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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第6章 高校生の俺達 ~卒業に向かって~
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6-6 部活を引退した日(その1)~行って良かった~

 スワイプ・イン・ドリームは、縁起が良いのか悪いのかは知らないが、四月馬鹿エイプリルフールにデビューした。まあ最初から大ブレークという訳には行かなくて、それ以来、毎週末どこかの商店街で営業活動をしている。格好がJKそのもののせいで、既に有名な電気街や門前坂のグループの予備軍選手と思われる事が多いそうだ。そうは言っても、その地道な営業の効果があってか、4月の終わり頃には時々FMでデビュー曲が流れるようになっていた。ワンコーラスも続かないが、少なくともグループ名と曲名が紹介して貰えると言うのは凄い事だと思う。当然だが、俺は姉ちゃんと彩香の分も含めて、PVDVD付き初回限定版のを3セット通販予約でゲットした。つまり、2セットはお布施と言う事だ。実はその直後、加代ちゃんのマスターお父さんとチョッと気まずい雰囲気になりかけた会話があった。

4月2日の夕方、玄関チャイムが鳴ったので姉ちゃんが出た。

「こんばんは! エコーサウンドの田中です。」

「あ、加代ちゃんのお父さん、どうかなさいましたか?」

「春香さん、今日は加代のCDをお持ちしました。」

マスターはそう言うと、小さいレジ袋を差し出した。

「春香さんと翔太さんと彩香ちゃんに1つずつです。」

「あ、はい。有難うございます。」

姉ちゃんはそれを受け取ると、

「ちょっと待っていて下さい。」

そう言って俺を呼びに、リビングに戻って来た。

「翔ちゃん、エコサのマスターよ。加代ちゃんのCDもらったの。これ。」

俺はそのレジ袋を受け取って中を覗きながら玄関に出た。中身はどうやら通常版だ。見ると、マスターは嬉しそうな笑顔だった。

「マスター、これ、どうも有難うございます。」

「発売日まで配れないそうでして、今日になりましけど。」

「えっと、実は俺達も昨日の夕方、通販ママゾンから届きました。予約してましたので。」

「そうですか、買って下さったんですね。」

「あ、はい。すみません。せっかく持って来ていただいたのに。」

マスターお父さんの表情が曇った。だが、直ぐに気を取り直して、笑顔になって、

「いえいえ、これはそれとは別ですから受け取ってください。」

「え、そうですか。では有難く頂きます。記念になりますから、大切にします。」

「それはどうも有難うございます。」

と、まあこんな具合だった。買ったのと同じCDをマスターお父さんから貰うと言うのは、なんか妙な感じだった。もちろん、要らないって断るのもなんか変だと思う。結局、貰ったCDも含めて、連休前の29日に吉祥寺サンロードのCD店でのスワイプ・イン・ドリームの即売サイン会に応援に行って、サインをゲットした。早速20人強の追っかけさん達が来ていて、流石だなあと感心した。感心したというのは、もちろんスワイプ・イン・ドリームの人気と追っかけさん達の情報ゲットの速さの双方にだ。内緒だが、スワイプ・イン・ドリームが超有名になったら、プレミア値段で売れるかも知れないから、マスターに貰った3枚は宛名を書かないバージョンにしてもらった。その内の1つを放送室のライブラリに寄贈したので、結局、我が家にはスワイプ・イン・ドリームのメンバー全員の直筆サイン入り通常版が2枚とPVDVD付き初回限定版が3セットある。余談だが、同窓会と生徒会にもかなりの数のCDの寄贈品があるらしい。その経緯について説明する必要は無いと思う。


 さて、スタイルKのハルとショウの連休はと言うと、本当に情けない状況だった。最近に無く『暇』だった。那須高原の合宿補習には行けなかったし、撮影の予定も無かったからだ。突然できた時間は、出掛ける気にもなれず、持て余すしか無かった。窓を開け放して座ると、5月の気持ち良いそよ風が部屋を通り抜けて、なんか妙にやる気が湧いて来たりした。と同時に、もちろん春の眠気も襲って来た。まあそう云う状態だから、暇潰しという訳ではないが、姉ちゃんも俺も良く言えば励まし合って毎日問題集の問題を解いた。おかげで、買ったっきり放置していた英語の書き換えや漢字の書き取りや微積分の応用問題集を片付ける事が出来た。もちろん守屋先生に貰った合宿のテキストも全部やった。つまり、連休中はすっかり普通の高校生を取り戻していた様に思う。対照的にスワイプ・イン・ドリームの3人が遥か遠くに輝く三ツ星に感じるられるようになりつつあった。もっとも、連休明けに姉ちゃんと俺とのデュエットの収録予定があるので、5日のこどもの日と振替休日の6日の昼間は彩香も加えて歌と演奏の練習をした。彩香はまた少し歌が上手になった様な気がする。

 5月6日の夕方、練習を終えてギターを置いて、リビングのソファーでマッタリしている所に加代ちゃんから解散した魅感ミカンのチャット(メール)が来た。連休後半は被災地に慰問に行くと言っていたが、発信したのはその帰り道の様だ。当然だが同じくマッタリしていた姉ちゃんも参加した。つまり、3人共まだギルドエントリーを消去してなかったと言う事になる。

(アバター、絵文字、スタンプ省略)

カヨ『東北自動車道を南下中ナウ! 父さんから聞いたけど、6月13日にウチを予約したそうね。私達も参加して良い?』

ショウ『良いけど、放送部の順平と俺の追い出し会だから。』

カヨ『邪魔?』

ショウ『なんか強引?』

加代『アカマ3人で参加したい。6月は久しぶりのオフだから。』

この頃加代達はオフィシャルでは『スワイプ・イン・ドリーム』と名乗り、オフでは『アカマ』と称するようになっていた。

ショウ『大歓迎。でも、205だから狭いかも。』

カヨ『当然4階よ!』

ハル『なるほど。それは良いわね。』

カヨ『じゃ決まりね!』

カヨ『楽しみです師匠! アカリの代理。』

ショウ『俺も。』

ハル『そう言う事なら、写真部と合同でも良いかしら?』

カヨ『阿部マサ君も来る?』

ハル『きっと来るよ。』

カヨ『歓迎よ!』

ショウ『そうかい。(不機嫌)』

カヨ『良いじゃん! 私達には肥しだから!』

ハル『あら、加代ちゃんったら! 良いの?』

カヨ『本気じゃないから。』

カヨ『楽しみですぅ! 円ちゃんの代理。』

ショウ『会った事あるっけ?』

カヨ『無いと思う。』

ショウ『ところで、被災地どうだった?』

カヨ『みんな元気だったよ! 励まされたのは私達の方みたい。元気貰っちゃった。』

ショウ『それは良かったじゃん。』

カヨ『うん。』

ハル『津波の跡は見た?』

カヨ『凄かった。言葉が無くなって、涙が止まらなくなったわ!』

ショウ『そっか。詳しい話聞かせてくれ。』

カヨ『うん。帰ったら。』


 5月7日(火曜日)久しぶりに俺は姉ちゃんのキーボードを、姉ちゃんは俺のギターを背負って登校した。神田川沿いの桜の大木は、もうしっかり青葉を拡げて、初夏の陽光に含まれる紫外線を遮蔽してくれている。その梢を揺らして柔らかい風が流れている。葉擦れの音と小鳥の囀りが神田川のコンクリートの川壁に木霊して心地良い。

「連休終わっちゃったね。」

「そうだね。」

「天気良かったのにね。」

「そうだね。」

「温かくなったわ!」

「そうだね。」

「どしたの翔ちゃん。元気無い?」

「そうか?」

「見て! あそこにメジロがとまってる!」

そう言いながら、姉ちゃんは赤いミラーレスのズームレンズを梢に向けて一杯に伸ばした。俺はそのレンズの光軸線を目で辿ってその小鳥を視認した。

「ほんとだ。」

「恋の季節よきっと。」

「連休何処にも行かないでくすぶってる間に、小鳥の世界も初夏になってたんだ。」

「何言ってるの!」

「なんか、俺達すっかり何かに乗り遅れた気がしない?」

「そんな事無いわ! 私達きっとかなり賢くなってると思うよ!」

「そっかなあ?」

「あ、ちょっとそこに居て!」

「うん。」

姉ちゃんは小走りに先に行って進行方向右手にある公園の入り口辺りで振り返ると、赤いミラーレスを構えた。そして、舗道と神田川を分ける緑色の金網フェンス方向にゆっくり移動してズームワークしながら数回シャッターを押した。俺は半カメラ目線でそのレンズを意識しながら見詰めた。暖かいそよ風が姉ちゃんのサラサラの髪を押し広げて白いうなじをチラリと俺に見せつけた。俺はなんか得した気分だ。

「いいねぇ! 翔ちゃんのその表情!」

「ありがっとう!」

姉ちゃんはディスプレイを見ながら、

「ほら、写真で見ると、翔ちゃんからも恋の予感出てるよ!」

俺は完全に見透かされた気がした。

「ほんと? ・・・だとしたら、姉ちゃんにだけど。」

「・・・バカね・・・でもありがとう。・・・あ、でもあれは駄目だからネ!」

「へいへい。」

「ああぁ、また良い表情になった!」

「そぅすか?」

それからも何度かシャッター音がした。

 久我山の坂を上って、いつもの生垣の道に行くと、生垣に紅色の若葉が一斉に吹き出して、そこだけ秋の紅葉の様に思えた。この連休の間の変化だ。姉ちゃんのカメラマン意識が高揚したのは言うまでもない。かなりの時間を撮影に費やした。俺は呆れつつ付き合うしか無かった。結局、学校の玄関で姉ちゃんが背負っていた俺のギターのソフトケースを受け取って別れた。そして、俺は2人の荷物を放送室に投げ込む様に入れてから、遅刻スレスレで教室に座った。斜め右前の桂馬の位置に座っている加代ちゃんが座ったまま振り返って可愛い笑顔をなげかけて来たので、俺も笑顔を投げ返した。まもなく、黒田先生がスタスタと入って来て、教室を見渡した。

「おー、那須に来た人を除いて、皆、久しぶりィ!」

  『へーい!』

「人生には本気マジにならんとダメな時が何回かある。冗談で無く、数えられる位だ。」

  『・・・(またですかぁ!)・・・』

「ほとんどの諸君にあてはまると思うが・・・」

  『・・・(今がその時だぁ)・・・』

「まさに今年がその時だぞー!」

  『・・・(アレンジキター)・・・』

「諸君、連休は勉強ははかどったかぁー」

  『へーい!』

「そうか、それは良かった。・・・じゃあぁ出席を取る!」

そして、数学の授業が始まった。哲学では無く。


・・・・・


 昼休み、順平、加代ちゃん、姉ちゃん、俺の順で中庭のベンチに陣取って、売店で買った唐揚げ弁当を食べた。俺は食べながら昨日のチャットの続きを聞いた。

「加代ちゃん。で?」

「なに?」

「だから、どうだった?」

「うん。会場の近くの仮設住宅に住んでる人がほとんどだったけど、きっと不便よね。なのに不満はあまり聞かなかったわ。」

「東北の人って我慢強いって言うよね。」と順平。

「だから私達が慰問する価値が有るのかも。」

「俺的には我慢なんかしないで不満を言って貰った方が解り易いんだけど。」

突然姉ちゃんが弁当をベンチに置いて、立ち上がって数歩離れた。

「ねえ、こっち見て!」

3人は姉ちゃんを見て笑顔を作った。姉ちゃんは赤いミラーレスを構えてシャッターを押した。姉ちゃんのこの行動は何かを感じたカメラマンの本能に違いない。たぶん本人は意識してないし、もちろん俺にも判らないのだが・・・。

「僕が思うに、不満があっても言葉にならないってのも有るんじゃない?」と順平。

「それなのよ。流石は順平君ね。私も感じたわ!」

「そっか。」

「だったら、色々話し合わないと本当に必要な事がはっきりしないわね。」と姉ちゃん。

「ちょいと連休に行った位じゃ本当の事は判らないって事よね。」と加代。

「そうね。」

「津波の跡はどうだった?」と俺。

「なんにも無くなってた。2年ちょっと前にそこに町が有って、大勢の人が生活してたなんて、言われるまで判らないの。」

「テレビだと家の基礎や道が残ってるみたいだけど?」

「そう言うのは1部で、殆どの所は判らないの。そこに住んでた人でないと。」

「そっか。報道は典型的な廃墟だけを映像にしてるって事だね。」

「廃墟じゃないわ! あそこで大勢亡くなったのよ! 私達、涙が止まらなかったわ! 特に明莉ちゃんは・・・ネ!」

「ごめん。そうだよね。」

「最初は行くの怖かったけど、行って良かったわ! 色々感じれたから。」

「そっか。」

「ねえ、私達もいつか行こ!」

「うん。そうだね。」

「それが良いわ!」

姉ちゃんも俺も、もちろん順平も加代ちゃんもいつの間にかなんか良い表情になっていた。その表情はもちろん姉ちゃんの赤いミラーレスに記録された。当然だが、リモコンシャッターで。これがきっとカメラマンの本能ってのかも知れない。


 放課後、放送室に行った。そこには1年の4人と2年の3人が既に来ていて、収録の準備が始まっていた。今朝俺が放り込むように置いたキーボードとギターは、すでにスタジオに持って行ってある。マイクスタンドが置いてあり、フォンプラグのラインコードも束ねてあった。

「おはようみんな!」

「あ、よろしくお願いしまぁす。」とユウ。

そこへ姉ちゃんが入って来た。

「おはようございます。」

「あ、よろしくお願いします。」と雫。

「キーボードとギターはスタジオです。」とケイ。

「1年集合!、これからQシートを見ながら説明する。」とユウ。

姉ちゃんと俺はスタジオに入って、夫々の楽器の準備をした。マイクやラインをアナウンサー卓の下の接続端子箱に接続して、ヘッドホンを被り、1度音出しをして、それから少し練習をした。1年のマコト、ミヒロ、カナ、シオリの4人は初めての収録作業を経験した。1度経験したと言う事は、これからは彼等も放送部の戦力になると言う事だ。いつの間にか順平も来ていて、調整室の隅でにこやかに作業を見守っていた。

「ユウ、姉ちゃんの声、少し破裂音がきつく無い?」

「そうですか?」

「姉ちゃん、『パペピプペポパポ』って言ってみて!」

「パぺピプペポパポ」

「そうですね。少し音量落としますか?」

「じゃなくて、ポップガードがキャビネットの右端にあったと思うけど。」

「ですね。今ミヒロが持って行きます。」

「ありがとう。」

こんな具合で、1年にそれとなく音の調整方法なんかを教えながら、3曲を収録した。1曲目は定番の『神様のいたずら』2曲目はちょっと昔の『ひだまりの詩』そして最後の曲はオリジナルの『君に届け僕の声』だ。姉ちゃんのヴォーカルは、弟としてひいき目に聴いても、加代にはやっぱり敵わない。だが、最近の姉ちゃんは歌う事を嫌わなくなって、しかも滅多に外さなくなって、良い感じだ。2人で加代の跡を追いかけられたら理想的なのだが、なかなか簡単にはプロにはなれないと思う。


「収録完了でぇーす。お疲れ様でしたぁ!」

雫ちゃんの可愛い声で、姉ちゃんと俺の高校最後の正式演奏が終了した。姉ちゃんも俺もそれが解っていた。だから、少し寂しさを感じながら、ゆっくりキーボードとギターをそれぞれのソフトケースに入れた。放送部の皆に加えていつの間にか緑ちゃんも来ていて、姉ちゃんと俺の少し涙ぐんだ様子を撮って満足そうだった。皆、拍手で見送ってくれた。こうして、俺が姉ちゃんのキーボード、姉ちゃんが俺のギターのソフトケースを背負って帰宅した。

 帰り道、姉ちゃんと俺は、いつもの神田川沿いの道の横にある公園に入った。ソフトケースを2人の両脇に立て掛けるように置いて、ベンチに腰掛けた。しばらく周りで遊ぶ子供たちを見ていた。

「なんか、高校のエンジョイ期間が終わった感がするね。」

「そうね。寂しいけど。」

姉ちゃんが少し密着するように擦り寄って来た。俺も気持ち姉ちゃんに近寄った。太腿が密着した。

「来月の追い出し会が終わったら、完全にギヤを入試にシフトすっか!」

「そうね。」

公園の中は幼稚園位の小さな子供たちがもうすぐ家に帰らなければならないという気持ちに追い立てられる様にはしゃぎ回っていて、そのけたたましい声が響いていた。姉ちゃんと俺はしばらく互いの太腿の体温を分かち合った。

「帰ろっか。」

「そうね。」

姉ちゃんと俺は1度凭れ合ってから、ゆっくり立ち上がって、ソフトケースを背負って、スクールバックを肩に担いで、家に向かって歩き出した。

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