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Narrow Wish   作者: 暗黒騎士/怠惰/棘田 清志/蓑虫/コニ・タン/ワタユウ/ユニィ
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第二話

 妙に頭が冴えていた。

 友人が死んだから? 自分がやるしかないと思っているから? 殺し合いに身を投じたから? それとも――三馬鹿の二人がいなくなって、ようやく自分が前に立てるから?

 分からない。分からないが、その思考は後でいい。今考えるべきは――と、大樹は目を開く。

 目の前には榎田葉月。こんな事でも起こらなければ向き合う事はなかっただろうと、しかしそれもどうでもいい思考。思考を、絞る。


「榎田さん、手を組もう」


 極めて自然な仕草で、大樹は葉月を誘う。まるで友人に今日は外で食うかと提案するような、そういう気軽さ。対し、葉月はそのように軽くは受け取れない。


「なんっ……!?」


「分かってる、君と俺は今から殺し合いをする立場だ。君が俺を殺さないって言っても信じられないし、逆もそうだろう。だから今から――そうだな、プレゼンをさせてもらおう」


 何の力もない俺が、君に自分を売り込むプレゼンさ――と、肩を竦める。

 言いかけた言葉を呑み込み、そして次に続く言葉も見当たらない。口を二、三度彷徨わせた後、結局葉月はむすと黙り込んだ。釈然とはせずとも聞くつもりなのだろう、大樹は滑らかに口を開く。


「第一に、能力者じゃないのに能力者を殺した――恭也と大輔を殺した殺人犯の存在だ。こいつは能力者全員の敵って言える、正体を明かして恭也と大輔に恨みがあったんですもう殺しませんなんて言わない限りね。こいつが存在する限り、共同戦線に意味はあるって事さ」


 すらすらと口が動く、葉月が気味悪そうに自分を見るのを大樹は感じていた。

 これでもあの三馬鹿の参謀を担当していたのだ。少なくとも普通の学生よりは頭が回る――それに、今は余計に神経が研がれている。万能感はない、ただ冷静な意思があった。

 すぅ、と息を吸い。胸に手を当て、葉月は大樹を見つめ返した。気圧されないようにと。


「ただ腕が光るだけの能力者と組んでどうなるっていうの?」


「それを俺にやられた透明人間さんが言う? 能力者と言ってもコミックのヒーローって訳じゃない、パンチで山を割ったり瞬間移動したり――そういうんじゃない一芸特化である以上、ただの人間も、ただの人間とほとんど変わらない弱小能力者もそれ以上の強さがあるなんておかしい事じゃない。現に、俺の友達は殺された」


「あなたは能力者以上に強いって?」


「さてね、それは君が判断してくれればいい」


 透明人間を初見で相手取った事。捕まってもそのまま逃走の用意を整え、その上で情報も集めようとした事。そして、ルシフェルという訳の分からない存在を相手に一歩も引かずに自らの意思を押し通した事。どれもよほど肝が据わっていなければ出来ない事だ。

 葉月は頷く。大樹もまた、頷きを返す。


「そしてこれが一つ大事な事」


 指を立てて、何気ないしぐさで。大樹は言う。


「俺はその気になれば、今すぐ君を殺せるって言う事だ」


 その言葉、紡がれた瞬間。葉月は能力で透明化、同時に飛び退こうとする。意識しての事ではない、反射的な行動だった。

 冷たい、ただひたすらに冷静な声。それを敵意と感じたのは、葉月が普通の少女である事を裏付ける。成功、だ――結果に満足し、そして大樹は踏み込む。今はもう姿が見えない、彼女の身体があったはずの場所。

 飛び退こうとする、葉月のその動き。それに合わせるように大樹は両腕を動かした。右腕を構えてさまよわせ、左腕を大振りに振るう――


「ほい、っと」


 左腕に感触、それを頼りに右腕で虚空を掴む。

 何もないはずの空間に、彼女は存在した。消えたとはいえ、警戒ゆえの動きは読むのが容易い。後ろに下がろうとする、少しでも相手から離れようと手をひっこめると、その辺りだろう。当たりが付けば大まかな場所は分かる。

 例えば彼女が武術の達人だとか、透明化をクレバーに使いこなす知恵者なら話は違っただろう。だが、彼女は普通の少女だった。透明になってスタンガンを押し当てるという、上手くやればどこまでも簡単なそれを躊躇いしくじってしまう程度には。

 まぁそれでも上手く使われれば大樹がやられる要素はいくつもあるのだが、ここはこうして自分の優位を示さなければならない。敗北感を刻み、大樹が上位者だと認識させる。交渉は平等の状況で口先だけを駆使するのではない、状況をつくる事もまた重要なのだ。


「いたっ……」


「あ、ごめんごめん」


 反射的に透明化を解いた葉月。見れば、大樹の手が掴んでいたのは下がろうとしたその動きで跳ねたのだろう、少女のポニーテールだった。髪を掴むのはあまりいい絵面ではないなぁと、大樹は素直に謝る。

 ぺたん、と葉月は尻餅をついた。呆然。負けた絶望とか、恐怖とか、そういうのに辿り着く少し前の表情。


「まぁ殺せるとは言ったけど殺すとは言ってないから。安心して。まぁ、今はって話になるけど」


 絶望とか、恐怖とか。そういうのは協力関係には邪魔だ。敗北感はいいけれど、過度に怖がらせては反感を買って信用を築けない。協力者である以上、信頼はなくとも適度に信用は必要だ。

 だからそうなる前に、大樹は笑った。優等生らしい見た目の彼に似合う、気弱で優しげな笑み。どう受け取ったか、葉月は唾を飲み込みながらなんとか立ち上がった。


「……私が、殺されるって言うのは、分かった。でも、その……そちらに、メリットは?」


 怯えている、躊躇いがち、固い。しかし、交渉しようという意思も見える。状況は大樹にとって理想的な方向に進んでいた。

 笑みを引き締める。今度は、出来れば頼りがいがあるように見えればいいなと思いつつ。

 メリットと言えば、まさにその能力だ。透明化、暗殺で一発で終わらせる事も出来る最強格の力。しかしそれを今伝えても「脅したけどやっぱり君を脅威に思っています」とネタばらしするようなものだ。だから、答えはこれだろう。


「一人じゃ、ちょっと怖いかな……俺も死ぬのは怖いからさ、しばらくは二人でいたい」


 それは本心なのか。自分は本当に死ぬのも殺すのも怖がっているのか――大樹本人にも胸の内まで自覚できていない。頭はどこまでも冷めているが、代わりに心には靄がかかったようだ。でも、それはそれで好都合。下手に怯えたりする余裕はないのだから。

 そこでようやく、葉月は安心したように笑みを浮かべる。やっと目の前のモノを同じ人間だと認められたという風な。


「榎田さんもそうだろ?」


「わ、私は別に……覚悟は……」


 逡巡、俯く。彼女はルシフェルに強制的に選ばれたと言っていた、それなら覚悟なんてないのも当然だろう。

 殺し合い、というのがミソだ。自分がやる気がなくても誰が殺すだろうという疑心暗鬼は、それならば自分が殺してもいい・自分が先に殺してやればいという狂気へと背中を押す材料になる。その熱狂に呑まれたままに動かなければ恐怖に押し殺されてしまうだろう。普通の学生ならそうだ。

 自分が相手を倒せないと突きつけられ冷静になったこの状況、葉月は人殺しをたやすくは肯定できない。普通の少女という良心がそれを許さない。大樹はそう考える。


「まぁ、どっちでもいいんだけどね……これでプレゼンは終わりだよ。僕と手を組むかどうか、この場で決めてほしい」


 手を差し出す。優等生らしい笑みを浮かべながら。

 葉月はしばらく視線を床に落とし足を組み合わせながら何やら考えていたが――結局、大樹の手を握った。

 女の子らしい、柔らかい手。血に染まる事なんてないはずだった、そんな優しい掌。それを傷つけにようにゆっくりと握る。


「よ、よろしく……柏木君」


「うん、よろしく。榎田さん」


 これは契約だ。最後の瞬間には失われると確定されている契約。自分はこの手を血に染めるのだと、大樹はそれすらも冷静に受け止めながら手を離した。




 柊恭也と杉山大輔。二人の死は、多くの人間に影を落としていた。

 大輔の妹、智子もその内の一人である。唐突な兄の死。病死でも何でもない他殺、突然の不幸。

 兄は確かに模範的な人間ではなかったのかもしれない。部活動をしているというのにいつも危ない橋を渡って他人様に迷惑をかけて、一部では彼を疎ましく思っている人間もいただろう。嫉妬も、羨望も、あっただろう。

 しかし、大輔は殺されて当然というほどの人間ではなかった。友を大事にし、妹を気遣う男だった。馬鹿をやるのだって、自分達の楽しみの為だけに他を貶めた事はない。殺されるほどでは、なかったのだ。むしろ、幸せになるべきだったのだ。

 そう思い嘆き――ようやく智子はその日、心の整理をつける事が出来た。兄の死を完全に受け入れた訳ではないが、それでもただ泣いているだけでは何も変わらないと気付いたのだ。

 死んだ兄はもう、戻ってこない。それならば嘆く事だけに自分の人生を浪費してはならない。それはきっと、兄も望まないだろうから。


「いってきます、お母さん」


 智子は活動的な兄に反して大人しい少女だった。大樹の妹なんじゃないか、とからかわれる事もあるほどに。

 その身を包むのは中等部の制服。全体的な控えめな体格の彼女は男女問わず人気者のマスコットだ。本人は兄のようにもっと身長が欲しいと思っているのだけど。

 そう、兄のように。


「お兄ちゃん……」


 殺人事件により閉鎖されていた学校も再開され、通学路には多くの人が居る。空に向けたその呟きは、雑踏に掻き消され誰の耳にも届かずに消える。

 少し前までは、兄と二人でこの道を歩いていたのだ。部活があるからと早起きする兄に合わせて学校に行って、教室で校庭を見つめながら本を読んで、それからいつも早いねと友達にからかわれてもみくちゃにされるのだ。それが智子の日常だった。

 車道側に立っていた頼もしい長身はもういない。いけないと思いつつも、じわと涙が込み上げてきた。


「あれ、智子ちゃん?」


 背後からかかる声に、はっとして目元をぬぐう。いけない、彼に涙を見せては。余計に心配させてしまう――彼も辛いだろうに。


「あっ、おはようございます。大樹先輩」


 それは大樹、兄の親友だった先輩だった。優しく控えめで智子に似ていると言われるが、智子は知っている。彼はいつも土壇場でとんでもない事をやらかす人なのだ。その優等生ぶった表面の奥側には、兄達に負けないほどのアウトロー精神が宿っている。

 智子の表情は彼にはどう見えているだろう――にっといつも通り笑う大樹の表情からは読み取れなかった。


「おはよう。学校来たんだね」


「はい、その……あんまり俯いてばかりも、良くないと思って」


 部屋の隅に張り付いていては、ずっとそうするばかりになってしまう。だから学校の再開は丁度いい機会だったのだ。逆に言えば、ここで抜け出せなければ智子はずっとこのままだっただろう。

 強くならねばと、そう思う。目の前の先輩のように。


「あのさ……俺も、そんなに偉そうに言える立場じゃないけどさ。何かあったら相談に乗るから」


 そう言って安心させるように微笑む彼を、智子は尊敬する。同時に、彼を頼り過ぎてはいけないと思う。

 だって、今日の大樹は。強いけれど、どこかおかしい気もしたから。


「あはは、大丈夫ですよ……大丈夫じゃなければ、学校に来たりなんかしませんし」


「ん、まぁ……それならいいんだけど。でも、本当に何かあったら」


「しつこいですよ、先輩」


 いつも通りに笑う。そっか、と返して笑う大樹の顔もいつも通りだった。

 いつも通りを演じているだけだと自分を客観視する自分がいる。兄が死んでいつも通りに振舞えるわけがないのだから。現に、今もあえて兄の話題に二人とも触れていない。

 大樹の様子がおかしい。おかしいけれど、何がおかしいのか分からない。そんな状態のまま、智子は微笑む。


「それじゃあ俺、用があるから先に行くよ」


「えっ、もしかして……彼女ですか?」


「運命共同体ではあるかな」


「ふふっ、なにそれ」


 二人して意識的に軽口を叩きあいながら。そうして、智子は大樹の背中を見送った。

 そうしてから気付く。本来、大樹はあれほど気安い人間であっただろうか。三馬鹿の忍者と呼ばれるほどに、ここ一番で印象の薄い男だったはずだ。やっている事は大きなことでもどこか目立つ行動をとれない、それが大樹という人間なのだ。

 今の彼は自信に満ちているような感じがした。あるいは、そうして自分を信じなければやっていけないという追い詰められた感じ。


「先輩……なんだか、恐いです……」


 その呟きもまた、雑踏の中に消えていく。

 自分と大樹が話しているその様子が観察されているとも知らず、智子は通学路を歩み続ける――

執筆者:コニ・タン

「○○をお願いしますと宣伝する連載作品もない、どうもコニ・タンです。文字数少なく見えますが、あれ蓑虫さんが第一話張り切り過ぎただけで自分のもなろう平均ぐらいはありますんで……っ!」

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