第四話
智子と別れた大樹もまた、教室にいた。彼は事件以降、一日も学校を休んではいない。事件の真相の一端を知り、またその解明に近づくための一歩を、能力を得るという形で踏み出していたからというのもあるし、イタズラをしながらもなんだかんだ学校が大好きだった二人の分まで、休むわけにはいかないと思っていたからというのもある。
何にせよ、彼自身は事件のショックからそれなりに立ち直っていたのだが、周囲はそうもいかなかった。同じクラスの友人が変死体となって発見されたともなれば、大きなショックを受けるのも当然だろう。クラス全体が沈んだ雰囲気に包まれていた。
さらに、死んだ二人と特に仲の良かった大樹に対して、ある人々は変に気を遣ってそっとしておこうとするために、またある人々はコソコソと噂話をするゆえに、彼にとって非常に居心地の悪い空間となっていたのだ。
しかし、大樹はそんなことを気にしてはいなかった。いや、気にしている余裕がなかった。
能力者は皆がセンサー能力を持っている以上、いつ戦いになってもおかしくはない。実際、学校にも榎田さん以外に何人か能力者がいる。彼らを警戒しながら毎日を過ごさなければならない上、『発光』という明らかに戦闘向きでない能力で、殺し合いを生き延びねばならないのだ。
今の大樹は、戦い方を、生き残る術を考えることだけに必死だった。
事実、能力を得てから数日経った今も、試行錯誤を繰り返している。家で色々試してみたところ、「明るさはイメージによる」というルシフェルの言葉の通り、念じれば相当な明るさにまですることができた。それこそ、目も開けていられないほどに明るくすることも。けれど所詮はその程度だ。腕力が上がるとか、動きが速くなるとか、戦闘力の増加に直接つながることは何もない。
いまさらになって、本当に後悔してる。なぜあそこで能力を得ようとしてしまったのか。別に能力を得なくても、真相に近づく方法が何かあったんじゃないだろうか。色々考えるけれど、もはや手遅れだ。
「はーいじゃあ朝礼始めるぞー」
担任の中曽根先生が入ってきてHRが始まる。事件以前と変わらない、朝の光景。しかし、大樹を取り巻く環境も、そして大樹自身も、確かに大きく変化していた。
☆★☆
「うぅ……困ったなぁ」
「どうした? 最近なんだか悩んでるみたいだけど。やっぱあれか、恭也と大輔のことか? 」
昼休みになっても何やら難しい顔をしたままの大樹に声をかけてきたのは、事件以降も積極的に大樹に絡んでくれる数少ない友人の一人、立花 雄哉。サッカー部のキャプテンであり顔立ちも整っているため、大樹とは正反対と言っていいほどに目立っていて、いつも話題の中心にいる。羨ましい限りである。
「あぁ、まぁな。色々あるんだ。だけど心配はいらないよ。大したことじゃない」
本当は、大したことないなんて大嘘だ。こちとら命が懸ってるんだから。とはいえ、雄哉は能力者のセンサーに反応しない以上、能力者ではない。無関係の人に能力のことを話したところで到底信用してもらえないだろうし、下手をすれば精神病院に連れ込まれて、事件の真相解明のために動けなくなってしまうかもしれない。それに、仮に雄哉が能力者だとして、殺し合いをする相手に自分の能力を明かしてしまうなど致命的である。
結局自分で解決するしかないんだ。
「そのわりには顔色が悪いぜ? 大丈夫かよ……」
「ははっ。実は事件以降あまり眠れないんだ。心の整理はできたつもりでも、本当はできてないのかもしれないな」
「おいおい、それは大丈夫って言わないだろ」
「いやぁ、大丈夫さ。症状は改善されてきてるしね。そんなに心配いらないよ」
「そうか、それならいいんだけどな。あんまり無理はするなよ。精神的に追い詰められてるんだろうからさ」
雄哉はそう言って立ち去っていく。
男子にまで気遣いのできるイケメンめ。遠ざかっていく彼の背中に、大樹は小さな声で恨み言を言った。
「はぁ……」
気づいたら学校が終わっていた。当たり前のように、授業は全くもって頭に入っていない。そういえばそろそろテストがあったハズだし、このままではまずいなぁ。
「はぁ……」
事件以来、憂鬱な日々にため息が増えて仕方がない。ただ光るだけの能力で、どうしろというんだ。「禿げてなくても太陽拳ができるよ! やったね、た◯ちゃん! 」とでも言って喜んでおけばいいのだろうか。冗談じゃない。
そんなくだらないことを考えながら、家に帰ろうと教室から廊下に出たときだった。
「あれは……智子ちゃん? 」
階段を上る彼女の姿を目撃したのだ。一年生の教室は僕たち二年生と同じく二階にある。だから、彼女が自分の教室に戻るという可能性はない。教員室に用があるなら一階におりていくはずだから、こちらの可能性もない。となると、三年生に用があるか、あとは屋上に行くのか……?
階段を上る智子ちゃんは、ぼーっとしてなにやら考え事でもしているみたいだった。彼女は兄である大輔ととても仲が良かったし、彼の死で受けたショックは大きかったはずだ。それこそ、三馬鹿として中学の頃から彼と一緒にいろんなことをやった僕と同じくらい、いやそれ以上だろう。
そんな彼女のことだ。思いつめているのかもしれない。最悪の場合、自殺なんてことも……。そう思った時には体が動いていた。ただまぁ、女の子を追いかけるということになんとなく気が引けて、こっそりとついていく形になってしまったのは見逃して欲しい。
とにもかくにも、彼女の後を尾けていったところ、どうやら自殺の心配は無用だったみたいだ。彼女は屋上へ向かうことなく、三階の廊下を歩いていく。
ほっとしたのもつかの間、三階に何の用があるのかと気になってきた。三年生に仲のいい人がいるという話は聞いたことがないけれど、部活の先輩に呼び出されでもしたんだろうか。
あるいは……告白? 確かに智子ちゃんは可愛い方だし、なによりその溌剌とした性格は男女を問わず大人気だ。その可能性は高い。
もし本当に告白なら、兄の友人として成り行きを見守らねばならないよな。
誰に言うでもなく、呟くように言い訳すると、湧き出した野次馬根性に従ってそっと彼女のあとを尾けた。
智子ちゃんが向かった先は旧理科準備室。理科室が改装された影響で準備室も移転となり、今は物置のようになっている教室だ。中に智子ちゃん以外の誰かがいるのか、何か話をしているのか、様子を伺おうと扉に近づこうとして……すぐに足を止めた。
何者かが、それも能力者が、まっすぐこちらへ向かってきているのがセンサーに引っかかかったから。物陰に身を潜め、息を殺して廊下の先を窺うと、巨漢が身を揺らしながら歩いてくるのが見えた。知らない顔だから、同学年ではないはずだ。三階にいるんだし、恐らく三年生か?
いや、今はそんなことはどうでもいいんだ。迷いなく真っ直ぐこちらに向かってくる以上、僕を狙ってきているに違いない。逃げるべきかとも思ったが、既にセンサーに引っかかっている以上、執拗に追い回されてしまえば逃げ切れないだろう。未だ能力の上手い使い方は思いついていないが、不意打ちされるよりは向かってくるのが分かっている今の方がいい。
そうやって覚悟を決め、近くのトイレに行ってモップを取ってきて拍子抜けした。
巨漢は、旧理科準備室に入っていったのだ。
なんだ、僕が狙いではないのか。
一瞬安堵しかけたが、そこでふと思い立った。能力者が智子ちゃんを呼び出したのは偶然だろうか? 彼女を呼び出したのを僕に知らせていないから、人質にするというのは考えにくい。智子ちゃん自身に用があったんだろう。ならば、その用事とは一体なんだ?
頭の中で必死にピースを組み立てる。彼女が能力者に狙われる理由は、兄のこと以外にはないはず。ということは、あの巨漢が黒幕? 何らかの理由で彼女のことも消しに来たのか?
だとしたら彼女は今……! こんなことしてる場合じゃない!
モップを強く握りしめ、慌てて準備室に突撃した。
準備室の扉を勢い良く開けて中を見ると、男が智子ちゃんを壁際へ追い詰めているところだった。
「ああ、誰だ? 今取り込み中……って能力者か! まったくタイミングの悪い……」
なにやらブツブツと呟いている隙に男のもとへ踏み込み、モップを横薙ぎに振るう。
やや距離を詰めきれなかったが、十分だ。モップは確かに、こちらを向いた巨漢の突き出た腹へと吸い込まれていく。咄嗟のことに驚いているようだし、避けることもできない。
そのはずだった。
ーーなっ!
あまりの手応えのなさに思わず声を上げてしまう。それもそのはず、確実に当たる軌道を描いていたモップは、なぜか空振りしたのだ!
「いきなり襲ってくるなんてひどいじゃないかァ!」
「あれ、いま確かにモップが……」
「あぁ? どうしてってか? 本来なら当たるはずだったよ。だがな、お前も能力者なら分かるだろう? 能力で避けたんだよ、能力でな! 丁度いいからお前はここで始末する。だからその前に冥土の土産として教えてやるよ! 俺の能力は、望むように体重を変えられる能力! 体型もそれに伴って変化するんだ。つまり、お前のモップが当たる直前に体重を減らし、痩せたんだよ!」
「そ、そんなことが!」
もし本当なら、恐ろしい能力だ。体型を変えられるのも色々と利点はあるだろうが、それ以上に体重が変えられるのは恐ろしい。軽くなってジャンプしてから、落下する時は重くして……なんてこともできるのだ。まるっきりの戦闘向き能力じゃないとはいえ、脅威の能力だな。戦い方も考えずに挑むのは、やはり尚早だったか……。
後悔の念ばかりが募る。
「どうした? 来ないのか? ならこっちから行くぜェェェ!」
くっ、やってやる! やってやるさ!
「おおおおおお!!」
大樹にとって、能力を得てから初めての戦いが、今始まった。
執筆者:ユニィ
「すいません! 僕はイマイチ盛り上げることが出来なかった気がするんだ! でも!! きっと次の方が盛り上げてくださるはず!」
ということで、初めましての方もお久しぶりの方も、こんばんは。ユニィです。
連載は一本だけ(「スキルチートの異世界漫遊記」)ありますが、今は更新止まってます…orz
今年中に再編して、続きも含めて投稿できればと思っているので! 良かったら読んで下さいませ。
じゃあ次の方、よろしくお願い申し上げます!