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姉ちゃんは同級生 ~井の頭の青い空~  作者: 山崎空語
第5章 高校生の俺達 ~大人への階段~
109/125

5-36 チョコをもらった日(その5)~できましたぁ~

 エクセレント達成を目指した円ちゃんだけの練習が始まった。11時半前だった。それから日付が変わって、1時になって・・・30回以上繰り返してプレイした。だが、あと少しの壁が越えられない。姉ちゃん、加代ちゃん、明莉ちゃんはついに毛布を持って来て互いに凭れかかり合ってうたた寝を始めた。3人共思った通り寝顔が可愛い。ついつい気になって3人を見てしまう。エアコンが入っているから、毛布だけでも風邪をひくことは無いだろう。

 実は、SANYのゲーム機のWiFiブロスにはボタンを押すタイミングの遅れ許容時間の設定がある。普通は50ミリ秒だが、10ミリ秒刻みで150ミリ秒まで、つまり0.15秒まで遅れても良い設定ができる。今はその最大設定になっている。つまり、反応の良いプレーヤーなら、リズムゲームでエクセレントになるのは比較的容易な設定の筈なのだ。明莉ちゃんが自分のゲーム機より簡単に感じたのはこれが原因だと思う。円ちゃんの今の反応遅延時間はたぶん150ミリ秒ギリギリなのだと思う。だから、取りこぼしが出てエクセレント級になれないのだと思う。だが、それはボタンを押そうと思ってから、実際にボタンが押されるまでの時間ではないと思う。耳から入って来た楽曲のリズムを聴いてからボタンを押すまでの時間だ。そうだとしたら、それは必ず短縮できる。その極端な場合が彩香に教えたヒントなのだ。


「ちょっと休憩する?」

「いいえ、もう少しですぅ!」

流石はタレントの卵だ、目標に向かう根性はただ者ではない。だが、いくら根性があっても、何かの原因があって反応が遅れるってのはそう簡単には解決しない。その原因を探りたくて、俺は少し手助けをしてみる事にした。

「円ちゃん、俺、することが無いから、手拍子で応援しても良いか?」

「はい。嬉しいですぅ。」

かなり失礼な事を言ったのに、この素直で謙虚な反応が可愛い。加代ちゃんだったら即座に反発して『ウザイ』とか言いそうだ。

「じゃあ、練習再開!」

「はい。」

ゲームが始まって4小節はパスして、5小節目から俺は手拍子を始めた。すると円ちゃんのタイミングが良い感じになった。どんどんクリアしてゆく。そしてあと1つでエクセレントになった。

「あぁあー、惜しいですぅ!」

「だね。あと1つだね。」

「もう1回やります。」

俺は今度は最初から手拍子をした。それをPCに繋いだヘッドセットのマイクとサンプラーでDAWソフトに取り込んだ。本来のサウンドのタイミングよりほんの僅か、気持ち早目に打つ手拍子だ。そしてゲームが終わった。

  『サスガー、エクセレントー』

ディスプレイの中でゲームのキャラがハイスコアを褒めるコメントを言った。俺は取り込んだ手拍子のサンプリングトラックをゲームミュージックの前奏のパーカッション波形にトリガーロックした。これで手拍子が自動になる。それから円ちゃんを見ると、ようやく放心状態から我に返った。

「シヨウさん、やりましたぁ!」

「できたねぇ!」

「シヨウさんの応援の手拍子のお陰ですぅ!」

「いやいや、これが本来の円ちゃんの実力です。」

「そうですかぁ?」

この時同時に俺には確信が沸いた。『円ちゃんは聴いている。』聴いてからリズムをとって、それからボタンを押している。つまり、耳から入って来るリズムで体の反応を制御している。俺や彩香やたぶん姉ちゃんも頭の中でリズムをとる。そのタイミングを耳で聴いた楽曲のリズムで無意識に補正する。そうでないとリズムゲームは遅れ気味になってハイスコアが出ない。もっと極端な事を言えば、音が聴こえなくても、ディスプレイのマークを見て、重なるタイミングのリズム感を頭の中で作ればハイスコアが叩き出せるのだ。さらに極端な事を言えば、ブロスのボタンの反応速度の遅れを頭の中で補正する事だってできる。つまり、マークが重なる前に早めにボタンを押せば良いのだ。シューティングゲームでターゲットの行動を予測して移動先を狙って撃つのと似たようなものだ。

「もう1回やってみる?」

「はい。」

今度は手拍子を自動でヘッドホンに流した。結果は同じだった。てか、パーフェクトに近い成績だった。円ちゃんは結果に、俺は手拍子の自動化に拍手喝采した。その気配を感じたのか、明莉ちゃんが目を覚ました。そしてディスプレイを見た。

「すごーい! エクセレントになってる!」

「わたし、できたよぅ!」

姉ちゃんも加代ちゃんも目覚めて、手を叩いて大喜びした。だが、これは円ちゃんの思考パターンの校正を始める入り口に到達したに過ぎない。

「よーし、少し休憩しよっか。」

「はい。」

「私、氷取って来る。」と姉ちゃん。

「じゃあ俺はピザをチンしてくるよ。」

「あ、それなら私が行く。」と加代。

「私も手伝います。」と明莉。

姉ちゃんと加代ちゃんと明莉ちゃんの3人が出て行った。それを見送った後、円ちゃんを見ると、心配そうに俺を見詰めていた。

「私のどんくさいの治りますかぁ?」

「治る。俺を信じてくれ!」

「はい。」

「ところで、何回くらいやったっけ?」

「ゲームですかぁ?」

「もちろん。」

「数え切れませぇん。」

「もうすっかり曲を覚えたんじゃない?」

「はい。夢に出て来そうですぅ。」

「そっか。良い感じだ。」

「え?」

「うん。だから、任せろって!」

「ハイ。」

そこへ3人が戻って来た。皆また車座になって、皿に取り出して温めたピザを食べて、冷たいコーラを飲んだ。

「ねえ、これで特訓終了?」と加代。

「いやいや、普通ノーマルゲームの到達点に来た訳だね。」

「これからどうするんだ?」

「円ちゃんの『どんくさい虫』を駆除するのさ。」

「どうやって?」

「まあ、お任せあれ!」

「今何時ですか?」と明莉。

俺は机の時計を見て、

「2時前だね。」

「もうそんな時間ですか。」

「眠たくなったら遠慮なく寝てくれ!」

「皆さん寝てください。私だけですから。練習するの。」

「そうね。明日の午後からレッスンあるんでしょ?」と姉ちゃん。

「そうだな。じゃあ、円ちゃん、お言葉に甘えさせてもらいます。」と加代。

「はい、おやすみなさい。」

「円と師匠2人きりにしても大丈夫かなあ?」と明莉。

「私、シヨウさんならどうなってもOKですよぅ!」

「あのなぁ! 俺はそのつもり無いから。」

「えぇ~、そんなの嫌ですぅ!」

「ほらぁ、心配なのは円の方だからね!」

「明莉ちゃん、大丈夫よ、もしそうなったら翔ちゃんは私の部屋に逃げて来るわ!」

「へい、その通りです。基本ヘタレですから。」

「ならいいけど、弟子としては心配でーす。」

俺は明莉ちゃんを見て、わざとらしく微笑んで、

「じゃあ、ここに居ても良いよ!」

「はぁい。そうします。師匠!」

明莉ちゃんはそう言って嬉しそうに微笑み返した。姉ちゃんと加代ちゃんは半分呆れ顔で毛布を持って姉ちゃんの部屋に行った。俺達は所用を済ませた。明莉ちゃんは監視体制に入った。


 午前2時、特訓を再開した。俺としては円ちゃんに聴くのを止めてもらいたい。頭の中で自分のリズムを刻んで欲しい。そうするには、音を消せば良いが、最初からそうすると失敗するだろう。そこで、

「円ちゃん、もう夜遅いから、音量下げます。」

「はい。」

円ちゃんはなんて従順なのだろう。ヘッドホンだから騒音にはならないって反発があっても良いのだが・・・。俺はDAWソフトの入力モニターの音量を半分に下げた。そしてゲームを開始した。ただし手拍子トラックの音はこれまで通りの音量だ。例によって少し早めのタイミングの手拍子だ。

「エクセレントですぅ!」

「良いねぇ! それじゃあもっと小さい音にするけど良いかい?」

「いいですけど、出来なくなりますぅ!」

「どうかな?」

俺はディスプレイをほぼ消音にして、タワーPCからヘッドホンに送る音量を更に半分にした。ただし、DAWソフトの手拍子の音量を気持ち大きくした。

「エクセレントですぅ!」

「良いねぇ!」

その状態を数回繰り返して、スコアが落ちないのを確認した。

「円ちゃん、次は、音楽の音を消して手拍子だけにします。」

「はい。」

結果は少しスコアが落ちたがエクセレント級を保持した。つまり円ちゃんは手拍子音だけでゲームができる様になった。その状態で数回ゲームを繰り返した。ただし、手拍子音も徐々に下げた。そしてついにその時が来たと確信した。残念ながら、その記念すべき瞬間に立ち会うべき監視員の明莉ちゃんは完全に寝落ちしてしまっていた。

「円ちゃん、次は音無しです。」

「はい。」

その結果は・・・『エクセレント』だった。円ちゃんは音を聴かず、ディスプレイのマークの重なりのタイミングを目で読み取ってプレイした事になる。俺は思わず拍手した。

「できました。今、円ちゃんから『どんくさい虫』が飛び立って出て行きました。」

「はい。できました。嬉しいです。でも、どうしてですか?」

「今、円ちゃんは頭の中でゲームの曲を『口ずさんで』なかったかい?」

「はい。もうすっかり覚えてしまいましたから。」

「それが円ちゃんの本来の反応速度です。」

「へ?」

「円ちゃんは耳から聴こえる音のタイミングに影響される人の様です。耳で聴いてから体を反応させるから、ほんのチョット動作が遅れます。」

「でも、先生はよーく聴きなさいって言います。」

「先生が言ってるのはたぶん、頭の中の自分のリズム、つまり口ずさんでるリズムで勝手に踊らないで、よーく聴いてリズムを取りなさいって言う事だと思います。そうしないと3人のダンスがバラバラになります。」

「はい。私もそうだと思います。」

「円ちゃんは頭の中にある自分のリズムを耳から入って来る音で消してしまっています。」

「そうですかぁ?」

「はい。そうだと思います。だから、聴かない方が速くなります。エクセレントになれます。」

「そうだったんですかぁ!」

「耳から聴こえる曲のリズムは、頭の中で刻んでいる曲のリズムを補正するための参考程度にしてください。」

「リズムを聴き取るんじゃなくて、頭の中でリズムを刻めば『どんくさ』くなくなるんですね。」

「その通りです。口ずさむんです。その代わり、しっかり曲を覚えなくてはいけないね。」

「はい。それは元々そうですぅ。」

「よーし、それでは仕上げをしましょう。」

「はい。」

俺はすべての設定を元に戻して、特訓モードに戻した。ヘッドホンから聴こえる音は映像のタイミングから1秒近く遅れているはずだ。

「聴こえる音は無視してください。頭の中でリズムを刻むってか、曲を口ずさんでください。」

「はぁい。頑張りますぅ。」

そしてゲームが始まった。彩香の時と同じだった。初めはタイミングが乱れてHPが無くなりそうになったが、すぐに回復して最後までプレイできた。

「できたね。」

「はい、出来ましたぁ!」

「念のためもっかいやってみましょう。」

「はうですぅ!」

結果はさらに良くなった。エクセレントだった。俺は円ちゃんを見詰めて思いっきり微笑んだ。

「やったね。円ちゃん。」

「私、できましたぁ!」

「うん。聴かなくなったね。」

「はい。聴こえる音を聴かないで。」

「そうです。円ちゃんはもう大丈夫です。円ちゃんはやっぱり『どんくさく』なんかない。賢い娘です。」

「シヨウさん、私・・・私、嬉しいですよぅ~・・・!」

円ちゃんの瞳から涙が溢れて落ちた。そして円ちゃんはブロスとヘッドホンをを足元に置いて。俺にしがみつく様に抱き着いた。俺達は椅子毎転びそうになった。おれは危険を感じて思わず円ちゃんの腰に手を回して支えた。そのはずみで机に椅子の背凭れが当たって大きな音がした。

「ああぁー、円ぁ! 何してるのよぉ~!」

明莉ちゃんが目を覚まして大声を出した。俺は思わず、

「な、何もしてないから!」

「嬉しい、うれしい、嬉しいですぅ~!」

そこへ姉ちゃんと加代ちゃんが慌てて入って来た。そしてそこには、俺に抱き着いて泣きじゃくる円ちゃんと円ちゃんを抱き締めている俺とその2人を引き離そうとする明莉ちゃんが居た。当然の事だが、姉ちゃんと加代ちゃんには俺が1番の悪者に見えた事だろう。円ちゃんの興奮が収まって、全員で特訓モードのスコアを確認するまで。

 それから俺の謎解きの説明が始まった。それを、その場に居ない彩香と実体験した円ちゃんを除く女子達が半信半疑で聴いた。だがしかし、姉ちゃんも含めた全員が1通り通常ノーマルゲームと特訓モードのゲームを再体験した後は、俺に尊敬の眼差しが集まった。俺はかなりのドヤ顔になっていたと思う。それから俺が寝落ちする午前4時過ぎまでガールズトークに付き合わされた。そして1番お疲れの円ちゃんからいつの間にか眠ってしまったのだと思う。


・・・・・・・・・・・


 午前9時過ぎ、母さんと親父が俺の部屋に入って来た。俺はその時の気配でなぜか目が覚めたが、やばいと思って寝たふりをした。親父と母さんが見た光景はたぶんこうだったろう。俺のベッドで眠る明莉ちゃんと円ちゃん。カーペットで毛布に包って抱き合うようにして眠る姉ちゃんと加代ちゃん。ベッドに凭れかかって毛布を被せられた俺。そしていつの間に来たのか俺の右腕に抱えれれて眠る彩香だ。母さんと親父はさぞかし呆れただろう。

「まあ、この子達ったら。」

「戦いの後だな。」

「若い頃の私達みたいね。」

「そうだな。良くこんな事があったな。」

「どうします?」

「小泉さんが来られるから起こさないとな。」

「そうね。可哀そうだけど仕方が無いわね。」

母さんは1呼吸間を置いて、

「さあ、あなた達、起きなさい! もう9時過ぎたわよ!」

こうして俺達は起こされた。それから片付けをして、朝食を食べて、女子達はシャワーをして、彩香のリクエストで、リビングで7並べをしながら小泉さんを待った。そう言えば、加代のお父さんにもらったカステラを皆で食べた。かなり高級なしっとりして甘い長崎カステイラだった。


 11時過ぎ、小泉さんがナタプロのワゴン車で来た。玄関から小泉さんと母さんの大人の挨拶合戦が聴こえて来た。

「大変お世話になりました。中西さんには本当にご迷惑をお掛けしてばかりで恐縮です。」

「とんでもありません。仲良くして頂いて有難うございます。」

「これは詰まらないものですが・・・」

「まあ、こんなお気遣いなさらなくてもよろしいのに。」

「いえいえ、どうかお納め下さい。」

「では遠慮なく頂きます。どうかお上がり下さい。」

「いえ、すぐに失礼いたしますので。」

スワイプ・イン・ドリームの3人はスーツケースを持って玄関に出て行った。姉ちゃんと俺と彩香は見送るつもりで後からついて行った。姉ちゃんは当然の様に赤いミラーレスを持っている。彩香は俺と手を繋いでいる。

「プロデューサさん、私、どんくさくなくなりましたぁ!」と明莉。

「えぇ? 明莉ちゃんが?」

「こらぁ~、また良い所持って行くぅ!」と円。

「私達、全員が完璧になったって事です。」と加代。

「本当ですか?」

「シヨウさんのおかげですぅ!」

「そうですか。それは良かった。」

小泉さんは俺の顔を見て有難うの微笑みを繰り出した。

「また中西君に借りが出来ましたね。」

「そんな事、思ってませんから。てか、良くなったとしても反射神経だけですから。」

小泉さんには何の事だか解らない感じだった。

「とにかく、円ちゃんが元気になってくれて、嬉しいです。」

「はい、シヨウさんとハルさんとそれからサヤちゃんのおかげですぅ!」

「そうだ、シヨウ君とハルさん、一緒に来ませんか?」

「どういう事ですか?」

「お昼を一緒に食べませんか?」

それを聞いて彩香の手に力が入ったのが分った。見ると少し悲しそうな表情だ。確かに彩香も功労者の1人だ。俺的には彩香だけ置いて行くことは出来ない。

「妹も一緒して良いですか?」

「えっと・・・」

小泉さんが彩香を見た。彩香は大きな瞳からカワイイ光線を最大レベルで発射した。小泉さんの表情が緩んだ。

「もちろん良いですよ!」

「わーい!」

「すみません。お邪魔だと思いますがよろしくお願いします。」と母さん。

「いえいえ、構いません。」

「サヤちゃん、良い子にするのよ!」

「うん。任せなさい!」

こうして出発が15分程遅れる事になった。結局11時半頃、中西家の玄関前で上の段に親父と母さんと俺と姉ちゃん、下の段にスワイプ・イン・ドリームの3人と彩香という良くある構図で姉ちゃんの赤いミラーレスに納まった。もちろんシャッターを押したのは小泉さんだ。付け加えるなら、小泉さんが下の段の向かって一番右に入って、親父がシャッターを切ったバージョンも撮った。いつかマージしようと思う。

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