の行動は日常に溶け込んで馴染んだ状態だった。ただ一つ、姉ちゃんと俺が同学年だって思ってくれない大人が多い事を除けば。

 6月に入った頃から一つ変わった事がある。朝食と休日の昼食は姉ちゃんが作ることが多くなったって事だ。その頃には母さんのお腹はかなり大きくなっていて、

「母さん、大きくなったね」

と俺が言うと、

「触ってみる?」

と言って、何度か触らせてくれた。俺が触ると、母さんは

「お兄ちゃんだよー」

と、お腹の中の赤ん坊に呼びかけた。すると、機嫌が良い時には呼びかけに応えて、お腹を蹴って動くのが判った。俺も呼びかけてみたがそれには無反応だった。姉ちゃんの呼び掛けには反応したそうで、姉ちゃんは得意気だった。ただし、俺はこの件に関して姉ちゃんと勝負したつもりはない。

 7月になると母さんのお腹はさらにパンパンになって、動くのがしんどそうになった。その頃の俺はたいてい6時半に起きて、身支度をして7時頃ダイニングに行く。その時刻には既に姉ちゃんがキッチンに立っている。姉ちゃんのエプロン姿もすっかり見慣れた。ちょっと格好いい。親父の言い方を借りると『板に着いた』って事らしいが、姉ちゃんをカマボコに例えるのは俺的には気に入らない。

「おはよう。」

「おはよう翔ちゃん、玉子焼き配って!」

玉子焼きはこの頃の姉ちゃんの得意料理だ。確かに、甘さと焼き具合が絶妙だ。姉ちゃんは日に日に料理の腕が上がっていると思う。

「ほい。」

俺は対面式のキッチン越しに出されたそれを受け取って、ダイニングテーブルに皿を並べて2切れずつ配る。それから、コーヒーカップ3つと親父のマグカップと皿とパンを用意する。その間に姉ちゃんが冷蔵庫からレタスを出して、それをちぎってサラダボールに盛る。それを俺が受け取ってテーブルに置く。姉ちゃんが残ったレタスを冷蔵庫に戻すついでに、愛媛のジュースの瓶とJAの牛乳パックと北海道のヨーグルトを取り出すから、俺がそれ等をテーブルに運んで置く。姉ちゃんと俺のこの見事な連係作業をいつか順平やマサちゃんに見せて自慢したいものだ。だいたいこれくらいまで準備が進んだ頃、母さんと親父が現れる。

「おはよう、翔ちゃん、ハルちゃん。」

『おはよう母さん』

姉ちゃんと俺はたいていハモる。母さんは大きなお腹を持て余す様にキッチンに入り、姉ちゃんとなにか談笑しながら朝食の準備を続けるのだ。俺はコーヒーメーカーに計量カップで4杯のコーヒー豆と水をセットしてスイッチを入れる。その頃親父はテレビを点けて新聞を拡げる。同時には見られないのだから、どっちか一方にすれば良いと思うのだが、必ずそうする。『ゴボゴボゴボ』という音がしてコーヒーが入った頃、ウインナーかベーコンも焼き上がる。すると母さんが、

「出来たわよ!」

と言う。それを合図にみんなテーブルに着いて、

「いただきます」

を言って食べ始めるのだ、これがこの頃の我が家の朝食のパターンになっていた。


 7月30日(日曜日)その日の朝はいつもと様子が違っていた。母さんのお腹が痛みだしたのだそうだ。親父は車の準備を始めた。助手席のリクライニングを倒して平らにして、毛布を敷いた。俺はそれを手伝った。姉ちゃんは寝室に行って、母さんと話をしてきたみたいだ。

「父さん、翔ちゃん。私これからおにぎりを作るからそれを食べて!」

「うん。わかっかた。母さんは大丈夫?」

「大丈夫よ!」

俺と親父はおにぎりを食べて、俺が入れたお茶を飲んだ。姉ちゃんは母さんの入院の準備を手伝いに、また寝室に行った。

「翔太、留守番頼んだぞ。」

「うん。わかった。」

8時過ぎ、寝室から母さんがゆっくり出て来た。

「母さん大丈夫?」

「大丈夫よ!、病気じゃ無いからね。」

母さんはそう言いながら俺の頭を撫でた後、一度リビングのベンチソファーに座った。玄関に居た親父が、

「翔太、もう一つのソファーを玄関に持って来てくれ。」

「わかった。」

「手伝うわ!」

姉ちゃんと俺はもう一つのベンチソファーを玄関の上り口に持って行って置いた。

「ありがとう。」

そう言って、母さんは玄関に移動した。それから、母さんは親父に掴まりながら、ゆっくり玄関に降りて、ガレージに向かった。姉ちゃんは入院セットが入っている小さいスーツケースを持って母さんの後に続いた。

「翔ちゃん、お昼帰って来られないかも知れないから、おにぎり余分に作ってあるの。」

「わかった。お昼もそれ食べるよ。」

「ごめんね。」

「いいよ、俺の方こそ、何も手伝えなくてごめん。」

「大丈夫よ!、男の人はこう云う時は役に立たないものなんだって!」

「確かに。」

こうして、9時前、母さんは病院に向かった。俺は一人で留守番をすることになった。俺はすることが無いので、とりあえず玄関のベンチソファーを引きずるようにしてリビングに運んだ。それからダイニングの皿を洗って片付けた。おにぎりが5つ皿に載せてラップをかけてキッチンに置いてあるのを確認した。5つは無理だなと思った。


9時半過ぎ、親父から電話がかかって来た。

「もしもし」

「翔太か?」

「うん。」

「もう少し時間がかかるみたいだ。」

「わかった。」

「じゃあ、留守番頼む。」

「うん。」

そう言って電話が切れた。親父が俺にこんな電話してくるなんて・・・なんか変だ。てか、普通有り得ない。これはつまり、きっと病院では親父もすることが無くて、暇を持て余しているに違いないと思った。姉ちゃんが言ってた通り、大人になっても『男は役に立たない』のだと思った。その後も親父から何度か電話が掛かって来た。俺が親父にこんなに気にしてもらった事は後にも先にもこの日だけだった。

 俺は本当にすることが無くなった。夏休みも始まったばかりだから宿題もする気にならなかったし、母さんの事が気になって順平を誘って遊びに出掛ける気にもなれなかった。仕方なく、所在無く、玄関の戸締りをして自分の部屋に上がりゲームを始めた。実を言うと、トラクエもSFXもエンディングロールを見てしまっていたので、『魔龍やラムダ』には勝てないのが分かっていたし、戦えるのはラスボス位だった。そうしているうちにお昼になった。

 俺はお湯を沸かして、朝入れたお茶に少し葉を足してお茶を入れ、キッチンからおにぎりの皿を持って来て、ダイニングテーブルに座った。その直後、また電話が鳴った。『また親父か?』と思いつつ、リビングに行って子機を取った。

「もしもし」

「あ、翔ちゃん?」

「姉ちゃん、どうしたの?」

「お昼もう食べた?」

「これからおにぎりを食べるけど?」

「そう、ちゃんと食べてね!」

「お母さんは?」

「うん、まだみたい。ベットに横になってるわ!」

「そっか。」

「姉ちゃんはどうするの?」

「何が?」

「お昼だよ。」

「それなら、病院の食堂でお父さんと何か食べるわ。」

「そっか。」

「ごめんね、翔ちゃんだけ朝も昼もおにぎりで。」

「いや、かまわないよ。おにぎり作ってくれてありがとう。美味しそうだよ。」

その時、電話の向こうでおやじの声がした。

『ハルカちゃん、行くらしいよ!』

「翔ちゃん、いよいよだわ!」

「そっか。」

「じゃあ行くね。」

「うん。」

姉ちゃんは慌てたみたいに電話を切った。俺は子機をホルダーに戻して、それから、えっと、一瞬何をどうしたらいいのか判らなくなって、リビングを一周回って、ダイニングに行った。そして、少し冷めたお茶で気を静めてからおにぎりを食べた。


 俺はリビングのローテーブルにホルダごと子機を置いて、ソファーに座って電話を待った。寝っ転がって待った。待った。かなり待った。待って待って待ちまくった。コミックを持って来て読みながら待った。残ったおにぎりを皿ごと持って来て食べながら・・・待った。だけど、あれから電話がぜんぜん鳴らなくなった。少し眠たくなって・・・寝ながら・・・待った。

3時過ぎ、電話が鳴った。俺は跳び起きた。

「もしもし」

「翔ちゃん、妹だよ!」

「生まれたの?」

「うん。うん。生まれたよ!」

「どっち?」

「何が?」

「女?」

「だから、妹だって!」

「そっか。・・・おかあさんは?」

「2人共元気だよー、でも疲れたみたい。母さんはウトウトしてる。」

「ふうーん。」

「可愛いよ!」

「もう触ったの?」

「まさか、新生児室のガラス越しだけど、可愛いよ!」

「俺も見たい。」

「明日、一緒に来ればいいわ。」

「うん。」


 それから2時間ほどした6時頃、親父と姉ちゃんが帰って来た。

「おかえり」

「おお、ただいま。」

「ただいま翔ちゃん。」

「お母さんはしばらく入院するんだね。」

「ああ、そうだな。」

「おとうさん、それ。」

「いや、キッチンまで持って行く。」

そう言って、親父は両手に提げたコープのレジ袋ををキッチンの奥に置いて、リビングに移動して本を読み始めた。どうやら、名前の本らしい。姉ちゃんはレジ袋の中身を選別しながら冷蔵庫に仕舞っている。俺はダイニングテーブルに座った。しばらくして姉ちゃんが出て来た。

「あ、お父さんあの本買ったんだ。」

「今読んでる本?」

「うん。病院の売店でも読んでたわ!」

「ふーん。」

「3100グラムだって」

「なにが?」

「赤ちゃんの体重」

「へー、3kかぁ、そんなに軽いんだ。」

「普通より大きいんじゃない?」

「そうなの?」

「たぶん・・・元気で可愛いよ」

「父さん、夕食どうしますか?」

「おお、久しぶりに寿司でも取るか?」

「ほんとか!」

「お前達の妹のゼロ歳の誕生祝だ!」

「わーい!」

それからおよそ1時間後、届いたお寿司を食べて、3人で『妹』の誕生日を勝手に祝った。


 翌日、親父と姉ちゃんと俺は『妹』に会いに病院に行った。母さんの腕の中ですやすやと眠る赤ちゃんは確かに赤黒くて、皺くちゃで、思っていたより毛深くて、鼻も低くて、可愛らしさの片鱗も無かった。でも、周りの皆が可愛いと言うので、俺の目がおかしいのかと思った。

「姉ちゃん、昨日と変わりない?」

「何が?」

「だから、赤ちゃん。」

「あ、皺くちゃだって思ってるでしょ!」

「う、うん。」

「もうすぐピチピチのプルンプルンになるのよ!」

「そうなのか?」

「生まれたての赤ちゃんは見たまんまじゃダメなの。」

「どう言う事?」

「目とか、鼻とか、口とか、手とか、指とか、足とか。部分部分で少し大きくなった感じを想像してあげるんだよ!」

「そう言う事か。」

「そう言う事。」

「そうしたら、可愛くなるでしょ!」

「そ、そうなのか?」

「そうでしょ!」

「そう言われれば、・・・そうだね。」

「そうよ。」

「ねえ、なんでそんな事知ってんの?」

「昨日、お婆さんになったって言う小母さんに教えてもらったの」

「なぁーんだ、姉ちゃんも皺くちゃだって思ってたんじゃん。」

「あら、そんな事思った事もありませんわ!」

「うそつけ!」

「てへ!」


 親父はこの日から1週間、名前をどうするのか悩み続ける事になる。そして結局母さんと姉ちゃんと『かおり』繋がりの『彩香さやか』と命名するのだ。お俺は、親父にしてはと言うと語弊があるが、最高に良い名前だと思う。この時は思いもしなかったが、姉ちゃんと俺の共通の血縁の妹『彩香』はこれから姉ちゃんと俺との関係を固く結びつける特別な存在になって、本当の『キョウダイ』の根幹ねっこになってくれる。俺は姉ちゃんに対しても妹に対しても『シスコン』のバカ弟でバカ兄貴って事になる。悔しいが、あえて否定はしない。

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