遺言日記
やつはいつでも片時も、日記帳を離さない。食事外出風呂トイレ、ついでに寝る時まで一緒。
「いったいなにをかいてるの?」
とふと聞いたことがある。そしたら彼女はこう言った。
「私の思いを書いてるの。私の願いを書いてるの」
日記を書いてるわけじゃないのか、変な奴だな不思議なやつだ。
「ちょいと見せてはくれないか」
軽い感じで聞いてみた。
「そしたら私は死ぬけどいいの?」
重い感じで返ってきた。
それは慙死するほどなのか。おかしなやつだ全くほんと。
やつと楽しく過ごすうち、だんだん興味が湧いてきた。やつのことより日記帳。
決して不満なわけではないが、只只唯唯気になった。
あれを読みたい絶対見たい、そんな思いが私を変えた。
やつが隣で寝ている深夜、机の上にあるそれを、静かに部屋から持ち出した。
そのまま近くのコンビニへ行き、トイレを借りて本を開いた。
『2011年03月タ日(月)ハレ
今日は初めて彼氏ができた。大切な人大好きな人。彼と大切に過ごせたらなぁ。そんな夢を抱き始めた。
8月28日(火)ハレノチクモリ
いつも一緒にいてくれる、優しい彼に捧げる命。これからずっと私とあなたで、共に暮らしていきましょう。』
なんだこれは。可愛いじゃないか。
今ももちろん大好きだけれど、もっと好きになってしまった。あとでたくさん抱きしめよう。
タ日って一体何なんだ。7と勘違いしたのかな。
それに五ヶ月くらい間がある。毎日書いてはいないのか。
『5月12日(日)アメノチハレ
今日はたまたま日記を落とした。いつも肌身離さずに、持って歩いていたけれど、今日は初めて日記を落とした。
もしもこれを見られたら、大切な彼に見られたら、私は生きてはいられない。』
そんなことがあったのか。けれども見てしまったぞ。
これであいつは「死にに行く。」と言ってどっかに行きそうだ。
ちょっと悪いことをしたかな。もしもバレたら謝ろう。
……あれ5月12日? なんで時間が戻ってるんだ?
『1月9日(木)ユキ
私はの夢はただ一つ、彼とずっと一緒にいること。
だから私はそのために、これからとある誓を立てる。
私は彼を信じてる。すべてを彼に預けられる。
だから期待に応えてね』
これがやつの願い事か。大丈夫だよ安心しろよ。ずっと一緒にいてやるよ。
だけど誓が気になった。一体何を誓ったんだ。
『4月22日(水)クモリノチユキ
彼と一生離れない。死んでもずっと一緒にいるんだ。結婚みたいなものじゃなくても、どんなに遠くに行こうとも、形や距離にとらわれない。ふたりの絆は切れたりしない。
たとえあなたがどこかへ行っても、私はあなたについていく。あなたの隣が一番だから。
だから私がどこかへ行っても、すぐに私のところへ来てね。』
そっと家に帰って静かに、抜き足差し足バレないように、ノートを戻してベッドに入る。
やつは気づいてないようだ。可愛い顔してすやすや寝ている。
よかったよかった俺も眠ろう、おやすみなさい。
小鳥の囀り優しい陽光。気持ちのいい朝めざめの時。
隣で寝ているやつにキスして、「おはよ」と元気に言ってやろう。
とその時その瞬間、視界にノートが飛び込んだ。
端から端まで真っ赤に染まった、綺麗な鮮やかびちゃびちゃノートが。
なんだか急に寒気がしたので、ノートの表紙をめくってみると、赤い液があふれ出てきた。
どんどん出てくる止まらない。部屋一面を紅く染めた。
ベッドが船に見えてきた。そこはまるで海のよう。真っ赤な海に浮かぶ船。
海の上で漂う船で、寝ている自慢の彼女はとても、白く固く冷たかった。