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particle4:間違っていると、思いたくはない(1)

 朝のコーヒーを一口飲み、息を吐く。上陸してから、この時間が、唯一気の休まるひとときになっている。

 先の作戦は、失敗に終わった。同志の多くを失ったが、あと一歩のところまでアルズロートを追いつめるところまでいったのだ。しかし、最後に現れた三つ編みの少女に混乱させられ、最終的には撤退するほかない状況までひっくり返された。

 あの少女のことは、水トに調べさせている。制服から、どこの学生かはわかりはずだ。アルズロートも、同じ学校の生徒である可能性が高い。

 そういうことが判っただけでも、前回の作戦は無駄では無かった。いや、散っていった同志のためにも、無駄にすべきではないのだ。

 コーヒーに口をつける。最近は、豆の種類や焙煎にも凝ってきていた。我ながら、これが趣味というのもどうかと思っていたが、他に大した趣味もなかった。

 作戦の後、如月に呼ばれ、総帥の言葉というものを如月伝いに聞かされた。内容は今以上に精進せよという内容で、如月が本当に総帥の言葉を聞けるのかは、まだ半信半疑ではある。

 取りとめのないことを考えながら虚空をただ見つめていると、部屋の前から、騒がしい足音が聞こえてきた。

「隊長、大変ッス。副隊長が…」

 肩を上下させながら、扉を開けた船瀬が息も切れ切れに叫ぶ。

「朝から騒がしいな。何があった?」

「それが、訓練場に変な奴が現れて、同志を何人か連れて行ったと思ったら、しばらくして人間を大量に連れてきて、それで…」

 早口でそう言った船瀬の顔が青ざめていることに気づいた。その船瀬の後ろから、飛澤が顔を出す。

「グリード様が上陸なされたのです。B2が、久しぶりに喜びに震えておりました」

 飛澤が、いつものような温和な無表情で続ける。

「グリード様が? ということは、七罪が上陸されたということか」

「今のところは、グリード様だけでございます。他の方々は、まだ時間がかかるようで」

 原則的に、上陸は力の弱い者から行われる。力の強い者がその肉体を維持するためには、よち多くの悪意を必要とするからだ。総帥が上陸するのは、おそらく最後になるはずだった。

「行くぞ、船瀬」

 恭しく佇んでいる飛澤を無視して、歩き出す。

「は、ハイッス!」

 喧騒の声が聞こえる。それは、訓練場に近づくにつれ大きくなってきた。

「!? なんだコレはッ!?」

 運動場に入ると、真っ先に飛び込んできたのは、一面の黒ずんだ真紅と、鉄の匂い。わずかに、腐敗臭も漂っている。

「この状況、どうにかなりませんか? 隊長」

 匂いに負けたのか、船瀬が吐いていた。匂いに顔をしかめながら、訓練場を見渡すと、無数に転がった血みどろの人間の死体の中央に、二人の人間が言い争っている様子が見えた。片方は水トで、もう片方は見ない顔だった。おそらく、七罪だろう。

「水ト、この状況を説明しろ。あと、早急に死体の始末を指示しろ。これでは訓練も出来ん」

「あ、先輩。そのつもりなんですが…」

「お前が、この部隊の隊長か」

「そうですが。お見受けするところ、七罪のグリード様と思われますが。私はこの部隊の隊長の東裏と申します。出来れば、このような状況になったことについていくつか聞きたいのですが」

 目の前の男。精悍だが、どこか病んだ印象の雰囲気がある。血に飢えた獣といった言い方がぴったりとハマる容姿だ。

「そうだ、俺が総統から七罪に名を挙げられたグリードだ。言ってしまえば、ここでは、俺はお前達より上ということだな。だがな、東裏、それにしてはお前、部下の教育がなってねえじゃねえか」

「水トのことでしょうか。副官としてはよくやってくれていると思いますが」

「ぬるいんだよ。聞けば、こそこそした作戦ばっかりやって、あげく敵の女子供にいいようにされてるって話じゃあねえか」

 傍で聞いていた水トが気色ばむ。

「だから何度も言っているじゃないですか! 我ら過激派の活動は、過激派だけではなく、穏健派も含めた、我らが種の対人類の作戦行動なのです! 我らが突出しすぎれば、穏健派、ひいては我らの種の繁栄の足を引っ張ることになると!」

「その考えが甘えって言ってんだよ。人間なんざ、力で殺して捕まえていいように家畜にしちまえばいいだけじゃねえか。お前らはただ怖がってるだけなんだよ」

「物事には、それを為すべき時、というものがあると私は考えます。現状、我らは人類に対し身を隠している身。今はまだ、その時では無いと思いますが」

「隊長であるお前がそんな腑抜けでどーするよ? ったく、仕方ねえ、俺がお前らに手本を見せてやるよ。お前らの手下、また借りていくぜ」

グリードが、手を挙げる。集まった同志達は、訓練で危なっかしいと水トに評され、実戦に出してもらえなかった者達ばかりだ。

「お断りします」

「あ? 今何て言った?」

「お断りします、と言ったのです」

 グリードが体を寄せてくる。ここで気圧されるようでは、過激派の隊長を任された資格は無い。

「お前、俺が七罪だとわかって口を聞いているんだよな?」

「私は、総帥から、過激派の隊長を一任されたのです。貴方の下についた覚えはない。そして、この部隊は、訓練と実戦で苦楽を共にした、私の部隊だ」

「…ふん。なら、どちらが上か決めようじゃねえか。この部隊を率いるのにふさわしいのは、お前か俺か。次の作戦でだ」

「二面作戦ということですか。わかりました。ただし、実戦は遊びではない。お互い、輩のために全力を尽くしましょう。そして、どちらがこの部隊にふさわしいかは、同志達が決める、それでよろしいですね?」

「いいだろう。それまで、俺は実戦を兼ねて、人間を殺しまくるぜ」

グリードが部下を連れて出ていく。訓練場にある死体の数を考えると、相当大規模な戦闘を行ったに違いない。

「水ト、次の作戦の立案は、私がしておく。お前は、死体の始末と、グリード帰還の際の肢体の始末、および、グリードの戦闘の情報操作を飛澤を通して如月に要請しろ。このままだと、すぐにこの場所が人間に嗅ぎつけられるぞ」

「わかりました」

「船瀬」

「おえぇーッ!! …あ、はいーッ、何ッスか?」

「お前は片付けだ。まず、死体に慣れろ」

「え? は、ハイッス!」

「…」

 血に染まった床を見つめる。

 多くの同志を失った時よりずっと、胸糞の悪い光景だった。



「小春ちゃんは、今日もなのかな?」

 帰り支度をしながら、小春ちゃんに聞く。

「う、うん。ごめんね。最近、藍ちゃんと一緒に帰れてないよね」

「良いの、小春ちゃんが何してるかわかったし。それに、応援するって、決めたから」

「ありがと」

 やっと、いつもの小春ちゃんの眩しい笑顔に、なんだかはっとしてほっとなる。

「でも、わたしも手伝いたいって言ったら、喜平次さん、困った顔してたなあ」

 あの一件の後、他言禁止という条件で、小春ちゃんと一緒に研究所に行き、喜平次さんやゆかりさん、初陽さんやフェルミさんに会った。そこで、何故小春ちゃんが闘っていたのかも知った。初めは信じられなかったが、実際フェルミさんに会い、言葉を交わしてみると、納得せざるを得なかった。

「あはは、あの時の喜平次さんの顔、絶妙だったね。なんか、嬉しそうな、でもやっぱり駄目と言っているような」

「もう少しお願いすれば良かったかなあ」

 何度かお願いすれば、許可してくれそうな感じはあった。

「でもやっぱり、藍ちゃんを危険なところにいて欲しくないよ」

「そうだよね、わたし、どんくさいもんね」

「やっ、そ、そういう意味で言ったんじゃないってば!」

「ふふふ、知ってる」

「もおっ!」

 二人して、笑いあう。これも久しぶりで、なんだか嬉しくなる。

「でもほら、下の子達の面倒もあるでしょ? そう考えると、やっぱり大変だと思うんだ」

「その時は、すぐ下の妹が頑張らせるから。大丈夫、こういう時のために、普段からコツコツ家事を教えてきたから」

「な、なんだかすごいね」

「うん。でもやっぱり、今は応援だけにさせてもらうね。小春ちゃんの足手まといになるのも嫌だし。でも、手伝えることがあったら、遠慮なくわたしに言ってね」

「ありがとう、藍ちゃん。あ、そろそろ時間だから、私行くね」

「うん、気をつけて行ってらっしゃい」

 一緒に帰れないのは残念だけど、私の心は、普段より弾んでいた。ようやく仲直りできたからだと思う。

「ありがとうございました」

 結び地蔵の前で、手を合わせて祈る。こちらに向けられた掌の薬指には、変わらず銀の指輪が輝いていた。

 思わず、指輪に眼が釘付けになる。直後、頭を左右に振って、考えを払いのけた。

 笑ってしまう。三度目にして、何故、今更、指輪が欲しいなどと思うのか。

 小春ちゃんと仲直りして、心に余裕が出来たからか。それにしては、浅ましい考えだとも思う。

「良い笑顔じゃな」

 驚き、振り向くと、八月一日さんが立っていた。

「顔、見えましたか?」

「いや、後姿でも、なんとなくその人間がどんな顔をしているかわかるもんじゃ」

「すごいですね。なんだか、エスパーみたいです」

「ほっほっほ、単なるジジイの戯言じゃよ。時に、三度目の正直といかんかね?」

 八月一日さんが指輪を指さし、かすかに微笑む。

「なんだか、不思議なんです。この前もその前も、指輪がただそこにあるだけで、取ってみたいなんて思わなかったのに。何だか今は、ただ雑然と、取ってみたいと思ってしまうんです」

「指輪が、嬢ちゃんを呼んでおるからじゃよ。聞こえんかの、指輪の呼ぶ声が」

 指輪をじっと見る。一瞬、指輪の光が、またたいたような気がした。しかし、声は聞こえない。

「ふう、困ったものじゃな。堅物め、お嬢ちゃんと話すのに何の照れがあると言うのか。全く、見下げた指輪じゃよ」

「八月一日さんは、指輪の声が聞こえるのですね」

「毎日世話をしに来ておるからのう。嫌でも聞こえるようになってしまったわい。最近は、あんまりうるさいんで、さっさと人にもらってもらいたいと思うくらいじゃ」

「ふふ、困った指輪さんですね。でも、取れないんですよね?」

「ああ。で、嬢ちゃんの出番じゃ」

「わたしじゃ、出来ないと思います。でも、出来なくても良いから、挑戦したい。挑戦することの大切さを八月一日さんや、この結び地蔵に教えてもらったから。だから、挑戦したい。挑戦しても、良いでしょうか?」

「ほっほっほ、誰も止めんよ。納得のいくまで、試すと良い」

そう言うと、八月一日さんは桶と柄杓を持って去っていく。気を使わせたようで、何だか申し訳ない気持ちになった。

「よし、やってみよう」

 一度、手を合わせて祈る。

「これから、あなたの薬指の指輪を取ります。罰当たりだけれど、取らせてもらいますね」

 結び地蔵の手に触れる。ひんやりとした肌触りで、表面はつるつるとしている。その手にはめられた指輪に触れた。銀色に輝く指輪は、何か高貴な輝きを放っている。思わず、触るのを躊躇ってしまうが、気を取り直して、指輪に触れ、少し力を籠め、上に持ち上げる。

 指輪の腕輪と、指の石のこすれる感触が、指に伝わる。多少の抵抗はあるが、ゆっくりと、指輪が結び地蔵の指を上に滑り始めた。少し間違えれば壊れてしまいそうなその感触に、少し怯えながら、少しずつ、指輪を上の方へと滑らせていく。

 そして、指輪が、結び地蔵の手から離れた。

「取れ、た…」

 初めに思ったのは、安堵。その後に来たのは驚き。

「どうして…?」

 取れない指輪だった。でも、それほど苦労せずに、取れた。

「その指輪は、嬢ちゃんを選んだ。ただそれだけのことじゃ」

「八月一日、さん。でも、これ…」

「持ってお行きなさい。あるべきものは、あるべきところにある方が幸せなんじゃよ」

「頂けません」

「言ったじゃろ、その指輪は、突然現れた。元々、誰の物でもないんじゃ。そして、たった今、指輪は嬢ちゃんを選んだ。もう、その指輪は、嬢ちゃんの物じゃよ」

「でも…」

「指を出しなさい」

 言われるまま、手を出した。そこに、指輪がはめられる。

「似合っておる。サイズもぴったりじゃな」

「良いんでしょうか?」

「もう後は、嬢ちゃんが決めるだけじゃよ。いらなくなったらまた地蔵にはめてもいいし、どこぞのドブ川にでも捨ててしまえばいい。もう、指輪は嬢ちゃんの物なのじゃから」

「なら、一時的に借りている、ということにします。多分、お返しに来る、と思います」

「お嬢ちゃんの好きにするがええ。今日はもう、帰ってくれんか。今から、お地蔵さんの世話をしないといけないからのう」

「わたしもお手伝いします」

「いいんじゃ。これはわしの日課でのう。一人でやって、ボケ防止をしとるようなもんなんじゃ」

「わかりました。それでは、これで失礼します」

 八月一日さんにお礼をし、結び地蔵を後にする。

 気づくと、夕暮れだった。今日の家事の当番は、下の子達に任せてある。

 右手にはめられた指輪。それが、夕暮れを受けて、金色に光り輝く。指輪を撫でながら、嬉しい気持ちが、自然と湧き上がってきて、歩く歩調を速めた。

「やれやれ、あやつも全く、世話のかかるヤツじゃ。でもまあ、良かったじゃないか、良い子に巡り合えて。しかしまあ、こんな日が来るとはのう。ほっほっほ、長生きもしてみるもんじゃなぁ」

七罪が登場しました。

これから、続々出てくる予定です。


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