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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第6章 高校生の俺達 ~卒業に向かって~
123/125

6-12 国際電話があった日(その3)~卒業式~

 3月4日(火曜日、快晴)都立久我山高校卒業式の日。俺は6時前に起きてシャワーに行った。ちょっと熱めの温度で全身を流すと、なんかシャキッとした様な気がした。ふと気が付けば俺の行動もなんかおっさん臭くなったものだ。脱衣室に出て体を拭いて濡れタオルを洗濯機に放り込んだ。パンツを履いてパジャマを着て時計を見ると6時半前だった。『そろそろ来る頃だな』と独り言を言って、歯を磨いていると予想通り姉ちゃんが扉を開けた。姉ちゃんのちょっと特別な日は朝6時半のシャワータイムから始まる。シャワーだからすぐに終わると思ってはいけない。小1時間はかかる。なので、朝シャワーをしたい時は『6時半までに脱衣室を出なければならない。』って事が暗黙のルールになっている。

「翔ちゃん、おはよう。もう良いかしら?」

「うん。おはよう。」

俺は急いでうがいをして顔を洗って顔を拭いて、そのタオルを首に掛けたまま脱衣室を出ようと、姉ちゃんと視線を合わせたまますれ違った。姉ちゃんはいつものピンクにホワイト・ドットの暖かそうなパジャマを着て微笑んでいた。

「いよいよね。」

「うん。そうだね。」

姉ちゃんと俺はすれ違い様にハイタッチをした。

 俺はパジャマのままリビングのソファーに浅く腰掛けて、ローテーブルに親父が読んだ後の新聞を広げてそれを斜め読みする。親父も暖かそうなパジャマで、たぶん俺がシャワーをしている間に顔を洗ったはずだ。対面でテレビのニュースを見ながら電気シェーバーで念入りに顎の辺りを撫でている。親父と俺の日常いつもの行動パターンだ。そこへ顔を洗った彩香がマグカップ2つと新しい牛乳パックを持って来て俺の左隣に座った。

「お兄ちゃん、新聞退けて。」

「おお、サンキュー!」

俺は新聞をローテーブルの右端にずらして、彩香が持って来て置いた牛乳パックを開けて、彩香と俺のマグにそれを注いで、彩香を見詰める。それから2人は微笑んで乾杯の様にマグを持ち上げてから口をつけるのだ。そして俺は、また新聞に目を向けた。

「変わったニュースは?」

「無いねえ。」

「そっか。平和が1番!」

俺は左隣の彩香の顔を見てワザとらしく微笑んで。

「そうだな。」

彩香はいつもと変わらず・・・可愛い。とマッタリしていると対面の親父が割り込んだ。

「今日は本当に行かなくても良いのか?」

「うん。父兄と行動を共にする予定もタイミングも無いから。」

「そうか。」

「PTAの役員はなんかあるみたいだけど、面白いイベントも無いし。」

「そうか。」

「サヤが行っても良い?」

「彩香の先生が良いって言ったらね。」

「ありえなぁい。」

彩香と俺はまた見詰め合って微笑んだ。そこへ姉ちゃんが予定よりちょっと早めにシャワーを終えて出て来た。タオルで長い髪を包む様にして乾かしている。

「お父さん、サヤちゃん、おはよう!」

親父は姉ちゃんをちょっと眩しそうに見て、

「おはよう。」

そう言うとなぜかすぐにテレビに視線を移動した。彩香はマグを右手で持ったまま、姉ちゃんを振り返る様にして見上げた。そして不思議そうな声を出した。

「お姉ちゃん・・・おはよう。なんで2番目のボタン外してんの?」

当然だが俺も彩香と同じようにマグを持ったまま振り向いて姉ちゃんの胸元を凝視する。姉ちゃんも自分で胸元を確認している。

「あら、本当だわ!」

「おお、今日は朝から嬉しい事故が起きる日かも。」

姉ちゃんはボタンを留めながら、

「こらぁ、すけべ翔ちゃん!」

「今の俺は親父の代弁者ですから。」

「何を言う!」

親父はテレビに見入ってはいるが、俺は親父の耳が赤くなったのを確認した。そこへ母さんがキッチンから声をかける。

「もうすぐパスタ茹で上がるから、誰か手伝って!」

「ホイ、今行く!」

俺はキッチンに急ぎ足で移動した。母さんだけはちゃんと部屋着に着替えている。

「じゃあ、そのお鍋、お願い。」

俺は泳いでいるパスタの1本を菜箸で取り出して口に入れた。熱かった。

「おお、流石のアルデンテ!」

俺は鍋の取っ手を両手で持って流しに置いたザルに開けた。そして、そのザルを3回ほど両手で上下に振って湯切りしてからザルごとボールに入れてカウンターに置いてダイニングに移動した。俺と入れ替わりに姉ちゃんがキッチンに入った。姉ちゃんはサラダ、俺はコーヒーの準備だ。今朝はタラコパスタらしく、オリーブオイルの瓶と立派なタラコがテーブルに出ていた。


 8時前に親父が会社に、8時過ぎに彩香が学校に行った。姉ちゃんはリビングの床にアイロン台を置いて制服に念入りにアイロンを掛けた。

「これを着るの今日で最後ね。」

「そっか、姉ちゃんのJK姿はもう見れないのかぁ!」

「あら、ご要望が有ればいつでも着てあげるよ!」

「それ、何のプレイ?」

「えっ・・・ばか!」

「スンマソン!」

俺と姉ちゃんは見詰め合った。もちろん姉ちゃんは苦笑の眼差しだった。でもなんか可愛いと思った。

「翔ちゃんも制服持って来て! アイロン掛けるから。」

「ありがとう。でもまあ良いよ、今日で最後だし。」

「駄目よ! 翔ちゃんがちゃんとしてないと私が疑られるから。」

「そんなもんすか。」

「そうよ、お姉ちゃんだからね。」

「へいへい。ではお言葉に甘えます。」

「うん、解れば良し。」

俺は2階に上がって制服を取って来た。こうして卒業式の準備が出来て、9時前に家を出た。玄関を出た所で姉ちゃんと俺は並んで記念写真を撮った。母さんがシャッターを押した。そして、母さんを真ん中にしたのも撮った。もちろんカメラは姉ちゃんの赤いミラーレスで3脚を使ってだ。姉ちゃんのスカートのプリーツも俺のズボンの折り目もいつに無くピシッと決まっていた。

 コートを着ていてもかなり寒かった。マフラーを2重に首に巻いて歩いた。神田川沿いの舗道で姉ちゃんが俺の腕に絡み着いた。

「姉ちゃん、ハズいから。」

「もう、今日が最後だから良いじゃん。」

「この道はこれからも一緒に歩く事が多いと思うけど。」

「制服は着ないでしょ!」

「まあそうだけど。」

「だから、今日が最後よね。」

「へいへい。姫様の思召すままに!」

「解れば良し!」

「でもいい天気だね。」

「そうね。レイリー散乱だっけ?」

「うん。空が青い。」

久我山駅前の坂道の上の空は雲1つない真っ青だった。


 9時半前学校に到着した。久しぶりの学校だった、校門の左側の門柱に『平成25年度都立久我山高校第71期生卒業式』という仰々しい立て看板が括り付けられていた。その前で卒業生とその父兄が記念写真を撮っていた。それを見た姉ちゃんが残念そうに言った。

「翔ちゃん、お父さんと母さんにも来てもらえば良かったね。」

「なるほど、こういうイベントもあったのか。」

「仕方が無いから私が撮ってあげる。」

姉ちゃんと俺は交代で看板の横に立って記念写真を撮った。当然だが俺が右側、姉ちゃんが左側に立って撮り合った。後でマージする積りだ。だがその直後、

  『一緒に写真撮ってくれない?』

という同学年の皆様のご要望にもお応えして、暫らくの間、ちょっとした卒業記念写真撮影会になってしまった。

 放送室に顔を出すと、後輩達は既に講堂に移動した様で、誰も居なかった。後で聞いたが、姉ちゃんの写真部も出払っていて誰も居なかったそうだ。結局俺は教室に行って久しぶりに皆の顔を見る事になった。皆入試の結果が最大の関心事だが、上手く行った奴も失敗した奴もあって、それに、国立の発表がまだなので、実感が湧かなくて、夫々に滑り止めに進学を決めたり漠然と浪人を覚悟したりで、いつもと変わらない感じだった。ひとしきり話をして机に就くと、いつもの通り遅めに加代ちゃんが入って来た。

「おはよう、翔ちゃん。」

「おはよう。聞いたぜ、AO合格だって?」

「うん。ラッキー!」

「いやいや、大したもんだ。久我高の歴史に残る快挙だと思うぜ!」

「そんな大袈裟な!」

「いやいや、大袈裟じゃないって。」

すると皆が俺と加代ちゃんの周りに集まって来て、あれやこれやの記者会見みたいにになった。加代ちゃんはいつもなら切れてしまう所だと思ったが、どっこい、流石ナタプロのタレント教育を受けているだけあって、懇切丁寧に応対を始めた。

  『AO入試のポイントって結局どうなの?』

加代ちゃんは嫌な顔一つせず、笑顔を繰り出して、

「たぶんポイントは小論文で、自分アピールの具体例を書く事だと思うわ。」

  『田中は何をアピールしたんだ?』

「私はタレントになりたくて小学生の頃から歌を練習した事を書いたの。自宅のカラオケでね。そして、久我高ディーバになった事や、スワイプ・イン・ドリームのメンバーになった事とかを具体例にしたの。」

  『なるほどぉ~・・・実績があるってのは最強だね。』

「それから、面接でダメ押しするの。」

  『それ、どういう事をしたの?』

「私は歌を唄ったわ。アカペラで。」

  『へーぇ!』

「あ、5月に新曲が出ますから、皆さんよろしくお願いしまぁす。」

  『おお、買う買う!』

とまあこんな具合だった。ちょっと会わない間に加代ちゃんはすっかり大人で社会人になっていて、なんか嬉しかった。


 9時45分、雫ちゃんの声の放送が校内に響いた。講堂の調整室を放送室のコンソールにサテライト接続したのだろう。後輩たちはもう完全に設備を使いこなしている。雫ちゃんの声はとても落ち着いていて、もうすっかり熟練アナウンサーの雰囲気が滲み出ていた。

『10時から第71期生の卒業式を始めます。卒業生とご父兄の方、および、在校生の皆様は講堂にお集まりください。』

こうして俺達の卒業式がおごそかに挙行され、式次第通り進行して、全員が校長先生から卒業証書を受け取った。中学の時と違って、もうかなりの大人になった俺達は、ある意味冷めているし、夫々が描く将来がかなり現実味を帯びている。なので、良くある様な送辞や答辞を語っても誰もピンと来ない。つまり、例年、答辞は立候補か推薦による各クラスの答辞担当委員が趣向を凝らした物を披露する。まあ、替え歌あり、小芝居有り、先生の物真似有りだ。何れにしても、ごく狭い範囲で大受けだった。

 式の後はクラス毎に記念写真を撮って教室に入る。記念写真は同窓会から各自の自宅に郵送される。教室では、担任の黒田先生と別れを惜しんでから解散となる。先生から見て問題児と言えば、まあ全員が進学する訳だから、成績が思った様に上がらなかった数人だけで、感傷的になる者はまず居ない。

「皆、卒業おめでとう。例年の事だが、我が校の生徒諸君は淡々と卒業して行くよね。だけど、まあ皆夫々に3年間に色々あったと思う。間違いなく、そういう経験が皆さんを大人にしたと思う。それで・・・今日でひとまずお別れだ。だけど、人生はこれからの方が長いから、しなやかに、したたかに、頑張ってくれ。頭が良くて賢い諸君の事だから、今年はやむなく浪人したとしても、いつかは必ず進学出来るはずだ。『諦めるにはまだ早い!』これが私からのはなむけの言葉だ。」

そう言うと黒田先生は教室の皆を見渡した。皆はそれに応えた。

『有難うございまぁす。』

その後、1人ずつ教壇の横に行ってお礼を申し上げた。

「先生、お世話になりました。」

「中西、お前は本当に・・・良い生徒だった。」

「そうですか? 有難うございます。」

「トップモデルが教え子だからな、自慢の生徒だった。だから3年間手放さなかったんだ。」

「えっ、そう言う事だったんですか。てか俺はトップモデルじゃ無いすから。」

「春香君もと色々画策したんだがダメだった。田村先生も手放さなかったんだナ。」

「それなら俺を田村先生のクラスにして貰っても良かったんですが・・・」

「いやいや、それだと私の自慢が無くなるじゃないか。」

「ですね。」

「とにかく、君達のお陰で楽しい3年間だった。ありがとう。」

「どういたしまして、けど、色々とフォローして貰いまして、お礼を申し上げるべきなのはやっぱ、俺の方ですから。」

「そうか。まあ、そう言う事にしておこうか。」

全員がお礼を言って、お決まりの寄せ書きを渡して解散になった。

『起立、礼!』

『ありがとうございましたぁ~』

俺が教室から出ようとした時、後ろから加代ちゃんに呼び止められた。

「翔ちゃん!」

「なに?」

俺が振り返ると、加代ちゃんの手がいきなり俺の制服のボタンを握った。当然の事だが、次の瞬間『ブチッ』ともぎ取られた。

「これ・・・貰うね。」

「あ、ああ。」

「これから新曲のレッスンなの。しばらく会えないけど、元気でね。」

「そっか。加代も頑張れよ!」

「うん、頑張る。ありがとう、翔太。」

加代ちゃんと俺は久しぶりに見詰め合った。そして固い握手をした。加代ちゃんはコートを着ながら、体を翻して、急ぎ足で教室を出て行った。俺は加代ちゃんを見送ってから、放送室に顔を出して、皆に別れを告げて、校庭に出た。寒風が吹き抜ける中、大勢の卒業生が既に出ていて、互いに別れを惜しんだり写真を写し合ったりしていた。姉ちゃんと俺もその集団に加わった。姉ちゃんと俺はしばらく皆に取り囲まれた。そして三々五々皆帰宅して、校庭の卒業生が少なくなった。

「翔ちゃん、コートの前広げてみて!」

俺は姉ちゃんのご要望に応えた。

「やっぱり。ボタン無くなってる。」

「ああ、許諾無しにもぎ取られた。」

「まあ仕方ないね。」

そう言うと姉ちゃんもコートの前を広げた。

「ああぁ、姉ちゃんもじゃん。」

「そうなの。私もまだ結構人気あるのね。」

「俺より人気あると思う。」

「予備のボタンは?」

「まだ数個ある。」

しかし、すぐにその予備のボタンも全て無くなった。そして、姉ちゃんと俺は帰宅した。そう言えば順平はさっさと帰ってどうやらナッちゃんと合流した様だった。


 その日の夜9時頃、姉ちゃんと彩香が俺の部屋に来た。姉ちゃんはいつもの様にクッションを抱えて部屋の真ん中に座った。彩香はさっさと俺のベッドに潜り込んで左脇を下にして姉ちゃんを見ている。

「サヤ、ここで寝るのか?」

「うん。とりあえず寒いから。」

「温度上げようか?」

「ううん。お布団あるから大丈夫。」

姉ちゃんは微笑んでしばらく彩香を見詰めていたが、俺と視線を合わせて、

「卒業しちゃったね。高校。」

「そうだね。しばらくオフだね。」

「そっち? なんか感動少ないのね。」

「大学生だ!」

「どうなるかしら。」

「合格はたぶん確実でしょ。」

「だと良いけど。」

「おいおい、今更不安を煽らないでくれよ!」

ちょっと沈黙があった。姉ちゃんと俺は視線を合わせた。お互い笑顔だった。

「ねえ、上野の美術館に行かない?」

「ああ、良いね。」

「あ、サヤも行く!」

「じゃあ、サヤが春休みになったら一緒に行こうか。」

「うん。」

しばらく沈黙が流れた。

「ねえ、ナタプロはどうするの?」

「皆さんの期待を裏切るのは良くないよね。」

「お父さんは何て?」

「もう大人だから好きにしろって言ってた。」

「サヤも登録したい。」

「そうだな。そうするか。3姉弟妹キョウダイでモデルってのも良いかも。」

「そうね。」

「うん。」

しばらく話をしているうちに彩香が眠ってしまった。母さんが彩香を連れに来たが、そのまま寝かせる事にした。姉ちゃんと俺は、毛布を出してカーペットに並んで手を繋いで眠った。もちろんいつもの儀式の後でだ。

「おやすみ姉ちゃん。」

「おやすみ。大好きよ! 翔ちゃん。」

「俺も姉ちゃんが大好きです。」

「うん。わかってるよ。」


・・・・・・・・・・


 翌日3月5日の午後、おやじからスマホにメールがきた。これはかなり珍しいことだ。夕方、吉祥寺の居酒屋に俺1人で来いという。先月28日の朝の電話の事があるので、俺の気持ちのざわつきが一層大きくなった。

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