第三話
その後、何事もなく智子は学校に着き校門をくぐる。
少しの間休んだだけで全くといっていいほど学校の雰囲気は変わってしまっていた。
それは事件のせいなのか、自分の心のせいなのかは智子には分からなかった。
まだ早いせいか人気のまばらな昇降口に進み、下駄箱の扉を開けて上履きを取ろうとした時、その中に白い封筒があることに気づいた。
杉浦智子様へ、とだけ書かれているその封筒は差出人の名前は見当たらなかった。
しかし智子はこれが所謂、ラブレターというものだろうと思った。
こういったものが届くとき普通の女の子なら心踊り、喜ぶのだろうが、生憎智子はそんな精神状態ではない。
人がどんな状態なのかわかっているのだろうか、ふざけているのか?
そのように考えつつ智子は近くのトイレに入りその手紙を開けて読む。
中身はなんてことのないラブレター、貴女のことをずっと見ていた、すきだった、力になりたい、放課後に空き教室で待っているから話だけでもしたい。
要約するとそのようなことだ、ならば放っておいて欲しいと思ったが智子は口には出さなかった 。
しかし手紙の内にも差出人の名前が無く、智子はここのところ学校をしばらく休んでいた、まさか今日登校することを事前に知っていたとも考えられず、ならばこれがいつから下駄箱のなかにあったかは定かではないがこの名も知らない差出人は今日までの間待っていたのだろう。
それを考えた時、智子はせめて顔を合わせて断ろうと思ってしまった。
それが彼女の長所であり短所でもあった。
優しくて、他人を自分より優先することの多い、謙虚といえば聞こえが良いが、結果的にそれが原因で自分自身が傷つく事も過去にはあった。
その彼女の性格を兄はよく思案し、火の粉を払っていたこともあったが、その兄はもういない。
そうして彼女は放課後に手紙の人物と会うことを決めて久しぶりの教室に向かった。
教室までの道のりで何回か智子を見て、何やらこそこそと話す人達をを見かけたが、話の内容は聴こえなかった、しかし気にしても良い事ではないと感じたので智子は気にせずに教室に足を進めた。
早目に学校に着いたせいか予想外の出来事で多少の時間がとられたが教室の中はがらんとしていて数人のクラスメイトの姿しか見えず、その数人も各々のやることに熱中していて、智子の姿に気付いてはいないようだった。
そのまま自分の席につくと数人が気付いたようだが特に何のリアクションを取るでもなく戻っていった。
「智子……?」
しばらくするとドアの方から懐かしい、友だちの声がした。
智子は振り返ってその顔を見ながら、呆然としているその人物に声をかける。
「うん、おはよう香澄。」
「っ!!おはようともこぉ!
もう!もうもうもう!心配してたんだよっ!
がっこにもう来ないのかと思ってた!」
そのまま小走りで抱きついてきたのは智子の友人の恋華香澄。
元気で活発で明るい性格の茶色のポニーテールが印象的な智子たちの友達だった。
感激のあまり抱きついてくるのは良いが、力が込められすぎていて、圧迫感から背中を叩くと香澄はすぐにその腕をほどいた。
「ごめんね、心配かけて……ちょっと平気になったから、
流石にこもってても何にもならないってわかるから。」
「うん、私は智子がこうやって来てくれるのは嬉しいと思ったけど、無理はしちゃだめだからね。」
「うん、判ってる。
ありがとう、心配してくれて。」
「当たり前でしょ、それに……智子ほどじゃないけど気持ちはわかるもの。」
そう言って香澄は目を逸らした、その目は何も写してないようで、何かを思い出すようでもあった。
それを見て智子は香澄が兄によくなついていたことをふと思いだす。
好意ではなく敬愛、だからこそぽっかりと心の中で何かが抜け落ちてしまったことに香澄も不安なんだろう。
「最近のトモコニウム分が不足してるのよ〜!
もっと嗅がせて吸わせて吸い取らせて〜!」
先程から智子の首や髪の匂いやらをクンカクンカスーハースーハーと嗅ぎ続けているのはきっとそれらを隠すためなのだろう。
「ハァハァハァハァ……もう持ち帰りたい……一生部屋に置いときたい……私だけのものにしたい……いえ、もうこれは誰にも渡せない渡さないイコールで私のもの……!
智子はずっと私のものよぉぉぉ……!」
……隠すためだと信じたい。
気付くと教室は人が多く集まり、時計の針はもうすぐ朝のHRが始まることを悠然と指し示していた。
香澄は少し慌てたように離れて、自分の席に戻っていった。
どうやら宿題の残りを片付けるつもりで早く来たものの今の事で全く進んでいないため終わらせるために全力を尽くすらしい。
名残惜しさを感じながら、その場は担任教師とクラス内のいくつかから上がった悲鳴によって朝の時間は終わりを迎えた。
時間は進み、少し遅れてしまった授業、友人たちと久しぶりに囲むお昼の食事。
数日前まで当たり前だったそれらがとても掛け替えのないものに感じるのは、もう戻らないものがあると知ったからだろうか。
ともあれ、時刻は放課後になり、担任との個別の話が終わった智子は朝から決めていた手紙の呼び出し場所に行くことにした。
香澄や他の友人には何も言わなかった、言ったとしても反対されるだろうということは智子でも容易に想像がつき、逆の立場なら自身もそうすると思っていた。
だから誰にも言わなかった。
呼び出された場所は滅多に人のこないだろう多目的に使われる教室。
日によっては人が集まることはあるのだろうが今日のこの日は誰も居らず普段からの掃除によって清潔に保たれた教室には人気が無かった。
備え付けの時計は指定の時間を指していたにも関わらず、だ。
「(やっぱり、もう来ないかな……)」
五分ほどその場で待っていたが、呼び出し主が姿を見せる気配が無かったため、智子は荷物をまとめて教室を後にしようとしたところ、教室のドアが開かれた。
教室の前側、黒板を向いて待っていたため
教室の後部のドアがいきなり開かれ意表をつかれる事となり智子は自身の心音が響くのを感じながら、その音のもとに振り向いた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ」
そこには明らかに高校生とは思えないほどに肥大な脂肪を抱えた巨体が息を切らし、目を血走らせて立っていた。
執筆者:怠惰
「ごめんなさい怠惰ですいませんでしたぁ!!
私以外の作者様はとても勤勉なのできっともっと盛り上げて面白くしてくださるのでこの後も読んでください!」