第五話
大きく振りかぶった巨漢の拳が大樹に迫る。それは大きな外見とは裏腹に機敏で鋭い拳。
「っつ!」
とっさに体を右にずらし、大樹はそれを回避して力任せにモップを振り抜く。
巨漢の脇腹へ放たれたモップの一撃は、当たればよろけさせるぐらいの効果はあったであろう。そう、当たれば。
「無駄なんだよおおおおおおおおお!!」
当たるはずだったモップは無残にも宙を切り、風を斬る音だけを残し空ぶる。
今度は、見えた。
脇腹に当たる寸前に巨漢は一歩下がり、モップの行く先は脇腹 から大きく突き出た腹へと切り替わる。だがその腹は急激に減っ込んだのを。
どうやら体重操作という能力については信じる他あるまい。厄介な能力だ。
内心で毒づきながらもそう結論付け、大樹も一歩下がりモップの持ち手を巨漢に向け、槍のように構え直す。
横に薙ぐのでは、ダメだ。では突きならばどうだ? いくら体重操作できたところで、真正面から迫る突きに対処はできまい。
対面する巨漢はニタニタと醜悪な笑みを浮かべ、余裕ぶっている。
……俺の能力を知らないのに、何故あいつはあんなにも余裕そうなんだ? ただの、アホなのか? それともまさか――――
「敵を前に考え事たぁ……随分余裕だなぁオイイイイイイイイイイ
!!」
ズブズブと思考の海に沈んで行く大樹を呼び戻すは巨漢の咆哮。
気づけば、巨漢は先程と同じように、その見た目からは想像のつかない機敏な動きで大樹に迫り、拳を振りかぶる。
回避は、出来る。だが今は、それよりも優先しなければいけない事がある。
「智子ちゃん! 目をつぶれ!」
巨漢の後ろで、状況もわからず震えている少女の名を叫びながら右手を突き出し、昨日自分が得た、唯一の能力
チカラ
を発動する。
「永光の拳
シャイニング・フィスト
!」
巨漢を騙すブラフの意味合い込めて、大樹は適当に考えた技名を恥かしげもなく、堂々と叫ぶ。
すると巨漢は焦ったような表情を浮かべ、後ろに下がろうとする。
だが、その瞬間、大樹の右手から光が溢れ出す。
「う、ううっ! ま、眩しい! クソっ! どこだ、どこに行きやがった!」
右手の拳を中心に放たれた大きく、強い光は、発光点に一番近い場所にいた巨漢の目に大きなダメージを与える。
とっさに目を閉じた僕ですら目がチカチカするんだ、ザマァみがれ。
だが、毒づいてる余裕などはない。大樹はポケットから携帯電話を取り出し、智子の方にそれを投げ、吠える。
「智子ちゃん! 早く逃げろ! んで、二年B組の榎田さんを呼んできてくれ! いなかったらそこに入ってる番号で榎田さんを呼び出してくれ!」
協力を関係を結んだ時に番号を交換していてよかったな。過去の自分に大樹は賞賛を送る。
「え、え、その、あの」
「説明は後でする! このままじゃ――――二人揃って死ぬぞ!」
「――――っ!」
混乱していた智子は、『死ぬ』と言う言葉で急速に思考が落ち着きを取り戻し始める。
『死』それは智子にとっては遠かった言葉で、今は近い言葉。
死ぬ。自らの兄や、その友人のように死ぬ。物言わぬ骸になれ下がり、残った者の大きな傷跡を残す――――そんなの、私は嫌だ。
「あぁもう! 後で! 後で必ず説明してくださいね!」
それだけ言い残し、智子は大樹の携帯を拾い教室から逃げ出す。
大樹の目的、それは智子を逃がす事だ。
智子は恐らく能力者については何も知らない。だが能力者である巨漢は何故か智子を狙った。
目的は何かわからない。わからないから、まずは智子を逃す事を大樹は優先した。
ひとまず、榎田が智子を守ってくれれば安全だと大樹は結論づける。
だから大樹は――――目の前の巨漢を叩きのめす事にした。
智子と一緒に逃げて巨漢を撒けたとしても、それでは智子が狙われる理由はわからない。
ならば今こいつを叩き、何故智子を狙ったのか聞き出せばいい。
俺らしくない短絡な考えだと内心で大樹はこぼす。理由については大樹は心当たりがあったた。
それは『怒り』。
親友の妹を狙らわれた事に、大樹は腸が煮えくりかえっていたのだ。
「やってくれたなぁ……やってくれたなぁテメェ……」
またも思考の海に沈む大樹を呼び戻したの怒気を含んだ巨漢の声。
先程まで閉じられていた血走った目は大きく見開かれ、殺意を孕んだ視線を大樹へぶつける。
「テメェだけは……俺がぶっ殺してやるよおおおおおおおおお!!!」
身を低くかがめ、巨漢は駆ける出す。
一方で大樹は構えたモップを巨漢の喉元へ突き出し、迎え撃つ。
真正面からの一撃ならば、体重操作したところで避ける事は不可能だ。
だがその考えは次の瞬間に打ち崩される事になる。
「あめぇんだよぉ!!」
「なっ!」
当たると確信していたモップの一突きは当たる寸前に巨漢につかみ取られ、そのまま力任せにモップを引っ張られてしまい大樹は体制を崩してしまう。
とっさにモップ離し、後ろに下がろうとした大樹の腹に巨漢の拳が突き刺さる。大樹の体は投げ飛ばされたボールのように後ろに吹き飛ぶ。
「がっ―――」
背中から壁にぶつかった大樹の口から苦悶の声が漏れる。
拳が当たる寸前に身を引いて衝撃をやわらげたつもりではあったが、それでも大樹の腹には重たい一撃が突き刺さった。
……なにか、おかしい。
大樹は痛みを抑えながら立ち上がり、目の前で勝ち誇った嘲笑を浮かべている巨漢を見据え、先程から感じていた違和感について考える。
「おいおい柏木よぉ? なんで能力さっきの一回しか使わねぇんだ? 舐めてやがんのかぁ? それとも……あれだけしか出来ないのかぁ?」
巨漢の探るような言葉に、大樹は口端をつり上げ、不敵な笑みを浮かべると――――
「俺と同じで能力を隠してる奴に、教える義理はないね」
一つ、確信めいた言葉を巨漢に投げかける。
「……はぁ? 何言ってんだ、お前?」
訝しんだような巨漢の言葉を聞き、大樹更に確信を強める。
「お前の能力は、体重操作なんかじゃない」
思えば、最初から巨漢の動きは良すぎた。
動けるデブ。という存在は確かに存在するが巨漢の動きはとてつもなく機敏で、尚且つ拳の重さ、何より力が半端ではなかった。
もし体重操作のような目に見える能力ならば、動くときに瞬時に痩せ、殴る時は瞬時に体重を増やす。という体型が変化する光景が目に映るだろう。
だが、大樹は目に見えてわかる体型の変化を最初の方にしか見ていない。
体型を変化させていないにも関わらず常人以上の動きをする巨漢。そこから大樹は一つの答えを導き出す。
「お前の能力は外見以外、目に見えない筋肉をも自由に操作できる能力……『肉体操作』じゃないのか?」
確信を持った言葉を巨漢に問いかける。
大樹としてはこれが正解でも不正解でも構わなかった。正解だとすれば多少なりとも巨漢は能力が看破された事に対する焦りが生まれ、少しはやりやすくなる。
不正解ならばこちらを見くびり、巨漢を更に油断させる事が出来る。そうなれば愚者を演じ、相手の隙を突く。
どう転んでも、大樹にとって状況は好転する――――
「……流石は、『あの二人』の参謀……いや、忍者と呼ばれるだけはあるね」
――――はずだった。
「いやはや……まさか、こうも簡単に看破されるとはね……」
巨漢は、大樹が予想していた焦る事も、油断する様子も見せない。
ただ、先程とは違い、落ち着き払った声色で大樹を称賛するような笑みを浮かべている。
ついさっきまでと真逆の態度を取る巨漢に、大樹は警戒レベルを最大まで引き上げる。
「……どうやら、とんだ食わせ者だったみたいだな、お前」
最初から、全てを偽っていた巨漢。愚者を演じるつもりが、逆に演じられていた事実に大樹は背筋が凍る。
「君ほどじゃないよ。まさか、能力を見破られるとはね……うん、試した価値はあったよ。やっぱり君は厄介だ」
「待て、それはどういう事だ?」
やれやれと肩をすくめ、まるで最初から全てを仕組んでいたかのような物言いをする巨漢に大樹は疑念を覚える。
「どういう事もなにも、試したんだよ、最初から。君が僕達の障害になるか、それとも――――手が組める人かをね」
「……は?」
仕組まれた? この状況、全てが?。
「結論としてはそうだね……うん、やっぱり君は『あの二人』の仲間だけあって厄介だ。僕としては手を組みたいところだ」
その事実に、大樹の頭の中に警鐘が鳴り響く。
こいつは、一筋縄ではいかない。
大樹はジリジリと後ろに下がり、相手の一挙一動を見逃さんと巨漢を睨めつける。
そんな大樹を見て巨漢は一つため息を吐き、両手を軽く上げる。
「あー、もう僕に敵意はないからから。単純に君を試したかっただけだからそこまで警戒しないでよ」
「……智子ちゃんにあんな真似した相手に、警戒しないわけにはいかないだろ」
「それについても謝罪するよ。でもほら、彼女予想以上に怖がったんだよ。全く体型の効果って凄いよね。本来の僕は超スリムで超絶美形なのにさ。後で見せてあげるよ」
「いや知らねーよ!」
おどけたような物言いに大樹は思わずツッコンでしまう。
こいつは、なんなんだ? 先程とのあまりの変わりように大樹は内心混乱する。
ただ、油断ならない相手であることは確信していた。
「まぁ、ともかく……僕と、手を組まないかい?」
「……信用出来ない」
「……だったらさ、君が知りたい事をいくつか教えてあげるよ……例えばさ、『あの二人』を殺した奴の情報とかを、ね」
「……は?」
巨漢が言った言葉に大樹は一瞬、思考が凍る。
「それは――――」
「これ以上は秘密だよ。今はこれ以上教える義理も理由もない」
問いかけようとした大樹の言葉を遮り、巨漢は後ろを向いて窓を開け放つ。
「どうしても知りたいなら……三日後の放課後、体育倉庫に来てくれ。その時に君が知りたい事と、君の返答を聞くよ……あぁ、そうそう、君一人で来てね? 榎田さんはまだ、信用出来ないし」
そう言って、振り向いた巨漢は――――
「じゃあね、柏木くん。いい答えを待ってるよ」
スラリとした体躯、そして女性と見間違うかのような中性的な顔。ニコニコと笑みを張り付かせている顔からは、その本心を伺う事はできない。
「……はぁ!?」
巨漢は、先程言っていたような細身の美少年になっていた。
「ほら、細身の美形だっただろう?」
驚く大樹を見てイタズラが成功した子供のように笑うと、巨漢だった少年は窓から飛び降り、そのまま視界から消え失せたのであった。
「……どう、なってるんだ」
大樹一人が残された教室の中で、大樹はそう、零す事しか出来なかった。
「全く、君も人使いが荒いよね」
「すまないな。……それで、柏木はどうだ?」
どこか、空き教室の一室で二人の人物が話し合っていた。
一人は、先程まで大樹と対峙していた巨漢だった少年。
もう一人は、仮面のようなものを被った長い背を持つ制服姿の男。
「能力についてはわかんないけど、頭の回転と洞察力は目を見張る物があるね。……流石は『三馬鹿の忍者』だね」
「ふむ……」
少年の報告に男は頭を捻り、思案する。
柏木大樹。やはり能力者になったか……ならば、こちら側に引き込みたい。
そう考えていると、少年からもう一つの報告が上がる。
「あ、そうそう。柏木くんは榎田さんと組んでるみたいだよ。後で榎田さんについても調べといてね」
「なんだと……わかった。ご苦労だったな園崎。後はゆっくり休むといい」
「言われなくてもそのつもりさ」
園崎と呼ばれた少年は机の上に座り、どこか、虚空を見つめて一言漏らす。
「……この戦い、いつになったら
終わるんだろうね」
なんとなく漏らした園崎の言葉に、男はどうでもいいと言った様子で返す。
「……ミカエルの言葉を信じるならば、最後の一人になるまで、だな」
そう、どうでもいい。どちらにせよ自分以外の能力者はこの手で殺さねばならない。それは目の前にいる園崎も、引き込む予定の柏木も、だ。
「……僕らが把握してる以外の能力者って、何人いるんだろうね」
「……知らん」
「終わりが見えないゲーム程、嫌なものはないなぁ。ネトゲの方がマシ」
「知らん。興味ない」
「つれないなぁ君は。もっと興味持とうよ、興味をさ」
「知らん!」
それっきり、二人の間の会話は無くなる。
終わりの見えないゲーム。確かにそれは実につまらない。だが、それを楽しむ者もまた存在する。
私は、まだこのゲームを楽しみたいがな……仮面越しに、男はそう笑ったのであった。
舞台と役者、そして役者を動かす演目は着々と揃いつつある。
運命の歯車は、今、音を立てて回り出そうとしていた――――。
執筆者:ワタユウ
「遅れてごめんなさい。でも次の執筆者が巻き返してくれるよ! あ、『吼えろ聖剣! エクスカリバーさん!』をよろしくお願いします」