第一話
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「はあ、はあ、はあ……」
暗闇を、一つの影が走る。その速さは、人間の限界を裕に越えていた。
階段を、廊下を、体育館を。その影は駆け抜ける。先ほど見つけた、『敵』から逃げる。息が切れ、胸が痛んでも、なお。
「クソッ!なんだって大輔が……」
影──十代半ば程の、黒髪をスポーツ刈りにした体格の良い少年は目を閉じ、脳内のセンサーに写る『敵』の反応を確認する。そして自らと『敵』との距離がかなりあることに安堵して、吐き捨てるように呟いた。
センサーを脳裏に写したまま、荒れた息を整える為に壁に背をつけて、崩れ落ちるようにその場に腰かける。
少年は『敵』に対してこれからどうするべきか悩みつつ、先ほどからずっと彼を襲っていた頭痛を治めようと能力を切った。とたんに倦怠感がやってくるが、それを耐えて懐からカッターナイフを取り出し、カチカチカチとその刀身を出してじっと眺める。
「……覚悟を決めたぜ。大輔、お前を殺……なっ!」
そして、今『敵』がどの辺りにいるのか調べようと再び目を閉じ、脳裏に写されたセンサーを確認して驚愕の声をあげた。
思わず目を見開く。すぐにまた目を閉じてセンサーに集中するが、結果は変わらない。
先ほどまであった『敵』の反応が、消えていた。
「どういう事だよ!」
少年は体の疲れも無視して立ち上がり、能力を発動させて地面を強く蹴る。その瞬間彼は爆発的に加速し、その体はまるで弾丸と化したかのような速度で飛び出した。
『敵』以外の反応はセンサーになかったハズ。それはすなわち乱入者は居らず、この場に居るのは彼と『敵』の二人だけという事。だというのに、何故反応が消えたのか。
謎を解くために、最後に見た『敵』が居た場所へ向かう。百メートルを三秒以内に走る事すら可能な今の彼は、すぐに目的の場所に辿り着いた。
「あ……?」
少年は足を止め、呆然と立ち尽くす。
辺りに漂うのは、吐き気をもよおす程の、血の臭い。鉄っぽいそれが意味するのは、人が死んだという事。
そして彼の視界に写るのは、腕や足を削ぎ落とされてダルマのようになり、裂かれた腹部からデロンと腸や胃が飛び出ている死体。血の海の中心に横たわっている、数分前まで彼の『敵』……否、『親友』であったモノ。
何故?
誰が?
どうやって?
混乱してそんな事を考える彼は、彼の背後に立つ人物の存在に気付かない。
そして何もかも分からぬまま、彼は親友の後を追う事となった。
血の海が二人目の犠牲者を招き入れる。少年の質量によって辺りに血が飛び散り、現場はより凄惨な有り様となった。
それを見て、バタフライナイフを左手に持っている男は、口元を三日月状に歪める。
窓から射し込む月明かりが、苦痛の色に染まった二人の少年の死に顔を照らしていた。
◇
私立奈楼学園。全国随一の生徒数をほこる、幼稚園から大学まである学園だ。その敷地面積の広さは、一平方キロメートルにも及ぶ。
この学園の格差は非常に大きい。学園での輝ける実績を携えて社会に出る者も居れば、誰一人にも目を向けられない底辺も居る。
多くの生徒がより上を目指して切磋琢磨するこの学園だが……現在、授業が行われていない。それどころか、一部の施設は閉鎖されてすらいる。
何故かといえば、それは──
「なあ、恭也、大輔。お前ら、いったい誰に殺されたんだよ……」
──校舎の中で、かなり損傷した生徒二人の死体が発見されたからだ。
その二人の親友だった少年は、警察により封鎖されている校舎を眺める。
制服のスラックスのポケットに手を入れる彼は、良くも悪くもひどく平凡な少年だ。
やや小柄で細身の体。染められた事のない黒い髪は眉毛にかからない程度に切り揃えられている。顔立ちは本当に特徴と言えるものがなく、印象に残りづらい。
制服のネクタイを苦しくならない程度に緩めてはいるものの、それ以外にはまったく崩しておらず、彼が真面目な優等生もしくは規則を破る勇気のないヘタレである事がうかがえる。
ちなみに彼は、後者だった。
「おや、柏木君。今日は授業も部活もありませんが……どうしたのです?」
そんな彼に、声がかけられる。咎めるようなものではない、単純に問い掛けるような声。
聞き覚えのある声を聞いて、柏木君と呼ばれた少年は、抵抗する事なく声の主に向き直った。
「恭也と大輔は、親友でしたからね……ちょっと気になるんですよ」
声をかけてきたのは、彼の担任である中曽根貴文。二十代後半とまだ若く、長身で顔も良い為女子生徒に人気の教師だ。そして、彼女の居ない男子生徒の妬みの対象でもある。
「ああ……彼らは、本当に残念でした。そういえば、よく柏木君はよく二人と一緒に居ましたね」
彼も教え子を喪ったものだから悲しいのか、 かけていたワインレッドの眼鏡を外し、中曽根は目頭を押さえる。少年はこれから仕事があるだろうに、辛い事を思い出させてしまったと後悔して、地面に視線を反らして頭をかく。
「ええ。よく一緒にばか騒ぎをしましたね。あいつらの悪事に巻き込まれて、俺まで先生に怒られて」
「ふふ。そうでしたね。でも、目立てて良かったんじゃないですか?」
「あー……まあそれは否定しませんけど。
それより、俺の名前は大樹なのに、あいつらずっとダイキって呼んでいたんですよ。酷くないですか?」
空気を変えようと、少年──大樹が少々おちゃらけて言うと、狙い通り中曽根は小さく笑った。
それと同時に、大樹は二人と過ごした日々を思い出す。彼らとは、中学からの付き合いだった。
大樹は非常に目立たない人間だ。影が薄いとも言う。しかし、いやだからこそ、彼は目立ちたがりやだ。自分はここに居るぞとアピールをしたいと思うし、注目されるのも大好きだ。目立つ為だけに金髪に染めようかと考えた事があるくらいに。
だが彼はヘタレでもあった。目立ちたいのだが、彼個人ではあまり派手すぎる事をして教師に睨まれなくはない。それ故に髪染めも断念した。
そんな彼を引っ張っていたのが、先日死体で見つかった二人だ。陸上部の恭也と、新聞部の大輔。恭也は好奇心の赴くままに厄介事に首を突っ込み、大輔も大輔で特ダネを狙う為だと言ってそれに追従する。そして帰宅部である大樹も、二人を表向きは止めつつ一緒に悪事を働いていた。
数学教師と国語教師の熱愛をすっぱぬいたり、八百長疑惑のあったミスコンが行われている最中に乱入して台無しにしたり、完全に地毛だと思われていた教頭のズラを教頭が集会で話している時に吹き飛ばしたり、などだ。
故に彼ら三人組は、高等部の三馬鹿としてそこそこ有名だったのである。
だが、その三馬鹿のうちの二人は、もう居ない。
思い出したのがいけなかった。大樹の右目からツッーと涙が流れ出る。慌てて手で拭うが、泣いたところを担任に見られてしまった。
「……柏木君。犯人はきっと警察が捕まえてくれますよ」
中曽根が大樹と肩に手を乗せる。空気を変えようとして、逆に慰められてしまったと、大樹は顔を赤く染めた。
「ですから、気になるのは分かりますが事件は警察に任せなさい。危険ですから。柏木君は寮生でしたよね。夜中に校舎の方に来たりしないように」
「……はい、分かりました。すいません、先生。……それじゃあ、俺はこれで」
注意を受け、大樹は謝りつつ赤くなった顔を隠しながら中曽根に背を向け歩き出す。中曽根は大樹の背中を見て満足気に頷いて、彼もまたその場を去っていった。
そして、それから八時間程経った頃。
「──分かったとは言ったけど、来ないとは行ってないよね」
大樹は、封鎖されている校舎に侵入していた。
警察に任せろ、と言われたのは忘れていない。そうした方が合理的であり、自分は現場を荒らしているだけではないかという自覚は、当然大樹にもある。だが、いてもたってもいられず、ただ待っているなど出来なかったのだ。
そしてなにより、警察に任せていても事件は解決しない。……そんな、漠然とした不安というか、確信があった。
「俺が事件を解決すれば、名探偵高校生として目立てるだろうし、こんなチャンスを逃す訳にはいかないよ」
ふざけるように、大樹は軽い口調でそう呟いた。そうする事で、殺人犯と相対するかもしれないという恐怖を誤魔化す。
恐れを感じながらも、大樹の体に震えはない。流石に殺人事件の調査をした事はかつて一度もないが、厄介事には慣れている。落ち着いて、一つ深呼吸をした。
「……よし、行くか」
気を引き締めて、大樹は左耳の上の辺りに触れる。すると頭に装着していたヘッドライトの明かりがついた。真っ暗な真夜中の校舎を小さな光が露にする。
ここに来る前に、大樹はある程度の情報収集は終えていた。人の口に戸は建てられない。死体の発見者が生徒だった事もあって、だいたいどこに死体があったかは把握している。
故に彼は迷いなくその場を目指して歩きだした。その姿に気負いはなく、また力みもない。緊張の欠片も見えない、普段通りの歩き方だ。
そして……二十分程経って、彼はそこに辿り着いた。急いだ訳ではないが、そこまでのんびりしていた訳でもない。にも関わらずそんなに時間がかかったのかと言えば、それだけ校舎が広いという事だ。
血の臭いはしない。時の流れがかき消したからだ。だが床と窓にこびりついた血液は、この場で人が殺されていた事をはっきりと示していた。
「……ちくしょう」
医学知識のない大樹でも分かる。ここに流れた血の量は、人の致死量なんか軽く越えている。それだけの血を流すような傷は、いったいどれだけ痛かったのだろうかと顔をしかめた。聞いたところによると、目撃者が思わず吐いた程酷い有り様だったらしい。
大樹は心を蝕んでいくどす黒い憎悪を、頭を振って振り払う。
落ち着け、と自らに言い聞かせて、両手をゴム手袋で覆った。調べものをする時の基本だ。
「まあ、警察が隈無く調べてるだろうから、新しい発見とかはないだろうけどな」
最新鋭の科学技術と複数人の人海戦術を駆使する警察の調査で見逃しがあるとは思えないし、例えあったとしてもたかが一学生でしかない大樹が見つけられるハズがない。今日ここに来たのは、親友達が死んだ場所を見ておきたかっただけであり、ただの自己満足の為だ。せっかく来たのだから調査も一応するが。
膝を曲げて中腰になり、ヘッドライトで照らしつつ辺りを探る。一度に照らされる範囲は狭いが、光量は十分だ。
これって、下手したら俺は証拠を隠滅しに来た犯人に見えるかもなぁ、などとフラグのような事を考えながら、大樹は頭を振って光を動かしていく。
「ん?」
そして、キラリと何かがヘッドライトの光を反射したのを見つけた。いったいなんなのかと足の位置はそのままに上半身ごと手を伸ばす。
その為必然的に床に近付いた大樹の頭上を、バチッという音が通り過ぎた。
「んな!?」
「チッ!」
大樹の驚愕の声と、何者かの舌打ちが重なる。とっさに大樹はその舌打ちが聞こえた方、背後に後ろ蹴りを放った。
足に衝撃。襲い掛かってきた人物を、確かに捉えた。しかし手応えは──この場合は足応えだが──弱い。
足音を出さないように、底がスポンジ状になっている靴を履いてきたのが仇となった。本来与えられるダメージを吸収してしまっている。
蹴った事で反発した勢いを生かして、大樹は距離を取りつつ振り向いた。
先ほどの音からして、襲撃犯の武装はおそらくスタンガン。大樹は経験からそう判断する。
そんな物騒な物を人に当てようとしたのはいったい誰だとその目を凝らすが、背後に居るハズの襲撃犯の姿はなかった。
暗闇に隠れている訳ではない。それならば見えづらくとも、そこに何か居る事は分かる。だが、何も見えなかった。
時間的に彼の視界から外れるのは不可能であり、ならば信じがたい事だが襲撃犯は目に映らないという特殊能力を持っている事になる。
「いったいなんなのさ……」
そうぼやいた後、目を閉じて大樹は耳を澄ます。襲撃犯がスタンガンを使うのならば、必ずその音がするハズである。いかなる手段でかは分からないが、姿が見えないのなら音で探る他に手はない。
目を閉じ意識を聴力に集めてその場を動かない大樹に痺れを切らしたのか、大樹の右側から小さく音がした。
「やあっ!」
その瞬間に、今度は爪先を向けて蹴り上げる。透明になっていたからだろう、攻撃されると思っていなかった襲撃犯は避けられず、大樹の足が柔らかい場所にめり込んだ。高さからして、腹部の辺りか。
痛みで襲撃犯は息を漏らす。その隙を逃さず、姿は見えないまま両手を伸ばして襲撃犯の体を掴んだ。
「きゃあ!」
すると、女の子の物と思われる高い悲鳴があがる。驚いた事に、襲撃犯は女の子らしい。
大樹の右手が掴んだ物は非常に柔らかく、しかしハリがあった。そして手の動きにあわせて形を変える。
大樹は自分がいったい何を掴んでいるのか気になったものの、このままではいつ反撃をくらうか分からない。足をかけて転倒させ、その上に跨がった。
「は、離しなさい!」
「いや、襲ってくる相手を離す訳ないでしょ……。どうやってるのか分からないけど、その透明化を解いてくれる?」
自らの下で暴れる襲撃犯を押さえつけつつ、大樹は嫌な汗を垂らす。
この姿の見えない襲撃犯は、声からして女の子のようだ。だとすると大樹は女の子を押し倒しているという事になるし、もしかして右手が掴んでいるコレは──
「変態相手に顔を見せたくないわよ!胸から手を離しなさいこの痴漢!」
「ごめんなさいぃぃぃいいい!」
嫌な予感は的中し、大樹は慌てて謝りながら襲撃犯を押さえ込んでいた手を離す。
そして次の瞬間、 初めて触った女の子の胸の感触を思い出しながら、スタンガンの音を最後に聞いて気を失った。
◇
大樹が目を覚ますと、目の前に首から上がない少女が居た。首なしの彼女は腕を組みながら大樹を見下ろしており、心なしか睨んでいるようにも思える雰囲気だ。目どころか顔がないのだし、見下ろしているというのも大樹がそう感じただけなのだが。
「ねぇ、その首から上どうやってるの?」
「……あなた、この状況でそれを聞く?」
首なし少女は、大樹の質問を質問で返す。その声色には呆れの色が多分に含まれていた。
少女の気持ちも分からないでもない。今大樹は上半身を縄で縛られて地面を転がっているのだ。にも関わらず、平然とそんな事を問いかける大樹は、まあおかしい。
「だって君さ、俺がこの縄を解いてと言ったら解いてくれる?」
「解くわけないでしょう」
「でしょ。だったら自分の疑問を晴らすのは悪い考えじゃあないと思うけど」
真顔でそのような事をのたまう大樹を見て、少女は頭を抱える。頭から上が見えない為、大樹からは虚空を押しているようにしか見えないのだが。
大樹はじっと少女の体を観察する。 いやらしい感じはまったくなく、単純に調べる為の視線だ。
服装は奈楼学園高等部の夏用女子制服。青っぽいワイシャツの一番上のボタンだけを開けており、襟に学校指定である紺色のリボンを結んでいる。胸はワイシャツを押し上げて多少は自己主張をしているものの、大きいとは言えない。それでも非常に柔らかい事は大樹がその手で確認している。
今時珍しいベルト締めのスカートの柄は灰色と深い緑のチェック。そこから伸びる足はスラッと長く、美しい。膝上までの黒いニーソックスとスカートの下から覗く太ももとが作り上げる絶対領域は足フェチでなくとも目が行ってしまう。
総じて、スレンダーなかなりスタイルの良い少女だ。顔が分からないのがもったいない。
「で、もう一回聞くけど、その透明化はどうやってるの?」
「……この力の事は、答えられないわ」
「あっそう。まあ元々教えてもらえるとは思ってなかったからいいや。せっかくだし、顔を見せてよ」
「さっきも言ったけど、痴漢に顔を見られたくないから嫌よ」
「それは確かに俺が悪かった。謝るよ、ゴメンね。でもさ、そもそも君が襲い掛かって来なければこんな事にはならなかったよ」
大樹の指摘に、少女はうっと言葉に詰まる。大樹に彼女の胸を揉みしだいた事を悪く思う気持ちがあるのと同様に、彼女にも大樹に悪い事をしたという自覚があるようだ。
キラリと、大樹の目が輝く。それは獲物を見つけたハンターの目。
「ほんと、突然襲い掛かられたからねぇ。俺は悪い事をしていないのに。そして抵抗をしたら、変態痴漢呼ばわりされるんだもんなぁ。たまったもんじゃないよ」
チクチクと、言葉のナイフを突き刺していく。羞恥か、もしくは怒りか。強く拳を握りしめていく少女の様子を観察しながら、煽りを重ねていく。
「しかもさっきのスタンガン、改造してるでしょ。普通はスタンガンじゃあ気絶しないし。そんなスタンガンを当てられたら、もしかしたら死んじゃってたかもしれないなぁ」
「う……ごめんなさい」
勢いに圧され、少女が謝罪の言葉を口にする。
そしてそれが、大樹の欲しかったものだった。更に捲し立てる。
「謝るのはいいけどさ。その時に顔を隠しているってどうなの。本当に謝る気があるのかなぁ」
「わ、分かったわよ、これでいいんでしょ!」
大樹の言葉攻めに耐えきれなくなり、少女は顔を露にした。
艶やかな漆黒の髪はやや長めのセミロング。それをポニーテールにしており、前髪は右の眉毛を出して左の眉毛を覆い隠すように、左の方へ自然感じで流されて髪と同じ色のヘアピンで止められている。
大きくも切れ長の眼は少々きつい印象を与えるが、微笑めば気にならなくなるであろう程度でしかない。日本人然とした彫りの浅い顔立ちだが鼻は高く、血色の良くみずみずしい唇は真っ白で綺麗な肌と合わさって不思議な色気を感じさせる。
小さな顔にそれぞれの部位がバランス良く配置されており、やや童顔だがその美しいスタイルの為か年相応に見える外見だ。
有り体に言ってしまえば。襲撃犯の少女は、かなりの美少女だった。
そして、大樹は彼女を知っている。
「わぁお、榎田さんだったんだ」
榎田葉月。その美しい容姿から、学園内で非常に有名な人物だ。彼女のタイプ的にアイドル視はされていないが、ひそかにファンクラブや『榎田様に踏まれ隊』とかが存在していたりする。
そして以前、大樹達『三馬鹿』がやらかしたミスコン乱入、それを行うきっかけとなった八百長疑惑に関わる人物であった為良く知っているのだ。
別に彼女が八百長をさせたのではない。むしろその逆で、彼女のおかげで八百長疑惑が持ち上がったのだ。
奈楼学園のミスコンは高等部と大学の生徒から他薦された人物の中から委員会が八人を選んで本選に進ませ、学園祭の一般客の投票によって結果が決まる。一般客は入場の際に一枚の投票用紙を与えられ、自分が支持する一人に投票するという形だ。
そしてファンクラブさえある彼女は当然推薦され……そして八人の中に入らなかった。
八人が全員彼女より美しいのならば疑惑など浮かばなかっただろう。だが、その八人は確かに美少女または美女だったが、彼女にはやや見劣りした。単純に彼女が辞退しただけだという意見が多数だったが、真偽を確かめようぜと三馬鹿は調査を初め、そして八百長が事実だと知ったのだ。
奈楼学園の大学には人気アイドルが在籍しており、その人をミス奈楼にしろという事務所から学園への依頼があったらしく、その証拠を発見してミスコンの結果発表の時に死んだ二人が覆面をかぶって会場に乱入、大樹は放送部を味方につけてこれは出来レースだと大々的に放送した。
学園祭の盛り上がる行事を台無しにしたが、学園も八百長に手を貸していた為強く罰する事が出来ず、結果三人は反省文だけですんだ。一部に多大な恨みを買ったかもしれないが。
とまあそんな感じで、ミスコンを調べる過程で大樹は彼女の情報も集めていた為にファンクラブほどはいかなくても普段接する機会のない身としては良く知っていたのだ。
「それで、なんで俺を襲ったんだい?」
俺、榎田さんに恨まれるような事したかなぁ。と記憶を探りつつ、 寝転がっていたのを上体を起こして問い掛ける。
彼女はばつの悪い顔をしながらも、極めて真剣な口調で答えた。
「……あなたが、柊君と杉山君を殺した犯人だと思ったからよ」
「あー……なるほど」
柊と杉山は、それぞれ恭也と大輔の名字。彼女は、親友を殺された大樹の事を、犯人だと勘違いしたのだ。先ほど大樹が危惧していた通りの事が起きた訳である。
ずいぶん早いフラグの回収だった。
大樹はなんて失礼な、とは思うが、先ほどまでの彼は深夜の校舎に侵入し、殺害現場をあさる男。怪しい事この上ない。
「それで、どうなの。あなたが犯人なの?」
「否定させてもらうよ。俺は来たのは、あいつらが死んだ現場を見てみたかったからさ」
「……趣味悪いわよ」
大樹の弁解を聞いて、彼女は軽蔑するような、冷たい視線を向けてくる。
まあ普通そうなるよな、と大樹は肩をすくめた。彼は別に人の死に場所が好きな訳ではないが、あのような言い方では勘違いしても仕方ないだろう。
「言っておくけど、俺はあいつらだから来たのであって、それ以外だったら『殺人鬼が学校に潜んでいるのか、こえー』で終わったよ。というか榎田さん、俺の事知ってる? というか、覚えてる?一応何回か話した事もあるんだけど」
「え?えっと……ごめんなさい、分からないわ」
「やっぱりかー。あんなに派手な事してるのになぁ……。じゃあさ、『三馬鹿』の一人って言えば分かるかな。あいつら死んじゃったから、もう俺一人だけど」
「……もしかして、あなた『三馬鹿の忍者』?」
大樹の言葉に、思い当たる事があったようで彼女はそう言った。大樹は「質問を質問で返すなって習わなかった?」と軽口をたたくが、否定はしない。内心がっくり落ち込んでいても。
三馬鹿の忍者とは、あまりにも大樹が印象に残らない事から生まれたあだ名だ。三馬鹿という呼称が示すように彼らは三人組でそれは周知の事実だったのだが、大樹は他の二人の影に隠れてしまっていた。
背が高くて体格も良く、良く通る大きな声の柊恭也と、黙っていれば知性的なイケメンの杉山大輔という目立つ二人にのまれて、記憶に残りづらく目立たない柏木大樹という少年は全然知られていない。三馬鹿の中でも重要な仕事をしていて、かなりの人と関わっているにも関わらず忘れ去られてしまう。「高等部の三馬鹿?柊と杉山と……あと誰だっけ?」と言われてしまう。
故についたあだ名が、『三馬鹿の忍者』だった。
(何が三馬鹿の忍者だよ!俺は目立ちたいの!忍んでどうするんだよ!そのせいで榎田さんも恭也と大輔は知っていたのに俺は知らないじゃん!)
内心ではそんな風に嘆きながら、決して表には出さずに笑顔を見せる。
正直なところ、彼はこういう扱いに慣れていた。
「じゃああなたは、もしかして友達を殺した犯人を捕まえようと、その為の調査に来たの?」
「んー、ちょっと違うかな。そりゃ犯人は捕まえて生きてる事を後悔するような仕打ちをしたいけど、俺みたいなただの学生が凶悪犯を捕まえられるとは思えないし。……でも、気になってつい、さ」
「そう……。早とちりして、ごめんなさい」
神妙な顔で、気まずそうに葉月は謝罪の言葉を口にする。大樹はそんな簡単に信じてもいいのかと思ったが、その方が彼にとっては都合がいいから良しとして、少々おどけながら今度は逆に切り込んだ。
「ところで、さ。榎田さんはなんでこんな時間にここに居たの?」
痛いところを突かれたからだろうか。その質問を受け、透明になれる少女は小さく肩を震わせる。普通なら気づかないような小さな動きだが、確かに反応した。
大樹は自分がどれくらいの間気絶していたのか分からない為、今の正確な時間は把握していない。だが、女子高生がふらふらしていて良い時間ではないのは確かだ。大樹からしてみれば、彼女の方こそ怪しい。
「……わたしも柊君と杉山君を殺した犯人が気になったのよ」
「榎田さん、そこまでするほどあいつらと仲良かったっけ?」
「仲良くはないけど……」
一見平然としている態度。その心の内を探ろうと、大樹の彼女を見る目が鋭くなる。
「……あんたが犯人なのか?」
「違うわ」
きっぱりとした否定。そこに嘘はなさそうだ。なにやら隠し事はしているようだが、殺人犯ではない。それは気絶した大樹に止めをさしていなかった事と、彼女の武装が多少の改造はしているとはいえほぼ殺傷能力のないスタンガンである事も信じる要因となる。
では、ならばなぜ彼女はこの事件を調べているのか。
「じゃあ、なんで犯人だと思った俺を攻撃したのさ。榎田さんは恭也と大輔との繋がりは薄いから復讐とは考えづらいし、警察が動いているのだから殺人鬼を自らの手で取り押さえる必要もない」
「それは……その……」
「答えられないの?黙っていたら榎田さんが犯人だとしか思えないけど」
実際には疑っていないが、彼女の隠し事を引っ張り出す為に大樹はいかにも怪しんでいますという風に睨み付ける。睨まれても、少女はうつむいて何も話さない。
数秒間の無言。それが彼女には数十秒にも感じられただろう。
「……理由の一つも話せない相手を信用出来る訳がない。悪いけど、俺はあんたが犯人だとしか考えられないよ」
タイミングを見計らって、大樹は一つため息をついた。そして先ほどまでよりもぶっきらぼうな口調で告げた後、もう話す事は何もないとばかりにあぐらの状態から縄で縛られたまま立ち上がる。
「違う、わたしは犯人じゃないわ!」
「信じて欲しいのならせめて聞かれた事は話せよ」
「う……」
彼女の言葉に詰まる様子を見て、今度は彼の本心からため息をついた。これでもまだ白状しないのかと、彼女の強情さにやきもきしながら次はどうするかと頭を回転させる。
「黙ってちゃ話になんねぇよ」
「で、でも……」
「でもじゃねえよ。あんた、いい加減に──っ!」
しろよ、と大樹が言いかけたところで、世界が揺れた。脳を直接揺さぶるような衝撃が二人を襲う。
気づけば、彼らは見知らぬ空間に居た。
「なんだ、ここ……」
「……何度か体験してるけど、いまだに慣れないわね……」
壁らしきものは見当たらず、頭上を見上げても真っ白な光があるだけ。先ほどまで居た深夜の学校との光量の差に目が痛くなるほど明るい。
この不可思議な現象がまったく理解出来なかった大樹は、何か知っているような口振りの少女に聞こうとしたその時、
「──私の空間へようこそ」
第三者の声が辺りに響いた。
大樹は弾かれるように、彼を縛っていた縄を断ち切ってその声を主に向き直る。折り畳み式のナイフを持つ右手を前に出し、逆手に持ち変えて第三者がいつ飛び掛かってきても良いように体の節々に適度な力を込めて。
名前を呼ばれた少女はその声を聞いて、露骨なまでに嫌悪感を顔に浮かべる。そして一瞬目を反らした隙に大樹が縄から解放されているのを見て目を見開いた。
「あ、あなたそんなもの何処に!?」
「ポケットの物を取り上げたのは良かったけど、次からは服やズボンの中も調べた方が良いと忠告しておくよ」
服を着ていれば、暗器を隠す場所はけっこうある。大樹は目を覚ました後、会話で葉月の意識を反らしながら持ち物を確認していたのだ。ポケットに入れていた催涙スプレーなどはなくなっていたが、スラックスと下着の間に仕込んでいたナイフはそのままだった。
その為いつでも切れるようにナイフを後ろ手で操って縄を傷付けておき、第三者が来た瞬間切り裂いたという訳だ。
そんな感じでいつでも逃げられる保証があったからこそ、大樹は情報を引き出す為葉月を煽ったり責めたり出来た。今回のように彼女が良心の呵責に耐えきれず素直に答えてくれれば良かったが、彼女が逆上して攻撃してくる可能性もあったのだ。いざという時に逃げられる保証がなければあんな事、ヘタレな大樹には恐ろしくて出来る訳がない。
「それで榎田さん。彼、いったい誰?」
視線は突如現れた人物から目を反らさないまま、大樹は隣に立つ葉月に問い掛ける。
その人物は、いや、果たして彼が本当に人間なのか、大樹には分からない。
背は大樹の頭一つと半個分高く、手も足も指も細長い。アニメ然とした現実味のない金髪を腰の辺りまで伸ばしており、顔立ちは目は細いものの柔和なイケメンといった感じで整っている。
肌はきめ細かく滑らかで、日に当たった事がないかのように白い。
そしてなにより人間離れしているのは、彼の背中に生えている純白の翼と、頭上に輝く黄金色の輪。
形容詞などではなく、まさしく言葉通りの意味で天使のような青年だった。
「……わたしに透明化能力を与えた奴よ。あなたに敵意はないと思うわ」
「……うっわー、なにそのマジもんの天使みたいな力」
敵意はないという言葉を信じ、なんかいきなりファンタジーになったなぁ、などと緊張感のない事を考えながら、大樹は警戒は緩めないもののナイフを下ろす。
青年は地面に足をつけずに、空中を滑るかのように二人に近づいてきた。その際に羽からシャラララーンという効果音と謎の光が発せられ、大樹の顔はひきつり葉月は小さく舌を打つ。
「……えーっと、あんたの名前は?」
「私に名前はないから、君の好きに呼ぶと良い。まあ、多くの人は私の事をミカエルやガブリエルと呼ぶがね」
「は、はあ……」
大げさに手を振りポーズを変えながら、いちいち芝居がかった口調でそう言う青年。その姿に、大樹の頬のひきつりはとどまる事をしらない。
十人居れば十人が、百人居れば九十九人が「うざい」と思うに違いない男だった。
好きに呼ぶと良い、と言われてもそうそうすぐに名前を思い付きはしない。彼の言う通りミカエルやガブリエルでも良かったのだが、それがなんとなくしゃくだった大樹は首だけ回して横を向く。
「榎田さんは、彼の事をなんて呼んでるの?」
まさかそんな事を自分に聞かれると思っていなかった葉月は一瞬目を見開き、青年を横目で見据えながら、吐き捨てるように、
「……ルシフェル」
小さな声で答えた。
ルシフェル。ルシファーやルキフェルとも呼ばれる原初の堕天使。それは魔王サタンの天使であった頃の名前でもある。
天使たちの中で最も美しい大天使であったが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となった存在。そんな存在の名をつけるなんて、なんて皮肉だろうか。どうやら彼女は心底このうざったい青年が嫌いらしい。
「まったく、ハヅキは仕方ないなぁ。私の事をそのような名で呼ぶのは君くらいのものだよ」
「ふん」
「残念、俺も含めて二人だね。……ルシフェル、こんな場所に連れてきたって事は、あんたがいろいろと説明してくれるって事で良いのかな?」
天使のような青年──ルシフェルは「ああヒロキ、君までその名で私を呼ぶのか」と右手を胸に当て、左手を斜め上に伸ばしながら言い、大樹と葉月の両方に白い眼を向けられている事に気づいて手を下ろす。大樹は名乗っていないのになぜか彼の名前を知っていたが、ここまでこの青年が起こした事を考えればある意味当然か。
そしてルシフェルは何事もなかったかのように、にんまりと笑顔を浮かべた。
「その通りさ。もっとも、ここから出る時に忘れてもらうけどね」
「記憶を奪えるのなら、わざわざ説明をしなくてもいいんじゃ?」
「私の力も万能ではないからね。疑問が残っているとふとした瞬間に思い出す可能性が高くなる。説明する事で疑問をなくして、それから記憶を消去した方が確実なのさ」
ルシフェルが事あるごとにポーズを決める事には触れず、へーそうなのかーと大樹は頷く。反応してくれなかった事が悲しいのか、ガックリうなだれるルシフェル。かなりうざい。
「出来る事なら記憶を消さないで欲しいんだけどなぁ……」
「悪いがそれは駄目だ。これから私が語るのは、あまり広まって欲しくない事だからね」
そう前置きして、ルシフェルは説明を始めた。いざ真面目な空気になるとポージングを止めるところが憎たらしい。
「さっきハヅキも言っていたけど、私が彼女に透明になる力を与えた。彼女だけでなく、他にも沢山の人にね。ちなみに能力の種類は人それぞれだから、透明になる力を持つのはハヅキだけ。また、個人の能力とは別に能力者がだいたいどこに居るか分かるセンサーのような能力を全員に与えている。センサーの反応する範囲や精度は個人の素質に依存するがね。
ではなぜそんな事をするのかと言うと、殺しあいに勝てるようにする為。私からの祝福さ」
「殺し、あい……?」
彼にそれまでのふざけた雰囲気はない。これ以上はないという笑顔で口調も軽いものだが、目が笑っていない。ゾッとする程冷たい目。
「ああそうさ。私に能力を授けられた者達はたった一人になるまで殺しあい──そして残った一人の、いかなる願いも私が叶えよう!死んだ恋人を生き返らせてくれという願いも、億万長者になりたいという願いでも、なんでもさ!」
大きく手を広げ、細い目を限界まで開きながら、ルシフェルは高らかに謳う。愉しそうに、嗤うように。
ここに至って、大樹はなぜ葉月が彼を堕天使の名で呼ぶのか理解した。力を与え、人の欲につけ込み、争いを助長する。これが清らかな天使などである訳がない。
そして、その話を聞いて大樹にある推測が浮かんだ。
「もしかして……恭也と大輔はそれに参加して、負けて殺されたのか?」
そうであるならば。二人が死んだ理由に説明がつく。
それはつまり、彼の親友はこの堕天使のせいで死んだ事になり……大樹は思わずルシフェルを殴ろうと振りかぶった。
「それは違うわ」
だが、彼の拳が振り抜かれる事はなかった。
葉月が彼の腕を掴んでいるのだ。ルシフェルが語り始めてからずっと黙っていた彼女が、大樹の推測を否定する。
「確かに二人は能力者だったわ。でも、殺したのは一般人よ」
「……なんでそんな事が分かるのさ」
「能力者同士の戦いに敗れて死んだ者は存在がなかった事になり、能力者を除くすべての人々の記憶から消え去って、死体も残らないの。だから、死体が残っていてあなたも覚えている二人は、一般人に殺された事になるのよ」
葉月は大樹を諭すように、穏やかに説明をしていった。丁寧に告げられる言葉を聞きながら、大樹はゆっくりと息を吐き、頭を冷やしていく。それと同時に、ある決意をしていた。
「……榎田さん、ありがとう。落ち着いた」
「……別に、礼を言われるような事じゃないわよ。それに、さっき間違えてあなたを襲ってしまったのだから、その分の償いにはまるで足らないわ」
照れているのか、白い肌を朱に染めて、葉月はそっぽを向く。
大樹は小さく笑いながら、ルシフェルに視線を戻した。ルシフェルは元通り目を細くし、ニコニコ笑っている。
「納得はしたかな?では、君の記憶を──」
「ルシフェル、一つ提案がある」
「──ん?」
ルシフェルの言葉を遮って、大樹は不敵に笑う。いったいなんだとルシフェルと葉月がいぶかしげな目で彼を見つめる中、大樹は右手のナイフを遊ばせながら言いはなった。
「俺を、能力者にしてくれよ」
彼が何を言ったのか、葉月は最初理解出来ずに固まる。それ故に一瞬間が空き、ようやく理解した彼女は慌てて大樹の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっとあなた何を言って!?」
「何って、言葉通りの意味だけど。俺は、そのバトルロワイアルに参加したいのさ」
「死ぬかもしれないのよ!?なのに、なんで……」
「叶えたい願いがあるから。それに、この記憶を失ってのうのうと生きるなんて、俺には無理だよ」
平然とそう言う大樹に、葉月は言葉を失う。彼の瞳は、どこまでも真剣だった。
甘い考えでそんな事を言ったのならば、なんとしてでも引き留めるつもりだった。だが、たとえ死ぬ可能性があっても構わないという強い意思を持つ相手を止める力のある言葉を、葉月は知らない。
「で、俺を能力者にしてくれるのか、答えてくれよルシフェル!」
視線を葉月から外して、うつむいて肩を震わせるルシフェルを睨み付けるように見ながら、大樹は叫ぶように告げた。
果たしてルシフェルの答えは……そこそこ長い付き合いのある葉月ですら初めて見る、満面の笑み。愚かな人間を嘲笑う、獰猛な堕天使の笑顔。
「クッ、ハハハ、アハハハハハ!
殺しあいだと、生き残れるのは一人だけだと、そう知っていながら参加を望むか人間!自らの欲に溺れ、戦いにその身を投じるか!面白い、面白いぞヒロキ!それでこそ人間だ!」
ルシフェルは、大きな笑い声を純白の空間に響かせる。大きく変化した口調は、彼本来のモノなのか。
「今まで自ら参加を望んだ者は居なかった!皆怖じ気づいて記憶を失う事を選んだというのに、お前という奴は!」
「え、じゃあ榎田さんとかは……?」
「強い願望を持っていたが故に、私が選び力を渡したのさ!」
ルシフェルの言葉に驚いた大樹は、葉月を見やる。彼女は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
強制的に参加させられ、なんとかこれまで生き延びてきた葉月。何度も戦闘になって死にかけ、酷い目にあってきた彼女だからこそ、これ以上ルシフェルの『被害者』が増えないよう大樹を止めたのだ。
「では早速力を授けよう!」
喜びを全身で表すかのごとくルシフェルは拳を握りながら両手をかざす。すると大樹の足元に青白い光の、魔法陣とでも言うべき複雑な幾何学模様が現れた。そしてルシフェルが手を開くと、魔法陣が大樹の体を包み込む上昇する。頭を通りすぎると砕けてその場に散り、光の雨を降らした。
「…………え、これで終わり?」
「終わりさ。ちなみに、能力は持ち主の願望に沿ったものになるから、君の能力は一度使ってみるまで私にも分からない。とりあえず、力を使うと意識してごらん」
「こう……かな?」
一応二人を巻き込む事がないように大樹は右手を上に向け、言われるがままに能力を使おうと意識する。
体の奥底にうごめく熱。それを引っ張りあげて右手に持っていくようなイメージで。どんどん熱を伸ばしていき、源流と右手が繋がったその時。
彼の能力が発動した。
「……え?」
「……光ってるわね」
「うん、光ってるなぁ」
能力が発動したと大樹が確信した瞬間、右手が光った。その後は何もない。本当にただ光っているだけ。攻撃力は皆無だ。目眩ましに使えるほどまぶしいのならばともかく、物凄く目立つ程度の光量。
困惑したように、大樹は葉月とルシフェルの二人を交互に見る。葉月は可哀想な者を見るような、哀れみの目で大樹を見つめ、ルシフェルは笑いを堪えようと口に手を当てて震えていた。
「……今から棄権って、駄目かな?」
「ククッ……。駄目だよ。ヒロキはその能力、『発光』で頑張ってくれたまえ。というか光るだけって……ププッ!」
一度使った事で能力の概要が大樹の脳裏にすうっと入ってくる。能力の名は発光。それは彼の『目立ちたい』という願望を汲み取って発現した能力。効果は、彼の体のどこかを光らせるというもの。彼の体ならばどこでも光らせる事が出来て、光の強さはイメージに準拠する。
……率直に言って、物凄く弱かった。
故に棄権を申し出るが、すげなく却下される。ルシフェルは辛そうに腹を手で押さえて震えていた。しばらくは話す事は無理そうだ。
「あの、その……元気だして。きっとその能力にも使い道はあるわよ」
「慰めは良いよ……」
こんな能力でいったいどうやって戦えばいいというのか。葉月の慰めも、大樹の心は晴らせない。
気まずい空気の中、数分が経ってようやく落ち着いたルシフェルが一つ咳払いをする。
「とりあえず、説明も祝福も終わったし、もうここに居る必要はないだろう」
彼がパチンと指を鳴らすと、ここに来た時と同じ感覚が襲いかかってきた。
吐き気に耐えながら、ふと大樹は思う。
──個人の願望が能力になるのなら、榎田さんの透明化はいったいどんな願望が元になっているのだろうか、と。
執筆者:蓑虫
一言「五千字におさめるつもりが、その三倍強になりました(テヘペロ
拙作、『どうやら俺は異世界で聖女様になったようです』もよろしくお願いします」