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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第6章 高校生の俺達 ~卒業に向かって~
112/125

6-1 高3が始まった日(その1)~入学式~

 4月9日(火曜日)曇り。平成25年度東京都立久我山高等学校入学式。つまり、今日から姉ちゃんも俺も名実共に最高学年という訳だ。姉ちゃんと俺はいつもよりかなり早い7時半に家を出た。通学路の神田川両岸の桜の大木の花はもう満開どころか半分近く散ってしまって、黒い木肌に鮮やかな黄緑色の葉が芽吹いて、葉桜になりつつあった。その桜の花弁はなびらが舗道の脇や神田川の流れに所々吹溜まりになって、見慣れた景色に桜色の斑点や縞模様を描いていた。梢から見える無数の空は、薄曇りだが、大木の末端の細い枝にサワサワと気持ち良い音を立てて暖かい風が流れ、小鳥の囀りにも何となく穏やかな響きが感じられた。

 姉ちゃんと俺はいつものように肩が触れる位接近して並んで歩きながら、春の暖かさに浸っていたと思う。当然だが、姉ちゃんは神田川側を歩き、左手にあたり前のように赤いミラーレスを持っている。赤いミラーレスの赤いストラップがロングチェーンのネックレスの様に紺色の制服にアクセントをつけている。

「暖かくなったね。」と姉ちゃん。

「うん。鯉も恋する季節じゃないか?」

「恋に恋するの間違いじゃない?」

「誰が?」

「一般的によ!」

「食べるって事?」

突然姉ちゃんが立ち止まったので、2、3歩行き過ぎて俺も立ち止まって振り返って姉ちゃんを見詰めた。神田川を渡って来た爽やかな風が一瞬姉ちゃんのうなじを白く見せて、ドキッとした。

「話が噛み合って無いと思うの。」

「みたいだね。」

「翔ちゃんは、えーっと、CARPの鯉の事言ってるのね。」

「あ、あぁ。」

「私はLOVEの恋なんだけど。」

「どうやらそうだね。」

「ねえ、弟君はお姉ちゃんの話題に合わせるべきじゃないかしら?」

「俺の方が先にCARPの件を話題にしたと思うのですが・・・」

後先あとさきの事じゃ無くて、お姉ちゃんに合わせてくれると話が速いと思うの。」

「はい、姫様の思召おぼしめすままに。」

「解ればよし!」

笑顔で見詰め合うと、姉ちゃんはたまらなく可愛い。俺は姉ちゃんの肩越しに見える神田川の水面を見下ろして、

「ほら、あそこ等辺りに恋する鯉が集まって産卵とかしてるのでは?」

「翔ちゃん、最近、お姉ちゃんに対して、謙虚さが足りなくなってない?」

そう言いながら、姉ちゃんは体を翻すと同時にミラーレスを構えて俺が指さした川の淵を狙った。だが、何か気に入らない。カメラの構えを解いて、右手でスクールバックを肩から外して、

「ねえ、これ持って。」

「うん。」

俺は差し出された姉ちゃんのスクールバックを受け取った。姉ちゃんはスクールバックを俺に持たせたまま、そのファスナーを開けて偏光フィルタが入ったハードケースを手探りで取り出し、さらにそれを開けてフィルタを取り出し、ハードケースをスクールバックに戻した。姉ちゃんは取り出した偏光フィルタをレンズに取り付けた後、俺を1度見上げて微笑んでからもう1度さっきの淵を狙った。俺はスクールバックのファスナーを閉じた。姉ちゃんはもうすっかり女流カメラマンの風格が感じられるようになったと思う。

「あらら、鯉が居なくなってる。」

「それは残念でした。つまり姉ちゃんは今、コイを逃したんだ。」

姉ちゃんは振り返って、呆れ顔で俺を睨んで、それから意味有り気に微笑んだ。

「違うわ! 逃したのはシャッターチャンスよ。」

「なるほど。」

「私が1ポン先取ね。」

「何の勝負ですか?」

「コイの勝負よ!」

しめた!反撃のチャンスだと思った。なので姉ちゃんを見詰めた。

「それなら俺は一途ですから。」

「なんか寒気がするわ!」

「へい。すみません。」

「急ぎましょ!」

「うん。」


 今日は写真部員と放送部員には共通のミッションがある。写真部は記録報道委員(写真撮影担当)で放送部は記録報道委員(映像撮影担当)だ。つまり、今日は姉ちゃん達写真部も俺達放送部も普通の部活ではなく、生徒会の入学式支援委員会に所属していると言う事になる。玄関に入った後、姉ちゃんはひとまず写真部に、俺は放送室に向かった。

俺達放送部はまず放送室でミーティングだ。1番乗りかと思ったら順平が先に来ていた。

「おはよう、順平、早いな。」

「おはよう。部長だから。今日の式次第をQシートに書き直しといた。」

「おぉ、お疲れ! 時間かかったんじゃないか?」

「まあな。でもまあ家で書いて来たから。」

「そっか。」

「気が付いたところがあったら言ってくれ!」

「了解。」

そこへケイちゃんとシズクちゃんが入って来た。2人共順平と俺を笑顔で見詰めた。

「おはようございます。高野部長!」とケイ。

「おはようございます。中西副部長!」雫。

「おはようケイちゃんシズクちゃん。」と順平。

「おはよう。だけど、なんかくすぐったいね。」と俺。

「はい。言う方の私もくすぐったいです。」と雫。

「今まで通り翔太が良いよ!」

「じゃあ、『翔太副部長』でどうですか?」

「おいおい余計くすぐったいてか、それ痛くないか?」

「そうですかぁ?」

「うっかりすると『笑腹亭部長』に聴こえる。」

「じゃあ、TPOで使い分けます。」とケイ。

「それもなんか嫌な予感・・・まあ良いや、好きにしてくれ!」

「はい。」

そこへユウも到着した。

「おはようございます、僕がラスト・・・みたいですね。」

全員入り口のユウに注目してハモった。

『おはよう!』

「全員揃ったね。」と俺。

ユウは調整室を見渡して、

「ヨッコ先輩がもう居ないと思うとなんか寂しいすね。」

「ヨッコ先輩は・・・今頃は高田馬場だね。木村先輩と・・・」

「ですね。」

「何言ってるんですかぁ!先輩。」と雫。

「軽い妄想です。」

「そろそろ良いか?」

順平がそう言いながら皆を見渡した。

『ハイ!』

「さて、今日の説明をする。Qシートを見てくれ!」

皆は頭上のディスプレイを見詰めた。

「式は9時開始だが、8時40分には吹部の『威風堂々』の演奏で新入生が入って来る。」

『了解。』

「校内アナウンスは俺等の担当だよな。」と俺。

「お、そうか。それを忘れてた。」

「つまり、講堂のコンソールをリサテに繋ぐ必要がある。」

「了解。メモしとく。」

順平はQシートの吹部の前と後にリモートマークとアナウンスを書き込んだ。

「じゃあ配置を確認する。」

『ハイ!』

「僕がプロデューサ席に座る。」

「部長だからね。」と俺。

「ユウはコンソールでミキサー。」

了解ラジャー!」

「雫ちゃんはアナウンサーだからユウの隣。」

「はい。」

「翔太は右翼の1カメ」

「ほい。」

「ケイちゃんは左翼の2カメ。」

「はい。」

「前半は入学式だからこれで良いよな!」

「たぶん。」と俺。

「アナウンスは吹部の前後の『まもなく入学式が始まります。新入生と父兄の皆さまは講堂に入って下さい。』以外にありますか?」と雫。

「無いはず。」

「はい。」

「後半はガイダンスなので式次第通りに説明者を紹介してその人にスイッチすればいい。」

「わかりました。」

「まあ、基本、生徒会が取り仕切るだろうから、次は何の説明とか言わなくても良いはず。」

「はい。」

「それじゃあ講堂に移動する。悪いが翔太は残ってリサテを確認してくれ。」

「了解。」

「それじゃあ先輩、お先に行きます。」とユウ。

「わかった。・・・そうだ、録画用のハードディスク忘れんな!」

「そうでした。」

「おいおい!」と順平。

ユウは棚から2TBのUSBHDDを取り出し、順平はQシートのデータをSDカードにコピーして、皆を引き従えて講堂に向かった。俺は皆を見送ってコンソールの前に座り、PCをシャットダウンして、放送室のコンソールのリモートサテライト先を講堂のコンソールに割り当てた。そして、講堂からの連絡を待った。


 スワイプ・イン・ドリームのデビュー曲を口ずさみながら講堂の音声が来るのを待って、5分程した頃、写真部の姉ちゃんと緑ちゃんと2年の阿部雅人が入って来た。3人共記録報道係の腕章をしている。

「翔ちゃん居る?」

「居るよ!」

「あれ、皆は?」

「講堂に行った。」

「翔ちゃんは行かないの?」

「リサテのセットと確認をしてから行く。」

「リサテって?」

「リモートサテライト。講堂のコンソールから校内放送できる様にする接続。」

「・・・?」

「まあどういう事かは直ぐに解るよ。」

まさにそう言った直後、講堂からの声がモニターから聴こえた。順平の声だ。

「翔太、聴こえるか?」

俺はローカルマイクの音量を上げて、

「ああ、聴こえる。」

「OKだな。」

「じゃあ、リサテをセンターに乗せるからテストしてくれ!」

俺は講堂のコンソールをリサテに割り当てて音声をセンターチャンネルに乗せた。まもなく雫ちゃんの可愛い声が全校に流れた。

『これは校内放送のテストです。本日はちょっと曇ってます。久我山の空は花曇りです。』

俺はその声の音量をVUメーターで-3dBにセットした。そして振り返って、姉ちゃんと緑ちゃんに、

「これがリモートサテライトという事です。」

「なるほどね。講堂からも校内放送が出来るのね。」

「そう言う事。・・・じゃあ講堂に行こっか。」

「うん。」

姉ちゃんと緑ちゃんと俺と阿部君は放送室を出て講堂に向かった。講堂の調整室で記録報道委員の最終ミーティングをするためだ。俺は歩きながら阿部君に問いかけてみた。

「阿部君はどう云う写真を撮る人なの?」

「自然の驚異を撮りたいと思ってます。」

「おお、凄い。じゃあ、冬山とか登るんだ。」

「寒くて危険なのは苦手です。」

「じゃあどう云うの?」

「今はせいぜい雲の群とかですが、いつか不知火とかオーロラとか撮りたいです。」

「なるほど。だとするとf値が良いカメラが要るね。」

「そうなんです。流石中西先輩。詳しいですね。だから今年はバイトに励みます。」

「そっか。頑張ってくれ!」

「はい、有難うございます。」

「翔ちゃん、阿部君をあんまりその気にさせないで!」と緑ちゃん。

「どうして? 理想は高いほど良いと思うけど?」

「動体連写とかのカメラワークも練習してくれないとね。」

「それはパパラッチには必須なの?」

「ちょっと、それどういう意味よ!」

「いえ、何でもありません。」

「ふう~ん、翔ちゃんは結構根に持つタイプなんだ。」

「何の話ですか?」と阿部君。

「バレンタインのスクープよ!」と姉ちゃん。

「何ですかそれ?」

「まあ、色々あってね。」

「後で教えてください。」

「いや、忘れてくれ! 修羅場がフラッシュバックする。」

「とにかく、カメラマンはスクープ写真を撮らないとね。」と緑ちゃん。

「はい。それは是非撮ってみたいです。」

「あぁあ、やっぱ君たちは人間として何処かおかしい。」

「スクーップって人物だけじゃないから。」

「そうかい?」


 まもなく講堂の調整室に到着した。調整室には既に生徒会長になった美田園君が来ていた。放送部員はコンソールの周囲に集合している。

「お待たせしました。」

「これで報道記録委員は全員ですか?」と美田園君。

「そうだね。」と順平。

「特別な指示事項はありませんが、入学式の記録をお願いします。」

範囲スコープは講堂内だけですか?」と阿部君。

「記録写真は校内に範囲を広げてください。」

「了解です。」

「映像は講堂内しか無理だけど。」と順平。

「それでOKです。」

「了解した。」

「それではよろしくお願いします。」

美田園君はそう言って調整室を出て行った。美田園君を見送った後、

「8時40分になったら放送部員は予定の配置についてくれ。」と順平。

「写真部はこれから校内に散って、8時50分頃には講堂に戻って来て下さい。3人共フロアで撮りますが、なるべくかぶらない様にお願いします。」と姉ちゃん。

「じゃあ、私が主に左から撮るから、ハルちゃんは右ね。それで阿部ちゃんは中央後ろから。」

「そうね。それが良いわ!」

「了解しました。」

「上から撮りたかったら左右の翼に来てくれ。そこで動画を撮ってるから」と俺。

『了解。』


 こうして俺の高校最後の入学式とガイダンスの半日が始まった。入学式もガイダンスも特別な事は無く、例年通り淡々と進行した。ただ、入学式の訓示でもガイダンスの注意事項でも、最近の特徴はインターネットとの関わり合い方が中心だ。個人情報とは何か。誹謗中傷とは何か。事実と虚構。情報発信の是非。消去不可能な誤解曲解そして後悔。未成年の責任。そう言ったテーマを教職員が真剣かつ丁寧に説明してくれる。できるだけ具体的に説明したいらしく、雑誌モデルの姉ちゃんと俺やタレントの加代ちゃんの例が話に出て来たりする。もちろん実名などは出ない。それを真剣に聴いている1年生は、俺と最大でもたった2歳しか違わないのに、この入学式とガイダンスで中学生とは違う責任と覚悟が有る事をそれぞれに感じ取っているみたいで、だんだん瞳の輝きがキリットしてきて、1年生ってやっぱり初々しいし可愛いと思う。明日から朝晩と昼休みに教室を巡って新入生の勧誘をするのが楽しみだ。


 入学式が終わる頃、姉ちゃんが壁際のタペストリー幕を揺らして、右翼の俺の撮影ポジションに上がって来た。ここは2階の演壇に近い場所にある迫出せりだしスペースで、左右に1つずつある。客席から斜め上に見える位置だ。ここにはスポット照明の機材もあるが、式典では使わないから、今は壁際に耐震ベルトで固定してある。演劇や演奏会なら客席の照明は暗くなるが、今日は講堂全体が明るい。

 今日ここから撮る動画は、主に客席の1年生と父兄だ。中段通路から前の演壇に近い側に1年生が座っていて、後ろに父兄が座っている。講堂は全校生徒が入れるから、約千席ある。公立高校の講堂としては立派なものだと思う。自慢の施設だ。

「お邪魔するけど良い?」

「ああ、大丈夫。」

俺はインカムを首に下してマイクのスイッチを切った。

「声は入らない?」

「うん。このカメラは映像だけ。」

「音が無いとつまらないわね。」

「いや、後で編集して音声も付けて記録映画みたくするから。」

「そっか。」

「どう思う? 今年の1年。」

「なんか、おとなしそう。」

「見掛けだけかも。そのうち大暴れすっかも。」

「そうね。」

「そう言えば前の左端に車椅子の娘も居るね。」

「そう。外でも注目の的だったわ!」

「うちの生徒は基本優しいから大丈夫だと思う。」

「優しいだけじゃダメよ!」

「校内ヘルパーを募れば殺到すると思う。」

「そうね。良い考えだわ!」

「それに、賢そうな顔してる。」

「普通に接してあげられると良いわね。」

「撮った? 彼女。」

「当然!」

「見せてくれる?」

「お仕事データだからダメ!」

「へい。」

「ところで、翔ちゃん得意の可愛い娘見付けた?」

「う~ん。此処からは判らない。」

「そのカメラでアップにしないの?」

「後で何言われっか・・・」

「そうね。」

「それに、俺の好みは見掛けじゃないから!」

「その言い方、ちょっと違うわ!」

「何が?」

「正しくは、『翔ちゃんの好みは、見かけだけじゃない。』よね。」

「同じじゃん。」

「ううん、違うわ『だけじゃない』ところ。」

「へいへい。」

見ると姉ちゃんはまた1本取ったって顔だ。なので、ちょっと反撃。

「俺の1番の好みは・・・」

「ん?」

「姉ちゃんだから。」

「・・・バカ。」

姉ちゃんと俺はこんな会話をしながら会場の写真と動画を撮った。姉ちゃんは俺の仕事ぶりも記録したみたいだった。ふと気付くと、対面からケイちゃんが2カメをこちらに向けていた。レンズの上の赤いRECランプが点灯していた。当然俺も対抗して弩アップでケイちゃんを狙った。後で順平とユウが呆れコメント出してくれる事だろう。

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