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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第6章 高校生の俺達 ~卒業に向かって~
116/125

6-5 合宿参加を取り下げた日(その3)~目から鱗~

 4月27日(土曜日)は朝から快晴で、暖かくて気持ちが良い風が吹いていた。午前中、俺は姉ちゃんの助けってか、ご指示で部屋の片付けと掃除をした。母さんはもちろん1人で1階を全部掃除したのだが、毎日の事だから、特別変わった事ではない。洗濯も同時進行だから、俺達とは基本的に要領レベルが違う。昼食後、親父と母さんと彩香は吉祥寺に出かけた。初夏の服を買うらしい。

 姉ちゃんと俺はリビングで久しぶりにギターとピアノで軽いセッションを楽しみながら戸上兄妹が来るのを待った。1時過ぎ、チャイムが鳴った。姉ちゃんと俺は玄関に出て、俺がタイルのたたきに下りてドアを開けた。ドアの前にユウが居た。

「こんにちは。」

「おう、いらっしゃい。」

ユウの後ろに可愛いJCが居た。俺はユウ越しに彼女を見て、

「いらしゃい、麻耶ちゃん。」

「こんにちは。」

麻耶ちゃんの声は少し恥ずかしそうだが、はっきりとした可愛い声だ。ユウはグレーの春セーターにデニムパンツ、カーキ色のキャンバスのリュックにブラウンのスニーカー、麻耶ちゃんはライムの春セーターにデニムのミニスカート、薄いピンクのトートバックを右肩にかけて、青いストリングがくっきり浮き出す様な水色のテニスシューズ。左手に下ほど濃い青のグラデーション模様の紙袋を持っている。

「2人共入って!」

『お邪魔します。』

ユウと麻耶ちゃんがハモった。

「いらっしゃい麻耶ちゃん。久我高祭以来かしら。」と姉ちゃん。

「あ、はい。お世話になります。これ、詰らない物ですけど・・・」

麻耶ちゃんが紙袋を差し出した。

「あら、そんな気を遣わなくても良いのに!」

そう言いながら、姉ちゃんは俺の背中を押して、俺にその紙袋を受け取らせた。

「ありがとう麻耶ちゃん。」

「いいえ。」

麻耶ちゃんは玄関の上りガマチに上がってから膝を揃えてしゃがんで、ユウと自分のスニーカーを揃えた。姉ちゃんは、立ち上がって振り返った麻耶ちゃんに微笑みかけて、2人を先導してリビングに通した。ユウと麻耶ちゃんは窓側の長いソファーに並んで座った。俺は2人がリビングに入るのを見て、玄関ドアの鍵を掛けてリビングに入った。いつも親父が座るソファーに俺が座ると、姉ちゃんがコーヒーと砂糖とミルクをトレイに載せて持って来て、それをローテーブルに置いた。皆でコーヒーを配った。

「どうぞ、おあがり下さい。」

姉ちゃんがそう言ったのを切っ掛けにして、皆コーヒーに砂糖とミルクを入れて1口飲んだ。

「麻耶ちゃんはまた少し大きくなったんじゃない?」と姉ちゃん。

「はい。少しですけど。」

「伸び盛りですものね。」

「はい、たぶん。」

そう言って微笑んだ麻耶ちゃんは、左の口元に八重歯、右の頬に笑窪があってとても可愛い。

「昨日はどうも有難うございました。」とユウ。

「どうやら、ちゃんと話が出来たみたいだね。」

「はい。」

「どこまで話したんだ?」

「全部です。」

「つまり?」

「僕と麻耶とは血縁じゃ無いけど、僕は麻耶が大好きで、血縁とか関係なく兄妹だって事です。」

「そっか、それは良かった。」

「私、進路の事とかどうして良いか判らなくて、毎日泣きそうだったんです。でもお兄ちゃんが昨夜ゆうべなんか急に優しく話しかけてくれて、嬉しくて・・・」

「それは良かった。これからはきっとお兄さんが麻耶ちゃんを守ってくれるよ!」

「はい。」

麻耶ちゃんとユウは見詰め合うようにして微笑みを交わした。姉ちゃんも俺もそれを見て嬉しくて優しい気持ちの笑顔になっていたと思う。


「麻耶と話をしたら、もうかなり前に自分が養女だって事を知ってたんだそうです。」

「そうなんです。初等部、あ、小学校の4年生の終わり頃両親から聞きました。」

「そうでしたか。」

「前々から、私が4年生の内にちゃんと話す事にしてたんだそうです。」

「それを聞いて、麻耶ちゃんはショックだった?」

「それが、養子とか血縁とか何の事だか判らなくて。でも、お母さんから生まれたんじゃないって言われて悲しい気持ちになったのを覚えています。」

「そっか。」

「その時、母さんも父さんも、本当の娘だって事に変わりは無いって言ってくれました。私はそれで安心しました。」

「何にも知らないで気を揉んでたのは僕の方でした。」

「ごめんね。私からお兄ちゃんに言ったら嫌われると思って。」

「そんな事無いって。これに限らず何でも言ってくれ!」

「結果的に兄妹の気持ちがお互いに判って良かったじゃん。」

「はい。有難うございました。」

「ところで、高等部の話は?」

「あ、その事ですが、あの時から少し経って、たぶん6年生の中頃、中学を出たら自分で生きて行かなくっちゃって思う様になったんです。なのに、エスカレータの学校に入ってしまってて困ってました。」

少し沈黙が流れた。俺は麻耶ちゃんがそう思う事になった原因の気持ちが気になった。

「・・・差し支えなかったら、どうしてそう云う風に思ったのか教えてくれる?」

「ハッキリとは思い出せないんですが、両親がお兄ちゃんに『あなたはお兄ちゃんなんだから』って言うのを聞いて、私がお兄ちゃんの幸せを横取りしている様な気がしたんだと思います。」

「麻耶ちゃんは優しい娘だね。」

「そうじゃなくて、私は養女だから。」

「だからそれは間違いだって言いました。」とユウ。

昨夜ゆうべお兄ちゃんが、実の娘、実の兄妹と同じだから遠慮は要らないって言ってくれて、私、嬉しくて・・・」

「じゃあ、解決だね。大学を卒業するまでちゃんと学校に行くんだね。」

「お兄ちゃんがそう言ってくれて、なんか気持ちが楽になりました。」

麻耶ちゃんが笑顔でユウを見詰めて、ユウもそれに笑顔で応えた。それを見て姉ちゃんも俺も、戸上兄妹はもう大丈夫だと言う事がわかった。

「ところで、ここはリビングだから家族がいつ帰って来るかも知れないから、俺の部屋に行かないか?」

「良いんですか?」

「その積りで、朝から大騒動で掃除したわ!」

「翔太さんの部屋を春香さんが掃除したんですか?」

「一応手伝ってもらったって事なんだけど・・・」

「私がした様なものね。」

「へいへい。」

「うふふ、やっぱり聞いていた通り仲良しさんなんですね。」

「ま、まあね。」

麻耶ちゃんは可愛い笑顔で俺と姉ちゃんを交互に見た。姉ちゃんも俺もちょっと照れ笑いをした。もちろんユウも笑顔で見ていた。

「ねえ、私がお兄ちゃんの部屋を掃除しても良い?」

「えーっと、僕が居る時にしてくれると助かる。」

「あら、怪しいわ!」と姉ちゃん。

「まあ、DKには色々事情があるからね。」と俺。

「ベッドの下が怪しいらしいわよ!」

「え~っと、まあどうでも良いけど・・・移動するよ!」

姉ちゃんと麻耶ちゃんは顔を見合わせて苦笑しながらローテーブルの上を片付けた。


 俺を先頭にして姉ちゃん以外の3人は2階の俺の部屋に移動した。俺は上がる途中、キッチンの横で姉ちゃんにポットと麻耶ちゃんの紙袋を渡された。傍に居たユウが紙袋を持ってくれた。2階の俺の部屋には、姉ちゃんが小机を貸してくれたので、それを部屋の中央に置いて、お客様用にリビングからクッションを2つ持って来て、部屋の窓側と奥側に置いてある。ユウが窓側に麻耶ちゃんが奥側に座った。俺はベッド側に置いた姉ちゃん作の丸いクッションに浅く座った。すぐに姉ちゃんがポットと紅茶のサーバーとミルクとティーカップと砂糖をトレイに載せて入って来た。姉ちゃんは入口に近い側に自分の部屋から座布団を持ってきていて、それに膝をついて紅茶の準備を始めた。つまり、俺がベッド側、姉ちゃんが入り口に近い側、俺の正面が麻耶ちゃん、姉ちゃんの正面の窓側がユウという位置関係だ。

「先輩の部屋って、もっと凄いのかと思ってましたけど、なんか普通ですね。」とユウ。

「俺はどう云うイメージで見られてるんだ?」

「何でも色々知ってるじゃぁないですか。だから、ヲタクっぽいかと・・・」

「翔ちゃんの知ったかぶりはなかなか見抜けないでしょ!」

「おいおい、姉ちゃんひどいなぁ!」

「ちょっと言い過ぎたかしら。」

「まあ、知ったかぶりはするけどね。」

「そんな事無いですよ、翔太先輩が言う事はたいてい本当ですから。」

「ありがとう。俺は褒められて大きくなるタイプなんだけど、そう言えば最近成長が止まった様な!」

「これ以上大きくならなくて良いから。」

「身長の事じゃ無いんだけど。」

すると小机の上のティーカップを揃えながら姉ちゃんと俺のやり取りを聞いていた麻耶ちゃんが、

「これからは、私もこんな感じでお兄ちゃんと話がしたいです。」

「ああ、望む所だ!」

ユウが優しい視線を麻耶ちゃんに向けると、麻耶ちゃんもそれを照れながら受け取った。

「それじゃあ、頂いたクッキー食べましょ!」と姉ちゃん。

「そうだね。」

姉ちゃんが紅茶を入れて、俺が麻耶ちゃんが持って来たモロドフのクッキーの缶を開けた。

「さ、頂きましょ!」

この姉ちゃんの合図で、皆好みのクッキーを食べて紅茶を口に運んだ。

「そうだ、真ん中が赤い花の形のは、すまないけど彩香に残しておいてくれ。」

「はい。判りました。」と麻耶ちゃん。

「彩ちゃんの分はこれに取り分けるわ!」

姉ちゃんはティッシュにクッキーをいくつか取り分けて包んだ。もちろん例の花の形のも含んで。そしてそれをモロドフの缶の蓋の上に置いた。

「翔ちゃん、また宝箱が出来たね。」

「ハテ、なんの事でしょう?」

ユウは判ったみたいだが、麻耶ちゃんは判って無いようだった。

「翔ちゃんは人に見せたくない宝物をこの缶に入れて隠す癖があるの。」

「へえー、そうなんですか。でもその癖、判ってたら隠した事になりませんよね。」

「あのねえ、そんな事してないから!」

「そうかしら。」

「とりあえず、最近は。」

みんな苦笑に近い笑顔で、しばらくクッキーを食べて紅茶を飲んだ。俺はこの好ましくない話題を反らすためと、核心に向かって話を進めるために話題を切り出した。

「ところでユウ、新しい相談事って?」

「実は例のストーカー、あ、麻耶ごめん『生みの母さん』が麻耶と会って話をしたいと言ってるんです。」

「この前、お兄ちゃんがあの人に声をかけた2日後の登校日に三鷹台駅の歩道橋でこんな手紙を渡されたんです。私、びっくりして思わず受け取ってしまいました。」

麻耶ちゃんはトートバックから白い封筒を取り出して小机に置いた。それに合わせてユウが解説した。

「まあ色々書いてあるんですが、要するに自分が生みの親だという事と、何処かで会って話をしたいという事です。もちろん連絡先も書いてあります。」

「私、会って良いかどうか解らないし、会うのが怖いんです。」

「僕もどうするのが良いか判断できなくて・・・」

「ご両親には相談した?」

「いいえ、私、心配掛けたくなくて・・・特に母さんには。」

「そうですか・・・」

俺は考え込んだ。実のところ、俺もこういう場合どうすべきかなんて答えを持ち合わせていない。ってか、これまで考えた事も無いというのが正しい。

「姉ちゃん、どうしたら良いと思う?」

「ごめん。私、よく判らないわ!」

「生みの母親が何処かに居るってのは俺もそうなんだけどね。」

「翔太さんもなんですか?」

「うん。もう顔も声も思い出せないけど。」

「翔太さんは会いたいですか?」

「ちっとも。俺は今の母さんが本当の母さんだと思ってる。」

「私もです。」

しばらく沈黙が流れた。何気なく姉ちゃんを見ると、少し涙ぐんでいるみたいだった。

「どうしたの? 姉ちゃん。」

「何でもないわ。でも、翔ちゃんが母さんを本当の母さんだって思ってくれてるのが嬉しいの。」

「そっか。」

「僕も春香先輩と同じ気持ちです。麻耶が本当の両親は今の両親だって言ってくれて。」

「だって顔も知らないし声も聞いた事が無い人をいきなり親だなんて思えないもの!」

「まあ・・・そうだよね。」と俺。

4人はまた暫く黙してクッキーを食べて紅茶を飲んだ。


「私、やっぱり会わない方が良いと思うんです。今の家族の中に波風が立つのが怖いですから。」

「麻耶がそう言ってくれるのは嬉しいけど、生みの母親との接点が永久に無くなるかも知れないよ!」

「いいわ! たとえそうなっても、何も困らないわ!」

「そっか・・・」

「翔太さんは生みのお母さんが会いたいって言ったらどうします?」

「そうだね。俺はたぶん・・・会うと思う。」

「えっ!・・・会ってどうするんですか?」

「会ってみないと判らないってところはあるんだけど、もしその機会があったら、1つだけ言いたい事があるんだ。」

「あ、それ、私もです。会いたいと言う事じゃ無いですけど。」

「麻耶ちゃんはどんな事を言う積り?」

「どうして私を捨てたの?って。」

「そうだね。それもいつかは聞いてみたいね。」

「翔太さんは違うんですか?」

俺は少し間を置く様に深い呼吸を1つした。そして、ゆっくり言葉を繋いだ。

「うん。そうだね。・・・俺はね『ありがとう』ってネ、言いたい。」

「えっ! それ・・・どう云う事ですか?」

「まあ、そうだね。・・・生んでくれてありがとうって。」

「・・・私、それ・・・」

麻耶ちゃんの瞳に涙が充満した。

「生んでくれなかったら、俺は姉ちゃんとも妹の彩香とも、今の母さんや親父とも家族になれて無かったからね。」

「私、そんな事考えてもみませんでした。私、会ったら恨み事いっぱい言ってやろうと思ってました。なんで私を育ててくれなかったのかって。」

「捨てたのかどうかも含めて、きっと何か理由があったはずだと思うんだ。言い難い事もあるだろうし。」

「そうですね・・・そうですよね。」

「そんな事より、今がけっこう幸せで、毎日が楽しいから、生んでくれたって事の方が有難いって思うんだ。」

「そうですね・・・そうですね・・・」

麻耶ちゃんの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。姉ちゃんが麻耶ちゃんの横に擦り寄ってハンカチを渡した。そして麻耶ちゃんの肩を抱いた。麻耶ちゃんは姉ちゃんに凭れかかった。麻耶ちゃんの頬を一筋涙が伝った。しばらく静寂が流れた。そして、顔を上げた麻耶ちゃんはまた可愛い笑顔になっていた。

「翔太さん、目から鱗って、きっとこんな感じですよね。」

「そうかい?」

「私、気が変わりました。あの人に会ってみようと思います。」

「僕も何となくそれが良い様な気がする。」

「お兄ちゃん、一緒に来てくれる?」

「ああ、もちろん。でも僕は何をすれば良いんだろう?」

「あの人に私がさらわれない様にしてくれる?」

「わかった。全力で麻耶を守る。」

「うん。そうして!」

「ああ、僕に任せろ!・・・でも具体的には出たとこ勝負ですね。」

「そうだね。出たとこ勝負だね。だけど、機会があったら、ユウからもその人に感謝の言葉をあげたらどうかと思う。」と俺。

「えっと、それはどういう言葉ですか?」

「例えば『こんなに可愛くて優しい妹を生んでくれてありがとうございます。』とか。」

「そっか。そうですよね。」

「うん。そうすれば、その人にも今麻耶ちゃんが幸せだって事が伝わると思うんだ。」

「はい。」

「だけど、会う前に、ご両親にその人と会うって事と、どういう積もりで会うのかっていう気持ちを伝えといた方が良いと思う。」

「それはどうしてですか?」

「麻耶ちゃんがその人の方に行っちゃうってか取られる様な気がして、たぶん物凄く心配だと思うんだ。」

「そうですよね。そうします。」

「僕からも話をするよ。」

「ありがとうお兄ちゃん。よろしくお願いします。」

「それが良いわ、難しそうな事は2人で協力するのが良いわ!」と姉ちゃん。

『はい。』

話が1段落した感じがして、俺達4人は紅茶をお代わりして飲んだ。俺もはっきりこうしたら良いと言う答えは持って無かったが、少しは納得できる結論が出た様な気がして安心した。ユウと麻耶ちゃんはもちろん、姉ちゃんと俺も最終的には、ホッとしたのか、この時飲んだ紅茶は、味だけではなく、香りも楽しむ事が出来たと思う。

「翔太さん、今日はありがとうございました。」

「あまり役に立てたとも思えないけどね。」

「いいえ、私スッキリしました。本当の自分の気持ちを見つける事が出来ました。」

「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです。」

「私、翔太さんが居なかったら、間違った事をして後悔したかも知れません。」

「そう言ってくれるのはとても嬉しいよ。」

「麻耶ちゃんあんまり褒めないで! 自惚れ屋さんだから。」

「そうですね。」

「おいおい!」

「翔太さん、少し伸びますかね?」

「そうだね。麻耶ちゃんに褒めてもらったから、来月には2メートル超えだ。」

麻耶ちゃんの笑窪から可愛い光線が四方に発散した。皆笑顔だった。後で片付けるって言ったが、麻耶ちゃんが手伝いたいと言ったので、姉ちゃんと麻耶ちゃんが紅茶の後片付けと洗い物をして、俺とユウが小机などの部屋の片付けをした。そして、戸上兄妹は笑顔の余韻を残して帰った。4時前だった。


 戸上兄妹が帰ってしばらく、姉ちゃんと俺はリビングのソファーに座って凭れ合って放心状態になった。姉ちゃんと俺と彩香の色々な事を漠然と思い出していたと思う。

「キョウダイってなんか不思議ね。」

「どうして?」

「同じ家で同じものを食べて同じ匂いの空気を吸って暮らして・・・」

「そうだね。」

「私、翔ちゃんが弟で良かったわ!」

「俺も姉ちゃんが姉ちゃんになってくれて良かった。」

「翔ちゃんと私、血は繋がってないけど、保育園からずっと一緒の姉弟よね。」

「そうだね。」

「なんか不思議だわ!」

「こう言うのをえにしって言うのかね。」

「そうね。」

俺はホンワカとした気持ちで油断していた。・・・姉ちゃんに突然抱き締められた。

「翔ちゃん大好き!」

「お、俺も姉ちゃん大好き!」

姉ちゃんと俺はしばらく苦しいくらい抱き締め合って、チョット軽めのキスをした。だが、親父と母さんと彩香のご帰宅で、仕方なく離れる事になった。それから1時間程、彩香のファッションショーとそのワンピを選ぶことになった経緯いきさつと自慢話を聞く事になったのは言うまでもない。麻耶ちゃんの八重歯と笑窪も可愛かったが、彩香の屈託のない笑顔もたまらなく可愛い。自慢ではないが、俺はやっぱりシスコンの馬鹿兄貴だと思う。


 その日の夕食後はお茶を飲みながら、当然の事だが戸上兄妹の話になった。親父も母さんも少し複雑な表情だったが、ユウと麻耶ちゃんが納得して帰った事と、姉ちゃんと俺の両親に対する気持ちがわかって、少しは安心できたのかも知れない。そのせいか、あまり突っ込んだ話し合いにはならなかった。正直なところ、姉ちゃんも俺も血縁で結ばれた家族の事は良く知らない。血縁だけで出来た家族は俺達の様な悩みも気持ちのぶつかり合いも全く無いのかも知れない。姉ちゃんと俺の様な、時には彩香も含めて、お互いの気持ちを確かめたり、距離を調整する様な振る舞いやぶつかり合いは必要無いのかも知れない。だとしたら、血縁って、きっと物凄く幸せな事だと思う。ただし、血縁じゃないからと言って、俺達中西家の家族が決して不幸だと言う訳ではない。

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