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Narrow Wish   作者: 暗黒騎士/怠惰/棘田 清志/蓑虫/コニ・タン/ワタユウ/ユニィ
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第六話

 時を遡り大樹が園崎と戦っている頃。智子は二年B組の教室にきていた。

 大樹が言った榎田という少女を求めてーー。


「はぁはぁ……」


 智子は元々運動は得意ではない。大樹が今居る旧理科準備室は別校舎の三階、目的の二年B組の教室とはかなりの距離が開いていた。そのため息も途切れ途切れで、その歩みもすぐに体力が尽きてしまったため足取りも決して早くはなかった。


「榎田……さん、という方は……居ませんか!?」


 だが、それでもたどり着いた。

 勢いよく扉を開けると同時に精一杯の声で叫ぶ。

 顔を必死に上げ、教室の中を見る。智子にとって幸いにも一人の美しい少女が残っていた。


「榎田は私だけど……」


 いきなり見知らぬ後輩に名前を呼ばれ、少々不信に思いながらも名乗り出る。普段なら知らない人に突然自分の名前を聞かれて素直に名乗り出ることはないだろう。それが現在命のやりとりをする戦いに巻き込まれてるのなら尚更だ。だが、そうしなければならないと思わせるほどに智子の様子は鬼気迫っていた。


「お願い……します。大樹さんが……旧……理科準備室で……変な男におそわれていて!」


「柏木君が……?」


 榎田が能力者全員に備わっているレーダーみたいなのを使い、能力者の位置を探ると目の前の少女の言うとおりに旧理科準備室の辺りに細かく動き回る二つの能力者の反応に気づく。おそらくはこれが少女の言う柏木とその変な男なのだろう。榎田はそう思った。

 その動きがなにを意味するかを察した榎田は、すぐに自分の荷物を回収すると、そのレーダーに表示されているところめがけて走り出した。

 その一方で智子は言われた役割を果たしたことで少しづつ冷静になっていく。

 そして、走り続けて血が頭に回らない状態で一つの疑問が思い浮かんだ。


「なんで大樹さんは警察ではなく、さっきの女の人を呼ぶように言ったんだろ……?」


 それは少し考えれば不思議に思うのも当然だった。

 兄たちの参謀と言われた大樹なら只の女の人ではなく、警察に真っ先に言うはずだ。いや、参謀といわれてなくともふつうならそうするだろう。なら先ほどの女の人に伝えてて言ったのか? その答えは先ほどの女の人が只の女ではないから? では、どのように違うのか? 確かに綺麗だったけど今は関係ない。ならどのような場所が普通ではないのか?

 思考がぐるぐると回る。そして一つのあり得ない答えにたどり着く。


「まさか……!?」


 そう声をあげずには居られなかった。それほどまでにおかしな推測。自分が当事者ではなければあり得ないと切り捨てるだろう。

 だが、現に大樹の右腕は光っていた。一度手品のように様々な道具を体のあちこちから出して説明してくれた大樹だが、だからこそ智子はトリックでも何でもない事を知っていた。もちろん新たに追加したトリックかもしれないが智子にはそうは思えなかった。

 そして巨漢の男も体重を操れるなどと言い、大樹のモップをすり抜けるように避していた。ならば異能力を持つ者達が戦っているのではないか? と……。

 そして一つの考えが浮かぶ。

 兄の大輔とその親友の柊恭也。その二人は明らかに人間のしたこととは思えない悲惨な死に方をしてた。ならそれは目の前で繰り広げられた二人の戦いの様に戦う者達に巻き込まれたのではないかと。常に特ダネを狙う大輔ならあり得る可能性だ。また大樹の様に能力を持っていた可能性もある。

 それがもし本当だとしたら……。いや、違うとしても……。


「許せない……ッ!」


 兄達を殺した人物。それがなぜ兄達を殺したのかは分からない。だが、今まで現実感の無かった兄の死に殺した方法や殺す理由が分かった事によりその事実に現実感を溢れさせる。たとえそれが事実とは違ったとしても……。


「殺す。このゲームを企画した奴も、お兄ちゃんを殺した能力者も全て殺してやる……ッ!!」


 兄の死に自覚したことにより、生み出された感情は恨み、怒りであった。

 そしてその望みが一人の男を呼ぶ。


「――私の空間へようこそ」


 脳を揺さぶるような感覚とともに智子は白い空間にいた。その空間に立つ変なポーズをした男がいる。


「私は参加者たちに能力与えてるものだよ。多くの者はミカエルやガブリエルと呼ぶがね。君のように企画してるものを殺すと言ってくれる人物を待ってたよ」


 彼は自分がゲームの企画者を倒すことを目的として、智子に協力的――と勘違いさせるように、しかし嘘は言わずに言葉を紡いだ。





 大樹は旧理科準備室内の椅子に座り呆然と天井を見上げていた。否、天井を見てるようにしか見えないが大樹は天井以外のものをみていた。

 そして、思い出すのは先ほどの人物。いったい彼は何者で何者なのか、なぜ親友を殺した人物を知っているのか。いや、思わせぶりなことを言ってるだけかもしれない。だとしてもなぜ大樹に会いに来たのか?

 初対面の人物が大樹の事を探し、そして会うなど出来たのは大輔ぐらいである。その前も後ろも興味本位で謎の人物である大樹を捜した者は居るが誰も大樹へとはたどり着いた者は居なかった。だが、彼は明らかに自分を標的にし、そして自分へとたどり着いた。その方法が親友の妹を餌とした方法だとしてもだーー。


 現在大樹はセンサーの様なもので先ほどの人物を追いかけている。彼は誰かに会っているようで会話の内容は分からないが彼ともう一人の反応がそこから動いてなかった。

 そして同時にこちらに向かってくる能力者がいることにも気づく。タイミングと場所からして榎田だと予想する。勿論敵の可能性もあるのでそちらも警戒を怠らない。だが、智子は必死に助けを呼びに言ってくれたんだとうれしく思うと同時に携帯を渡しっぱなしだったと気づく。


「まぁ、後で返してもらえばいっか」


 そう言いながら立ち上がる。十中八九榎田だとは思うが万が一にも敵だった相手の場合は座っているのはまずいからだ。

 そして、追っていた人物は会っていた人物と別れ、どこかに行こうとしている。これ以上の距離はセンサーの様なもの範囲外となる。なのでセンサーから意識を放した。流石にこれ以上の追跡は不可能だと思ったのだ。


 ガラッ。


 その様な音とともに扉が勢いよく開かれる。

 しかし、その扉を開けた主はどこにも見えない。だが、はぁはぁといった女の息が乱れてる音が聞こえていた。

 その状況から推測するに相手は大樹がよく知ってる人物であり、予想していた人物だと分かった。


「榎田さん……」


 透明になることができる能力者の彼女は戦闘中のことも考え、透明になってから入ってきたのだ。

 だが、すでに戦闘は終了しており、大樹が敵の能力を告げた後に少しの会話ののちにいなくなった後であった。なので彼女の警戒は無意味なものとなったが、場合によってはそれが必要だった場面があったかもしれないので用心のし過ぎと言うことはないだろう。いや、むしろそれぐらいの用心でなければならないのかもしれない。


「柏木……君、大……丈夫!?」


 息も乱れさせたままそのように言ってくる。その呼吸の荒さから大樹は榎田がどれほど一生懸命に走ってきたのかを察することが出来た。


「大丈夫だよ。傷もないし、敵ももう立ち去ったからさ」


 安心させるようにゆっくりと言う。

 確かにその通りであった。大樹には目立った傷もないし、ひとまず危険はない。だが、それは表面上でしかなく、あの男は大樹の胸に一つの爆弾を落としていったのだ。

 親友の二人を殺した犯人の情報。それは大樹にとって今一番欲しいものであった。

 この異能が関係する限り警察は役に立たないだろう。

 そうなると犯人を捕まえるにはこの異能のことを知っている人がやらなければならない。しかし、この殺し合いにおいて犯人探しなど自分の身を守るためにするか、しないかというところだろう。そんな奴らが捕まえて警察に突き出す、殺したことを後悔させるなどしない。それならば犯人を捕まえるには大樹自身が捕まえるしかないのだ。


「何があったの? 柏木君……」


 彼女は能力を解除し、少しずつ姿を現しながらそう聞いてきた。


「分からない……。いったいあいつが何だったのか……、あいつの目的が何だったのかも……」


「はぁ……?」


 榎田さんの口からはそのような声が漏れる。

 それも仕方がないだろう。だが、説明しようにも彼のことは全く分からずに状況も分からなくなった。

 すべてが分からない。知るとするならばあいつに言われた三日後の放課後、体育倉庫に行くしかないだろう。


「ごめん、榎田さん。自分でも何があったか状況を整理できないんだよ……。心配してきてくれてありがとう。だけど自分の中で整理できなくって説明できそうにないや……」


「そう、まぁ無事でよかったわ。折角パートナーになったんだから私の知らないところで死なないでよね」


「ありがとう……。心配してくれたんだ」


 心配してくれたと言えば智子ちゃんもだろう。あとで榎田さんを呼んできてくれたことをお礼言わなくっちゃ。


「心配なんかしてないわよ。ただパートナーになった人が早々にいなくなるのは困るだけ。それより柏木君……本当に大丈夫?」


「大丈夫だよ、相手がすぐにいなくなったから怪我はしてないよ」


「体じゃなくって、心がよ。柏木君とっても辛そうよ――」


 そう言われて自分の顔を触る。そして初めて自分の顔が酷いことになっていることに気付いた。

 あいつは演技だったとはいえ普通に生活していたら味わう事の無い濃密な殺気を放っていた。そして人生初の命を懸けたバトルである。

 命がかかった戦い。戦ってるときは必死で自分で自分の感情に気付かなかったが、そのことに恐怖していたのだ。殺されることに、殺すことに……。

 更には親友の殺した相手を知っているという人物に出会った。そのことで喜びと同時に親友を殺した奴に怒りが、そしてなぜそのことを知っているかの困惑が。

 複数の感情が入り混じり何とも言えない、酷い表情となっていた。


「柏木君。大変だったでしょう。今日は帰りなさい、あの女の子は私が送っていくから」


 あの子というのはおそらく智子ちゃんだろう。本来なら智子にとってよく知っている大樹が送っていくのが一番いいのだろうが榎田さんの言うように酷い顔ならば自分を送っていくよりいいだろう。だから--。


「ありがとう、お願いするよ」


 大樹は榎田の言葉に甘えて、智子を任せることにした。

 そのまま大樹は扉を開ける。頭からあの男のことが離れないままで……。







 大樹は素直に帰路についていた。

 すでに日は沈みかけ、赤い夕日が出ている。


「はぁ……」


 表面上は感情を整え、顔もほとんど元に戻っていた。だが、親しい友人なら無理しているのがバレ、心配そうな顔をされるだろう。

 歩くその姿はいつも以上に存在感を薄め、すれ違う人にもいっさいの顔を向けてもらえなかった。

 だから気づこうと思えばいくらでも気づく事が出来ただろう。その少年は確実にこちらに向いていた。それも明らかにすれ違うだけではなく、こちらに向けて強い目をしていることに……。1


「死ねぇぇ!!!」


 その少年はすれ違い様に懐からナイフを取り出し大樹に向かって突き出してくる。

 そのナイフは別段上手く隠していたわけではなく、ナイフを持った手を上着の内側に入れてただけだ。だからその少年は大樹とすれ違う前に何人のも人から不振な目で見られていたし、大樹も前を向いてある居ていれば気づけたはずだった。

 だが、それらは「もし」の話であり、結果はただ突然現れた少年に大きな声とともに刺されそうになっただけだ。

 あわててそのナイフを避けようとし、小さな悲鳴とともに足をもつれさせて転んでしまう。だが、それが大樹の命を救うこととなる。

 ナイフは転んで体勢の低くなった大樹の頭上を通過し、額を掠めるだけで終わった。


「何なんだよ! お前は」


 反射的にそう叫ぶと、少年から距離をとると同時に体勢を整える。

 少年は見る限り大樹より年下であり、目の下の隈ややつれてなければ十分にイケメンに入る部類だろう。レーダーのようなものを確認すると目の前の少年が能力者であることが分かる。

 それで大樹は自分が襲われたことが理解できた。

 そもそもあまり周りから気にされないがために恨みを買う機会が少なく、あったとして大概は3馬鹿としてである。だからこそ中心となっている二人が死んだ今襲われる可能性が低いと考えた。ならば近くにいる能力者を倒しに来たというのが最も納得のいく説明である。

 だが、それも少年の次の台詞により否定される。


「死ね! 死ね! 柏木……大樹。死んでくれよぉ……じゃないと文菜が、文菜が……」


 少年はそう嘆く。全く会話になってないその嘆きが酷く大樹を混乱させた。

 確かに彼は大樹の名前を言った。ならば少年は大樹のことを知っている。だが、大樹は少年に見覚えがないし、少年の口から洩れたもう一人の文菜って人物の名前にも心当たりはなかった。


「アアァァァ!!」


 少年の叫び声はもはや悲鳴であった 大樹は知らない。彼が最も守りたいと思う幼馴染を人質のとられ、大樹を狙うように言われていることに。守りたいと願い、誰よりも優しかった少年が最も大事な人と他人の命を天秤にかけ、心が壊れる寸前ということに……。

 少年は大事な人と他人の命を天秤にかけ、大事な人の命をとった。だが、少年の心は大切な人のためでも平気で人を殺すことができるほど強くはなかったのだ。


「な、なんなんだよ……」


 そう呟きながらも何もせずに殺されるわけにはいかなかった。だから大樹は少年を蹴っ飛ばす。いや、蹴っ飛ばすはずだった。

 少年の頭を蹴ったはずなのにその足に伝わるのは鋼鉄を蹴ったような感触。それは明らかに頭を露出させて、あわよくば脳震盪が起こればいいと思っていた大樹にとって全く予想外なものであった。

 転げまわる大樹に幸いだったのは蹴りの衝撃は伝わったらしく、少年が体勢を崩したようだ。でなければあまりの痛さに足を抱えて悶絶している大樹が生きているはずはない。

 痛みは続くがそれでも敵から長く目を放すわけにはいかない。何とか立ち上がり、すぐに動けるようにする。


「あぁ……あぁ……」


 少年もすぐに立ち上がると再びナイフを構える。だが、その眼にすでに光はなく、ただ目の前にいる敵を倒すためだけに必要な部分だけで動いていた。

 そんな彼は再びナイフを持ってこちらに向かって来た。その動きは先ほどと同じように、何のフェイントもなくまっすぐに突っ込んでくる。


「シッ!」


 短い声と共に大樹は再び蹴りを放つ。今度は狙いは足、そして渾身の力を込めるのではなく、ただの牽制の意味が強い一撃だ。

 それゆえに大きなダメージは与えられないが、こちらも攻撃を中断しやすい。それを利用して先ほど防がれた訳をこの一撃で見極めるつもりだった。

 そして、少年はこちらのねらい通りに動いてくれた。

 少年は左腕を蹴りの軌道に持ってくると同時にその腕に変化が見られた。気がつけば彼の腕に丸形の小盾があり、彼の腕が変化したのか、盾が生み出されたのか分からないがこれで先ほどの疑問と少年の能力が分かった。

 もちろん能力はまだ推測の段階であり、実際は分からない。

 大樹はその盾を弱く蹴ると距離を取る。

 弱くはないので先ほどのような痛みはない。


「さて、そろそろ本気で行かせてもらうぞ」


 大樹のその発言はただのハッタリだった。すでに本気である。手加減謎してる暇はない。だからその言葉は次の攻撃への布石。警戒するならば警戒するだけ大樹にとってありがたかった。


「文菜ぁ……。俺が……俺ガァァァ」


 そして少年は上半身のほとんどを盾で覆い隠す。頭から、首から、胸から、背中から、腕から、手から、腹から……いたるところから盾を生やしたその状態は少年にとって最高の防御と攻撃を兼ね揃えたものであった。

 今まで簡単にあしらわれていたのだ。その相手がいままで本気ではなかったと発言するのなら攻撃に影響が出ない範囲で最大限の防御を固めるのも当然と言えば当然なのだろう。

 足を覆わないのは機動力のため、大量の鋼鉄の盾を出現させているこの状態では上半身の方が重く、バランスを崩しやすかった。が、それも前のめりになって走り出すと逆に武器になる。

 前に倒れようとするが、それよりも早く足を一歩踏み出してバランスをとる。すぐにまた倒れそうになるがまた一歩踏み出す。倒れそうになり、足を前に進める。それを何度も繰り返すことにより、少年は一つの巨大な弾丸のようになっていた。

 重さ、スピードともに高く、喰らえばコンクリートの壁さえ破壊する。人間が喰らえばひとたまりもないだろう。

 攻撃によって止めようにも全身防御が固めてある。唯一防御の薄い足も遠く、長物でなければ正面から攻撃を与えるのは難しいだろう。

 それに対して大樹は右手を持ち上げて殴り掛かるだけだ。だが、その手は発光していた。何らかの攻撃の前兆だと感じた少年は身構え、腕をその拳に対し受け止めようと顔の前に掲げる。

 そして、盾で守ってるはずの右わき腹に強烈な痛みを感じ、意識を手放した。


 大樹がやったのは簡単な事だ。殴りかかると同時に右手を光らせ、そちらに意識が向いてるうちに左手でスタンガンを押し当てる。

 盾と言っても鋼鉄製だ。金属なのでよく電気は通すし、改造スタンガンで電撃の威力もアップしていた。

 人一人を気絶させるぐらい問題ない。


「文奈か……」


 改めて少年の言葉を思い出す。だが、相変わらず文奈という人物に心当たりはない。

 そして、どうして襲われたのか知るには一つしか思いつかなかった。


「仕方がない。起こすしかないか……」


 そう結論付けるとポケットからあるものを取り出す。

 起こすと言っても先ほどのように襲いかかられてはたまらない。だからこそ拘束するしかなかった。

 そこで取り出したのがピッキング用に形が整えてる針金。それを一つ失うのは痛いがまた作れば良いだけの話だ。

 とはいえ、針金一本で全身を拘束出来るわけではない。

 少年の腕を後ろに回し、右手と左手の親指をくっつける様に針金を巻く。

 欲を言えばもっといろいろと拘束したいが道具がない今はこれが限界だ。それに少年の動きは素人。縄抜けなどの高度なまねが出来るとは思えなかったので大丈夫であろう


「おい、起きろ」


 そこら変の住宅の塀にもたれ掛からせ、顔を何度か顔をはたく。

 何度か繰り返すうちに小さなうめき声と共に目を覚ます。


「文奈は!?」


 その声と共に起きあがるが、腕を拘束されているためバランスをとれずに前のめりに倒れた。


「よう、目覚めはどうだ?」


 出来るだけドスを利かせた声を出す。それと同時に少年の背中に乗る事によって動きを封じる。更には少年の目に映るように少年の持っていたナイフをちらつかせ威圧感を与える。


「さて、お前を差し向けた奴の名前は? 能力は何だ?」


 少年が気絶した後に大樹は少しは冷静になれた。

 それによって文奈という名前が意味すること、少年の意志で殺しに来たのではないのだと推測はついた。

 つまりは文奈という人物を人質に取られ、大樹を殺しに来たのではないかと思ったのだ。

 大樹は知らないが恭也と大輔はこのあたりではかなり有名であった。だからこそその二人の親友。そして作戦参謀と謳われた『三馬鹿の忍者』大樹の存在は注目を受けている。たいていの者は大樹の存在までたどり着けないがそれでも早めに潰しておこうと多くの者に言われている。

 だが、そんなことは知らない大樹は自分の存在を知る人間として今日襲ってきたあの男を思い浮かべていた。

 結果としては大樹の予想は違うし、前者の方も半分しか合っていないが……。


「言うから、言うから文奈を助けてやってくれ! 俺はお前を殺せなかった……だから文奈が……文奈が殺される! あいつは一般人なんだ。殺そうとして勝手な願いだというのも分かっている。だけど、だけど文奈だけは助けてやってくれ」


 大樹は少年を哀れに思う。しかし、自分が殺されるには行かない。だからこそ精一杯の誠意として少年の願いを聞こうと思った。どのみち相手がこちらをねらっている以上戦いは避けられないのだから。


「分かった……。そのためにもそいつの名前や能力、知っていることを教えてくれ」


 自分で残酷な事をしていると思う。

 哀れみで少年の願いを引き受け、いっぱいいっぱいの少年から情報を搾り取ろうとしている。少年は自分が負けた以上どうなるか想像しているのだろう。これは生死をかけた戦い。負ければ殺される。だから見ず知らずの敵であった大樹に大切な者を助けてくれと願うのだ。

 実際のところ大樹には少年を殺す気はない。しかし、少年の間違えを指定する気もなく、その勘違いを利用するつまりであった。だからこそ残酷。最悪の事をしている気がした。


「ありがとう……。命に代えても文奈を守ると誓った。だけど守れなかった。だから俺の代わりに助けてくれると言ってくれてありがとう……。俺の知ってることはすべて言う。奴の名はーー」


 ザッ。


 少年が名を言おうとした瞬間、そのような乾いた音が聞こえた。見れば少年の首筋に一本のナイフが刺さっている。方向から見て大樹の後ろ。それも高い場所から投げられたのだと分かる。

 慌てて振り返り、立ち上がる。

 なにが来ても防げる様に……。

 だが、その動きはすでに遅すぎた。


 ザッ。ザザッ。


 続けて3度、そのような音が聞こえる。

 それは大樹の体から聞こえてきたものではなく、隣の少年から聞こえてきたものであった。

 少年の体には更に3本のナイフが刺さっており、すべて急所を貫いている。少年はすでに絶命していた。

 そして振り返った先にいるはずのナイフを投げた犯人。それはすでに姿を消し、大樹の目では捕らえることができなかった。ならばとすぐに意識をレーダーみたいなものに移す。しかしそのレーダーにも自分と少年以外の者の反応はなかった。


「おい! おい!」


 大樹は叫ぶ。すでにその行為が意味ないと頭では理解していても気持ちがそれを否定していた。


「助けるんだろ! 守るんだろ! 文奈って子を」


 その大声に引かれてきたのか周りの家や、近くの道を歩いて来た者が出てくる。


「早く、早く救急車を呼んでくれ!」


 その声を聞いた人たちが慌てて電話をかけていく。そして10分ほどした後に救急車と警察がやってきて少年だったものと重要参考人として大樹が連れて行かれることになった。

 大樹はそのままのことを言えるはずもなく「分からない」「来たときにはああなっていた」としか答えることができなかった。

 警察は嘘だと分かりながらも憔悴しきった大樹にこれ以上聞き出すのも無理だと感じ、少年とのつながりもなく犯人でもないと判断すると自宅に帰らすこととなった。

 すでに遅い時間のため、警察の人が送ることになったが詳しいことは覚えていない。


「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、くそ、クソ、クソ……何で、何でだよ。何でなんだよ……」


 ようやく大輔と恭也の事に気持ちの整理がつきそうだった頃にこれである。

 人の死。それも目の前に起き、冷たくなっていくのが感じられる距離であった。

 名も知らぬ少年。彼がなぜ死ななくてはならなかったのか、大輔や恭也がなぜ死ななければならなかったのか、それに答える者はいない。

 ただ一つ言えるのは精神的に憔悴しきった大樹。その回復を待つほど世界は優しくはない。ということであった……。


「あぁ、そうだ……。智子ちゃんに携帯を返してもらわないと……」


 大樹の口から漏れたその現実逃避する言葉は夜の空にむなしく消えていった。

執筆者:棘田 清志

「すいません。すいません。3日で書いてやると意気込んで3か月。大変お待たせいたしました。次の人や他のリレー小説の参加者様、主催のコニ・タン様、そして読者の皆様には大変迷惑をおかけいたしました。次回書くときはもっと早く書けるようにしますのでよろしくお願いいたします。」

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